06話.[しなければいい]

「もう終わりだな」


 結局、明日香や白石さんとはほとんどいられなかった。

 それでも楽しめたのならそれでいい、あとはしっかりそれぞれの家に帰ってくれればそれで十分だ。


「言ってなかったんだが、口に青のりついてるぞ」

「いっ……言ってよ!」


 慌てて拭ったらからかいではなく本当だった。

 本当だからこそかなりの精神ダメージが自分に入る。

 だってこの状態で多少ではあっても歩いていたわけなんだから。


「ちょっと寄り道していこうぜ」

「は? どこか行きたいところでもあるの?」

「ある、向こうだけどな」


 ここよりもさらに暗いところ……。

 冗談抜きで急に音とか鳴ったら心臓を口から出すことになる。


「や、やめようよ、明日のお昼でいいでしょ?」


 夏休みなんだからまだ時間はいっぱいある。

 それだったらいくらでも付き合ってあげるからと抵抗していた。

 早く着替えたいというのもある、こちらばかり不利で不公平だから。


「駄目だ、最後まで果たしてもらう」


 はぁ……言うと思ったよ。

 今度は目を閉じて移動はできないからなるべく引っ付いていた。

 なんで怖くないんだろう、自分が異常なだけなのはわかるけどさ。


「お前、くっつきすぎだろ」

「だ、だって怖くて……」

「はぁ、まあいいけどさ」


 というか、家からどんどん離れていくんですが。

 夜道というだけで怖いのに知らないところになんか行ったら倒れる。

 まだ手を握ってくれているからいいけど、からかう目的で直之が離して走っていってしまったらこの場にへたり込むだろうな。


「よし、ここで待っていろ」

「え、ちょ、え?」

「いいから待ってろ」


 そういうマイナスな想像だけは現実になるんだ。

 自動販売機で飲み物を買うのかと思ったらそうではなくて、彼はそのままどこかに行ってしまった。

 ……こんなところに放置とか有りえない。

 でも、ここには来たことがなくて帰りかたがわからないから無理だ。

 あまりにも怖すぎて涙が出た。


「なに泣いてんだよお前」

「……わ、わざとしたでしょ!」

「そうだな、お前は面白いからな」


 正直に言ってかなり悔しい。

 もう帰るって叫んで歩き出したのはいいけど……。


「や、やっぱり無理、もう帰ろうよ」

「そうだな、流石にこれ以上やるとお前倒れそうだからな」

「そ、そんなわけないじゃん」


 流石にそこまで弱くはない。

 涙をぐしぐしと拭ってゆっくりと歩き出す。


「あれ? 直之……?」


 後ろを向いてみたらいなかった。

 直之が歩き出したから自分も真似をしたのになんで……。

 と、とにかく立ち止まっているわけにはいかないと思って前を見たら、


「よう」

「あ……」

「あ、おい!」


 ……冗談抜きで倒れることになった。




 目を開けたら暗闇が広がっていた。

 背中には柔らかい感触があるから外ではないことはわかる。


「うぅ……」

「起きたかよ」

「ぎゃあ!?」


 驚かすスペシャリストだな本当に。


「……ここ、僕の部屋でしょ?」

「ああ、運んできた」


 もし僕の記憶がなければ好感度爆上げだっただろうけどこうなった原因も直之のせいだから意味がない。


「倒れないって言っただろ」

「……無理だよ、あんなの」


 いきなり目の前に人の顔があったらぎゃあってなるよ。

 相手が慣れている人間であってもビクッとはなるはずだ。


「……帰ってよ、直之とか嫌いだし」

「悪かった、つい調子に乗った」

「許さないからっ」


 知っていてわざとするとか悪意がありすぎる。

 そりゃそっち側からすれば見ていて面白いかもしれないけど、その度にこっちはストレスが溜まっていくんだから。

 ……物凄く怖いのになにもわかってくれてない。


「もうしないから許してくれ」

「……そんなこと言ってるけどどうせするじゃん」

「女々しいぞ、謝ったんだから許せよ」

「どれだけ怖いかわからないからそんなこと言えるんだよ!」


 せっかくお祭りで楽しい日だったのにこんな思いを味わわなければならないのか……女装の件は自分からするって言ったからいいけど、それとこれとは別問題だ。


「もういいよっ、早く帰って!」


 思ったよりも簡単に出ていってくれた。

 絶対に謝らない、今回のことで自分は悪いことなんてしていない。


「兄ちゃん……?」

「ごめんね、大きな声を出して」

「それはいいけど……直くんと喧嘩しちゃったの?」

「違うよ、だから気にしなくていい」


 これで約束も果たしたから縛られることもないからいい。

 残りの休みは課題をしたり、家事を勉強してできるようになればいい。


「楽しかった?」

「うんっ、楽しかったよっ」

「そっか、ならよかった」


 お風呂に入って忘れてしまおう今日のことなんて。

 もう終わったことなんだからいつまでも怒ってたって意味ないからね。


「もう……」


 でも、そんなに上手くいくならこうして困ったりしないんだよなあ。

 お風呂に入っても、その後に寝ようとしても全然駄目だった。

 徹夜なんかしたら真っ暗闇の中でいることになるから寝なくちゃって意気込むせいで逆効果、せめて目を閉じていようと実行したら電気を消した後特有の変な音が聞こえて始めて怖くて仕方がなくて。

 流石に明日香に頼むわけにはいかないから諦めて照明を点けた。

 ……僕だって直之と喧嘩なんかしたくなかったのに。

 せっかく約束だって守ったのに結果的に嫌われるって馬鹿だ。

 全てのきっかけを作ったのは自分だからどうしようもない。


「兄ちゃん、入っていい?」

「うん」


 どうやらまだ起きていたみたいだ。


「今日、本当は直くんと見て回りたかった……」


 僕もそのために動いたはずなんだけどな。

 逆効果だったか、本当によくないことばっかりしている。


「直くんとはすぐに会えた?」

「いや……すぐではなかったかな」


 なんか明日香からも僕のせいとか嫌いとか言われそうな雰囲気。

 先程のあれは不満をぶつけたいという気持ちを我慢していただけとか?


「ご飯は食べたの?」

「焼きそばを食べたよ」


 他人が黙ることで怖いと感じるのは初めてのことだ。

 白石さんにならともかく、明日香に嫌われるのだけは避けたいけど。

 ……って、こういうところが嫌われる原因のひとつなんだろうなあと。

 自分のことしか考えてないもんね。

 運んできてもらったのにお礼すら言わないで怒るだけ怒って家から追い出すとか有りえないよ、嫌われて当然だ。


「ごめん、僕のせいで」

「いや……私たちもすぐに気付けなかったから」


 そりゃ楽しもうとしているときにうじうじしている人間になんか意識が向かなくて当然だ、僕も自分からやることを選んだんだから堂々としておくべきだったのは言うまでもなく。


「それより直くんだよ! 早く仲直りしなきゃ!」

「夏休みが終わるまではいいよこのままで」

「えぇ、だってそれじゃいまみたいに寝られなくなるんだよ?」

「え……なんでそれで寝られないってわかるの……」

「わかるよ! 私たちは家族なんだから!」


 多分だけど自分の場合は態度に出やすいんだろうな。

 だから明日香にも、家族ではない直之にもばればれで。


「いいよ、自業自得だから」

「兄ちゃんと直くんが仲悪いとか有りえないから」

「これまでがおかしかったんじゃない?」

「仲直りしなさい! しなかったらご飯を作らないよ!?」

「え……それは困るな、明日香が作ってくれたご飯が好きなんだ」

「それなら明日の夜、3人で食べようよ! いっぱい作っておくから!」


 そうは言われても……勝手に怒って追い出してしまったわけだし……。

 仲直りしたいって考えたところで向こうになければ意味がない。

 明日の夕方までにしなければならないならいまから動いておかないと駄目だけど……電話とかで呼び出して来てくれるかな? そもそも応答してくれるかどうかもわからない。


「まずは電話をかけよう、直接はやりにくいだろうから」

「お、押してくれないかな……」

「了解っ」


 逆にすぐに応答されたから凄く驚いたよねという話。

 明日香は空気を読んだつもりなのか部屋から出ていってしまった。


「な、直之……?」

「ああ、俺だが」

「……いまから会える?」

「わかった、お前の家に行けばいいんだろ?」

「いや……僕がそっちに行くよ」


 そんなことをしてもらうわけにはいかない。

 

「は? 無理するなよお前、また倒れられたら困るんだが」

「た、倒れないから大丈夫! いいから行くから出てて!」


 大丈夫、直之の家なんてすぐそこなんだから気にするな。

 それでも怖いから音楽を聴きながら行くことにした。

 にしても……出てくれるとは思わなかったな。

 怒っている感じもしていなかったし……なんでだろうか。


「よ、よう」

「イヤホンで耳を塞ぐぐらいなら素直に待ってりゃよかったのに」

「う、うるさいっ」


 仲直りしなければならない。

 そうしないとご飯が食べられなくなってしまう。

 これはそのためにだ、仕方がなく謝るんだ。


「さっきはごめん!」

「もうちょい声を小さくしろ」

「ご、ごめん……」


 明日の夜に家に来てほしいと誘った。

 来てくれるということだったのでこれでもう目的は達成できたわけだ。


「ちゃんと来てね、それじゃあ」

「待て」

「あ、送ってくれるの?」

「いや、送らないが」


 えぇ……近くても普通に怖いのに。


「風呂に入ってるんだしこっちで寝ていけばいいだろ」

「そうしたら絶対に怖がらせるじゃん」

「しねえよ、さっきしねえって言っただろ」


 というか、入浴済みとばれてて怖いんですが。

 これは明日香から色々と情報が伝えられているんだろうな。


「仕方がないからこっちで寝てあげるよ」

「ああ」


 まあ、喧嘩が長引かなくてよかったな。

 直之の部屋で寝るとかもう何十回もしているから緊張しないし。


「あ、悪いが敷布団なんてないぞ」

「そんなのいいよ」


 夏なんだから床で十分。

 直之が意地悪な顔で「俺はベッドで寝るけどな」とか言ってきても大丈夫、寧ろベッドで寝ろとか言われなくてよかったぐらい。


「……悪かった」

「いいよ、僕が弱いのが悪いんだし」


 明日はなにを作ってくれるんだろう、いまから楽しみだ。

 明日香と直之がいてくれたらそれだけで楽しいだろうから。


「やっぱ俺も床で寝ていいか?」

「ベッドで寝なよ」

「なんか申し訳ない気持ちになってきてな」

「ははっ、絶対に嘘だっ」

「嘘じゃない」


 部屋主は彼だから好きにしてくれればよかった。

 今日は精神が疲れたからもう眠たい。

 結局お祭りもあんまり楽しめなかったのは残念だ。


「……まさか泣くなんて思わなくてさ」

「僕もだよ、怖すぎて涙が出るなんて思わなかった」

「あとはあれだな、実際に倒れたときはかなり驚いたぞ」

「もしかして支えてくれたの?」

「当たり前だろ、後ろに倒れていたら後頭部を打っていたからな」


 そうか、それは迷惑をかけてしまったようで。

 ごめんとありがとうをしっかり言っておく。


「でもさ、正直に言って……グッときた」

「泣かせてそんなこと思うなんて性格悪いじゃん、最低だね」

「いや、マジで……」


 こっちなんか冗談抜きでやばい状態だったのに。

 近づく女の子がいたらその人Sですよって言ったほうがいいだろうか。


「さっきも思ったが、お前って素で可愛い顔をしているよな」

「えぇ、男なんですけど」

「あと、足が綺麗だった」

「男なんですけどっ」


 白いのは外で遊ぶことを全然しないからだ。

 はっ、もっと外で遊べば毛も生えてくる可能性がある?


「だから化粧するともっとよくなるのか」

「あの、男なんですけど、男としての僕を否定しないでください」

「だから言ったろ、素でいいって」

「はははっ、あなたは冗談を言うのがお上手ですねっ」


 童顔で幼く見えるとはよく言われるけどそれだけ。

 可愛いなんて言ったら本物の女の子たちに失礼だ。


「なんてな、つまんねえなお前」

「はい?」

「そこは『な、なに言って……』ってなるところだろうが」

「ならないよ、僕らは同性なのに」

「へえ」


 そもそもドキドキするぐらいならこうして近くで寝るとか無理でしょ。


「なあ徹、俺はお前の女装姿好きだぜ」

「それは明日香が上手なだけだよ」

「もっと見たい、今度はふたりきりで」

「今日僕が起きるまで見てたでしょ?」

「ちっ、つまんねえ……」


 女装した自分は自分ではないから意味がない。

 てか、これぐらいで照れていたらやーばいでしょ。

 でも、真っ直ぐに言われて女の子が照れるのもわかる気がした。

 言いづらいことを相手に真剣な顔で言うのってすごいことだし。


「いいから寝ようよ、誰かさんのせいで疲れたからさ」

「泣き虫野郎が、謝っても許さないとか女々しい野郎がよ」

「いや、普通は相手にとって嫌なことを嬉々としてやらないから」

「嫌いとか言うなよ」

「意地悪する直之は嫌いだよ」


 やっぱり自分が悪いとかそういうのはない。

 今日は彼にもそう言われる理由があった。

 明日香にああ言われてなければここにだって来ていないぞ。


「嫌いって言うなっ」

「だ、だから、意地悪をしなければ――」

「頼むからっ」

「……わ、わかったよ、思っても言わないから」

「思うなっ」


 わがまま……だったら意地悪なんかしなければいいのに。

 そりゃ僕だってずっと関係が続いているわけだし嫌いになんてなりたくない、仲がいいままでいたいと考えている。

 けど、ああしてわざと暗いところに放置したりするのは違うだろう、親しき仲にも礼儀ありというやつだ。

 お祭りの雰囲気に乗せられてとかそんなのは自分を正当化しようとしているだけでしかない、自分もそうだけどもっと考えて行動するべきで。


「あと、俺から逃げるな」

「逃げたのは直之でしょ、本当に怖かったんだから」

「もうしないから安心してくれ」

「それは時間が経過しないとわからないよ」


 って、全然寝られてないじゃん。

 もう寝るという意思を示すべく反対側を向いた。


「徹」

「なに?」

「布団かけろよ、熱が出ると面倒いぞ」

「ひざ掛けとかないでしょ?」

「ないが……下からタオルでも持ってくるか、なにもないよりいいだろ」


 問題ないと言って目を閉じて。

 すぐに仲直りできてよかったって心から思った。

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