《有閑》

陽菜ひなは進学先どうするんだ?」

「拓真クン、そんなことを聞いてどうするんだい?」


 中学生の頃の記憶だ。

 俺が進学先について訊ねると、坂城さかき陽菜はいたずらげに訊ね返してきた。


「ボクと君は恋人同士だからって、同じ道を歩む必要は無いんだよ」


 彼女の言うことはもっともだと、今なら思う。

 ただこのときの俺は、何故だか彼女について行くことが正しいことだと思っていた。それは彼女のことが好きだったから、という理由ではないような気はしている。


「やりたい事もいろいろあるからね。回りくどいのもあれだし、高専にでも行こうかなと思っているよ」


 その答えは想定の範疇はんちゅうだった。ただ問題なのは、自分がそれについて行けるだけの力があるかだ。


「キミの成績なら、ボクと一緒に進んでいけると思うよ」


 俺の心を見透かすように、陽菜はそう言った。


 * * *


 黒歴史を夢に見た。

 いや……陽菜との過去を消し去りたいわけではないのだけれども、もう少し自分の意思を持って進学先くらい決めれば良かったんじゃないかと思わないこともないというか。


 そんなことを思いつつ、スマホを見ると通知が一件あった。


『ショー見に行くの、来月空いてる?』


 間隔が空いたことや、ゴールデンウィーク明けはテストに追われていたので少し忘れていたが、そういえばもう一度ヒーローショーを遊園地へ見に行く約束をしていたのを思い出した。

 以前日向ひむかいは『少し考えさせて』と言っていたが、どうやら彼女の中で考えがまとまったようだ。まあおそらく、テストが終わるのを待っていた感じだろう。

 今のところ特に予定があるわけではないので、『いつでも大丈夫だ』とだけメッセージを返し、支度を始めた。


 * * *


 テスト期間、テスト返しは終わって平穏な日常が帰ってきた。

 自分のテストの結果は、点数はそこまで高くなかったものの、意外にもクラスでの順位は二番目だった。学年での順位は知らされなかったが、クラス順位やあの問題の難易度からして、結構高い位置に居るのかもしれない。

 一方の大翔ひろとたちはというと、テストの結果について触れてはいけないような雰囲気をかもし出しており、結果を聞けずにいた。ただ自分がクラスで二位ということは、必然的にそれより下にはなるので、あまり深く追求すべきではないと思った。


「お前らはテストどうだったんだ」


 昼休み、かえで、日向、阿部の三人に聞いてみたが、まずまず、といった感じの答えしか返ってこなかった。


 * * *


 放課後、日向と二人で帰ることになった。

 彼女とは最寄り駅が近いことが解り、ときどき楓と三人で、またはこうして二人で帰ることがある。


「ショーの件だけどさ」


 メッセージでのやりとりでもいいが、こうして直接話す方が楽ではある。

 なので二人で帰る機会があるのは都合がよかった。


「具体的にいつにする?」


 もう五月も終わりに近づいていて、来週には六月になる。来月なんて言い方は遠いけれど、実はすぐ近くにせまった話なのだ。


「私もいつでも大丈夫なんだけど……じゃあ早速だけど来週末でもいいかしら?」

「いいぞ。土曜? 日曜?」

「何言ってるの、土曜に決まってるでしょ」


 そう言われて一瞬考えたが、案外すぐに理由がわかった。


「日曜だと放送が見れないからか」

「そうよ。録画はしてても、やっぱリアタイで見たいじゃない」


 と言ってもそんな遅い時間でもないから、終わってからでもいいんじゃないかとは思ったが、それは心の内にとどめた。

 一方の日向は、何かを思い出したように「あ、そうそう」と次の話題を投げかけてきた。


「そういえば最近気になる動画があるのよ」

「へぇ、どんな?」


 大翔たちには言ったが、あまり動画配信を好んでみるわけではない。

 ただ、日向がどういうものを見ているのかは少し興味があった。


「変身アイテムのおもちゃを改造したものを紹介する動画なんだけど」

「あー、そういうのなら見たことあるな」


 本来は出ないような音声やギミックを追加したり、ちょっと行き過ぎたものだと独自のアイテムまで作り出すようなものなど。こうした動画は昔見せられたことがある。


「作ってる物自体は、ほかの動画ほど凝ったものじゃないのよね。ただ、たぶん作ってる人が女の人なのよ。珍しいと思わない?」

「まあそうだな」


 この手の動画は顔出しすることも珍しいのでよくわからないが、前に見たものは男だった気がする。

 そもそも電子工学という分野が男ばかりである。もちろん男しかいないわけではないし、学校なんかでは少ないが女子もいる。……何なら、坂城陽菜という具体例のことを俺は知っている。

 だから日向が言うように珍しいとは思う反面、その動画の作り手が女性であっても不思議とは思わなかった。


「日向はこういうのやってみたいのか?」

「そうね……目指すところに遠からずって感じね。あなたはどうなの?」

「俺は……」


 あの道を選んだのは、決して彼女を追うためではなかった。少なからずの興味を持っていたはずだ。

 だが今はこうして……道を踏み外している。興味がもう無いのかというと……。


「解らない」

「なによそれ」


 * * *


 帰ってから、メッセージの通知に気がついた。サクラちゃんからだ。


『今週の土曜日、一緒に出かけませんか?』


 唐突な誘いだった。しかもなんだか違和感のあるメッセージである。

 とりあえず、予定としては空いているし、断る理由はなかったので、これに応じることにした。


『予定もないから別にいいぞ』


 そう返答すると、既読はすぐに付いた。

 しかし、どうして急にサクラちゃんはこんなことを言ってきたのだろう。

 最後にサクラちゃんと話したのは先週のテストの時だが、それらしいやりとりはなかった。

 そういえば、テストはどうだったんだろう、後で聞いてみよう。


『ありがとう。なら駅前集合でええかな?』


 やがてそんな返事を受けた。


『いいぞ。そういえばテストはどうだった?』

『教えてもろた数学は大丈夫やったよ』

『他は?』

『ノーコメント』


 そんなメッセージの直後に、いつもの猫が『教えらんないなぁ』と言っているスタンプが送られてきた。

 なんとなくこのやりとりで察してしまったので、これ以上詮索しないことにした。


 * * *


 その晩、そろそろ寝るつもりでベッドに転がって少し考える。

 今朝見た夢や、帰り道での日向とのやりとり。何なら近頃のサクラちゃんとの話なんかも含め、未だに坂城陽菜の面影を引きずっているなと思わされる場面が多い。

 気がつくとベッドに転がりながらスマホでは陽菜とのトーク画面を開いていた。最後のやりとりは今年の一月だった。


『元気か?』


 なんとなしにそう入力してみたが、送信ボタンは押せないままで、やがて入力した文字も消してしまった。

 なにやってるんだろう、俺は。

 スマホを持つ腕を降ろして、天井を見つめながらそう思う。

 あいつとは引き離されたわけではなく、俺から離れていったのだ。嫌いになったわけではないし、何なら今も好きなのかもしれない。

 だが、未だに説明できない違和感が日に日に大きくなっていき、やがてそれを抱えきれなくなっただけだ。

 それでも少なくとも、そんな状態の俺を涼しい顔で導いてくれそうなのは、たぶん陽菜くらいだろう。

 ……いや、案外楓なら……。そういう所は少し、あの二人は似ているのかも、しれない……。


 * * *


 気がつくと朝になっていた。

 寝るつもりでベッドには入ったが、眠るつもりではなかったような気がして、なんだか微妙な気分である。

 スマホも充電していないままだった。とりあえず支度している間だけでも充電しようと思ったのだが、手に持ったことで自動的に画面が点灯し、新着メッセージの通知が目に付いた。


『来週の土曜日空いてる?』


 差出人は楓だった。

 昨日から立て続けに誘われているわけだが、一体何があったのだろうか。

 ただ来週の土曜日は日向との約束があるので、楓からの誘いは日を改めてもらうことにしよう。

 ひとまずロックを解除し、『来週の土曜は予定が入ってる。日曜か、今週の日曜でいいか?』と送り、スマホに充電ケーブルをつないだ。

 そのままスマホをベッドの上に転がしておき、学校へ行くための支度を始めるのであった。

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