《平常心》

 やがて迎えたゴールデンウィーク。そして遊園地へ行く日がやって来た。

 遊園地へは電車で行くのだが、阿部以外とは最寄り駅が同じらしく、まずは3人で駅前に集まることとなった──。


「じゃあ行こっか」


 ──のだが、平日と同様にかえでは家まで迎えに来ていた。

 この日の楓は、普段のボーイッシュ(と言っても本人は男なのだが)な出で立ちではなく、再会したときのようにガーリッシュな装いをしている。

 先ほど母さんがこっちにやって来て楓の姿を見るなり「楓くん? その格好可愛いわね」などと言ったときには、「はい、ありがとうございます」と、にこやかに返していた。


 * * *


「なんかこうして並んで歩いてると、デートみたいだね」

「何言ってるんだお前」


 とは言ったものの、登下校時とは違って、こんな姿の楓が隣に歩いていたら、客観的にはそう見えるのかもしれない。


「拓真くんは女の子とデートしたことある?」


 デートとは男女二人で出掛けることとは、以前位置づけしたことである。


「……あるって言ったら?」


 その価値観に則れば、これが答えとなった。


「あるの!? ねえ、どんな子?」

「いや、まあいいだろ」

「えー。教えてくれたら、手くらい繋いであげるよ?」


 楓は右手を俺の前に差し出してきた。


「いらん」


 その手を軽くはね除けると、楓は「ちぇっ」と舌打ちした。


 * * *


 そんなやり取りをしているうちに、駅前にたどり着いた。

 日向はもう来ているだろうかと辺りを見回していると、楓が「友葵ゆきちゃん!」と声を上げた。

 楓が向かっていく方向に目を向けると、確かに日向ひむかいの姿があった。ジャケットにジーンズといったカジュアルなスタイルは、普段見る制服の彼女とはまた違った印象を受ける。


「うわっ、またそれ着てるの?」

「良いじゃない、別に」


 二人のやり取りに、何が変なのかと改めて日向の服装を見やる。

 そんな変な格好には見え……いや、何だ? ジャケットの下に着ているシャツに何かが書いてある。しかも英字ではなく日本語で。


「何て書いてあるんだそれ」


 ジャケットに隠れて全貌が見えなかったため、つい訊いてしまった。

 すると日向はシャツが見えるようにとジャケットを広げてくれた。そこには『バカも休み休み言え』と書かれていた。


「こっちのセリフだ!」


 思わずそう突っ込んでから、Tシャツ越しに判る彼女の胸の存在に気がつき、思わず目を逸らした。


「失礼ね。まあいいわ、そろそろ電車来ちゃうから行きましょ」


 日向はたたずまいを直すと、駅に向かって歩き出したので、俺たちもその後に付いていった。


 * * *


 阿部は隣の駅から乗ってきたようで、電車内で合流した。

 目的の駅にはさらに数十分電車に揺られてようやくたどり着いた。

 遊園地は駅から近く、電車を降りると少し先にその姿を確認することが出来たほどだ。


「じゃあ何から乗ろうか」


 楓の持っていたチケットで入園すると、園内の地図を広げて楓が俺たちに問いかけた。


「まずはやっぱりあれ」


 阿部が指差した先はジェットコースターだ。

 少なかれこの手の絶叫系は苦手な人もいるが、特に反対意見も無く、まずはジェットコースターに乗ることとなった。


「佐藤くんは誰と乗りたい?」


 少し行列が出来ていたので、並んで待っている間に楓が訊ねてきた。

 近くを走り去るコースターを見やると、一列あたり二人乗りだと判る。


「そりゃあ……」


 このグループに混じって半月は経つが、一番話すのは楓だし、そもそも楓は男である。

 ただそれを解っていながらも、今の楓の姿が俺を惑わせる。三人の女子から一人を選ぶようで、なんだか勘どころが掴めない。


「ジャンケン」


 しばらく言葉に詰まっていると、阿部が切り出した。

 じゃあ早速と手を出したら引き止められた。俺以外の三人でやるらしい。

 結果、阿部が勝利した。その後阿部は負けた二人にさらに勝敗を決めるよううながし、楓が勝利した。


「これから二人組になるときは、勝った順に佐藤と組めば良い」


 なるほど確かに、四人で二人組を作るパターンは三パターンなのだから、三人で順番を決めてローテーションを組めば良いだけの話である。


「じゃあよろしく」


 そう言うや阿部は俺の腕に自らの腕を絡めてきた。


「何してんの!?」


 腕の感触、恥ずかしさ、突然のことに対する驚き。とにかく俺の鼓動は高まっていた。

 ただ、そうは言っても振りほどけない、ズルい自分がそこにいた。


「前に楓がダブルデートと言っていた。ここはデートらしくしようと思う」

「あはは、なるほどね。じゃあ私も」


 阿部の言葉に、楓も日向と腕を組む。日向がダサTなのは気になるが、この二人がこうして腕を組むのは様になっていた。


 やがて俺たちが乗る番が回ってきた。しくも一番前である。

 先ほど決めたとおり俺と阿部、楓と日向で並んで乗り込み、ジェットコースターは動き出した。

 最初の登り坂の途中、隣の阿部を見やる。彼女はいつも通りの顔をしているが、普段から感情を出す感じでもないのでビビっているのか楽しんでいるのか測りかねる。

 後ろを見ると、心なしか顔の青い日向と、髪を気にする楓の姿が見えた。

 やがて頂上にたどり着く。もう落ちると思わせつつ、先頭だからか頂を越えてもまだ落ちない。──落ちた。


「きゃあああああ」


 そんな叫び声が後から聞こえる。

 あっという間に勾配を下ったかと思うと、そのままの勢いで再度勾配を登る。直ぐさままた下る直前に、ふわっと体が浮いた気がした。

 その後車体を傾けながらカーブに突入したかと思うと、螺旋状に直進していく。三度の登りの後、下っていくだけかと思いきやぐるりと一回転した。

 その後も興奮冷めやらぬ展開が続き、やがて車体は速度を落とした。終着である。


「楽しかった」

「そうだな。やっぱジェットコースターはいいな」

「後でまた乗りたい」

「あの二人次第かな」


 降り口からさらに階段を降りつつ、阿部とそう話す。

 そして後の二人の方へ振り返り、「どうだった?」と訊ねてみた。


「ぜ、全然大したことなかったわ」

「終始ドキドキしてたよ。ウィッグが外れないか心配で」

「大丈夫だってよ」

「やった」


 とは言うものの、強がる日向はさて置くとして、楓のウィッグは気になる。

 一応ここに来る途中にも確認していたが、念入りに留めてあるから大丈夫とは言っていたようだが。


「次は何が良いかな?」

「落ち着けるやつが良いわ」


 そんな日向の要望に対して選ばれたのはコーヒーカップだった。

 果たしてこれが落ち着けるのかは疑問ではある。


「じゃあ、行こっか」


 楓は俺の隣に立ち、手を握ってきた。


「次は私の番だね」


 別にコーヒーカップに四人乗れるとは思うのだが、ここも二組に分かれるようだ。

 このまま俺と楓、日向と阿部でカップに乗り込んだ。いざ乗ってみると、さすがに四人は狭かっただろうなと思う。

 楓の方を見ると、スマホを取り出して自撮りしていた。


「SNSにでも投稿するのか?」

「後でいい写真があればね」


 コーヒーカップが回り始める。楓は特にカップを回すような素振りを見せないので、俺もそれにならうことにした。


「別にアイドルじゃないから気にしすぎかもしれないけど、プライベートをあんまりリアルタイムに投稿するのもね」

「なるほど。じゃあ俺たちも気をつけた方がよさそうだな」

「無理強いはしないよ。まあ、拓真くんはそういうことするタイプじゃなさそうだし、あの二人もそうかな」


 楓の『あの二人』という言葉で、俺たちは日向と阿部の乗るカップを見やった。そのカップは、周りのどのカップよりも回っていた。


莉愛りあ、あなた本当やりすぎよ……気持ち悪い……」

「楽しかった」


 コーヒーカップを降りた後の二人状態は対極であった。目を回し今にも吐き出しそうな日向と、涼しい顔をしている阿部。

 先ほどの様子と日向の言葉から、阿部がめちゃくちゃに回転させていたようである。俺たちのように回転させていなければ、メリーゴーランドくらいには平和で、目的通り落ち着けるアトラクションだったのだが。


「休憩させて……」

「いいけど……次は乗り物以外のアトラクションにしようか」


 楓は今度、阿部の手を取って歩き始めた。日向はあの二人のよう俺にくっついてくることもせず、ふらふらと二人についてく。俺もそんな日向に気を向けつつ、その隣を歩き始めた。

 次にやってきたのはお化け屋敷だ。


「あたしパス……」

「ダメだよ友葵ちゃん。休んでからでいいから、ちゃんと来てよね。出口で待ってるから」


 そう言い残して楓と阿部の二人はお化け屋敷の中に消えていった。

 残されたのは俺と日向。あのとき少しは打ち解けたものの、やはりまだ少し距離感はある。


「水、買ってこようか?」


 一瞬でもこの場を離れたいという気持ちも少なからずあった。すぐ近くに自販機が見えたので、そう訊ねた。


「お願い」


 日向はそのままベンチに腰を落とした。

 俺は自販機まで向かい、ラインナップを確認する。乗り物酔いにはなにがいいのか考えてみたが、よくわからなかったので無難に水を買うことにした。

 小銭を入れる前に値段を確認すると、普段見かける自販機より値段が高かった。この値段で水を買うことにためらいを感じたが、日向を待たせている手前、素直に小銭を入れ、ボタンを押した。


「はい、水買ってきたぞ」

「ありがと」


 日向は水の入ったペットボトルを受け取ると、キャップを開けて口をつける。

 手持ち無沙汰だったこともあったのだと思う。気がついたら日向の口元に目を奪われていた。

 そんな俺に気づいたのだろうか。日向はペットボトルを口元から離して、こちらに差し出してきた。


「あなたも飲みたいの?」

「えっ、あ、いや……」


 確かに少し喉が渇いているかもしれない。ただ、彼女が口をつけたペットボトルで自分も水を飲むのはやはり躊躇ためらわれた。


「……あっ、いや、そういうつもりじゃ無かったから」


 彼女も同じ事に気がついたのか、慌てながらそう言った。


「そういえば、この間言ってた条件って、結局何だったんだ?」


 意識を逸らすため少し話題を変えようとして、思い浮かんだのがこの話だった。

 当時話すと言われながらも、結局今まで何の提示もさせていないはずだ。


「そうね、話すなら二人がいない今のうちか」


 彼女はそう前置くと、再び水を口に含んだ。

 それをゴクリと飲み込んで、こう続けた。


「付き合って欲しいの」


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