《返信》
「おはよう拓真くん」
いつも通り、
そんな中で楓が訊ねてきた。
「そうそう、拓真くんメッセージ見てないよね?」
「メッセージ? 来週のことか?」
「あれ、いつの間にか読んでた? で、その日なんだけど──」
「いや、土曜は予定あるって返さなかったか?」
「え? 嘘ごめん」
さっきから少しかみ合わない。楓の調子が悪いのだろうか。
そんな心配をよそに楓はさらに続けた。
「じゃあ日曜日でもいいかな?」
「いいぞ。でもどうしたんだ、改まって」
「拓真くんに会って欲しい子がいてね」
「会って欲しい? 何で俺が」
「一応拓真くんも知ってる子なんだけど、
「紗理奈……? いや、ピンとこないな」
「そっかぁ。ま、来週紹介するね」
と言った具合に、この話自体はここで終わったわけだが。
* * *
「拓真くん、やっぱり返信きてないよ? 既読も付いてないし」
登校後、予鈴が鳴ろうというときに楓が俺の所へやって来て言った。その手にはスマホが握られている。やはり本人も、朝の食い違いを気にしていたのだろう。
しかし俺は、そんなことはないだろうと、自分のスマホを確認した。アプリを開くと、確かにメッセージを送っているのが確認できた。
その画面を証拠として楓に見せると、楓は不思議そうにこう言った。
「ひなぴーって誰?」
「は?」
何故ここで
恐る恐るスマホを自らに向け、トーク画面の上部に表示された相手の名前を確認する。
『ひなP』
それは
ここまで来てようやく思い出し、理解する。昨晩この画面を開いたまま寝てしまったことを。今朝通知でメッセージを読んで、そのまま表示された画面で返信してしまったことを。そしてそれに対し、既読が付いていることを。
幸か不幸か、この誤送信に対するリアクションはなかった。だが既読が付いている以上、今更削除したところで意味が無い。相手によっては誤魔化せるかもしれないが、坂城陽菜はそんなタマじゃない。
「で、誰なの? 女の子だよね?」
俺が混乱していると、なおも楓が追及してくる。その様子に大翔たちも「何、修羅場?」と首を突っ込んでくる。
「前の学校での友達だよ」
「ホントに?」
「あ、あぁ」
嘘をつくのも心苦しいとは思うが、あまりこんな場所で真相を語りたくはなかった。
俺の答えに楓は「なんだ」と言って引き下がりはしたが、なんとなく納得はしていないような顔に見えた。
* * *
そういえば、と気づいたことがある。
土曜日のサクラちゃんと遊びに行くことになったが、他に誰かいるのだろうか?
今までクラブで会うことは多かったものの、それ以外で会うことはなかったと思う。少なくとも、二人で出かけるということは一度も無かった。
「なあ大翔、お前今週の土曜日予定あるか?」
もしかしたら大翔もいるのではと思い、昼休みに訊ねてみた。
「いや無いぞ。暇だしどっか行こか?」
「あ、いや、俺は予定あるんだよ」
「なんやそれ……。
「は? お前配信見るから暇なわけねーだろ」
この様子だと、大翔は居ないどころか、サクラちゃんと俺が出かけることも知らないらしい。
それならば、この間サクラちゃんと一緒に勉強していた子たちだろうか?
「そういえば佐藤さ、朝の話詳しく教えてくれよ」
「朝?」
「
「修羅場でも浮気でもねぇよ」
別に楓と付き合っているわけでも、陽菜と今でも接点があるわけでもないので見当違いな話である。
矢嶋と大翔の追及に少し辟易としていると、
「お前らな、相手は友達って言ってただろ」
意外にも話のわかる奴だ。こういう理解のある友達を持てたことに感謝した。
「ってわけで、その子紹介してくれよ」
「は?」
前言撤回。バカしかいなかったようだ。バカしかいない状況を俺は呪った。
大城戸の突然の言葉に何も言えずにいると、「そりゃねーだろ」と矢嶋が言い返してくれた。
「いやでもさ、出会いが欲しい。欲しくない?」
「いやお前そこら中に出会いはあるだろ。工業高校でも男子校でもねぇんだぞ」
「だが矢嶋、機会がないんだ、わかるだろ?」
「むっ、確かに」
大城戸を諭そうとした矢嶋であったが、ミイラ取りがミイラになってしまったようだ。
二人の視線は大翔に向けられた。
「そのためにお前を送り込んだんだが、どうなってる?」
「いや、ちょっと難しいなあって……」
「クソがっ。いつまで俺たちはお前たちが日向たちと仲良くしてるのを指をくわえてみていればいいんだ。俺と代われ!」
そういえば、今日はこうしてこの四人でいるが、楓たちと昼休みを過ごすときには大城戸たちは入れていない。
もちろん楓からの待ったがあるせいなのだが、その辺どうなったのかは結局聞いていない。
「まあ待てよ。穂積も考えがあるとか言ってたから」
大翔はそうやって取り繕ったが、俺はそんな話初耳だった。大翔の口から出任せなのか、それとも二人の間でそう言う話が実際されていたのかは知らなかった。
「夏休みまでに何とかしろよ。出来なかったらお前に夏休みの宿題全部やらせるからな」
「マジか流石に勘弁やわ」
こうして大城戸たちと大翔の間で取り決めがされた。
「あ、佐藤も連帯責任だぞ」
「おい待て」
* * *
「佐藤先輩」
昼休みも終わりに差し掛かったころ、自販機の前で何を買おうか迷っていると、誰かが声をかけてきた。
声の方を見やると、一人の女子生徒の姿があった。先日サクラちゃんと一緒にいた子だというのは判ったが、名前を忘れてしまった。
「えっと、サクラちゃんの友達の……」
「
「あ、悪い。待たせてたか?」
「いえ、今来たところです」
彼女はそう言って小銭を入れると、迷わずパネルで番号を入力した。
シースルー型の自販機の中でバケットが動き出し、ヨーグルト飲料の前で止まった。ヨーグルトのパックが一つ押し出されてバケットに移り、バケットは取り出し口までそれを運んでいく。
そんな様子を俺たちはただ無言で見ていた。
「この間はありがとうございました」
取り出し口から商品を取り出したあと、俺の方に向き直り千里ちゃんはそう言った。
「ちょうど教えて頂いたところがテストで役に立ちました」
「それは良かった。サクラちゃんは微妙な結果みたいだったけど」
「そうみたいですね。もし良かったら
「うーん、教えること自体はいいんだけど……」
この間のテストの内容を思い出す。しっかり勉強したつもりであれなのだから、俺が教えても大した結果は出せないのではと思ってしまう。
「まあ、無理強いはしませんよ。それよりは週末のデート、お願いしますね」
「デートって……」
サクラちゃんと出かける話だろうか。どうやらこの言い方だとサクラちゃんと二人だけということのように思える。
念のために彼女に確認してみようかと思った矢先に、予鈴がなった。
「それじゃあ、私は失礼しますね」
そう言い残して千里ちゃんはこの場から去っていった。
残された俺は、彼女と同じヨーグルト飲料を購入した。
* * *
この日、夜になっても陽菜からのリアクションはなかった。
既読スルーというわけだ。ご送信の詫びくらいは入れようかと思っていたのだが、これなら蒸し返さない方がかえって良いのではと考えて、こちらもスルーすることに決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます