04話.[勉強しておこう]
「おぉ~、可愛いじゃん」
恥を晒していた。
なにをやっているんだろう。
明日香に、直之に、そして白石さんに見られている。
別に自分のやばい趣味を見てもらって興奮できるタイプではないから心内は冷え切ってしまっていた。
「こ、これ、短すぎない?」
「大丈夫! というかこのために毛を剃っておいていたの?」
「違うよ……あんまり生えないタイプってだけ」
真剣に消えたい。
このまま出るなんてできないから詰みみたいなもの。
あと、体を冷やしたまま帰ってきたから地味に寒い。
「もういいだろ、終わらせてやれ」
「そうだね、見られて満足できたし」
いまさら止めてくれても遅いんだよ……。
親友として困っているところを見た時点で待てと言ってほしい。
……受け入れようとしたのは自分だから自業自得だけど。
「ふぅ、やっぱり普通が1番い――くしゅんっ」
「汚えな……」
いや、これ君のせいなんですけど。
なんであからさまに迷惑そうな顔をしているのか。
「つか、いちいち女用の下着を着るとかやべえな」
「だって明日香が……というか、なんで残っているんです?」
「いまさら徹の裸を見たぐらいで狼狽えねえだろ」
脱げはしないからそのままズボンを履くことになった。
それにしてもすごいよな、これのために新しく下着を買うなんて。
明日香と白石さんの徹底ぶりがすごい、しかもくれるらしいぞ……。
「明日、熱が出るかも」
「弱気になるな、気の持ちようだぞ」
はぁ……もういいから廊下で待ってもらっているふたりを呼ぼう。
「ぷふっ、あはは! 化粧したままで男の子の服を着ているとか!」
「しかもこいつ、まだパンツ履いたままだぞ」
「あははっ! やばいやばいっ、鷺谷くんやばいよ!」
どうせ同級生、しかも異性に女装を晒している時点でやばいよ。
だから変に言い訳なんかしないで寝っ転がった。
布団もちゃんとかけていちおう熱が出ないように対策をしておく。
「あれれ……ごめんね、からかいすぎちゃったかも」
「……謝られると余計に複雑になるからいいよ」
「あ……うん、じゃあ私はもう帰ろうかな、楽しかったよ!」
すまない、大人気ない対応をしてしまって。
悪いのは全て直之だから気にしないでほしい。
「兄ちゃん、はしゃぎすぎて疲れたからちょっと寝るね」
「うん、おやすみ」
僕は部屋に残ったままでいる直之を見る。
「帰らないの?」
「別にいいだろ、まだ夕方だぞ」
「僕はいいけどさ、ちょっとこれ落としてくるね」
ついでにお風呂に入ってしまうことにする。
明日香から何回も水洗いでは落ちないと説明されていたから。
肌が荒れても嫌だし、プール後だからなんかベタついているし。
「徹」
「ちょ……」
「別に中に入ったりはしないから安心しろ」
シャワーで済ませる予定だから話されても聞こえないけど。
「さっぱりした」
先程と違ってすっきりした感じしかない、これなら熱は出なさそう。
「そういえばさ、なんでここに来たの?」
「部屋主がいないのに部屋にいるのは気まずいだろ」
「まあ……わからなくもないけど」
相手が異性だったら絶対にそうなる。
残さないでえ! って内で叫びながらも結局動けずにいそうだ。
「どう? もう大丈夫だよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「それなら洗面所から出ていってください、服を着たいので」
「へいへい」
もう少なくとも明日香の前以外ではしないと決めた。
あんなのこちらになんにもメリットがないじゃないか。
それにサポートしようとしても本人たちが彼と別行動をしてしまったらなんにも意味はない、たくさん彼ら彼女らのためにしてあげられるというわけではないけど友達としてなにかをしてあげたいのに。
「ごめん、待たせちゃって」
「ああ……」
「うん? どうしたの?」
「はぁ……いや、そろそろ帰るわ」
「そうなんだ――って、危ないってっ」
支えてから分かったけど体が熱かった。
おでこに触れてみたが、……どうやら熱があるみたいだ。
「なんで先に言わなかったの」
「明日香に誘われたからだ……白石を呼んだのは明日香のためだ」
どうやらふたりには説明してあったらしい。
普通は僕に説明をして見ていてもらうべきところだろうに。
「とりあえず寝なよ、敷布団を敷いてあげるから」
「悪い……」
無駄に元気そうな演技をしやがって。
とりあえずぱぱっと敷いてすぐに寝かせた。
夏とはいえ布団もしっかりかけて、こちらは飲み物を用意して。
「はい、飲んで」
「さんきゅ……」
そっとしておくことが1番だろうから自分も寝ることにした。
テスト勉強の連続と、慣れない女装と、最近は疲れてばかりだ。
「徹……」
「なに?」
「悪かった……」
「謝らなくていいから寝なよ、後で明日香に体が温まるお鍋を作ってもらうから、生姜とかがいっぱい入ってるやつをさ」
「ああ……」
このモードになると途端に弱々になるから困る。
放って寝ることなんかできない、せめて彼が寝てからにしよう。
「お前は大丈夫なのか?」
「うん、お風呂に入ったらすっきりしたよ」
「風邪を引いてくれるなよ」
弱気な彼は好きではない。
もう終わったことを後から謝られたってしょうがないだろうに。
いつもみたいにしておけばいいんだ、それぐらいは我慢できる。
「悪い……寝るわ」
「うん、ゆっくり寝てよ、なんなら泊まってもいいから」
「ああ……おやすみ」
「おやすみ」
風邪を引いているのに水になんか普通は入らない。
寧ろ彼の方が今日の僕みたいに避けておくべきだったんだ。
……気づけなかった僕も駄目だな、ロッカールームでだって一緒にいたのになにをしているのかという話だろう……。
しかも結局明日香や白石さんを守るために利用しようとしてしまっていた、責められるのなら僕のほうか。
なんか寝る気にもならないから部屋を出ていることにした。
「ふぁぁ……おふぁよ~」
「おはよ、直之のためにお鍋を作ってあげてくれない?」
「わかった! 温まるやつでいいんだよね!」
「うん、よろしくね」
そもそもこれも異常だ。
家事をなんでも妹に頼ってしまっているのはおかしい。
今日から少しずつできるようにしていこうと決めて、明日香に頼んだ。
「それなら直くんのために作ってあげたら?」
「で、できるかな?」
「できるできる! ちゃんと教えるからやってみよ?」
「わかったっ、やってみるよっ」
――30分ぐらい経過した頃、完成した。
でも、恥ずかしいから自分で持って行ったりはしなかった。
明日香に頼んで、それでも僕が作ったことは隠してもらわずに。
だって明日香が作ったやつということにしてしまったら困るでしょ?
僕は食べているであろう時間は家の外で過ごして。
「食べ終えたよ」
「そっか、ま、不味いとか言ってなかった?」
「そもそも言う前に兄ちゃんが作ってくれたやつだってわかったみたい」
なんでわかるんだ……付き合いが長いから?
まあいいか、僕が作ったことには変わらないんだからね。
「……なんでいちいち外になんか出るんだよ」
「なんでいちいち部屋から出てるの、早く寝なさい」
「変な遠慮すんなよ、お前の部屋だろ」
「しないから早く戻って寝ましょうね」
しょうがないから結局夜ご飯作りは明日香に頼んで部屋に戻った。
寂しいんだろうな、風邪のときは誰かにいてほしいからわかるけど。
「……さっきの美味かった」
「でも、食べやすい大きさとか全部教えてもらわないとわからなくてさ、すごい情けないと思ったよ」
「これから一緒にやってやればいいんじゃねえのか?」
「うん、そのつもり、だから直之には悪いけどきっかけを貰えて感謝しているよ、ありがとう」
直之の隣に座って適当に時間をつぶすことにした。
また出てこられても困るから作ってもらったものは持ってきてもらう?
……明日香に負担をかけてばかりだな、それなら彼が寝てから食べに行けばいいと考えて片付けておく。
「性格悪いな……熱を出してくれてありがとうなんて」
「いや……まあ、そう言っているのと同じだからなあ」
とにかく早く寝てくれと頼んだ。
家にはこのまま泊まらさせる、特に問題もないだろうから。
ただ、じっとしていたのが問題だったのかもしれない。
「あ……またこのパターン」
気づいたらもう20時過ぎというやつ。
やっぱり駄目だな、ちゃんと睡眠を取っておかないと。
布団がかけられているということは……馬鹿だな。
「僕にかけたら意味ないでしょ」
特に苦しそうというわけでもない。
水分補給のために起こすか、僕だけ抜けてご飯を食べるか。
「直之、起きて」
「お……こすなよ……いまやっと寝られそうなところだったのに」
「それはごめん、でも、水分を摂らなきゃ」
「いま飲んだ……」
「えっ、ごめんよ……」
申し訳なさすぎて部屋から逃げた。
これからは明日香に頼もうと決めたのだった。
幸い、風邪を引くようなことにはならなかった。
でも、あれだけ寝ても治ったわけではないらしく、今日も調子悪そうに布団の上で寝ているだけの彼を見て微妙な気持ちになる。
「……放っておけばいい、俺は家に帰るから」
「そうは言われてもね……」
今日はもう月曜日だけど放っておけない。
「これ以上迷惑はかけられないからな……」
「自分の家の方が安心するということなら送るけど」
「いや……」
「ならこのままでいいよ、僕も休むからさ」
「は……? 休むなよ……お前は学校に行けばいい」
それとも家に送って学校に行くべきなのか?
いま休んだりすると彼は絶対に気にする。
気を休ませるつもりが逆効果になりかねないか?
「もう1度聞くよ、自分の家とここと、どっちがいい?」
「……お前の家」
「休まない方がいい?」
「当たり前だ……」
だけど、ご飯をどうすればいい。
夏だから作り置きは不味い、想像以上に早く劣化するから。
「おはよー」
「おはよう」
「ん? なんでそんなに難しそうな顔をしているの?」
事情を説明、それなのに明日香は柔らかい表情のままだった。
「今日は祝日ですが、そこのところどう考えています?」
「えっ!? あ……大きな声を出してごめん」
「ほら、カレンダーも赤くなってるじゃん」
ほんとだ……なんにも見えていないなんて。
「だから、直くんの側にいてあげられるでしょ?」
「ありがとう、安心できたよ」
ああ、本当に情けない人間だ。
しかも言いづらいだろうに2回も聞いてさ……。
「私は三佳さんと会ってくるね」
「気をつけてね、あと水分をちゃんと摂るように」
「うん、行ってきます」
いまから行くってかなり早いけどまあいいか。
それよりこちらはどうするかだ。
「大丈夫?」
「ああ、昨日よりはマシだ」
「なにかしてほしいことってない?」
このままでは使えない者扱いをされてしまう。
実際にその通りであるからこそなにか頑張りたい。
「部屋にいてくれ……適当に本でも読んでいてくれればいいから」
「わかった」
所詮、その程度しかできないのか。
変に考えて動かれると余計に疲れると判断してのことか?
まあいいや、昨日みたいにはならないようにしよう。
「やっぱしてもらいたいことがある」
「うん」
「……横にいてくれ」
「別にいいけど」
調子が悪いときに横で本を読まれていたりしたらどうなんだろう。
ただ横にいるべきか、それとも読書をしておくべきか悩む。
そして悩んでしまっている時点で自分の無能さを晒しているわけだ。
「もうかなりよくなったんだ、ありがとな」
「体を起こして大丈夫なの?」
「ああ。だが、問題があるとすれば寝汗をかいてしまったことだ、悪いが終わったらこの布団は洗ってくれ」
「まあ、そろそろいい頃合いだからね」
即答してしまったら複雑だろう。
だからこのような言い方になった。
「徹」
「え……っと、そんな真面目な顔で見られても困るけど」
「手を貸せ」
「わ、わかった」
思ったよりも力強く握られて不思議な気分になる。
そもそもなにがしたいのかがわからない、握力は戻ってきているから体調は大丈夫だと、心配しなくてもいいと教えたいのかな?
「今度、女装した状態で出かけようぜ」
「はい!? も、もうしないよあんなこと!」
「こうして手を握っていれば周りもカップルだって思うだろ?」
「歩きかたとかが男だから無理だよっ」
つまり速攻で男だとばれてやばい感じになる。
もし学校の生徒となんか遭遇したりすれば直之は男に女装をさせて出かけさせる趣味の人間といった風に見られるということになるんだぞ。
女の子はいまいっぱい近づいて来てくれているけど、そんな事実をわかっていても近づく人間というのは明日香ぐらいになると思う。
「いける、可愛いから大丈夫だ」
「ちょ……もう、まだ治ってないんでしょ」
「まあ、正直に言えばそうだな」
「早く寝なさい」
まったく……どっちにとってもデメリットしかないのに。
こちらは平日の昼間から女装をする男、それに女装男と出かける男とかやーばいでしょ。
「それでも嘘は言ってないぞ」
「……そもそもあれは明日香がいてくれないとできないことだから」
「手伝ってもらえばいい、それで普段は手伝ってやればいいだろ」
「側に本物の女の子がいるんだからそっちに頼めばいいじゃん」
というか……それだと男の僕を全否定ってことなんですけど。
これほど複雑なことってないよなあ、普通はこういう反応になる。
「はいはい、とりあえず寝なさいって」
「もしかして恥ずかしいのか?」
「当たり前でしょうが」
まだ社会的に死にたいわけではないのでね。
歩く度にひそひそ話をされるような存在にはなりたくない。
それに直之とは普通にいられればいいんだ。
「悪い、忘れてくれ」
「よかった、安心できたよ」
「やっぱり忘れるな――そうだ! 夏祭りの日にそうしようぜ!」
これだけ直接的に求められるとしてやってもいいかなって気分になってしまうのがやばいところだった。
明日香も連れて行く予定だし、白石さんも誘う予定だから女友達って感じで周囲も見てくれないだろうか? 1対3のハーレムとか普段から繰り広げているのが彼だから……生徒と出会っても違和感はないはず。
また、お祭りのときの雰囲気ならみんながそっちに注目しているだろうし? あんまりひとりひとりの歩きかたになんか着目してないと思うし。
「……いいよ、やっても」
「よし、約束だからな、破ったらどうなるか覚えておけよ?」
「や、破らないよ」
少なくとも女の子らしい仕草とかってやつを勉強しておこうと決めた。
ただ、直之の笑った顔が何故だか凄く怖かった。
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