第51話 故郷の村へ
事件のその後は、実に呆気のない結果となって終わった。
言ってしまえば、伯爵の罪を暴く、ということにはならなかったのだ。
「もっとも、それはあくまで表面的に、だがね」
領主さまの屋敷で、当事者である俺とルーフェ、ラウルはことの顛末を聞いていた。
領主さまはすっきりしたような顔で、レイラさんからもらったお茶を飲んでいる。
「彼の罪を司法によって裁くことはないだけだ。私個人としては、あの人の首を送られてきても気分が悪いのでね」
「……じゃあ、あくまでドール領内で変なことは金輪際しないように、って約束させただけっすか?」
これだけのことをしでかしておいて、それだけというのはあまりにも軽い気がする。彼に辱められかけたルーフェも、奥さんをさらわれたラウルも、納得できない顔をしていた。
「それならルーフェさんは、家族郎党を皆殺しにすれば満足できるのかい?」
「それは……」
領主さまの言葉に、ルーフェは少し考えた。
「……いいえ、きっと後悔するでしょうね。私は、ただ謝らせたうえで一発ぶん殴れれば、それでいいです」
「似たようなものだよ。なに、伯爵にとっては、司法よりも奥様の裁きの方が恐ろしいだろうから、隠居は免れないだろうしね」
「奥さん?」
例の伯爵の奥さんの事か。
「以前伯爵が愚痴っていたんだが、あの人の奥さんね、とんでもないぐらいに女王様気質らしい。伯爵もその気はあるが、はるかに凌駕して一方的になぶられるそうだよ?」
それが嫌であんな屋敷を作ったと言える。そして、そんなものを作ったことを知った奥様は当然カンカンなわけだ。
「奥様に話した時、早々に跡継ぎを作って教育しなければって言ってたからね。今も励んでるんじゃないかい?」
「……それは……」
「近いうちに、腎虚で引退すると思うよ」
それは、女遊びの好きな伯爵にとっては、死ぬよりもつらいかもしれない。
「……まあ、私としてはおとなしくなってくれるなら文句はないよ。君たちがどうかまでは知らないがね」
「……俺も、そこまで聞いたらもういいっす」
ラウルが少し青ざめながら頷いた。娘が生まれて数日たち、アンネちゃんも体力をだいぶ回復したらしい。
(……少しは気持ちがわかるのか?)
「……私も、金輪際かかわることがないなら、それで」
ルーフェもある程度納得したようだった。
この2人が納得したのなら俺も特にいうことはない。実際、直接被害受けたわけじゃないしな。
「あ、でも、ロウナンドはどうなったんですか?」
彼は、伯爵の行いの証言に立った。つまりは、自分が主犯格だと自白したわけだが。
「さすがに、なんのペナルティもなし、というわけにはいかなかったね。冒険者資格の停止。期間は1年ってところだな。彼はあくまで、伯爵の指示のもと行っただけだからね」
「そんなもんっすか。良かった……」
「あと後調べたら、伯爵領のギルドも伯爵とどっぷり癒着していたからね。責任は冒険者本人より依頼を斡旋したギルドにあり、という判断をしたまでだよ」
「ギルドまで……」
確かに、領主とギルドは持ちつ持たれつの関係だが、あくまでギルドは国の組織のはずだ。一応、領主とは権力が分裂し、互いに抑止しあうものである、というのが公式の見解なのだが。
「まあ、それもコーラル伯爵の才能だね。しかし、まさか妊婦に手を出して自分の権力がなくなるとは思わなかっただろうが」
「手を出されたこっちはいい迷惑っすよ……」
「それもそうだ。……奥さんとお子さんは、今日は留守番かい?」
「いや……」
ラウルはそう言うと、鼻をポリポリと掻く。
「実は、俺の故郷に行ってるんです」
「ほう。君の両親に孫の顔を見せにかい?」
「それもあるんですけど……結婚式を、俺の村でやるんですよ」
今までラウルは、サイカさんに婿として正式に認められていたわけではない。ゆえに、結婚式を挙げていなかったのだ。
それが、一連のゴタゴタも落ち着き、赤ん坊も生まれたことで、サイカさんもようやく首を縦に振ってくれたらしい。
そして、結婚式をやるなら、里帰りも兼ねて俺たちの村でやろう、という話になったわけである。
「それはめでたいな。私はおそらく忙しくて行けないだろうが、祝辞くらいは送ろう。いつやるんだね?」
「3日後です」
「また急だな!」
「やるなら早い方がいいって、お義父さんが」
反対から立場が変わった瞬間、誰よりもアクティブにサイカさんは動いた。今度、娘の結婚と孫の誕生を祝って店でセールやるとか言ってたしな。
「ってなわけで、俺たちもこれから村に帰るんですよ」
「ああ、コバ。待ってくれ。じゃあ、これ持って行ってくれ」
領主さまはそう言うと、俺に袋を投げてくる。手に取るとかなり重い。
中を見たら、1個で金貨100枚に匹敵するであろう宝石がゴロゴロ入っている。
「え、何すかコレ……!?」
「君に頼んでいた依頼の報酬と今回の件の口止め料、あとご祝儀だ」
「いや、でもこんなに……」
「君は王都に行くんだろう?銀行にでも預ければいいじゃないか」
「来年の話ですけど!?」
俺の問いかけに、領主さまは笑ってごまかした。
「……あーもう、ありがたく受け取りますよ!」
そう言って、俺たちは領主さまの部屋を出た。
ひとまず、ご祝儀としてラウルに宝石を1個渡す。
「どうせそんだけあるんだし、もうちょいくれても……」
「甘えんな」
手を出してくるラウルの手をはたき落とし、俺たちは町の馬車乗り場に向かった。
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「ねえ、コバの故郷の村ってどんなところ?」
「ん?」
村に向かう馬車の中で、ルーフェが俺に聞いてきた。
「……なんもねえなあ」
思い返しても、これといった特徴が見つからない。
思い出されるのは原っぱにてガキどもで遊んだ記憶だけだ。
「名物とかないの?」
「名物?……なんかあったっけ」
「あえて言うなら、鶏かな?」
「に、鶏?」
ルーフェは眉をひそめる。
「鶏農家のおっちゃんがさ、鶏料理が得意なんだよ。それで養鶏場券鶏肉の店みたいなのやってたなあ」
「ちなみに、それは俺の実家だ」
ラウルが得意げに言う。
「……鶏農家だったの!?」
「おうよ!鶏農家の三男坊!家は兄貴が継ぐからな、俺は気楽なもんよ」
「そ、そうか。コバも兄弟がいるの?」
「いや、俺は一人っ子だけど」
「え、それで冒険者に!?」
「まあ、うちは狩人だったからなあ。家を継げとか言われたことねえな」
思えば、自分のレンジャーの職業のルーツにもなっているから、家を継ぐのも剥いているのではないかとも思う。実際、パーティを解散したころは本気で狩人になることを考えていたし。
「コバの家といえば、コバの母ちゃんは料理がうまいんだ。母ちゃん教わってたもん」
「それで料理教室とか言って家に村中の女が集まって、俺と親父はよく家追い出されてた」
「なんだそれ。……面白いなあ」
ルーフェは少し嬉しそうにして、馬車内で座りなおした。
「そういえばさ、結婚式は誰が来るんだ?」
「あ?村の人だろ、町だったら、レイラさんと、マイちゃんと、あとエリンちゃんもだな。あとは同業者がなんだかんだで結構来るって」
「……やっぱり町でやった方がよくなかったか?」
「しょうがねえだろ。アンネがどうしてもって言うし」
まあ、そういうことなら別にいいけどさ。
領主さまのおかげで、ご祝儀にも懐は痛まずに済んだし。こっちはたまの里帰りも兼ねてのんびりさせてもらおう。
と、思っていたが、そんな希望はあっさり打ち砕かれた。
村に着いた途端、見たことないくらい人でごった返している。しかも、村の入り口の門にはでかでかと結婚式の旗が立てられていた。
「祭りか!!」
俺は馬車を下りてすぐに、大声でツッコんだ。
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