05話.[できただろうか]
よし、大丈夫そう。
答案用紙が全て返ってきたけど、全て70点以上で問題はなかった。
そして隣の白石さんがハイテンションなところを見るに、直之塾は成功したということになるのだろう。
「鷺谷くんは大丈夫だった?」
「うん、頑張ってよかったよ」
これで女装してお祭りに行く以外は楽しい時間を過ごすことができる。
破ったらどうなるのかがわからないから従うしかないし、なにより自分がいいと言ってしまったからしょうがない。
「そうだ、8月最初のお祭り、白石さんも一緒に行こうよ」
「それは直之くんもいる?」
「当たり前だよ、直之がいなければそもそも誘わないし」
まだ僕単体で誘って来てくれるような仲ではないと考えている。
というか、直之がいなければ白石さんを誘う意味なんてないから。
明日香は明日香で頑張ってほしいけど、直之があそこまで普通に対応しているのは彼女だけだからね。
「なんか言いかたが嫌だな~」
「うん?」
「そもそも誘ってくれないんだ」
「うん、だって直之がいなければ話しかけてきてすらいないだろうからね」
直之は僕にも優しくしてくれる存在だ。
けど、その僕に冷たく接したりなんかしたら多分気になるはず。
だから表面上だけは優しくしてくれているだけだと思うんだよね。
「そんな言いかたをしちゃう鷺谷くんは嫌い」
「まあ、僕のことは嫌いでいいよ、直之と仲良くしてくれればそれで」
そもそも女装をするやばい人間だから。
明日香に強制されたとかそういうのではなく、今度のお祭りの日は自分からしていくと言ってしまったぐらいだし。
しょうがないね、元々好かれる要素がひとつもない。
「直之くんとふたりきりでお祭りに行っちゃおうかな」
「それは無理なんじゃない? 明日香だって行くんだし」
「じゃあきみは来るの禁止」
……できることならいまからでもそうしたいよ。
でも、行かないなんて言ったら直之に嫌われてしまう。
しかも彼女に言われたから行かないという選択をしても彼はそういうところを全く考えずに罰を与えてくることだろうし。
「それは直之に聞いてくれないと」
「もう約束しているってこと?」
「だから誘ったんだよ、君を」
何度も言わせないでほしい、それ以外では誘うなんてしない。
「わかったよ、先に約束していたのはきみなんだからね」
「うん、なるべく迷惑をかけないようにするからさ」
「でも、女装をして来るって聞いたけど?」
知っているなら言わないでほしい。
なんでこんなに意地悪なのか。
そういうSっ気に惹かれる人間ばかりじゃないぞ。
「しかもさ、直之くんと手を繋いで行動するとも聞いたよ?」
「せっかく明日香や君が来てくれているのに邪魔をする気はないよ」
当日は恥ずかしすぎてあまり人気のないところでいるだけだと思う。
さらに言えば自分から無意味なものにするわけにはいかない。
明日香にとっては今年が中学生最後の夏だし、2年生の彼女にとっては来年ゆっくり遊ぶこともできないだろうから楽しんでほしいという気持ちがある。
さすがにこれだけ近づいておきながら異性として気になっていないということはないだろうからね。
「だからお願い、僕のことは嫌いでいいから来てよ」
「わかりました、そこまで頼まれたら行くしかないでしょ」
「ありがとう」
もし人数が少なかったりしたらあの姿でたくさん歩かされるから助かった、少しは彼女のために空気を読んで行動するのだから彼女にも少しなにかをしてもらってもいいだろう。
「それよりさ、なんで今日はずっと突っ伏しているのかな?」
「わからない、体調が悪いというわけではなさそうだけどね」
直之は朝からそんな感じだった。
もう授業という授業もないから帰って昼寝だってできるというのに。
「起こしてあげなよ」
「私が? 鷺谷くんがしてあげなよ」
少し気になるから起こしに行こうか。
「直之、なんで今日はそんなに寝ているの?」
「……放っておいてくれ」
「いや、気になるって」
この前のこともあるし、きちんと把握しておかなければならない。
うざがられても今回は退くつもりはなかった。
「しつこいぞ……」
「駄目だよ、いつもなら友達と楽しそうにしているじゃん」
いい点か悪い点かはわからないけど、いつも側にいる男の子や女の子も彼が寝ているならと近づいていなかったことだ。
気遣いなのか、それとも彼の人を寄せ付けないオーラがわかるのか。
仮にもしそうなら、僕はかなり空気を読めない行動をしたことになる。
「うざい」
「ま、まあ、そう言わないでさ……」
「悪い……、ちょっと教室を出ようぜ」
「うん、わかった」
あと5分ぐらいしかないけどいいのかな。
「ちょっと嫌なことがあってな」
「嫌なこと? 吐いてみたら楽になるんじゃない?」
どうやら邪推されていることが嫌みたいだった。
でも、自分のことではなくて、白石さんに失礼だろうってことで。
違うと言っても全く聞いてくれないから怒鳴ってしまったらしい。
それでいつものように凹んでしまっている状態なのかもしれない。
「だって白石に失礼だろ?」
「みんなは勝手に言うものだからね」
瞬く間に広がって、思ったよりも早く消えていく。
昨日まで盛り上がっていたのに!? とこちらが驚きたくなるぐらい。
まるでそういう風にプログラミングされているみたいに、飽きとは急にくるものだからある意味恐ろしいぐらいで。
「……さっきは悪かった」
「僕だって悪かったよ、ごめん」
「それと余計なこと言って嫌われようとすんな」
「え、聞こえてたの?」
教室内はある程度賑わっていたのに耳がいいんだな。
しかも僕はあえて嫌われようとなんてしていないんだけど。
彼がいなかったら白石さんを誘ってもなにもしてあげられないからと言いたかっただけだ。
「ま、自分から行かないとか言い出さなくてよかったけどな」
「だ、だって……破ったらなにをされるかわからないし」
「ふっ、抑止力になったということか、言っておいて正解だったな」
けど、平気で脅すようなことはしないほうがいい。
「絶対に連れて行くからな、お前がいなきゃ意味がない」
「……本当は気に入っているんでしょ」
「いや、去年は行けなかったからな」
「それは直之のせいだけどね、他の友達ばっかり優先したから」
「だからだ、正直に言って女装とかどうでもいいんだよ――あ、だからって女装しなくていいとか言うつもりはないから安心してくれ」
安心できねえ……。
まあ……自分から言い出したことだからちゃんとする。
それで今度こそドキッとさせてやる、それから笑ってやるんだ。
いつまでも恥ずかしいところばかりを見られるのは嫌だから。
だって不公平じゃん、たまには驚かせたい。
どんな手段を使っても、男としての自分が消えても構わない。
「よし、戻るか、お前と話したらすっきりした」
「それはよかった」
これから半日で終わるのが続くから楽だった。
だから色々と勉強をして当日に上手くやろうと決めたのだった。
当日、僕は逆にドキドキとしていた。
あまりの人の多さに俯いて歩いていたらはぐれてしまったのだ。
人の多いところは嫌だからと人気のないほうを目指したら、本当に同じお祭り会場か? と問いたくなるぐらいの暗闇がそこにあったせいで。
それでも向こうに戻りたくなくて適当なところで座っていた。
正直に言って、かなりどころかもうやばいぐらい怖かった。
別にそう離れているわけではないから色々な音が聞こえてきてそれが逆効果になっているというか……なんか別世界に入ったかのような感じが。
よく夏祭りのときは云々という話を聞くから……。
「いや、やめよう……」
こんなことを考えていると本当にそうなる。
幽霊さんだって僕になんか興味はないだろうから勝手に言ってくれるなよって怒っていると思うし。
携帯で連絡すればいいじゃんと言われたら確かになるけど、この服やスカートはポケットがなくて家に置いてきたんだよね……。
「――っ!?」
足音が聞こえてきて咄嗟に隠れてしまった。
……直之や明日香たちというわけでもなかったから正解かな。
怖い……本当にどうしようもなくなりそうなぐらい。
これ以上留まると精神がイカれるから帰ることにした。
どうせ会えないんだから帰って携帯で連絡してあげたほうがみんなも安心するだろうから。
にしても、女装をすると心まで変わるみたいだ。
スカートを履いているからというのもあるかもだけど、なんかふわふわして落ち着かない。
「そこにいたのかよ」
「ぎゃ……あ、や、やあ」
本当にベタな感じだ。
自分が本当に女の子なら抱きついてた。
探してくれてありがとうって言うかもだし、遅い、もっと早く見つけてよって怒っていたかもしれない。
「なんでそんな暗いほうに行ってた、お前は苦手だろうが」
でも、人混みの中にいたらいたらで落ち着かなかったと思う。
普通の状態ならともかく、いまの自分は女装をしているんだから。
お化粧だってしてもらった、髪の毛だってウィッグをかぶっているし。
「ごめん……迷惑をかけた」
「別にそれはいい、俺だって約束を守っていなかったからな」
それはしょうがない、だって明日香と白石さんがいるのにそんなことはできない。手を繋いで歩くということはほとんど独占してしまうようなものなんだから。
「それ、落ち着かないのか?」
「うん……だって丈が短いし」
膝より上って恥ずかしすぎる。
寧ろ本物の女の子のほうがスカート丈が長いっておかしいでしょ。
「僕のことはいいからさ、ふたりといてあげてよ」
「お前はどうするんだ?」
「もうちょっと明るいところで待っているよ」
流石に先に帰るなんて言えなかった。
けど、約束はもう果たしたからそっとしておいてほしい。
あまり出歩くと社会的に死ぬ、女の子は簡単に見破れるみたいだしね。
「放っておけるわけないだろ、本当は怖いんだろ?」
「……情けないけどその通りだよ」
本当に情けなくて嫌になる。
どうして女の子に生まれなかったんだろうって思う。
そうしたら最強の特徴だった、好きな子がいたら計算とかではなく悪いとは思いつつも甘えて安心していた、かもしれない。
考えても女の子じゃないから意味ない思考だけど。
「ほら」
「え……」
「あいつらなら問題ない、友達と集まって楽しんでいるから」
「じゃなくて……なんで手を……」
「そういう約束だろ、それにお前なにも食べてないだろ? だから買いに行こうぜいまから」
これを自分から握ってしまったら男として終わる気がする。
ただ、このままこういうところにいても終わる気がする。
お腹が減ったのも確か。
今日は外で済ますという話だから家に帰ってもなにもない。
作ればいいじゃんと言われればそれまでだけど、お祭り会場で焼きそばとかを食べたいという気持ちもあって……。
「早くしろ、また別行動になったら探すの面倒くさいからな」
「い、行くから手は……」
「それでこうなったんじゃないのか?」
だってこんな格好をしているけど僕は男だ、そして彼も男。
なのに手を繋いだりなんかしたら……気にならないのかな。
「はぁ、これは約束だからやらせてもらうぞ」
「あ……」
「行くぞ」
ま、まあ、こういう形ならこの前だってされたんだし構わないけど。
彼の前では無駄なプライドなんて捨てるべきだって考えているのに実際は上手くできないものだなと手を引かれながら思った。
ちょっと高いけど焼きそばを買って今度は明るい場所に設置してある椅子に座って食べることになって。
「美味いな」
「うん、この雰囲気の中で食べるのは嫌いじゃないよ」
今年こそは仲のいい異性と過ごす! なんて考えていたのにな。
目の前には無表情の直之しかいない。
美味しいならもうちょっとぐらい柔らかい表情を浮かべてもらいたい。
「似合ってるぞ」
「なにが?」
「服やスカート」
「明日香と白石さんに言ってあげなよ」
そのふたりは楽しめているだろうか。
本命が消えてしまったら帰るってなりそうだけど、ならなかった?
申し訳ないことをしてしまった、自分がはぐれたせいでさ。
「ごちそうさまでした」
もうこれだけで十分お腹いっぱいになったしそろそろいいかな。
直之を戻してあげなければならない。
「僕は帰るよ、探してくれてありがとね」
「駄目だ、帰さない」
「え……でも、約束はちゃんと果たしたよ?」
「まだ俺は帰る気がないからな、最後までいてもらうぞ」
その強引さを女の子相手に発揮しようよ。
いやまあ、あんまりしたら嫌がられちゃうけどさ。
「見て回ろうぜ、どうせ腹いっぱいなんだろ?」
「……直之って僕のことわかりすぎだよね」
「何年一緒にいると思ってんだ」
あと、僕がいなければ意味がないとか好きすぎるし。
「ね、ねえ、本当に大丈夫?」
「そうやってキョロキョロしているほうが怪しく見えるぞ」
「……というか、手を握るのまたやるの?」
「そうしないとまたどっかに行くだろうが」
目を閉じて歩いておこう。
勝手に向こうが制御してくれるから問題ない。
「おわっ、なんだよ衝突してきて」
「な、なんで急に止まるの!」
「なんでって、めちゃくちゃ人がいるからに決まっているだろ」
これでいちおう驚かせることができただろうか。
僕のほうが口から心臓が飛び出そうになったけどどうでもいい。
「うざってえな、さっきのところに戻るか」
「椅子のところに?」
「違う、あの暗いところだ」
うわ……意地悪な顔をしているぞ。
横に誰かがいても怖いものは怖いということをよくわかっている。
「いいな、ここは人がいなくて」
「そ、そうかなあ……怖いけど」
「だからいいんじゃねえか、お前を怖がらせることができて」
今度こそ目を閉じておけば怖くなったりはしない。
「おい!」
「わああああ!?」
「ふっ、明日香が面白がる理由がわかったぜ」
駄目だ、直之を驚かせることなんてできなさそうだ。
もう離れて座っておくことにする、近かったら絶対にやられるし。
「おいおい、そこまで警戒するなよ」
「直之なんて嫌い……」
あ、やば……こんなこと言ったら余計にやられるだけなのに。
「悪かったよ」
「……もうやめてよ?」
「ああ、もうしないから戻ってこい」
が、近づいてもやられることはなかった。
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