《顔半分》

『観覧車行こうよ。一番上で写真撮りたいんだ』


 遊園地での二人行動から合流したあと、かえでのそんな言葉で俺たちは観覧車に乗ることとなった。

 だが阿部、そして俺が乗り込んだところで、日向ひむかいの言葉によって扉が閉められてしまった。

 離れていく二人を目で追いかける。阿部も振り返るようにして二人を見ている。

 二人はすぐ、日向の言葉通りに隣のゴンドラへ乗り込んだ。阿部の後にある窓越しに、楓の後ろ姿と、何かを話す日向の顔が確認できた。

 何を話しているかは、流石に聞こえない。ただその表情は、明るいものでは無かった。

 ゴンドラはどんどん高度を上げていく。それにつれて、隣のゴンドラがどんどん下に移動していくように見え、やがて死角となった。

 ここまでの間、俺たちは黙って様子を見ていただけだった。


「どうなってるんだ?」

「わからない」


 ひとまず俺は目の前の阿部に視線向けて訊いてみた。彼女もまた、居ずまいを正すと、思った通りの答えを返した。


「観覧車は楓と話してる中で乗ろうってなった。友葵には言ってなかったから、友葵が何か考えてのことだと思う」

「ただ二人で乗るだけなら、二人行動の時に乗れたよな?」

「何か話してるみたいだった。……佐藤、友葵ゆきに何かした?」

「してねえよ」

「友葵とはどこに行ったの?」

「それは……」


 ショーのことを、日向は隠したがっていた以上、俺の口からは言えなかった。


「まあでも、連絡先は交換したな。……いやまてよ、言い換えると連絡先交換できるくらいだから、俺は悪くないんじゃ?」

「連絡先……。そう言えば佐藤の連絡先知らない」

「今言う事かよ」


 スマホを取り出して、阿部とも交換する意思を見せた。彼女もそれに応じるようスマホを取り出した。


「なるほど……」

「なるほどって、何が」

「何でもない。ところで佐藤、隣行ってもいい?」

「は?」


 阿部はそう言うや、答えも聞かずこちら側に移動して俺の隣に座ろうとした。

 いきなりのことに何も考えず、端の方に座る位置をずらしてしまった。阿部そのまま、空いた位置へと腰を落とした。

 ドキリとした。

 しかしそれは、阿部がすぐ隣に座ったからとかではなく、彼女が移動することで、ゴンドラが揺れたからだ。


「何で隣に来たんだよ」

「次はこっち側で見えるようになる」


 確かに考えてもみれば、次にゴンドラが見えるのは頂上へ差し掛かるときで、彼女の言う通りそれはこちら側だ。

 一応振り返ってみたが、まだ隣は見えなかった。


「確かにこっちの方が近いけど、見づらくないか?」

「これを使う」


 阿部の言葉とともに、視界の前にスマホが飛び込んできた。画面には阿部と俺の姿が映っている。


「何してるんだ?」

「まずは記念撮影」


 阿部はその一言だけ言い残すと、すこしこちらにくっつくようにして、シャッターを押した。

 すぐに写真を確認していたので、ついそのまま覗き見てしまったが、きっちりキメた阿部に対して、突然撮られた俺は変な顔をしていた。


「えー。流石に撮り直してくれ」

「断る」


 そして画面は再びカメラに戻る。もう一度撮影するのかと思ったが、そうでもなかった。

 カメラは依然俺たちを写しつつも、その奥には隣のゴンドラが少し見えていた。

 徐々にその姿が画面の上側へ昇っていき、やがてその内部を捉えた。そしてその頃には観覧車は頂上へ達しつつあった。

 こちらから見えるのは、楓の顔だった。日向とまだ何か話をしているようだ。


「全然わからん」


 しばらくカメラ越しに様子を見ていたが、結局二人は話し続けるだけで、何もわからなかった。


「阿部、実は読唇術が使えたりしないのか?」

「そんなわけない」


 こういう時、漫画なんかなら口の動きだけで会話の内容を読み取れる人物がいる。……まあ、そういうのに限って間違えた解読をするんだが。

 なので阿部なら意外とやれそうなのでは、とか思って訊いてみたが、流石にありえなかったようだ。


「もういい?」


 そう訊かれたものの、答える間もなく、ズームしていたカメラの倍率が下げられ、俺と阿部の姿が再び画面に映し出された。ただそれでも楓と日向の姿もその奥に確認できる。

 阿部はそのまま、カメラを終了するわけでもなく、少し何か調整すると、何も言わずにシャッターを切った。


「何がしたいんだよ」

「四人で写真を撮った」


 そういえば、楓はここに来る前に『写真を撮りたい』と言っていた。何故か日向によって俺たちは分断され、彼女と話しているため楓の願いは叶わなかったかに思えたが、無理やりとはいえ阿部が何とかしたというわけだ。


「写真送る」


 その言葉とともにスマホが通知で震える。確認するとグループが作られ、写真が添付されていた。

 そこに映っているのは見切れている俺とキメていない阿部、後ろ姿の日向に一番遠くて小さい楓、そんな四人の姿だった。


「ひでぇなこれ」

「これはこれで、良い思い出」

「まあ、そうかもな」


 すると再びスマホが震えた。楓か日向のリアクションかと思ったが、グループに新着はなかった。代わりに阿部から個人宛に、先に二人で撮った写真が送られていた。

 ゴンドラが頂上を過ぎて残り半分。そこから降りるまでの間、いろいろ訊ねてはみた物の、阿部は多くを語らなかった。


 * * *


梨愛りあちゃんありがとー」


 観覧車から降りて合流すると、楓は開口一番そう言った。


「楓はちょっと小さくなった。なかなか難しい」

「いや、そもそも私後ろ姿なんだけど?」


 そう言ったのは日向だ。まるで何もなかったかのように、いつも通り振る舞っている。


「拓真くんもなんか見切れてるしね」


 ただ、この時何かが変わったような気がした。ただ違和感とも言えるそれが何であるかは解らなかった。


「さーて、次はどうしよっか。時間的に……あと1カ所くらいかな?」

「ジェットコースターもう一回乗る約束だった」

「……だっけ?」


 確かに阿部とはそんな約束をしたのを覚えている。

 しかし楓が疑問に思っているのを見ていると、二人には言ってなかったような気もしてきた。

 それでも阿部がその気なのと、俺ももう一度乗ってもいいなという考えから、流れに便乗することにした。


「阿部の言う通り約束してたぞ」

「拓真くんが言うなら、そうなのかな」


 こうして二度目のジェットコースターと相成った。

 午前中ほどではないにしても、やはりまた行列はできている。

 そこに並んでいる最中、ペア分けの話となった。

 二人行動で一巡した後、奇しくも観覧車事件によって俺と阿部のペアが消化された。順当にいけば次は俺と楓となるが、これが最後である以上、その次のペアが成立しないことや、そもそも観覧車でのペアをカウントするのかといった問答となる。


「なので拓真くんにペアの相手を選んでもらいます」

「なんで俺が」

「拓真くんは好きな人を選んでね」


 楓の言い方に他意を感じつつ、少し考える。

 阿部とは既に一緒に乗ったし、さっきも観覧車で一緒だった。なので彼女には悪いが、候補から外れるには十分な理由だった。

 元の順番通りである楓を選ぶのが無難だとも思う。こんななりでも男だから、気兼ねもない。

 だが……。


「日向と乗る」

「……へ?」


 まさか自分が選ばれると思っていなかったのか、間の抜けた声を漏らす日向。


「ふふーん、拓真くんは友葵ちゃんが好きと」

「そういうんじゃねーよ。単に、ジェットコースターで隣に乗ってて面白そうだからだ」


 日向を選んだ理由は基本的にそれだけだ。あとは今日ここに来れたきっかけや、今日一日の印象も大きいかもしれないが。

 とにかくただそれだけで、他意は無い。


「なっ……あなたね……」

「馬鹿も休み休み言え、ってか?」

「え、あ、そ、そうよ」


 思い出したかのように日向は胸を張ってTシャツを強調する。と言っても、ジャケットであんまり文字は見えないのだが。


 * * *


 ジェットコースターの後は、案の定日向はヘロヘロになっていた。

 なので彼女を少し休ませ、俺たちは遊園地を後にした。


「拓真くんは遊園地、どうだった?」


 駅からの帰り道、楓と二人で信号を待っているときにそう問われた。


「あぁ。誘ってくれてありがとな」

「どうしたしまして。またみんなでいろんな所行きたいね」


 今日の今まで、楓にも、阿部にも、日向にもいろいろ振り回されてきたけれど、なんだかそれも悪くないとは思っている。

 だから、「それもいいな」なんて答えようとした矢先に、楓が「それか今度は」と続ける。


「二人っきりでもいいけどね」

「はっ!? ……どういう──」

「拓真くんは私のこと……どう思ってる?」


 楓のその言葉、笑顔、そしてこちらを見上げるようにしてのぞき込む眼差しに、相変わらずドキッとさせられる。

 こいつは男だ。などと心の中で自分に言い聞かせていると、楓はクスクスと笑い出した。


「モデルの次は、役者でも目指してみようかな」


 楓はそう言うと、足を一歩踏み出した。それを見て、信号が青に変わったと気がつき、数歩遅れて楓を追いかけた。


「お前のそれが演技だってならたいしたもんだけどさ。そんなに簡単じゃなさそうだけどな、役者って」

「それもそうだよね」


 モデルだって、簡単になれるわけではないだろう。楓は楓なりに努力はしているのかもしれない。

 ただこの一ヶ月見ていた楓からは、そんな雰囲気を尾首おくびにも出していない。

 だからだろうか、俺はこう思った。


「でも、楓ならやってのけそうな感じはするけどな」

「ホント? 拓真くんが言うならやれそうな気がしてきた」


 何の根拠もないことを楓は言ってのけた。

 俺は未だ昔のことを思い出せはしないけれど、そこには一ヶ月以上の信頼関係があるような気がした。

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