第5章 22 無力な自分
エドガーが去った後ヒルダは1人部屋に入り、扉を締めるとため息をついた。
(困ったわ…。まさかカウベリーに来ることになるとは思わなかったから…何も勉強道具を持ってきていないわ。こんな事なら大学の課題でも持ってくれば良かったわ…)
「仕方ないわね…。執筆の続きでもしようかしら…」
ヒルダは冬休みの間、絵本を手掛けてみようと考えていた。物語の構想は出来上がっている。後はそれを文章にまとめるだけであった。ヒルダは早速ライティングデスクに向かって引き出しから紙とペンを取り出した、その時―。
コンコン
部屋の扉がノックされ、声が聞こえた。
「ヒルダ、入っていい?」
その声はマーガレットであった。
「お母様、どうぞ?」
するとすぐに扉が開かれ、濃紺のパーティードレスを着用したマーガレットが現れた。
「ヒルダ、まさか貴女が来てくれるとは思わなかったわ!」
「お母様、お会いできて嬉しいです」
椅子から立ち上がったヒルダにマーガレットは近付くと、強く抱きしめると言った。
「お帰りなさい、ヒルダ」
「はい、帰ってきました。お母様」
ヒルダもマーガレットを抱きしめた。
「それにしてもハリスから話を聞いたときには驚いたわ。エドガーの知り合いが参加すると聞いていたけれども、まさか…ヒルダ。貴女だったの?」
マーガレットはヒルダを抱きしめたまま尋ねた。
「いえ…そうでは無いのですが…本来のお客様が私と同じ大学に通う方で、その方と一緒にカウベリーへ来ました。けれどその方は体調を崩してしまい、パーティは欠席することになったのです」
「まぁ、そうだったのね?それでヒルダが1人で参加する事になったのね?」
マーガレットはヒルダから離れると言った。
「はい、そうです。あの…それでお母様に少し尋ねたいことがあるのですが…?」
「ええ、何かしら?まだパーティーが始まるまでは時間があるから座って話しましょう?」
「はい」
2人はヒルダの部屋に置かれたソファセットに座った。
「それで一体、話というのは何?」
「はい、お兄様とお父様の事なのですが…」
その言葉を聞いた途端に、マーガレットの顔が曇った。
「ヒルダ…何か知っているのね?」
「はい。お兄様は今…離れで1人で住んでいるのですよね?原因は…エレノア様との別居ですよね…?」
「もうトナー家とは駄目かも知れないわ。何しろエドガー本人が復縁を望んではいないから。ハリスは諦めてはいないようだけど…。先方から莫大な慰謝料を請求されているのよ。とても我が家では払いきれない額だわ…。だけど、エドガーの気持ちを考えると…」
マーガレットはため息をついた。
「お母様…」
(本当にどうすれば皆が幸せになれるのかしら…いっそ私がお金持ちの方と縁があって政略結婚でも出来ればお兄様もフィールズ家も救えるかも知れないのに、だけど私のこの足では…)
ヒルダはドレスの下に隠された大きな傷跡のある左足にそっと触れた。
(この傷では…誰も私をお嫁になど貰ってはくれないわね…ルドルフ以外は…)
それにヒルダ自身もルドルフがこの世を去った今となっては、他の誰かと一緒になる未来を思い描くことが出来ないのだった―。
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