第22話 まさかの同棲開始……!?

「……で、なんであたしのところに来るんだ。なんでも屋じゃないんだよ、こっちは」


 レイラさんが恨めし気に、だが満更でもなさそうに頬杖をついている。


「いやあ、ギルドにはクエストの報告もあったし、行ったんですけどねえ」


 ついでに、ルーファリンデの件について、ギルド長に相談に行ったのだが。


「ん?なんだ、耳が遠くなったかな、何言ってるか全然聞こえんなぁ」


 そんな風にとぼけられて、取りつく島もなかったのだ。


「ギルバートの奴……面倒ごとに巻き込まれたくないからって……!」


 レイラさんは舌打ちして、俺とルーファリンデに水を出してくれる。


 今、「空中庭園」は俺たち以外に誰もいない。昼開店に向けて仕込み中だったレイラさんに無理を言って、開店時間を遅らせてもらっている。


「しかし、あんた最近トラブル多すぎない?呪われてんの?」

「俺は初っ端からそう思ってますよ……」


 レイラさんには、すでに事情を説明した後だ。


「とりあえず、そうなっちまった以上、領地に帰ることもできないわけだろ?」

「はい……」

 ルーファリンデはうつむきながらうなずいた。


「レイラさん、何とかできないっすか?ここで雇ってあげるとか」


「うーん……無理!」


 レイラさんの答えはバッサリであった。


「そ、そんな……!なんで!」

「なんでってあんた、うちは従業員がいるような状況じゃないからねぇ」

「いっつも常連に手伝わせてるじゃないっすか!」


「それでやってるからコスト押さえてるんだよ。言っとくけど、この子一人雇ったら、飯代倍になるからね」


 そう言われて、俺は戸惑う。そんなことになれば、常連からは大ブーイングだろう。俺だって、ここの安さには助けられているのだ。それが倍となると、飢えた冒険者が出てくるだろう。


「あと、その子にとってもお勧めしないよ。ここがどこだかわかってんの?冒険者の食堂よ?」


 彼女を探しているのは冒険者だ。しかも、金のない借金まみれの連中。となると、この食堂に飯がてら情報収集に来る可能性も高い。


 であれば、彼女をここに住まわせるのは逆に悪手か。


「じゃあ、どうすりゃ……」

「あんたが拾ったんだろ?あんたが面倒見なよ」


「な……っ!待ってくれよ、そんなの無理だよ!住むところとか、部屋2つ借りる金はないっすよ俺!」


「じゃあ、あんたの部屋に住まわせれば?」


「俺んち、1部屋っすよ!」


「知らないよ」


 俺は、ルーファリンデの方を見た。当の彼女は、すました顔で水を飲んでいる。

 動揺している俺の方がバカみたいだ。


「あんただって、さすがに嫌だろ、男と同じ部屋なんて……」

「……私は別に。あなたとは、すでに一緒に寝ていますしね」


 レイラさんの眉が、ピクリと動いた。


「コバ、あんたまさか……行きずりで……?」

「違う!クエスト終わりで休んだだけだ!」


「私の上にのしかかって、裸で寝具を軋ませながら……」

「追っ手をごまかすためだろぉ!?」


「コバ……あんたラウルのこと言えないんじゃ……」


「だから、やって、ないっての!」


 レイラさんもさすがにわかっているのだろう。面白がっている。俺はルーファリンデをじろりと見た。顔色も変えずに、水を飲んでいる。


 いきなりからかってくるとか、どういうつもりだ。彼女の心はわからない。


「……言っとくが、うち、狭いからな」

「なんとなく察してます」


 口ではこの女に勝てる気がしない。レイラさんに助けを求めると、肩をすくめていた。


***************************


 俺はまず、大家に話を通さなければならなかった。


 一人暮らしで契約しているのに、急に住人が増えるのだ。何も言わずに住まわせるわけにもいかない。


 もっとも、貴族の娘であることやトラブルについては伏せたうえで、だが。


「今、うち満室だからなぁ。空き部屋できたら、一応教えるけど」

「すいません、こっちも急な話で……」

「まあ、コバは信頼できるからいいけどさ。それより……」


 大家は、ちらりと自分の宿屋を見ているルーファリンデを見る。


「えらい別嬪さんだね。……彼女?」

「いーや。……妹です」


 苦しい言い訳だが、そういうことで話を通すことにした。聞けば、彼女の年齢は俺の1個下だ。なら、下手に彼女とかにするより妹の方が通じやすいだろう。


「でも、似てなくない?」

「親父の再婚相手の連れ子で。都合で、こっちに来たんですよ」


 母ちゃん、ごめんなさい。勝手にいないことにしています。


「そう。大変だねえ。ま、頑張って。家賃は今まで通りでいいから」

「すいません、助かります」

「いいのいいの。その代わり、なんかあったら手伝ってね」


 大家に話は通ったので、俺は彼女を連れて部屋に入る。


「……手狭ですけど」


「……倉庫ですか?」


 部屋に入った彼女は、開口一番言い放った。 


 悔しいが、若干否定できない。部屋には武器やアイテムのストックが山のように積んであるし、そこに万年床と化した布団が一枚あるだけだ。この部屋で二人が寝るには、この在庫を片付ける必要がある。


「……まあ、いざとなったら俺は知り合いのとこでも行くので。お風呂はこっちです。着替え場所は……ないんで、入る時は言ってください。出て行くんで」


「それはダメよ。お風呂はともかく、寝るところまで奪うつもりはありません」

「でも、この山片付けるの一苦労っすよ」


「……仕方ないでしょう。今日一日くらい。一緒の布団でも」

「いやいやそれは……」

「困るなら、何としても今日中に終わらせなさい!私も手伝いますから!」


 声を荒げられたので、俺は慌てて在庫の片付けに走った。


「……なんだこりゃあ!?」


 在庫の片づけ先に選んだのは、ラウルが働くサイカ道具店である。多くの箱の山に、見習いとして働く彼は口をあんぐりと開けていた。鍛えられた身体に、エプロンが小さく見える。


「これ、引き取ってくんない?」

「どうしたんだよコバ!お前、「取って置き」だったろ!?」


 ラウルが言うのは、要するに俺が捨てられない男だということだ。今までのクエストで得た戦利品やらを、いつか使うかもしれないと思ってずっと取って置く。そして、それが在庫となって部屋を埋め尽くしていたのだ。


「処分、すんの?」

「ちょっとな……」


 さすがに、ここにルーファリンデは連れてきていない。ラウルだったら絶対に食いつくし、そうなったらこいつも巻き込まれることになる。


 折角冒険者を引退したのだ。わざわざ面倒ごとに引きずり込む必要もない。


 ラウルもだいぶ慣れたようで、俺の持ってきた品物を一つ一つ見検める。そして、手元にあるのは買取の基準表だろうか。一通り見て、俺の方を見た。


「全部ゴミとして処分するから、処分代、銀貨10枚かかるけどいいか?」


 俺の9年間の蓄積は、すべてゴミだったようだ。


***************************


 なかなかの出費とともに部屋に戻ると、ルーファリンデが布団の上に座っていた。俺の蓄積をすべてどかしたからか、部屋が異様に広く感じる。


 俺は、手に持っていた新品の寝具セットを取り出した。何とか敷けそうだ。


 ひとまず、同衾という事態は避けられそうだ。それでもかなり近いけど。


 見れば、彼女は湯浴みを終えたようで、全体的にしっとりした感じをしている。着ている服は俺の予備だ。少し大きいのか、袖から手が出ていない。


 いかん。これはダメだ。


 俺は手で顔を覆った。いくらなんでも、この状況はヤバいだろう。


 何とか、彼女を別のところに住まわせられないか。そうしないと、筋肉猪の討伐どころではない。


「お風呂、いただきました。それで、食事はどうするの?」

「え?ああ、そうだな、うち厨房ないし……」


 だからこそ、普段からレイラさんのところに入り浸っていたわけだが、レイラさんの言うことがある以上、彼女を連れて「空中庭園」に行くわけにもいかない。


「いずれにせよ、どこかで食べるか、弁当でも買ってくるか……」

「なら、お弁当ね。外で食べるのは危険だもの」

「じゃあ、買ってきますけど……ルーファリンデさんは、何か食べたいものあれば買ってきますよ」


「待って」


 財布を持って外に出ようとする俺を、彼女は止める。


「「ルーフェ」でいいわ。ルーファリンデだと長いでしょう?それと、敬語ももういいです。私、もう貴族ではないのだから」

「いや、でも」


「私も、これから普通に話すから。私はただのルーフェ。いいわね?」


「わかりま……わかったよ」

「ならよろしい。ああ、私はお肉やお魚はいいわ。そんなに食欲ないから」


 ルーファリンデ改めルーフェの眼が鋭く光ったので、俺はしぶしぶ了承して部屋を出た。


 ……あの人、変なところで意地っ張りなんだよな。


 とりあえず、「空中庭園」で弁当を買う。それくらいはいいだろう。

 食欲がない、とレイラさんに言うと、にっこり笑って大盛の肉を追加してくれた。


 きっと、ほとんど俺が食べることになるんだろうな。


 案の定、弁当のほとんどは俺が食うことになった。だが、ルーフェも多少は肉をつまんでいたあたり、実は人並みにお腹が減っていたと見える。


 腹をパンパンにして、俺はとりあえず自分の布団に寝転がる。


「……どうすっかな、これから……」

「私のことは気にせずに、自分の仕事をしなさいよ」

「そういうわけにもいかんだろ……」


 俺の仕事は冒険者で、どうしたって彼女の側にいるわけにはいかない。それに、俺のスキルの都合上、彼女を連れてクエストに行くとなると、まずスキルは発動しないだろう。となると、素の自分でこなせるクエストになるわけだ。そうなると報酬面で、二人分の生活を賄うにはきつい。


「なんとか働き口を見つけてもらうか……」


 とはいえ、ルーフェの場合、一人で外に出るのはまずいだろう。

 何とか自分が付いていないと。こっちだって安心して仕事に取り組めない。


「……いっそ、冒険者にでもなるか?」

「……そんな簡単になれるものなの?」

「手続き自体は。大変なのはそっからだけどな」


 冒険者になるなら、ひとまずギルドで登録さえすればいい。その後、クエストを受けるかどうかは当人次第だ。別に義務などもない。なので、簡単なクエストを副業がてらやっている人も、結構いたりする。そういう人は、基本的にステータスも低めだ。


「そうすれば、一応パーティ組んで、行くこともできるけど……」

「でも、あなたのスキルってパーティを組んだら発動しないんじゃないの?」

「そうだけど……まあ、簡単なクエストならなんとかなるよ」


「……ダメよ、それじゃあ。あなたに甘えるわけにはいかないわ……」


 ほんっとうに、頑固な女である。


「じゃあ、どうする?俺一人で仕事に行って、あんたはその間何してるってんだ?この部屋にずっといるか?飯とかどうする気だよ!?」


「な、何とかするわ!私一人だって……!」


「ならねえよ!追われてるってんなら、一人で外に出られねえことくらいわかるだろ!」


 正直、俺は苛立っていた。彼女の頑固さもそうだが、そんな彼女を完璧に言い負かせる力がない自分に、一番腹が立つ。


「……なら、どうすればいいの?私は、これから……!」


 結局、この問答は今日はここまでになった。お互い言葉にならず、そのまま眠ることにした。この続きはまた明日だ。


 俺はルーフェがすすり泣く声が止むまで、一睡もできなかった。

 同じ布団じゃなくて、本当に良かったと、今は思っている。

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