第3章 4 ヒルダの退院

 あの事故から一カ月の月日が流れた。今日はヒルダの退院の日である。あの手術後、目が覚めたヒルダはもう自分の左足が二度と元に戻らない事を聞かされた。その事実はヒルダを酷く打ちのめすものであったが、逆に医者からは励まされた。


『あの落馬事故で死ななかっただけ、運が良かったよ。それに杖を突けば1人で歩く事だって出来るんだ。だから自分に自信を持って生きていくんだよ。』


ヒルダはその言葉で、絶望する事無く前を向いて生きていこうと決めたのだった。



「先生、今迄お世話になりました。」


父の隣で母の押す車いすに乗ったヒルダは今迄お世話になった医者にお礼を述べた。


「ヒルダさん、お元気でね。」


「はい、先生もお元気で。」


「先生、それでは失礼致します。」


マーガレットは丁寧に頭を下げた。


「先生、今迄娘が大変お世話になりました。」


ハリスもマーガレットに引き続き、礼を述べると3人は病院を後にした―。


馬車に乗り、汽車に乗り・・・そしてまた馬車に乗り・・ついにヒルダは懐かしい我が家へと帰って来た。

メイドのカミラは涙を流しながらヒルダを迎えいれ、他の使用人達もヒルダを恭しく迎え癒えてくれた。



 屋敷に帰って来るなり父が言った。


「ヒルダ、実はお前の部屋を2階から1階に移したのだよ。」


「え?そうなの?」


ヒルダは驚いて父の顔を見上げた。


「ええ・・・ほ、ほら・・・その足だと2階の上がり降り不便でしょう?だから・・。」


マーガレットは気まずそうに言う。


「・・・そうね。確かにその方がいいかも・・・。ありがとう、お父様、お母様。」


ヒルダはにっこり微笑んだ。そして早速カミラが呼ばれ、ヒルダの車椅子を押して部屋へと案内した。



「ヒルダ様、こちらでございます。」


カミラがドアを開けると、そこには以前のヒルダの部屋と全く同じ部屋が現れ、ヒルダは驚いた。


「え・・・?これは一体どういう事・・・・?以前の私の部屋と全く一緒だわ・・・。」


するとカミラが言った。


「このお部屋は旦那様が言いつけて、2階にあるヒルダ様のお部屋と寸分変わらぬ作りにするように申し付けて改装したからですよ?」


「ええっ?!そうだったのっ?!」


ヒルダは父のスケールの大きさに驚いた。


「はい、気に入られましたか?」


「ええ・・とっても。早速お父様にお礼を言いに行くわ。」


「それでは・・・。」


カミラが車いすを押そうとするのをヒルダは止めた。


「待って、カミラ。これからは・・何でも1人で出来るようになりたいから・・・車いす押さなくて大丈夫よ?」


「ですが・・・。」


カミラは心配そうな顔をする。


「お願い、カミラ。これから私は・・・足の障害を負って生きて行かなかくてはならないの。だからなるべく人に・・迷惑かける生き方はしたくないのよ・・・。」


ヒルダの真剣な表情はその決心の強さを表していた。


「わ・・・分かりました。ヒルダ様。それでは御用のある時は何時でもお申し付け下さい。」


カミラは頭を下げて、ヒルダの部屋を後にした。1人きりになるとヒルダは言った。


「それじゃ・・・さっそくお父様の所へ行ってみましょう。」


ヒルダは車いすのハンドリムを握り締め、ゆっくり車椅子を動かし始めた—。



「フウ・・・やっとたどり着いたわ。」


ヒルダは5分近くかけて、ようやく父ハリスの書斎の前に辿りついた。そして深呼吸をして、ノックをしようとした時・・中から話声が聞こえてきた。


(え・・?お客様が来ていたの・・・?)


そしてヒルダは行儀が悪いと思いつつ、ドアの隙間から中を伺うとそこにはソファに向かい合わせに座っている父とヨハネの姿を見つけた。


「ヨハネ先生・・・まさか屋敷に来ていたなんて・・・。」


そこでドアをノックしようとした時、ヨハネの話声が聞こえてきた。


「兎に角、ヒルダ様との縁談のお話はお断りさせて頂きますっ!」


その声は今迄聞いた事も無い位の強い口調であった―。








 

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