《評判》

「ヒーローってどうやったら成れると思う?」


 一人の子どもが、もう一人に問うた。

 問われた方は変身アイテムのおもちゃを操作しながら答える。


「変身アイテムでも作ればいいんじゃない?」

「でも、おもちゃじゃ変身できないよ」

「違う違う、本物の変身アイテムを作れば良いんだよ」


 そう言ってポーズを決めると「変身!」と叫んだ。


 * * *


 久しぶりに昔の夢を見た気がする。

 夢にいたうちの一人は、前にも見たことがある。多分幼い頃の俺だ。

 もう一人は誰だったか、イマイチ思い出せない。

 ヒーローがどうとか、なんて夢を見たのは、この間のヒーローショーの影響だろうか。


 ヒーローショーと言えばだ。

 日向ひむかいとは連絡先を交換しておきながらも、未だにトーク画面は真っさらなままだ。

 別に何も話していないわけではなく、グループでやり取りはしていた。

 ただ、本当にまたヒーローショーへ行くというのなら、一体いつ行こうか。そういう話くらいはしておけば良かったかなと何となく思う。


『ショーの件いつ行く?』


 最初に送ったメッセージがそれだった。

 その後、家を出る前くらいに既読が付いたのを確認したが、返答はなかった。


 * * *


 ゴールデンウィークは昨日で終わり、今日からまたいつも通りの学校生活が始まった。

 昼休みになると、佐倉が俺とかえでにこう言った。


「なあ、俺も穂積ほづみのとこに混ぜてくれん?」


 最近の昼休みは、楓グループと佐倉グループ、どちらかを行ったり来たりであった。

 これを一つに纏める、というわけだろうか。


「加わるのは佐倉くんだけ? 大城戸おおきどくんや矢嶋やしまくんなんかも?」

「俺だけだ。まあ、代表して一人って感じだ」


 大城戸と矢嶋は佐倉グループのメンバーだ。ゴールデンウィークに遊んだときにもこの二人は一緒だった。

 そんな彼らから離れ、佐倉がこっちに加わる理由はよく判らなかった。


「理由は? 友葵ゆきちゃんや梨愛りあちゃんに近づきたいってだけならNGだよ」

「あわよくばとか思わなくもないけど……まあ、最近風向きが悪いだろ? 俺らもちょっと気にしてるんだよ」

「あー、そういう事か。うーん、まあ……まずは佐倉くんだけなら良いよ。と言っても、二人次第だけど」

「日向に何言われるか怖いわ」


 佐倉の話について、俺はピンときていなかった。一方の楓は、何か知っているかのような口ぶりである。

 二人に何のことかこうとしたそのとき、丁度こちらに日向と阿部がやってきた。


「楓、行くわよ」

「あ、友葵ちゃん、梨愛ちゃん、ちょっと」

「何?」

「佐倉くんなんだけど、お昼一緒でも良いかな?」


 楓の問に、阿部は真っ先に二つ返事した。

 一方の日向はというと、少しの間の後「いいわよ」と答えた。

 どうなるか心配ではあったが、第一印象最悪の俺でも同席出来たのだから、不思議ではない結果だった。そもそも日向の評判は楓によるものであり、本来の彼女は、ただ口下手で人見知りなだけである。


 * * *


 そんなわけで五人でホールへやって来てテーブルを囲んだ。

 基本的に椅子はテーブルに対して四脚しかないようなので、足りない一脚は隣から拝借した。

 五人分の昼ごはんがテーブルに列ぶと、流石に狭く感じる。


「三人はゴールデンウィーク何してたん?」


 食べ始めるやそう問いかけたのはもちろん佐倉だ。

 三人というのに、俺は含まれていないようだ。まあ佐倉とはゴールデンウィーク中一度会って、同じようなことを聞かれたからだろう。


「大体撮影とか打ち合わせだったなー。なんか学生だからって、休みの日に優先的に予定入れられちゃうんだよね」


 この答えはもちろん楓だ。似たようなことはSNSの投稿でも見かけているし、何なら移動中や待ち時間で暇だからとメッセージが何度も送られてきて、それに付き合わされていた。


「もう既に気分は夏だよ」

「水着でも着た?」


 この問は俺でも佐倉でもなく、阿部だった。

 夏と言われて想像しなくはないが、同性とはいえ何だか訊きづらいことではあった。


「少年誌のグラビアじゃないんだから。あ、でも……拓真くんと佐倉くん、水着見たい?」

「それは……」

「穂積の水着……だと……」


 この話題で何よりの関心は、楓がどんな水着を着るのか、それに尽きる。

 私服のように女物なのか、制服のように男物なのか。でもやはり、たとえ今目の前にいるのと同じ姿だとしても、男物の水着は何だかアブナイ気がするような。


「ちょっと何想像してるの?」


 俺も、そして同じように佐倉も答えを言い淀んでいたので、楓はそう言って笑った。


「まあ、そのうちね。期待しててもいいよ。梨愛ちゃんはどうだった?」

「私はスイーツ巡り。写真もある」


 阿部が見せてきた写真にはソフトクリームが写されていた。真っ白なミルクソフトは流行ったが、これは少しだけ黄みがかっていて、なにかが振りかけられている。


「これ、何がかかってんの?」

「パクチー。ソフトクリームはレモングラス」


 想定外の回答だった。どちらもタイ料理で使われるハーブで、パクチーなんかはもっと前に流行ったとは言え、それをソフトクリームに使うとは。

 そう言えばと、阿部はこの間も杏仁ミルクジャスミンティーなんてものを飲んでいたのを思い出す。


「エスニックな味が好きなのか?」

「違うわよ。この子なんか変なものを好んで食べたがるのよね」

「そう言えば前にも、抹茶味のどら焼きだと思ったら、ケール味だったことあったよね」

「ケールってどんな味?」

「青汁の味」

「うわあ、マジで?」


 こうした話を聞くと、この間のフルーツサンドなんて可愛いものだと思わされる。

 その後佐倉は、日向にも回答をうながした。


「そうね……この三人と遊園地には行ったわよ」


 結果得られたのは、なんとなく避けたかった話題だった。

 個人的にこの件を佐倉に追及されるのも面倒くさいし、佐倉以外には知った話である。思い出話をすると今度は佐倉が蚊帳の外だ。


「……三人と? 三人で、じゃなく?」


 微妙な言い回しだとは思ってたから、なんとかスルーしてくれないかと願ってはみたものの、やはり佐倉は気がついてしまった。


「佐藤お前、こないだそんなこと言ってなかっただろ」

「訊かれてないからな」

「嘘つけ、同じようにゴールデンウィーク何してたか訊いたやろ」

「遊園地に行ってないとは言ってない」

「……で、どうだったん? 日向さん」


 佐倉はあくまで俺ではなく、日向に問いかけた。


「そうね、まあ……」


 日向は少し考える素振りを見せた。

 そんなに考えることなのかと一瞬思ったが、苦手な絶叫マシンにお化け屋敷、隠れて行ったヒーローショーに、観覧車での件。

 何かと日向にとっては語りがたい出来事ばかりだったと今になって思う。


「楽しかったわよ、普通に」

「何か印象的なこととかなかった?」

「あー……それは秘密よ、秘密」

「えー……佐藤は?」

「ゴールデンウィークのことか?」

「遊園地の事だよ。いろいろ知ってるんだろ?」


 本人から聞けないなら俺から聞こうという魂胆らしい。

 とは言え俺の信用にも関わることだ。下手なことは言えまい。


「俺から言えるのは……そうだな。その日の三人をそれぞれ一言で言い表してやろう。ダサT、豆粒、三半規管お化けだ」


 それぞれ日向、楓、阿部を指しながら俺は答えた。


「ちょっと、あなたまだ言うのそれ」

「豆粒って酷くない?」

「友葵の三半規管が弱いだけ」


 俺の回答に対しては皆何かしら不満はあるようだ。


「だったらあなたは……そうね、ぼ、凡庸ぼんよう?」


 言い返すように日向が呼んだ呼び名は、ある種の悪口ではあるが、そこまで刺さるものでは──。


「あー。まあ確かに、写真見切れマンのファッションって、こう……無難な格好しておけばいいかな感あるよね」

「おっぱい星人と同じシャツの人見かけた」


 ここぞとばかりに、楓と阿部も便乗する。てか、おっぱい星人って何? 同じシャツってマジ?


「おう、楽しそうやん佐藤。何だお前おっぱいって。揉んだか?」

「ねえよ!」


 助けを求めるつもりで楓を見たが、笑顔を返すだけでフォローもなく、日向はどうかと視線を移すと目を逸らされてしまった。

 結局その後しばらく、俺の呼称はおっぱい星人となってしまったのであった。


 * * *


「そういや結局、風向きとかって何の話なんだよ」


 昼休みも終わりに近づいた頃、教室に戻ってから佐倉に訊ねてみた。


「まあなんだ、その……」

「私たちと居ることで反感買ってるんでしょ?」


 佐倉が言葉を濁していると、横から楓が口を出してきた。


「反感?」

「そう。日向も阿部も、なんなら穂積も男子からは人気がある。そんな中におっぱい星人一人が加わったのが面白くない奴も少なくないってことだ」

「あー」


 流石にまだ何かのアクションを受けたわけではないものの、何度か視線を感じた事くらいはある。

 てっきり三人に向けられたものかと思っていたが、そうでも無かったのかもしれない。


「でも、だからってあんまり増えられても困るけどね」

「日向のことか?」

「友葵ちゃんだけじゃないよ。佐倉くんの言うようにみんな男子から人気ってことは、その分一部の女子からは疎まれてるってこと」

「……そうなのか?」

「極力、敵は減らすようにはしてるけどね。でも、目に見えて囲ってくる男子が多いと、それはそれで流石にちょっとって感じ」

「面倒くさいな」

「人間関係って、そんなもんじゃない? 誰とでも仲良くなんて、うまい話は流石に無いよ」


 なんとなくその物言いから、過去に何かあったのではないかと頭をよぎった。

 ただ流石にそれを訊くことに躊躇ためらい、そしてチャイムが鳴ることでその場は流れてしまった。


 * * *


『少し考えさせて』


 その日の晩、そんなメッセージが届いた。

 何となく、それは時期のことではなくて、一緒に行くことそのものを考えたいと言っているように感じた。

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