第21話 ルーファリンデ・ヴァレリア

 ヴァレリア子爵第三息女、ルーファリンデ。


 ヴァレリア子爵領は、このドール子爵領からは、かなり離れた土地だ。この国では、子爵のまとめる領地など、大体辺境である。ヴァレリア子爵領も、たしかここに負けず劣らずの田舎だったような気がする。


 そんなところのお嬢様が、なんでこんなところにいるのか?


 目を覚ました俺はそれを聞こうかと思ったが、彼女は久々のベッドの感触なのか、抱き着くようにして眠っていた。


 起こすのも悪いので、ひとまず帰り支度をすることにする。武器や消耗品の消費を確認して、今回のクエスト、ひいては「単独行動」スキルのおさらいだ。


 クエストの所感としては、大成功だったといっていいだろう。およそ20のゴブリン、それとボス級であるバーバリアン。こいつらを相手取るのに、地形を生かすことで気づかれることなく仕留めることができた。


 特に弓矢は有効だろう。弓の威力も増すし、何より遠距離攻撃なのでステルス機能が効く。一矢放って隠れてまた一矢、を繰り返せば、筋肉猪にも有効打になるかもしれない。


 逆に短剣は、相手が集団の場合は不向きかもしれない。使うなら投擲か。攻撃した瞬間に声を上げられると、俺の存在に気づかれてしまう。

 

 ステルス能力は言ってしまえば、相手の無意識に入る技術だ。いちど認識されると、再び無意識に入るのは難しいだろう。


 消耗品については、不要なものは灯りの類だ。夜目が利くようになるので、あると逆に気づかれてしまうかもしれない。また、スタミナポーションは必須だ。それも、1本どころではない。少なくとも3~4本は欲しいところだ。


 筋肉猪と戦うなら、森の中がいいだろうか。それとも洞窟か。色々とパターンを考え、どうおびき出し、攻めるかを考える。


「……んん……?」


 布のずれる音がしたので見やると、ルーフェリンデが起きたようだった。眠そうにして、金色の透き通るような髪が朝日で光り輝いている。ただし、寝癖がついてあちこち飛び出ているが。


 彼女は俺の存在に、改めて気づいたようだ。顔を赤らめて、俺からそむけた。


「……あなた、起きてたの?」

「ま、まあ。今起きたとこ」

「そ、そう……」


 そう言いながら、彼女はなんだかもじもじし始めた。寝顔を見られたのが、そんなに恥ずかしいのか?


「……あの、昨日の話だけど。いいかしら」

「ああ……」


 俺は少し悩んだ。多分、俺の手に余る問題なんだろう、という想像は付く。となると、ギルドに相談して、身柄を預けてもらうか?とはいえ、貴族相手だし、圧力をかけてくるかもしれない。そうなると、ギルバートさんたちにも迷惑がかかる。


「とりあえず聞くけど、俺がどうにもできなさそうなら、誰かに預けるぞ?」

「えっ?」


 ルーファリンデは、驚いた顔をした。


「……なんか、変なこと言ったか?」

「い、いえ。なんとかしようと、してくれるのね?」


 ああ、そういうことか。そもそも面倒ごとに首を突っ込まない、という選択肢もあったわけだ。

 ……そんなこと、思ってもみなかった。俺もお人よしの甘ったれだな。


「まあ、せっかく助けた人が、またひどい目に遭っても寝ざめ悪いしな……」

「そう……。まあ、いいわ」


 彼女の顔がまた赤くなる。まだ恥ずかしいのだろうか。


「……私の生家、ヴァレリア子爵領は貧しいところでね。去年は作物も不作だったし、経済的にも冷え込んでしまったの」


 曰く、それがすべての始まりだった。


「ヴァレリア子爵領を維持するためには、方々に借金をするしかなかったの。領主であるお父様は、各地から援助を求めたわ。このドール子爵領にもね」

「あんた、ここがドール子爵領だって知ってるのか?」


 俺の質問に、彼女は答えずに、話し続けた。


「なかなか援助を得られない中、手を上げてくれた方がいた。それが、このドール子爵の隣に領地を持つ、コーラル伯爵だったの」


 コーラル伯爵。


 俺は、なんだかその言葉を以前聞いた気がする。どこだったか……。


 考え込んでいる間に、彼女の話は続く。


「伯爵の出した条件は、娘の一人を自分の元に働きに出すことだったわ。……それで、妾の子である私が行くことになった」


 ルーファリンデは三人姉妹で、しかし姉妹仲は良くはなかった。

 ヴァレリア子爵は本妻のほかに妾が一人おり、ルーファリンデだけが母親が異なったのだ。母親の妾も病死し、彼女は家内で腫れ物扱いされていた。


 そんなときに、「娘を差し出せ。そうすれば金を出してやる」という伯爵のご意向だ。向こうからすれば、願ったりかなったりだろう。


「父は喜んで私を差し出した。私も、家から出ることは特に問題はなかったの。でも……連れて来られたのは、このドール領だったわ」


 それはおかしいのは明らかだ。伯爵の元で働くなら、普通はコーラル伯爵領に行くはずだろうに。


「そこで連れて行かれたのは、お屋敷だった。真新しいお屋敷で、そこには、私みたいな貴族の娘や、普通の町娘がたくさんいたわ。それも、みんな美人だった」


 お屋敷。その言葉で、俺はコーラル伯爵の名前の出所を思い出した。


 ラウルだ。あいつが確か、借金で連れて行かれたガルビスの行方を追って、そんな屋敷の建設現場を見たという。郊外というだけで、実際の場所まではわからないけれど。

「そこで私は、使用人としての制服だって言われて、服を渡されたわ。とても服とは思えない、下品な衣装をね」


 何がどう下品なのかは分からなかったが、なんとなく想像がつく。


「……つまり、伯爵の専属娼婦、的な?」


 ルーファリンデは頷いた。


「私、それがたまらなく嫌で……逃げ出してきたのですわ」


 確か、伯爵は借金をこさえた冒険者を働かせていたって言っていた。昨日来たのも、そういった借金持ちの冒険者だろうか。


 それで、結局逃げている途中でゴブリンに捕まり、伯爵よりも悲惨な目に遭ったわけだ。

 なんとも、やりきれない話である。


「……私は、もう帰るところもありませんわ。今更伯爵のお屋敷に帰るわけにもいかないですし。あの冒険者は、おそらく私を殺すために派遣されたんでしょう」

「なんか弱みでも握ってんのか?伯爵の」


 俺の問いに、彼女は首を横に振る。


「いいえ。でも、あの屋敷自体が彼の弱点と言っても過言ではないでしょうね。あちこちから囲った女を養うなんて、黒いお金でしょうから」


 確かに。金持ちの考えることなどよくわからんが、普通に考えたらとんでもない贅沢だよな。

 

 おまけに、コーラル伯爵って去年結婚したばかりじゃなかったっけ。そんなニュースを聞いた気がするけど、そんなときにこんなもん作ったのばれたら、相当まずいよな。どうやったかはともかく、他の貴族の領地に作ったのも納得できる。


「……ゴブリンに捕まって、このまま死ぬのかと思ったら、なんだか少し楽になったんですの。だって、普通に生きてても辛かったんだから」


 ルーファリンデはそう言うと、ぽろぽろと泣き出した。


「でも、昨日お風呂に入って、ベッドで寝たら、まだ、生きたいって……。でも、私もう、どうしようもなくて……っ!」


 顔を覆って泣き出す彼女に、俺は完全にお手上げ状態になってしまった。


 無理。俺一人でどうこうできるもんじゃないよ、これは。

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