第52話 俺の実家

「ラウル!久しぶりだなあ!!」

「おお、兄貴!」


「ラウル!結婚するって聞いて驚いたわよ!!」

「おお、姉貴!!」


「ラウル!美人な嫁さん捕まえたなあ!」

「おお、兄貴!!」


「いや待て多くない!?」


 ルーフェが慌ててこちらを見やる。


「え?何が」

「兄弟!3人兄妹って言ってたじゃない!」


「ああ、あれは近所の兄ちゃんだよ。で、あっちは向かいの姉ちゃんで、あれは3つ隣の家の兄ちゃんだな」


「わかんないよ!」


「ま、田舎の村だしなあ。みんな家族みたいなもんだし」


 しかし、こうやって見ていると、やはりラウルは人気者なんだなあ。


 今回の結婚の件もだけど、こいつの周りには昔から人が集まる。ガキの頃もそうだったし。


 にしても、誰も俺に気づかないとは。ステルス使ってたっけ?と錯覚に陥る。


「あ、コバさん!」


「ん?……おお、エリンちゃん」


 珍しく聞こえた自分の名前を呼ぶ声の方を見ると、エリンちゃんと、なぜかハートさんが一緒になって立っている。


「ご無沙汰ですぅ。コバさぁん」


 とろんとした笑顔で頭を下げるハートさんに、男たちの視線が集まる。正確には、頭を下げた時に一緒に下がったどデカいものに、だが。


「なんか、すごい大変なことになってたみたいですね。アンネさんから聞きました」

「あ、そう?……っていうか、ハートさんまで来たの?」


「結婚式だっていうのでぇ、着いてきちゃいましたぁ」

「どうしても行きたいっていうので……」


「そ、そう。まあいいんじゃね?」


 俺は軽く笑うと、村の中に入る。ルーフェとエリンちゃんたちも着いてきていた。


「どこ行くの?」

「……家だけど」


「コバさんの実家……!」


「だからお前らも、早いとこ宿取っとかないと寝床あぶれるぞ?」


 何しろこれだけの人だ。すぐに宿はパンクするだろう。そうなると、誰かの家に泊めてもらうとか、野宿するしか方法はない。


 だが、この女ども、どういうわけか家まで着いてきた。


「なんで……?」


「せ、せっかくだから挨拶しとこうかと」

「コバさんのご家族、気になります!」

「私は流れですぅ」


 三者三様に好き勝手言っている。まあ、ダメなら近所のおばさんの家でもあてにしよう。


 俺の家は村の中でも離れたところにあり、森に近い位置にある。ラウルの家は村役場に近く、村の中でも目立つ大きさの家だった。


 家の前に行き、ドアを叩く。だが反応はない。


「ただいまー……」


 扉を開けると、誰もいなかった。


「鍵、開けっ放しなの?」

「盗む物ないんだよ」


 今は昼過ぎだが、誰もいないのは珍しい。大体母ちゃんが家で内職してたんだけどな。


「とりあえず、適当な椅子に座っててくれよ。なんかないか見てくる」

「あ、お構いなく……」


 ルーフェがそういう傍ら、エリンちゃんはやけにきょろきょろと家の中を見回している。


「……コバさん、この部屋は?」

「ん?ああ、昔の俺の部屋だ」

「コバさんの部屋!」


 エリンちゃんの眼が輝きだす。


「見てもいいですか!?」

「別にいいけど、大したもんないぞ?必要なものは全部町に持ってったし」

「じゃあ、私もぉ」


 俺の言葉を最後まで聞かず、エリンちゃんとハートさんは俺の部屋に入る。


「きゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」


 直後、悲鳴が上がった。


「どうした!?」


 慌てて部屋に行くと、俺は目を疑った。


 俺の部屋だった空間には、おびただしいほどの紙が貼ってあった。


 それのいずれにも、女性の絵が人間の等身大で描かれている。様々な格好に、中にはきわどい衣装を着ているものまであった。


 そして、部屋の床には白く丸まった紙切れが散乱している。


「コバさん、そんな趣味が……!」

「やっぱり、お胸は大きい方が好きなんですねぇ」


「違う!」


 胸の大きさがどうこう以前に、俺の部屋はこんな感じではない。面影が残っているのは、ガキの頃に読んでいた冒険譚が入っている本棚と、自分のベッドくらいだ。


「……なんだよこれ……?」

「本当にコバさんの趣味じゃないんですか?」

「そうだって!」


 ひとまず目のやり場に困るので、俺は部屋に貼っている紙を片っ端から剥がす。こんなのあったら気になって眠れないだろうが。


「あぁ、この子可愛いですねえ」

「いや、見ないで!なんか恥ずかしいから!」


「コバ、どうしたの?」


 ルーフェが入ってきたのと、ハートさんが持ち上げた紙の女性の目が合った。


 よりにもよって、ルーフェにちょっと似ている金髪碧眼の女性が、下着姿で胸の谷間を強調している絵である。


 ルーフェの顔が一気に真っ赤になった。逆に俺の顔は青ざめる。


「……コバ……!!」


「だから俺じゃねえーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


「ただいまー……あら?」

 そこに、小さいころから聞きなれた声の女性が家に入ってきた。


「コバ?帰ってきてるの?」


 家に帰ってきた母ちゃんが俺の部屋に入ってきて見たのは、女性の絵を持っている女と、白い丸まった紙を手に持っている俺だった。


「……あらまあ」


 母ちゃんはそれだけ言って、俺の部屋のドアを閉めた。


 俺の手から白い紙が、ぽとりと落ちた。


***************************


「いや、ごめんね?あんたの部屋お父さんが使っているの言ってなかったね」


 俺の部屋を片付けた後、俺たちは今でお茶を飲んでいた。


「あたしね、ラウルくんの結婚式の料理の準備手伝ってたのよ」

「すごいですよね、もう村ごとイベントみたいになってて」

「そうなのよお。特に村長が躍起になっててね」


「……それより、なんで父ちゃんが俺の部屋使ってて、あんなことになるんだよ」

「あたしも詳しくは知らないのよ。でもお父さん、仕事の合間にああいうの町で買ってきては貼ってるのよね。いくつになっても元気な人なのよ」


 詳しくは本人に聞いてちょうだい、と言って、母ちゃんはお茶のお代わりを淹れる。


「それで、皆さんは止まる場所は決まってるの?」

「あ、それが、まだでして」

「宿を今から取りに行こうかと……」


「あら、もう埋まっちゃったわよ?じゃあ、うちに泊まりなさいな」


「ほんとですか!?」


 母ちゃんが笑ってそう言うと、女性陣は立ち上がった。


「か、母ちゃん何言ってんだよ!?3人も泊めれないだろ!」


「お父さんは今日は帰らないし、一部屋開くと思えばいいんじゃない?昔のお父さんの部屋が空いてるから」

「あそこ、独房じゃねえか!」


 父ちゃんの部屋は、うちの中でも一番狭かった。そのため、家族内では「独房」という言葉の方が通じるところがあるのだ。


「じゃあ、独房にはあんたがお入んなさい。あんたの部屋片づけたし、女の子でも大丈夫でしょ?」

「ええ……」


 そう言われて、俺はしぶしぶ父ちゃんの部屋に荷物を置きに行く。そこはやっぱり狭く、ベッドと机しかない。今はほとんど使っていないのか、過去の父ちゃんの匂いがほのかにする程度だ。


 俺はそこに荷物を置くと、すぐに寝転んだ。大きなあくびを一つして、そのまま眠気に全身の感覚をゆだねる。


 なんだかんだで落ち着く匂いの中だったからか、俺はすぐに眠ってしまった。

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