第九話 ワイバーン肉に感動する

 手応えがなくても切れていることが分かり、今度は反対側に回って、先ほど斬ったところに繋がるように逆袈裟を意識して切り上げる。


 普通なら受け口や追い口を作って倒すのだろうが、ワイバーンの体で押さえつけられているし、斧で削ったわけじゃないから切り込みが入ったところで倒れるはずもない。


 だから倒すのではなくズラす。


 斜めに切り込んだ木の幹を、パワードスーツの出力を最大にして押す。

 バランスが崩れてくれさえすればいいので、時にはロープを結びつけて引いたり蹴ったり。頭と木が絡んでいるせいで手こずったが、バランスが崩れてからは早かった。


 グラッと揺らいだと思ったら轟音を鳴らして倒れ、木と絡んだ頭はダラリと垂れ下がっていた。


 急すぎて回避が間に合わなかったが、パワードスーツの出力を最大にしていたおかげで頭をキャッチできた。


 この変則的な伐採を、ドラドの指示に従いながら続けて三回繰り返す。

 何でもコウモリみたいな翼が外套の素材として人気らしく、驚くほど綺麗な状態だから回収したいそうだ。


 頭の次は両腕と来て、その次は尻尾だ。


 正確には毒針があるから早めに危険を取り除きたいことと、槍の穂先に素材に人気らしい。

 加工すると毒性は落ちるけど、痺れさせるくらいの効果があり、さらに加熱すると無害化するから狩りにも問題なく使えるらしい。


 そして現在、俺たちは窮地に立たされている。


「この状態からどうするの?」


 胴体部分で体を支えているワイバーンをどうするか考えている。上から見たら、ワイバーンが木に抱きついているように見えるかもしれない。


「とりあえずワイバーンの素材と木をしまってくれ!」


 ――《コンテナ》


 素材回収用の《コンテナ》に伐採した木とワイバーンの素材を入れ、食料保存用の《コンテナ》に魚を入れる。

 食料保存用は時間停止のオプションがついているからだ。デメリットは中に入れないから一つずつ入れて、一つずつ出すという個数制限である。


 入口から中に放り込むから一人の場合は一つずつしか入れれないけど、今は四人だからデメリットは半減していると考えることもできる。


 さて、問題のワイバーンについてどうするかというと、この《コンテナ》の設定のおかげで答えが見つかった。


「ドラド、ワイバーン頭の近くに《コンテナ》を出すから、頭を入口に押しつけて!」


「分かった!」


 ――《コンテナ》


 放り込めない大きさの場合は、プレイ画面に収納するかどうかの選択が表示される。

 予想通りドラドがワイバーンの頭を入口に押しつけると、神スマホの画面に収納するかどうかの問いが表示された。


 もちろん、『はい』を選ぶ。


 その結果、ワイバーンは《コンテナ》に吸い込まれて収納された。


「すごいな! でも、最初からできなかったのか?」


「あれは木という台の上に載ってたからできたんだよ。木と絡まった状態だとできなかったから、伐採は無駄ではなかった……はず」

 

「そうか。じゃあ広いところに行って解体しよう!」


「「「おぉーー!」」」


 ◇


 川沿いを南に行ったところに拓けた場所を見つけ、そこにワイバーンを寝かせて解体を始めることにした。


 だが、俺はまだ転生二日目だ。


 解体などできるはずもない。ゲームでは解体を選択するだけでバラバラになったから、解体自体は未経験だ。

 ただ、両親がジビエ料理が好きで教育の一環で見学には行った。初見ではないから気持ち悪いとかはないけど、ドラドの手際が良すぎて目で追えない。


 つまり、役立たずということだ。


 ティエラとカグヤは二人一組で警戒をしている。血の臭いを嗅ぎつけてきた魔物や、横取り目的で近づく人間から肉を守るために。


 俺はドラドから受け取った物を収納している。鮮度が大事だからということで、俺は保存用ロボットになりきっている。


「ワイバーンの肉は貴族以上しか食べられないほど高級品だ。しかも木っ端貴族には無理だから、貴族に向かってワイバーン肉は美味しいですよね? って聞くなよ」


「何で?」


「『あなたは食べたことがありますか?』っていう試す質問だし、貴族のくせに食べたことないんですか? っていう馬鹿にする言葉になるらしいぞ。竜種――ドラゴンなら食べれなくても普通だけど、ワイバーンはお金を持ってるか人脈があれば食べられる」


「……食べたことない人は貴族のくせに何も持ってないヤツってこと?」


「……まぁそうだな。それか他人に流されない人物は食べないかもな」


 なんかフラグに思えてきた……。


 しかもワイバーンの話は俺が一番しちゃいけない話だ。【落ち人】でも食べたことあるのに貴族は食べたことないの? とか最大級の侮辱になるだろうよ。

 それで「枢機卿相当位だからだろ」と言った日には、【落ち人】の貴族入りを認めることになってしまうというデリケートな問題だ。


 何でも宗教国家の枢機卿は公爵や侯爵だけで、それ相当ってことは侯爵位は保証されるということだ。


 なかなかに面倒事を呼びそうな地位だな。


「今日は時間がないからステーキかな。本当ならトロトロに煮込んだシチューとかも美味いんだろうけど、シチューはまた今度かな。……乗り物に乗れた記念日とか」


 こいつ……。取引材料にしてきたな。


 養母さん、どういう教育をしてきたんだ。前世でもここまで似ている兄弟はいなかったぞ。むしろ反面教師になっていたくらいだ。


「……記念日じゃなくてもいいんじゃないか。美味しいものを食べたいと思う日は、それこそ毎日だと思うんだ!」


「楽しい日を過ごしたいと思うのも毎日だと思うぞ!」


「……そうだね。数日中には乗り物に乗せよう!」


「本当か! 約束だぞ!?」


「約束だ!」


 俺とドラドは固い握手を交わし、契約を交わすのだった。


 ◇


 空腹も限界ということで、血がついた地面を簡単に埋めてならし、解体した場所と同じところに神コテージを出す。


 神クルーザーと違い、コテージはゲームにはなかった機能だ。

 どこにあるかと思って探していたら、《神殿》という機能が追加されていた。


 ――絶対これだ!


 と思い選択すると、地面の上に神コテージのホログラムが出現する。


「「「おぉーー!」」」


 従魔たちが驚いているが俺も驚いている。


 ホログラムを触り動かすことで細かい配置設定ができるらしい。神スマホの画面には色や姿を変える項目もある。

 今回はデフォルトの状態で召喚する予定だ。

 最後に地面に設置するように下ろすと、画面に固定するかどうかを問う質問が表示された。


 『はい』を選択し、神コテージを召喚する。


「これが今日のテントです!」


「豪華ーー!」


 ドラドとティエラが感慨深そうに神コテージを見つめている中、カグヤは地球の建物を見てはしゃいでいた。

 島から出たことがないカグヤにとって初めて見た町や建物が酷すぎたせいで、神コテージが御殿に見えているかもしれない。


「カグヤ、先に入っちゃおうか!」


「え? いいのかなーー?」


「いいよ!」


「いいわけないだろ! 置いてくなよ!」


「そうよ! そうよ!」


 ティエラがカグヤの手を握って一緒に行こうと誘う。じゃあ俺はドラドと一緒にと思ったが、すでに玄関扉の前に陣取っている。


「レディーファーストよ!」


「早い者勝ちだ!」


 喧嘩になりそうな雰囲気だったから早めに鍵を開けて中に入る。

 俺が一番に入ったこともあって喧嘩にならずに済んだ。まぁ喧嘩といっても戯れるようなもので、本気ではないことが分かる。今は仲良く探検しているからだ。


 ちなみに、俺が死んだ場所である地下室は封印された状態だ。おそらく、ここが《転移門》がある場所なのだろう。早く封印を解除したい。


「ドラド、晩ご飯作ってーー!」


「もう! 仕方ないな!」


 空腹が限界だから神コテージを出したのだ。早くステーキを作って欲しい!


 皿とカトラリーを出し、パンを籠に入れてローテーブルに置く。

 我が家は身長や体の構造が全員違うから、ローテーブルに座布団を敷いた様式で食事をする。神クルーザーには座布団がなく、敷くことができなかったけど。


 あとは待機するだけ。


 神コテージの周辺に赤い光点が溢れていようとも、神コテージが攻撃を受けていようともステーキを食べるまでは動かない。


 そもそも『不壊』であり、常時発動型の結界で覆われている神コテージだ。気にするだけ無駄である。


「いい匂い……」


「今日のご飯も楽しみだね!」


「えぇ、そうね! 食べすぎちゃうかもしれないわ!」


 カグヤもティエラも楽しみなようだ。ティエラは隠すことすらやめている。


「できたぞ! 今持ってくからな! 火傷に気をつけろ!」


 一人分ずつ分厚いステーキを持ってきたドラドは、カグヤの前から順に並べていく。こういうときはレディーファーストができてしまう子なんだね。


 そして俺の前に来る肉塊。


 本当に焼けているのか疑問だが、食欲には勝てない。

 早速食べようと思いナイフを入れる。

 肉がナイフを押し返す弾力があるが、ナイフに負けて切れていく。切れ目から肉汁がジュワッと溢れ出し、香りの爆弾が爆ぜた。


 肉の臭みはなく、香草と胡椒の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。


「我慢できん! ――うまぁぁぁぁい!」


 歯がいらない肉ではなく、生命を感じさせるほどよい弾力の肉が、肉を食べているという実感と満足感を持たせ、さらにほどよい脂がクセなく口に広がる。


 噛む度に旨みがジュワッジュワッと溢れてくる。


 牛の赤身に似ているかもしれないが、もう少し柔らかい肉だ。

 前世にも似たような食べ物があっただろうが、人生経験が少ない俺は肉の高級肉の種類は分からない。


 だからこそ、ワイバーンの肉に感動できていると思う。これほど美味い肉は食べたことないと。


 最後にパンに肉汁を染みこませて綺麗に完食した。


「今日も美味しゅうございました! ごちそうさまでした!」


「お粗末様!」


 照れた顔もごちそうさまです!


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