第八話 晩飯のために狩りをする

「ボロ……」


 教会を目にした瞬間に思わず出た言葉だ。


 歴史的な建物で荘厳な雰囲気を醸し出しているような佇まいではなく、お化け屋敷と言われた方が納得できる建物である。


「ここで寝るのか……?」


「寝ないよ。人がいれば、どの国に行くのがいいか教えてくれると思ったんだけどね。教会関係者なら差別しないって言ってたし」


 多分とか、はずとかって言ってたから、どこまで信じていいか分からないけど。


「そ、そうだよな! こんなところで寝ないよな!」


 ティエラとカグヤもホッとしていたから、全員が同じ気持ちだったんだろう。


 こんなところで寝起きしたくないと。


 屋根がなかったり壁の一部が崩壊していたりと、崩落が怖くて寝れないという理由もある。

 それに加え、お化け屋敷の雰囲気を醸し出している建物に誰が寝たいと言うのだろうか。


「人もいないし町を出ようか」


「そうしよう!」


「でもどこに行くか決めてないんでしょ?」


 ドラドは飛び出して行きそうなほど喜び、早く行こうと引っ張って来る。

 ティエラが止めているおかげで、俺はドラドに引きずられずに済んでいた。


「東か南で迷っていたけど、この教会を見て南に行くことに決めた」


「何でーー?」


「東は宗教国家だと思う。教会の壁に掛けられている規則みたいな物に、『東の方角を見て祈ること』って書いてあるからね。総本山がある方向ってことでしょ? でもこの状態の教会を放置しているってことは、あまりいい組織ではないと思うんだよね。だから南に行く」


 カグヤのサラサラの髪を撫でつつ説明する。もちろん、グローブを外して撫でている。

 もう昼過ぎなのだが、食事を取っていないからおやつ休憩を取っているのだ。本来は町で買い食いする予定だったんだけどね。


「ドラドは晩ご飯に何を作ってくれるの?」


「もう晩飯か? うーん……。肉はないし野菜もないな。採取しないと保存食を戻すだけになるぞ!」


「「「えぇーーー!」」」


 昨晩のご飯を知っているだけに、保存食を食べるというのは厳しいものがある。


「……狩りに行こう!」


「「「賛成ーーー!」」」


 ドラドは単純に狩りを楽しみにしているだろうが、俺たちは死活問題だから必死だ。

 絶対に保存食を回避して、ドラドの手料理を食べる。これは決定事項だ。


 教会の裏手にある壁も半分ほど崩れており、越えるのにちょうどよかった。

 急いでいることもあって当たり前のように利用させてもらい、そのまま東側の森の中に入って行く。


 狙う獲物は鳥。


 ドラド曰く、昨晩のお肉は猪らしい。ゆえに、今日は鳥肉を希望する。


「ドラド、スラッグ弾はやめようね!」


「分かってる!」


 弾薬用共有ポーチをガサゴソとまさぐっているドラドを見て、一抹の不安がよぎる。

 だが、料理長の機嫌を損ねたくないから何も言わない。全ては美味しい料理を食べるために。


「そういえば、さっきのパー・プー一家はティエラたちのことに気づいていなかったけど、何かしてたの?」


「わたしは補助系の魔法が得意なんだけど、認識されないようにする魔法を使ったのよ。言葉を発したり触られたりしなければ気づかれない魔法よ!」


「すごいじゃん! カグヤと組んだら最強だな!」


「そ、そうかしら?」


「ティエラ頑張ろうね!」


「えぇ!」


 魔法と銃の合わせ技って無敵だな。ギリースーツがいらないんじゃないかと思える能力だ。

 気づかれた時には相手は死んでいるんだから、至近距離にいても気づかれない魔法の方が遥かに優秀だと確信する。


 それとモフモフと幼女の組み合わせも無敵だな。可愛すぎる!


 ――ってドラドはどこに行った!?


 マップでドラドを探す。川の近くにいることが分かり、急いでドラドのいるところに向かった。


 ――ダンッ! バシャッ!


 と聞こえ、何か嫌な予感がした。


「ドラドーー! 今度は何をしたんだ!?」


「ん? 鳥を獲っているんだぞ! ついでに魚もだ!」


 目の前には浴槽ほどの穴と、その水面を覆う魚の死体らしき物体。

 ドラドは魔法で穴を掘り、川から水を引いて水槽を作ったのだ。そこにエサを放り込み、魚が食いついたところで川から切り離す。

 少し待って魚を狙った鳥が近づいたところで、テーザー弾を撃ったらしいが、鳥には逃げられてしまったそうだ。


 教えたヤツ誰だよ!


「主が雷魔法で魚を獲っていたからな!」


「やっぱりか!」


「それをおれが料理してあげてたんだぞ!」


 そういえば養母さんは料理が得意ではなかったな。そのくせアレンジをしたがる困った性を持っていた。


 ……養父さんに押しつけて逃げてたけど。


「楽しみにしてるね!」


 ――ズダンッ!


 という発砲音が聞こえ、俺とドラドは思わずビクッとしてしまった。


「これは……カグヤ?」


 バレットM82A1の発砲音が響き、カグヤの元に行こうとすると上空から何か落下してきた。


「デ……デカいぞ!」


「ドラド……、アレ何?」


「うーん……ワイバーンだな! 美味いんだぞ!」


「……そうか。アレがリアルなワイバーンか……」


 遠くの方に大きめの白い光点があったけど、ドラドが発砲しても赤くならなかったから放置していた。

 それがワイバーンで、カグヤが撃ち落としたのだろう。首の一部がえぐれていたから、ほぼ間違いない。


 それにしても、自動照準機能の補助があったとしても、飛んでいるワイバーンを一撃で落とすとは……。


 カグヤは狙撃の天才ではなかろうか!


 できれば近くで見たかった。ついでに神スマホで撮影したかった。せっかくカメラ機能があるんだから。


 魚の処理が終わったドラドと一緒にカグヤの元に行くと、カグヤとティエラはワイバーンを見上げていた。


「どうしたの?」


「……引っかかったの」


「あぁ……」


 プテラノドンみたいなワイバーンの両腕は大きく広げられ、地に落ちることを拒否するかのごとく木々に支えられている。


「なんか……ワイバーンのテントみたいだな」


「ドラド……俺も思った。でも首から血が垂れてるテントは嫌だな……」


「血抜きにちょうどよかったと思おう! それより、ティエラとカグヤは大物を獲ったな! おれは魚だけだぞ!」


「わたしは何もしてないわ」


「ティエラは姿を隠してくれたじゃん!」


 ……ヤバい。何も獲っていないのは俺だけだ。


 ワイバーンからは肉が採れ、魚も大量にあるなら野菜を用意する必要がある。

 しかしこちらの世界の野菜は全く知らない。


 ……この状況はアレを使えということか? いや、きっとそうだ! そうに違いない!


「それで、ディエスは?」


 ――来たぁぁぁぁーー!


「俺は野菜と調味料を提供する!」


「……何も獲ってないんだな?」


「違うぞ! 先を読んで、あえて獲らなかったんだ!」


「いいんだぞ? 無理しなくていいんだ! ここの野菜のことを知らないのに、どうやって野菜を用意するんだ!?」


「……誰もここの野菜とは言っていない」


「……なるほどな。採らずに持ってくるってことだな! 海に行くのか!?」


 クルーザーに乗れると思っているだろうドラドには悪いが、今回は神クルーザーではなく神コテージだ。


 ワイバーンを処理したら拓けた場所にコテージを出そうと思っている。


 そのことを伝えると……。


「そうか。今日は船じゃないんだな……」


 と悲しそうに俯いてしまった。


「でも! コテージは両親が使ってたところだよ! 島にある家と対になっている場所でもあるんだよ!? 楽しみじゃない!?」


「本当か!? それは楽しみだ!」


「わたしも楽しみ!」


 喜ぶドラドとティエラとは対照的にカグヤは悲しそうだ。


「……カグヤもいいの?」


「何で!? いいに決まってるじゃん!」


「そうだぞ! 仲間外れにするわけないだろ!」


「そうよ! カグヤも家族なのよ!」


「うん」


 両親のペットだった二体と、両親の子どもだった俺とは違うと、疎外感を抱いているのかもしれない。


 俺も養子だから気持ちは痛いほど分かる。


 でも家族はそう思ってないんだよ。本当に大切にしてくれてるんだ。……なかなか気づけないけどね。


 だから俺は気づいてくれるまで待とうと思う。もちろん、俺も気持ちが伝わるように努力する。養父さんや養母さんがしてくれたようにね。


 ◇


「それでワイバーンは首チョンパしていいの?」


「ダメに決まってるだろ!」


「何で? あの頭に木が絡んでいるのも、落下してこない理由の一つだと思うんだけど」


「いいか? ワイバーンは竜じゃないくせに火を噴いたり、火球を飛ばしてきたりするんだ。それを可能にしている魔導管が骨の中を通って、心臓と口を繋いでいるんだ。これが魔具の素材として高額取引されている!」


 ドラドはたまに主婦視点で話すんだよな。料理長だけじゃなくて主計長も兼任する気か?


「何で高額?」


「分かんないか? こいつは空を飛んでるんだ。落とすとボロボロになるから、基本的に迷宮でしか入手できない。でも迷宮は生きて帰る必要があるし、ドロップ型じゃないと解体する暇がない。つまり、確率がかなり低いということだ」


「……じゃあ、この状態は?」


「最高の状態だな! このまま丸ごと売ったら数年は遊んで暮らせるぞ!」


「「「それはダメ!」」」


 こいつは俺たちの食料になる運命なのだ! それは譲れない!


「わ、分かってるぞ! も、もちろんじゃないか!」


 俺たちの必死さが圧力となってドラドをたじろがせていた。


「そ、それでどうするんだ?」


 もう少し広ければクレーン車を出せるんだけどな。仕方ない。木を切ろう。


「木を切るから離れてて」


「何を使って切るんだ?」


「振動ブレードだよ」


「……切れるのか?」


「任せて!」


 背中に背負っている振動ブレードの柄を掴み抜き取る。日本刀型の振動ブレードは液体魔力補充式だから、振動のオンオフは手動になっていた。


 刃が着いている側の柄にトリガーがあり、トリガーを引くとブレードが振動して切れ味が増す。

 打刀のサイズだから一太刀では切れないだろうが、数度切れば倒れるはず。


「行くよーー!」


 ブレードを構え、袈裟斬りを意識して振り下ろす。


「ん?」


 ……手応えがない。空振ったかな? と思っているのは俺だけではないはず。

 ドラドが木をグイグイ押して確認しているからだ。


「……切れてる。すごいな、それ!」


 ドラドが初めて刃物に興味を持った瞬間だった。


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