第七話 最初の町で女性を助ける

 悲しむドラドに養母さんの大好物をあげて元気づける。


 特定のスーパーにしか売っていない半生ドライマンゴーだ。あまりにも好きすぎて、ゲーム内では回復アイテムになっていた。


 我が家では半生ドライマンゴーを箱買いしていて、遠足のおやつには必ず持って行っていた。バナナの立場を奪っていた存在だ。


 今回の無人島訪問でも例に漏れず持ってきていた。つまり、なくなることがない物資として供給されることになったのだ。

 おやつ用にとクルーザーから持ってきていてよかったと自分を褒めたい。


 さっきまで下を向いて歩いていたドラドが復活を遂げ、ティエラたちと楽しそうに話している。

 どうやら以前から聞いていた食べ物で、一度でいいから食べてみたいと思っていたらしい。


「あっ! 門が見えてきたよ! ……全開な上に誰もいないけど」


「ホントだな! 魔物が入ったらどうするんだろうな?」


 ドラドの言うとおり魔物や犯罪者が入り放題だだろうから、治安が悪そうだと不安がよぎる。


 ……それが目的なのかとも思えなくもない。


「臭うわね」


「何が?」


「魔物除けの臭いよ。門の周りに撒いているから弱い魔物は敬遠する場所だと思うわ」


 ティエラはクンカクンカして臭いを嗅いだ後、手で鼻を押さえて顔をしかめていた。

 ドラドは首に巻いているバンダナで鼻を隠して、半生ドライマンゴーを食べ続けている。その様子をティエラとカグヤが恨めしそう見つめていた。


「つまらなそうな町だな。これは早く別の町に移動した方がいいんじゃないか?」


 ドラドは、ティエラとカグヤの視線もどこ吹く風と受け流し、車に乗るように促してくる。


「次にどこに行くのがいいかの情報集めのために、あの町に行きたいんだよ。行き先が決まったらすぐに移動するから我慢して」


「約束だぞ!?」


「約束だ」


 ティエラとカグヤが話すこともできずにいるのが可哀想だったから、《PX》でドラドと同じバンダナを買って、ドラドと同様につけてあげた。


「「ありがとうーー!」」


「どういたしまして」


「これやる!」


「……ゴミじゃないか。まぁ回収する予定だったけど」


 半生ドライマンゴーを食べ終えたドラドは俺にゴミを渡し、再びM870を構えている。

 町が近づいてきたこともあり、今度はテーザー弾を込めている。その表情からはドキドキワクワクな興奮が読み取れた。


「ドラド……町中は正当防衛のときだけだからね」


「分かっている! 主も言っていたからな!」


 ……不安だ。


 養母さんも同じ事言ってたけど、結局いつも約束を破って養父さんが後始末をしていたからな。

 今までの行動で転生を疑うほど激似だから、少しも信じることができない。ドラドはすでに問題児になりつつある。


「ん? 疑ってるな?」


 勘がいいところまで似ているとは……。


「そんなことないよ。それよりもカグヤのことを守ってあげるんだよ? なんか因縁つけてくる相手がいるだろうけど、カグヤ関係でこちらから手を出しちゃダメだよ? やっぱり怖いって思われちゃうからね」


「分かってる! 暴力振るわれそうになってからだろ?」


「殴られるくらいがちょうどいいかな。骨折くらい薬で一瞬で治るだろうしね」


「任せろ!」


 盾役向きの体なのに性格は正反対だから誘導が大変だ。


「ごめんね……」


「カグヤは悪くない。それとカグヤも俺が悪口言われてるからって攻撃しちゃダメだぞ? それが普通らしいから、お互い我慢しような!」


「うん!」


 可愛い……。


 ティエラもドラドもカグヤを撫でている。見た目のせいもあってか、妹的立ち位置になり始めている。


 お互いが約束し合っている間に町に到着していた。遠くから見たとおり門が開け放たれており、町の中は閑散としていて人気がない。


 マップを縮小してみれば建物内に人がいることが分かる程度で、通りに出ている人はほとんどいない。


 唯一、人が集まっている場所が門の近くにあったため、そこに向かうことにした。


「楽しくない町だな……」


「主様に連れて行った町はもっと賑やかだったわ」


「美味しいものなさそう……」


 従魔たちのガッカリ感がハンパない。

 俺も夢にまで見た異世界の初めての町が、世紀末みたいな町だと思わなくて心底ガッカリしている。何ならノーカンにしたいくらいだ。


「次の町に期待しよう……」


 ◇


「おい! お前だろ!? 【聖王国】に追われている女ってのは! お前を引き渡せば一生遊んで暮らせるかもな!」


「……ここは誰でも受け入れるのではなかったのか? 犯罪者も違法奴隷も逃亡者も。評判に偽りなしと聞いたから来たのに……ガッカリだ」


「はぁ!? そもそも買い出しに来ただけのくせに! 庇護を求めるなら出すもん出さねえとな! ……まぁないって言うなら、体で払ってもいいんだぜ? 良い体しているしな」


「――ゲスがっ!」


 人が集まっているところに近づくと怒鳴り声と、よく通る女性の声が聞こえてくる。

 話の内容から、この町が無法者の受け皿になっていることが理解できた。情報を集めるには向いているだろうが、伝手もなければ信用もできない。


 ここは早々に退散すべきだなと思う。が、モフモフの視線が俺に集まっている。

 特に虎さんからの視線が火傷するくらい熱く、そして鋭い。まるで養母さんに問い詰められたときのようだ。


「――銃は使わないでよ?」


「分かってる!」


「もちろんよ!」


「大人しくしてるの!」


 鋭い視線が優しい視線に変わり、表情もニコニコと嬉しそうである。俺も選択をミスらなくて嬉しい。


「もし。少しよろしいですか? 道を聞きたいのですが?」


「あぁ!? ――って、【落ち人】じゃねぇか!」


「あなたには聞いてませんよ? 学がなさそうですから。道って言葉は理解できますか?」


「……俺に言ってんのか? 【落ち人】ごときが俺に? 学がない……? 奴隷の身分で何言ってやがる!?」


 ほらほら、ヘイト集めてる間に逃げなって。


「はい。ゲスに言ってます。複数の男で一人の女性を囲むとか、学がある者がすることではないでしょ? それに俺のことを【落ち人】や奴隷と言い切ってしまうところのどこに学あるとでも? あなたみたいなお馬鹿さんのことは【パープー】とでも呼びましょうか?」


 マップを確認すると、先ほどの女性が荷物を持って離れていくことが確認できた。


「お前……。お前が何なのかは【落ち人】で十分なんだよ!」


「はぁ……。神官を敵に回すと?」


「お前が神官なわけないだろうが! 典型的な【落ち人】のくせに!」


「こちらのパー・プーさんは神官服を知らないそうですが、プーさん一家の者は全員知らない無学者ということでよろしいですか?」


 ドラドの虎毛がモサモサ動いている。彼はきっと笑いを堪えているのだろう。

 可愛いモフモフを観察できないのは本当に残念だ。


「あ、兄貴……。あれは神官騎士の外套ですぜ」


「あぁ!? じゃあ何か? アイツは本物の神官ってことか?」


「いや……そこまでは……。盗んだってこともあるかもですし……」


「だよな!」


「はい、馬鹿確定! プーさん一家は全員無学者ですね! 神罰が怖くて盗んだ神官服なんか着るわけないでしょう! 無学な無法者ですらやらないことが、学がある俺がやるわけない。頭は大丈夫ですか?」


 この世界は神様が身近な存在で、神の名を騙って不正を行うと神罰が下る。

 だから宗教国家というものが存在し、大きな問題を起こすこともなく発展し続けていたそうだ。サイコパス神に刷り込まれた常識には、宗教国家のことだけ存在していた。

 きっと職業が神託騎士――オラクルナイトだからだろう。


「言わせておけば……。――クククっ! いいこと教えてやる! 特別だ!」


「ついに頭がおかしくなりましたか? まぁ元々おかしかったかもしれませんが」


「この野郎……。だが笑っていられるのも今のうちだ! いいか! この町には教会はない! 廃墟だけだ! そしてこの町に法律はない! だから、お前をどうしようとも罪には問われないということだ! 今更謝っても許さないからな!」


「法律がない。それは楽でいいですね」


「だろ? ここは天国だ! お前も天国の住人になるんだ! ……まぁお前は本物の天国だがな!」


 おっ! ようやく動き出したか。


「あぁ。いい宿を紹介してくれるんですか? それなら死ぬ前に教えてくださいね?」


「――このクソがっ!」


 ナイフを抜いて、刺そうとしてくるパー・プーさんの手首を掴み攻撃を止める。

 膝裏に蹴りを入れて膝を地面に着かせると同時にナイフを取り上げ、シャツの襟を掴んで上に引き上げた。

 足は浮かないように踏みつけ、左手はナイフを持ちながら肩を押さえつけている。


「がはっ――」


 高身長でパワードスーツの補助があって成立している技だ。

 俺の手を外そうとするも、ボディーアーマーが滑って上手く行かないようだ。


「あ、兄貴を離せ!」


「何故? 法律はないのでしょ?」


「――そいつを離せ」


 ようやく来たか。


「ん? なんて?」


「そいつを離せと言っている」


「「ボス!」」


「お前たちは下がってろ」


「は、はい!」


 ボスと呼ばれているヤツが見ていたことは知っている。

 いつ出てくるか待っていたが、部下がやられそうになってから出てくるってことは、俺が死んでも動かなかったということだ。


 当たり前のことだが、それなら俺も素直に言うことを聞いてあげるつもりはない。


「そいつって?」


「首を締め上げられている者のことだ! もうすぐ死ぬぞ?」


「そのつもりですが、何か?」


「……本気か? 町全体と戦争することになるぞ?」


「ふふふっ。今更そんな可愛い脅しでビビるとでも? 法律がない便利な町です。いっそ更地にして教会を建てても良さそうだ。……それとも、ボスとして言わなければいけない言葉を言って手打ちにしますか? 助けるのも戦争を起こすのも自称ボスさんが決めていいんですよ?」


 すでに泡を吹き始めているから時間はないけど。


「……部下が迷惑かけた」


「それで?」


「……すまなかったッ!」


「それで?」


「……離してやってくれッ!」


「……まぁいいでしょう。言葉遣いは目を瞑りましょう」


 パッと手を離してナイフも捨てる。


「臭いますが、死ぬ前でよかったですね。そうだ! 死ぬ前に教えてくれる約束だったんですが、どこかにいい宿はありませんか? または教会の場所を教えてください」


「……ここから東に行った端にある」


「お互いに利益のある取引でしたね」


「……」


「そうそう。『天使の顔は三度まで』という言葉の意味をよく考えてみてください。三度なら何でもしていいということではないですからね」


 怒りに震え、強く握られた拳から血が流れている自称ボスに説法を贈り、俺たちは教会へ向かうのだった。


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