07話.[女装がいらねえ]

 連休というものは後になればなるほど時間が早くすぎるもので、もうあと3日しか自由な時間がなかった。

 課題などはささっとやってしまったので後は学校に行けばいいけど、できればもっと遊びたいという気持ちがたくさんある。

 なので少しでも楽しもうと明日香と遊ぼうとしたら、


「鷺谷くんはなにを頼む?」


 何故か白石さんとこうして喫茶店に行くことになった。


「もう、鷺谷くんっ」

「あ、アイスココアかな」

「わかった、それじゃあ注文するね」


 あの夏祭り以降、1度も会えていなかった白石さん。

 特に日焼けしているとかそういうわけではないらしく、目の前にはいつも通りの色白な彼女がいる。


「今日は来てくれてありがとう」

「こっちこそ、誘ってくれてありがとう」


 明日香は部活動もできなくなった身として毎日文句を言っていた。

 ただ、友達が来るとすぐにハイテンションになるから分かりやすい。


「とりあえず、鷺谷くんは白いままだね」

「うん、あんまり日焼けしないみたいなんだよね」

「いいじゃん、そのまま続けようよ」


 どうせ女装が似合うからとか言われるんだろうなと考えていたら実際にそう言われて複雑な気持ちになった。

 ……正直に言って真っ直ぐ可愛いとか直之に言われてから、なんか凄く恥ずかしくなってしまっていて封印していたのだ。

 あれは僕の反応を見るための冗談だとはわかっているけど複雑だから。


「腕を見せて? うん、うーん……毛、剃ってるの?」

「いや、ずっとこんな感じなんだよね」

「女性ホルモンが多いのかな? あんまり男の子って感じしないし」


 え……こんなところにも男としての自分を否定する人がいたなんて。

 今年の夏休みはあんまりよかったとは言えないなあ……。


「それより今日はどうしたの?」

「誘ってくれないから私から誘ってみました」

「あのときはごめん、可愛げのない言いかたになっちゃって」


 意図してしたわけではないけど嫌われようとしていたらしいし、もうちょっと気をつけなければならないと反省していた。


「あの後わかったよ、直之くんと仲良くできるようにって考えて行動してくれていたんだよね」

「そうそう、直之がいなかったら白石さんは僕になんて興味がないだろうからさって思って」

「べつに直之くんだけを贔屓しているわけじゃないよ、どうせ隣同士になったのなら仲良くしたいって考えているだけ」


 それが僕である必要はないということだ。

 横が他の子であっても仲良くするという説明だろう。

 いや、別にそれで拗ねているわけじゃないけど。


「それに直之くんと仲良くできている男の子はきみだけだし」

「そうかな? よく他の子とも一緒にいるでしょ?」

「表面上だけはね、しかも毎時間きみの席のところに来るじゃん」


 確かにそれは事実だからなにも言えなかった。

 運ばれてきたアイスココアを飲みながら考える。

 直之があんな冗談を言うのは僕にだけかも。

 あんなこと同性に言ったら評価がやばくなるから。

 だからそういう冗談を言い合える仲というのはいいかもしれない。


「あ、言いたいことはそれじゃなくてさ、鷺谷くん」

「うん?」

「直之くんはきみのことが好きなんじゃないかって」

「えぇ!?」

「ちょっ、声が大きいよっ」


 謝罪をして黙り込む。

 いやいや、そんなことがあるわけがない。

 あれだけ女の子が近づいてくれる存在が同性に興味を?

 しかもこんな面白みもない男らしくもない人間を?

 ないでしょそんなの、ずっと関係が続いてきたから優しいだけだ。

 ……いや、最近はあんまり優しくないけど普段はいいからね、うん。


「もしかしてライバルが身近にいるから不安になっちゃったの?」

「そうだよ、明日香ちゃんとかきみとかね」


 彼女は目を閉じて「他は全く怖くないよ」と呟いた。

 そりゃ関わっている年数が違うからそういう風に見えるだけでしょ。

 距離感というのはどうしたって近くなるものだし。


「だからできれば、きみが取ってほしいんだよ」

「なんで?」

「明日香ちゃんに負けるのは悔しいじゃん、それならふたりで負けたい」


 夏休み終了直前でぶち込んできたなあ。

 そもそも勝手な想像だからこちらからは動けない。

 それに自分は異性が好きだ、しかも明日香か彼女が直之とそういう関係になれるようにって手伝おうとしたわけだし――いやまあ手伝おうとしただけだけど……。


「ないの? 少しでもそういう気持ちとか」

「一緒にいれば安心するけど、それは単純に付き合いが長いからだし」


 こんなこと話していてもしょうがない。

 やはり意味のないことだ、だから無理やり話を変える。


「私は海に行ったりしたよ」

「おぉ、僕なんか家で課題をしたり手伝いしたりとかだけだったよ」

「いいじゃん、お手伝いしているなんて偉いと思うけど」

「うーん、でも、ぱーっと遊びたいときもあるんだよね」


 誘える友達が直之ぐらいしかいないから微妙だった。

 しかも毎日来てくれるわけでもないから余計に。


「それならいまから海に行く? 直之くんも誘って」

「え、今日は行けないって……」

「大丈夫大丈夫、私に任せて! あ、きみはあれねっ」


 あれ……と考えなくてもわかった。

 お会計を済まして暑い外に出て。

 一旦別れて家に帰ったら玄関のところで妹が待ち構えていた。

 情報の共有がされすぎでしょと考えている間にも、妹は手際よく僕を女の子にしていく。

 ここではっきりと言っておくけど、これは別に趣味とかではない。

 無理やり、そうなにかを言ったところでなにも意味がないからしょうがなくなすがままになっているのだ。


「今日はロングね」

「こういうのって高くないの?」

「ふふ、兄ちゃんで楽しめるなら安いものだよ」


 人に装着させていないで自分に装着しておけばいいのに。

 妹はそんなに髪が長くない。

 部活動の決まりで短くするように言われていたからというのもあるし、妹自身が長いと面倒くさいということでそれを選んでいた。

 だからこういうのを装着したら新鮮でいいんじゃないだろうか。


「よし、できた!」

「おぉ……な、なんか自分で言うのもなんだけど……可愛いかも」

「兄ちゃんは可愛いよ!」

「明日香のほうが可愛いよ……ま、行ってくるね」

「うん、気をつけて!」


 ……一緒に行きたいとか言わないんだ。

 暑いから? あんまりアウトドア派というわけでもないからそこまで違和感はないけど。


「お疲れー」

「ごめん、待たせちゃって」

「大丈夫、ちゃんと直之くんも連れてきたから!」


 どうやったんだろうか。

 あれだけ遊ぼう遊ぼう遊ぼうと言っても面倒くさいで一蹴されたのに。


「というかさ、今日のなんか1番可愛くない?」

「しょ、正直に言って、僕もそう思い……ました」


 段々と染まってきている気がする。

 なので今年はこれで最後だ、次は絶対にしない。


「だよねっ、直之くん的にはどう?」

「んー、俺的にはあんまり化粧は濃くないほうがいいんだよな」

「これ、濃い?」

「いや、明日香ちゃんはかなり薄くしていると思うけど」


 とりあえず海に行くことになった。

 距離もそう遠くないから徒歩で行くことができるのはいい。

 遊泳禁止ではあるけど、綺麗な光景が広がっているからいいだろう。

 今日は天気もいいからね。


「おぉ、キラキラしてていいね~」

「音もいいな、落ち着く」

「ここに座ってぼうっとするのもいいかもね」


 地面は凄く熱がこもっているけどそれもまた夏らしくていい。


「つか、なんでこいつを女装させたんだ?」

「え、それは見ていて楽しいからですよ」

「こいつのことも考えてやれよ、きっと色々なものを失っているぞ」


 男だから女装なんてするな、女装をして夏祭りに行こう、色々なものを失っているだろうから女装させるな――この人の意見は色々と変わりすぎて駄目だ、誰のせいだと思っている。


「でも、これは絶対そういう顔じゃないよ、女の子の顔をしてるもん」

「おいおい、まさか心まで染まっちまったのか?」


 正直に言って女の子向けの性格みたいな感じもするけど。

 暗闇が怖いとか、可愛いとか言われてドキッとしまったこととかさ。


「しかも女の私がすっぴんなのにお化粧までしているんだよ?」

「確かにそうだな、大人しく受け入れるとかそうじゃないとおかしいな」


 ……なにかを言ったところで届かないから諦めたんだ!

 別に自分から進んでしているわけではないぞ!


「肌とかも綺麗でいいよね」

「化粧水とかは女装云々の前からしていたよ」


 乾燥肌だからするしかなかった。

 最近は女の子じゃなくてもケアする人が多くなっているのではないだろうかとそれっぽく言い訳をしておく。


「ちょっと抱きしめてもいい?」

「え……」

「なんか抱きしめたくなった」


 いいなんて言えるわけがない。

 やるのなら直之のほうを抱きしめてほしい。


「駄目だよそんなの、男なんだから僕は」

「あははっ、その見た目で言われるとおかしくなってくるよ」

「ごめん、でも、自分を大切にしなきゃ」

「そうだね! それは徹くんの言う通りだ!」


 黙ったままの直之のほうを向いたら結局されてしまったけど。


「もう……」

「あははっ、ごめんごめん! 私はこれで帰るから許して!」

「え、帰らないでよっ」

「ごめんっ、これから用事があったんだ!」


 これ、絶対にそういう作戦だったんだ。

 直之とふたりきりにするためのもの。


「ど、どうする? もう帰る?」

「せっかく来たならゆっくりしていけばいいだろ」

「そ、そうだね」


 変なことを言われた後だから顔が見づらい。

 どうすればいいんだろうか、冷や汗が出てきそうだ。


「喉乾いてないか?」

「う、うん、大丈夫だよ」

「落ち着け、なにを焦ってんだ」

「ふぅ……ごめん、大丈夫だよ」


 大丈夫、直之がこのまま直之でいてくれるなら。

 というか、あるわけがないんだ、僕を好きなんてことが。

 友達としては好きでいてくれているだろうけどって、これって願望かな?

 とにかく、女装をしているとはいえこっちもいつも通りでいい。


「まさか来てくれるとは思わなかったけど」

「昼までは家にいろって言われてたんだ」

「え、そう説明してくれれば何度も誘ったりはしなかったのに……」

「まあいいだろ、実際こうして出てきているんだから」


 ひとつ問題があるとすればここが暑いことだろうか。

 あまり汗をかけるほうではないから体内に熱がこもっていく。


「はぁ……」

「どうした?」

「ううん、なんでもないよ」


 こうして息を吐いたところで照らされたままだからあまり意味もない。

 しかも骨格とかをなるべく隠そうとしているのか重ね着で暑いし。

 多分だけど喫茶店内や自宅が涼しいのも影響している。

 涼しい場所、暑い場所、涼しい場所、暑い場所ってすぐに変わるのがよくなかったんだろう。


「はぁ……はぁ……」

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫」

「馬鹿が、移動するぞ」


 元々学校以外では引きこもりがちなのも関係しているかも。

 そうでなくても最近は気温も上がっているわけで。


「ちょっと日陰まで移動するから我慢しろよ」

「え……ちょ!」

「別にいいだろ、お前は男なんだから」


 男だからこそ背負うのではなくお姫様抱っこされると恥ずかしいけど!


「は、恥ずかしいんだけど……」

「我慢しろ、それにそれだけ元気なら大丈夫そうだな」

「だから大丈夫って言ったのに――あ、ひ、人がっ」

「そりゃいるだろ、夏休みなんだから」


 もう駄目だ、こんなの勝てん……。

 諦めて目を閉じておくことにしよう。


「ここら辺でいいか?」

「どこでもいいよもー、男として死んだから」

「投げやりになるな、下ろすぞ」


 別に普通に歩けたのになあ。

 女性に見られたことより大人の男性に見られたことが拍車をかける。


「さっきは言えなかったが、可愛いぞ」

「ありがとー、もう女の子になるよもー」


 格好いいって言われたいわけではないけど可愛いは微妙だ。

 それに前も言ったけどあれだ、女装状態は自分のようで自分ではないから褒められてもそもそも嬉しくないというか。


「残念ながらそうはなれないぞ」

「……わかってるよ、本当に意地が悪いんだから」


 余計なことは考えない。

 女装はもうしない、今度こそなにを言われても封印する。

 もしするようだったらそのときにまた封印するって考える。

 後にどうなるのかなんてわからないからいまだけは誓っておけばいい。


「とにかく、無理するなよ」

「うん、ありがとう」

「これ以上いてもあれだし、そろそろ帰るか」

「そうだね」


 よし、今度こそちゃんと歩いて帰ろう!


「ぉお?」

「よし、帰るぞ」

「あの……」

「女なんだろ? それなら男は優しくするものだろ」


 余計なことは考えない。

 僕の女装姿を気に入っているようだし最後ぐらいよく見せてあげるか。

 ただね、人通りが多いところでこれをされたままでいると軽く消えたくなってしまう、直之が涼しい顔のままなのも影響をして。

 結局のところ驚かせる作戦というのは弱い状態のまま終わってしまったうえに、ドキッとさせることはできなかったわけで。


「大敗北だよ……」

「そうだな、夏の暑さに負けた形になるな」

「そうじゃなくて直之にだよ」

「どういうことだ?」


 もうこの際だからと全て吐いた。

 彼はそこからかなりの距離を歩く間、笑いっぱなしだった。


「もしかしたらドキッとしているかもしれないぞ?」

「しているわけないじゃん」


 こう答えてきたのは自宅前に戻ってきたとき。


「ま、そうかもな」

「ほら!」


 こう答えてきたのが下ろされたとき。

 ないんだよなあ、白石さんの妄想なだけだ。


「正直に言って、お前化粧いらねえよ」

「それで明日香の服を着ろって?」

「いや違うわ、そもそも女装がいらねえ」

「女装がなかったらただの僕じゃん」

「ただの僕でいいんだよ、ま、それじゃあな」


 な、ないない、早く家の中に入ってゆっくりしよう。

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