《印象》
「付き合って欲しいの」
「え、つきあ、付き合うって……」
突然の言葉に心拍数が上がり、うまく呂律も回らなかった。
「今日ステージでヒーローショーがあるのよ」
「……うん?」
一瞬、言葉の前後が結びつかなかった。だが徐々に理解していく。ああ、これは──。
「これ、一緒に来て欲しいの」
──日向の言葉が足りてなかっただけのやつだ。
彼女は入り口で取った案内を取り出して、その中の一部を指差していた。そこには、今放送中の特撮ヒーローのステージショーについて記載されていた。
「解ったよ。もともと俺がここにいるのもそのためなんだろ? だったら俺に拒否権はないわけだ」
これは半分嘘だ。既にここに来るという要件を満たした以上、後出しされた条件を無条件に
ただ何故か俺は彼女の要求を断る気にはなれなかった。
「ありがと」
日向から今日二度目の感謝の言葉を受けた。出会ってから昨日まで、一度も言われたことが無かったのに。
そう思うと不意に笑みがこぼれてしまった。
「何よ」
「いや、何でもねーよ」
「さて、そろそろ調子治ったみたいだけど、行けるか?」
「……あれ、行かなきゃダメなの?」
日向はお化け屋敷に目を向けながら訊ねた。
楓は出口で待っていると言っていたが、ここからは出口は見当たらない。恐らく反対側なので、合流するには中に入るか、建屋を迂回するかのどちらかとなる。
「お化け屋敷苦手なのか?」
「……いや、その……」
この反応は相当苦手だということだろう。ただ彼女の少し強気な性格柄、弱みを見せることに
思い返せば、ジェットコースターの時もそうだったかもしれない。
「苦手じゃないなら行こうぜ」
ただ今の俺は気を遣うつもりは無かった。後出しの条件を呑む以上は、これくらい許されてもいいだろう。
及び腰な日向を連れてお化け屋敷に入っていく。
流石に入り口では強がりな態度を見せていた日向であったが、中に入ると俺の袖を掴んで歩き、要所要所で驚いては抱きついてきた。
そのたびに彼女の胸の膨らみの存在を感じる。もはやここまで来ると、初対面のときに触ったことなんて、たいしたことではないのではないかと錯覚する。
「お疲れー」
「遅かった」
出口を抜けると、
二人の手にはストローの刺さったプラスチックカップが握られていた。タピオカの沈むそのカップには半分も中身が入っておらず、二人を待たせた時間を物語っている。
「どうだった?」
「全然大したことなかったわ」
ジェットコースターの後と全く同じ感想を述べる日向であったが、多分楓は本質に気づいているだろう。
「佐藤くんも、なかなか良かったでしょ?」
だからこの質問は、お化け屋敷の出来云々ではなくて、日向がどうであったかを
「良くも悪くも、お化け屋敷だったよ」
あくまでお化け屋敷について、それも曖昧な感想を返し、案内図を広げた。
「それより、次はどうする? そろそろ昼に近いけど」
「そんなにお腹空いてないから、もう少しアトラクション回りたいな」
「私も同じ」
「私はそうでもないんだけど……」
タピオカ摂取の有無はそのまま食欲の有無に繋がっていた。
「だったらこれあげるよ」
「ありがと」
楓がカップを差し出すと、日向はそのまま受け取り、ストローに口をつけた。
さっきのペットボトルでの反応から、てっきりここでも躊躇いはするものかと思ったのだが、単に楓を男と思っていないだけなのだろうか。
そんな事を思いながら日向の事を見ていると、視界にもう一つのカップが飛び込んできた。
「佐藤もいる?」
持ち主は阿部である。その様子に驚いたのか、日向はむせ返り、「タピオカそのまま飲み込んじゃったわ」と
それでも阿部は意に介さずそのままだったので、折れるような形で受け取った。
それでもストローに口づけるとき、一瞬躊躇ったが、なすがままミルクティーを吸った。口の中に甘さと、なんだか主張の激しい香りが広がった。
「てかなにこれ?」
「ココナッツミルクジャスミンティー」
「……あっちは?」
「ストレートティー砂糖少なめ」
「日向、交換してくれ」
俺が頼むと、日向はストレートティー砂糖少なめを飲みながら、カップを持った手の親指で胸元を指し示した。
一瞬何かと思ったが、彼女の胸、と言うと語弊があるので厳密に言うとはTシャツには、『バカは休み休み言え』と書かれているのを思い出した。
「嫌よ」
ストローから口を離して、追い打ちのように言われた。取り付く島はないらしい。
* * *
その後はバイキングに四人横並びに乗った。並び順はあれど、ここではローテーションは無効なようだった。
そしてなんだかんだで昼食にすることとなり、それぞれ思い思いの食べたい物を買い、丸テーブルに集まった。
「午後からはちょっと二組に分かれようか」
この後日向とヒーローショーへどうやって行こうかと考えていた俺にとって、楓の提案は渡りに船だった。
二人行動は、先ほどのローテーションで行われた。
阿部とは主にアトラクションを巡った。なんだかんだ、他の二人とはアトラクションの相性が悪いらしく、この二人行動もこのために提案されたのだと言う。
次いで楓とは、主にゲームコーナーで時間を過ごした。曰く、昔はよくショッピングモールのゲームセンターで遊んだのだと言う。誰と、と言う部分は覚えていないにせよ、言われてみればそんな記憶もあるような気がした。
そして日向と行動する番が回ってきた。
「じゃあ、行くわよ」
合流するなり、日向はステージのある方へ歩き始めた。時刻を確認すると、ショーの開始時刻が近づいているのが判った。
ステージまでやって来ると、既に座席は多くの人で埋め尽くされていた。
辛うじて後の方に二人座れるスペースを見つけたので、俺たちはそこに座ることにした。
「もっと早く来れたら良かったな。少しステージ遠いけど、大丈夫か?」
「大丈夫よ。それに、前の方には出来るだけ小さい子が座った方がいいでしょ?」
言われてみれば、本来このショーは子ども達のための物だ。そんな子ども達の邪魔にならないよう配慮することに、少し感心した。
「日向は何で──」
言いかけたところで、口元を手で覆われた。
直後、スピーカーから音楽が響き渡る。ショーが始まったようだ。
日向は恐らく真剣に見たいのだろう。俺だって、せっかくの機会なのでしっかり見たいなとは思っていた。
そういえば、こういったショーを見に来るのは、いつぶりだろうか。
* * *
あっという間にショーは終わった。ショーの時間が短かった訳ではない。およそ30分もの公演ではあったのだが、楽しい時間は得てして短く感じるものらしい。
さて、待ち合わせまでまだ時間はあるのでどうしようかと日向の方を見やると、彼女はどこかを見ていた。視線の先を追うと、行列が出来ていた。そういえば写真撮影出来ると言っていたが、その行列だろう。
「流石に、あれ並んでたら間に合わないわね」
「そうだな」
行列は長い。多くは親子連れなので、多く見えるだけかもしれないが、それでもすぐに終わりそうにはなかった。
「撮りたかった?」
「まあ折角だからって感じだけど」
子どもがヒーローと写真を撮りたいと思う気持ちとは違う、観光地で写真を撮りたがるような、そんな気持ちは何となく俺にもあった。
「またオフシーズンに来ればいいんじゃないか? やってるか知らないけど」
「その時はまた付き合ってくれるの?」
何故そうなる、と思ったが、その答えは明白だと気がついた。
「何で楓たちとは来ないんだ?」
あの二人とここに来ることを避けているのは明白だった。そうである以上、次に来るなら一人で来るか、別の誰かと来るしかないのだ。
なので俺はこの質問──ショーの前に訊こうと思っていたことをぶつけた。
「単に、二人がこう言うのに興味ないだけよ」
「でも、誘えば付き合ってくれるかもしれないだろ?」
「嫌よ……恥ずかしいじゃない……」
「……え?」
「女子なのにこう言う趣味って、ちょっと言いづらいっていうか……。ただでさえあの二人は女の子らしくて、流行にも敏感だし……」
つい『嘘だろ』という言葉が口からこぼれそうになり、慌てて飲み込んだ。
まさか『バカも休み休み言え』なんて書かれたTシャツを着ている人間が恥ずかしいなんて言い出すとは、微塵も思っていなかった。それこそバカも休み休み言えである。
だが、その言葉を口にするつもりには何故かなれなかった。
「わかったよ、また今度来ような」
代わりに出たのはそんな月並みな言葉だった。だが、彼女に対してそんな風に接することに悪い気はしなかった。
「……ありがと」
本日三度目の礼を言われた。ただ素直で、正直ポンコツな彼女が、楓が流したデマとは言え、鉄の処女と呼ばれて
『まずは相手の顔をちゃんと見て、話をしなきゃダメだと思う』
『ホントは、ちょっと不器用なだけなんだけどね』
楓の言葉を思い出す。そして同時に、楓は日向の趣味のことも、本当は知っているのではないかと思った。
だけれど俺は、それを日向には伝えなかった。
「ちょっと早いけれど、そろそろ戻りましょ」
「そうだな」
園内の真ん中当たりが集合場所だ。ステージは端の方にあるため、そこそこ歩くことになる。
この後アトラクションに並んで乗るほどの時間もなさそうだったので、このまま集合場所で二人を待つ方が良さそうだった。
待ち合わせ場所までは、ショーの感想について話しながらやってきた。二人はまだ来ていない。
「まだちょっと早いわね」
スマホで時間を確認した日向が言った。それを見て、そういえばまだ彼女の連絡先も知らないことを思い出す。
「そういえば日向、連絡教えてくれないか?」
「何でよ?」
「いや……また来るにしても、わざわざ二人がいないときに話すのか? 学校で」
「それもそうね……いいわ」
日向はそのまま持っているスマホを操作し始める。俺もポケットからスマホを取り出し、連絡先を交換した。
「佐藤……拓真……?」
突然フルネームで呼ばれたのは、俺がフルネームで登録しているからだろう。
ただ、日向が今知ったかのような反応を見せたのは気になった。
「楓がいつも名前で呼んでるだろ?」
「えっ……でも、じゃあ──」
「佐藤くん、友葵ちゃん、お待たせー。早かったね」
日向が何かを言いかけたところで、楓と阿部の二人がやって来た。
楓の言葉にかき消されて、日向の言いたかったことは判らなかった。
「二人は観覧車に乗っちゃったりした?」
「いや、乗ってないな」
そもそもショーを見ていただけだ、とはもちろん言わずに心の中に留めた。
「じゃあ観覧車行こうよ」
楓の申し出に対して二つ返事は出来なかった。
四人ならいいが、ここでも二人になるようなら、流石に二人で観覧車というのははばかれる。
次のローテーション順は阿部なので、なおのことだ。どうにも阿部は、狙ってなのか天然なのか判らないが、物理的にも精神的にも距離が近い。楓も似たような感じだが、一歩くらい引いた感じはあるのと、男だという事実もある。
「あ、乗るのは四人でだよ。一番上で写真撮りたいんだ」
俺の考えを読み取ったかのように、楓は付け加えて言った。
それな問題ないかと思い、俺は同意した。日向も少しの間の後、同意した。
* * *
行列に並び、やがて俺たちの番が廻ってきた。
まず俺が、続いて阿部が乗り込み、日向が乗る、はずが乗り込まない。
「どうした?」
「友葵ちゃん?」
「すみません、私たち次のに乗ります」
日向が係員にそう告げると、俺と阿部の乗るゴンドラの扉が閉められてしまった。
俺はただ、遠ざかる二人を目で追うしか出来なかった。
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