第3章 5 豹変したヨハネ

 ヒルダは突然聞こえてきたヨハネの声に驚いた。


(え・・?私とヨハネ先生は・・ひょっとして縁談の話が出ていたの?)


あまりの衝撃的な話にヒルダはその場を動けずにいた。すると今度は父の声が聞こえてきた。


「し、しかし・・・君はヒルダが気に入っていたじゃないか・・・?自分から馬術大会終了後にヒルダに告白すると話していただろう?」


「状況が変わったのですよ。ハリス様。ヒルダさんの左足はもう二度と元に戻らないのでしょう?ダンスだって踊れなくなるという事ではありませんか?自分のパートナーが足を引きずって歩いている貴族が何処の世界にいるのですか?お分かりですよね?」


ヒルダはヨハネの話を呆然と聞いていた。別にヨハネに対しては恋愛感情など少しも持っていなかったが、貴族令嬢が身体に傷を負うと言う事がどれ程重要な事を現しているのか、ヒルダは今の今迄考えた事等無かったのだ。


(つまり・・貴族社会では・・傷を負った者は誰とも結婚出来ない・・・と言う事なの・・?)


その時、再びヨハネの声が聞こえてきた。


「兎に角・・・この話は無かったことにさせていただきます。そして・・・二度とこちらにも伺いません。これで最後です。では失礼致します。」


(いけないっ!ヨハネ先生が出て来てしまうっ!)


しかし、気が付いた時にはもう手遅れだった。ガチャリと扉のドアが開けられ、ヨハネは車いすに乗ったヒルダとまともに目が合ってしまった。


「!・・・ヒルダ・・さん・・・。」


ヨハネは驚愕で一瞬目を見開いた。


「ヨハネ・・先生・・。」


するとヨハネはフッと笑みを浮かべると言った。


「これはヒルダさん。盗み聞きですか?」


「!」


軽蔑の混ざった眼差しで冷たい言葉を投げつけられたヒルダはビクリとなった。


「いけませんねえ・・・貴族令嬢が勝手に人の話を盗み聞くなんて・・・。最も今の貴女は両親にとっても価値が無い令嬢になってしまいましたね?だってもう誰かの元へ嫁ぐ事が出来なくなってしまったのですから。」


「ヨ・・ヨハネ・・先生・・?」


ヒルダは震えながらヨハネを見上げた。そこには今迄のヨハネの面影など何処にも無かった。


「だから・・・私は反対だったんですよ。初めから・・・私をエスコート役に選んでいれば・・・ヒルダさんは一生治らない足のケガを負う事も無く、私と結婚する事が出来たのに・・・。」


するとそこへ父の怒りの声が聞こえてきた。


「ヨハネッ!!貴様・・・・我が娘に何て事を言うのだっ?!謝れっ!」


するとヨハネはハリスの方を振り向くと言った。


「私を呼びだして置いてよくもそのような言い方が出来ますね?どうかヒルダを嫁に貰って下さいと先程まで土下座して頼んでいたと言うのに・・・。これでまた一段と貴方のせいで社交界でのヒルダさんの価値が下がってしまいましたよ。後は・・・こんな姿になってしまっても変わらずヒルダさんを愛してくれそうな男性が現れるのを待つしかありませんね?最もそのようなもの好き・・・庶民でも無理だと思いますよ。何故ならヒルダさんはもうまともに動く事が出来ない・・つまり妻としての役割を果たせなくなったのですから。」


「そ、そんな・・・ヨハネ先生・・・。」


ヒルダは目に涙を湛えてヨハネを見た。ヨハネの言葉はヒルダの心を深くえぐっていく。


「ヒルダッ!そんな男の話等聞く事は無いっ!」


ハリスは車いすに乗ったヒルダを抱きしめるとヨハネを睨み付けながら叫んだ。


「・・・。」


そんなヒルダの涙を見て流石にヨハネは言い過ぎたと思ったのか、若干顔色を青くしながら、ヒルダに言った。


「さようなら、ヒルダさん。お元気で」



そしてヒルダとヨハネの横をすり抜けると、二度と振り向く事も無く屋敷を出て行った―。

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