第20話 助けた女性は……

 ゴブリンの巣の片方は片付いた。次は、おそらくボスがいるであろう大部屋だ。

 ほかにゴブリンはいない以上、ここで音を立てるのを遠慮する必要はない。


 だが、一斉に相手をするのは厄介だ。入り口から、中の様子を探る。


 そこにいるのは15匹のゴブリン。側に女性が一人倒れているが、首がない。すでに弄ばれた後か。俺は舌打ちした。


 そして、1匹デカいのは、バーバリアンだ。ヤギのような角にカエルのような顔。とがった耳と鋭い牙。そして、巨大な岩の棍棒。体格はラウルより少し大きいくらいか。


 おそらく、地下からの奇襲を経験しているのだろう。そうでなければ、ゴブリンの巣穴を地下に作らせて、偽装なんてさせないはずだ。奴にしては「俺、天才じゃね?」くらいの発想なんだろうな。


 とにかく警戒していた、魔法とかを使うような魔物、というわけではなさそうだ。俺は安堵し、あいつらを確実に殺す算段を付ける。


 近づいても気づかれないだろうが、誰か殺せば確実に気づかれる。乱戦はこちらが不利だ。ゴブリンはともかく、バーバリアンとあんな広いところでまともにやりあうのは厳しい。


(やっぱり、こっちにおびき寄せた方がいいな)


 俺は部屋を離れると、近くの通路で手ごろな場所に陣取った。ほかのゴブリンはいないし、別のゴブリンが巣穴に入った気配もない。


 その場に屈むと、弓に矢を番える。狙い済ますは、ゴブリンの1匹だ。


 矢を1本放つと、その矢はとあるゴブリンの眉間を貫通した。


「「「「「!!!!!!!!?????」」」」」


 ゴブリンの群れは、突然のことに驚き、騒ぎ出す。おろおろとどこから矢が飛んできたのか、あたりを見回していた。本当に、着弾するまで矢が飛んできたことすら気付かなかったらしい。


 バーバリアンが叫び、ゴブリンたちに通路を見てくるように促す。渋るゴブリンどもを、棍棒でぶっ叩いて、他の奴に行かせた。俺が殺す手間を省いてくれるのはありがたい。


 武器を持って通路に向かってくるゴブリンたちだが、盾持ちが誰もいない。それなら、普通に射掛けるだけで十分だ。もう一匹、さらにもう一匹と、矢に貫かれて倒れていく。


 矢は十分にある。部屋にいた15匹のゴブリンが全滅するのに時間はかからなかった。なにしろ、入り口が一つしかない部屋で、その入り口に陣取られては、どうしようもないだろう。


 1体残ったバーバリアンは、苛立ったように叫びだした。恐らく別室にいた仲間を呼んでいるのだろうが、残念ながらそっちもすでに始末している。


 そして、岩の棍棒を振り回し、暴れ始めた。下手にやられて巣穴が崩れるのもまずい。バーバリアンの眉間に矢を放つ。


 魔物の眉間に風穴があき、そのまま声も出さずに倒れた。俺は息を吐く。これでこの巣穴の魔物は全滅した。どこか呆気ない気もするが、無事なだけ上々だ。そう思うことにした。


 俺はようやく部屋に入り、首のない女の身体に近づく。遺体は腐りかけ、蛆が湧いていた。死後、だいぶ時間がたっている。俺は目を伏せ、彼女の魂の冥福を祈る。


「……これで、やっと堂々と言えるなあ」


 さっき助けを求めた女性に。


 助けに来た、と。


 かなりの疲労が俺を襲うだろうが、危険な魔物がいる気配は、巣穴の外にはない。

 この探知もできなくなるのだから、なるべく急がないといけないな。


***************************


 もう片方の部屋に行くと、さっきの女性が岩に座っていた。どういうわけか血まみれで、殺したゴブリンの頭がことごとく潰されている。彼女がやったのか。


「……あなた、さっきの……」


 この先の方が難易度高いぞ。耐えろよ、俺。


「……ギルドの冒険者だ」


 言葉を発すると同時に、全身に、強い疲労感が走る。スキルの反動だ。足の力が抜けかけるのを、必死にこらえる。


「……大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫。ゴブリンと、デカいのはいたけど全部倒しているから」

「そうじゃないわ!あなたの事よ!」


 彼女は声を荒げた。俺がよろめいたのが、戦闘によるものだと思ったらしい。


「……助けに来た。もう大丈夫だ」


 そう言った時、彼女の目には大粒の涙が溜まり、人目もはばからずに泣き出した。俺はとうとう立っていられず、近くの岩に座り込む。意識まで失うわけにはいかない。


「で、悪いんだけどさ、近くの村まで女の子を運ぶの手伝ってくれないか?俺、一人運ぶので精一杯なんだ」


 俺の発言に、女性は鼻をすすりながらも、きょとんとした顔をする。


「……冒険者さん、さっきとは別人みたいね?」


 実際、そんなもんかもしれない。女性の視線に、俺は笑うしかなかった。


***************************


 森から村に出るのが、一番大変だった。


 俺の外套を着た女性と一緒に巣穴から村まで移動したのだが、いかんせんスキルの反動で体力が切れかけていたのがヤバかった。人一人背負いながら移動だけでバテバテだ。


 やはり、「スタミナポーション」は必須だろう。念のため一本持ってきたものを、たまらずに飲み干してこのざまだ。


 村に到着したときには、俺は息も絶え絶えで顔も真っ青。村長に「ゴブリンに捕まって逃げてきたんですか!?」と驚かれてしまった。


 ともあれ、ギルドから依頼を受けてきたこと、女性を助けてゴブリンの巣穴を潰してきたことを伝えた。村の人たちは目をぱちくりさせていたが、証拠品として持ってきたバーバリアンの耳とゴブリンの耳、あとは助けた女性たちが、真実を物語る。


「……娘たちを救ってくださり、ありがとうございます!」


 村長からはいたく感謝されて、そのまま一晩村に泊めてもらうことになった。ありがたい話で、正直ぶっ倒れそうなくらいきつい。


 これは、走り込みする必要がありそうだ。少しでも反動を軽減しないと、筋肉猪と戦った後などどうなってしまうのか。丸一日くらい動けないのではないか?


 この村には宿らしい宿もないので、村長の家の一室で一晩を過ごすことになったのだが。


「あ、あなたもこの部屋で寝るのですか……?」


 そこにいたのは、見覚えのある女性だ。巣穴で捕まっていた女性。着替えをもらったのか、村人風の服を着ている。


「……なんでいるわけ?家に帰ったんじゃ……」


 俺の質問に、彼女は答えない。


「おや、どうされました?」


 そんなことを言っていると、村長がこちらに向かってきた。


「いや、この部屋……」

「ああ。すみませんなあ。何分小さい家なもので。空いている部屋が一つしかないのです」


 なんだか、会話がかみ合っていないような気がするが……?


 困惑する俺の思考を遮るように、女性が村長に声をかけた。


「いえ、十分です。礼を言います」

「そうですか。狭くてお連れの方とご一緒ですが、ごゆるりと」


「……お連れの方?」


 村長はにっこり笑って、そのまま部屋から離れていった。

 俺は、女性へと向き直る。


「嫌なものね。あの村長、変な気を使って」

「いや、ちょっと待ってほしいんだけど、お連れって何……?」


 女性は、どこかもじもじして答えようとしない。

 よく見ると、金髪碧眼の美人である。しかも、風呂で身体を清めた後なのか、どことなく色っぽい。


 仕草を見ても、村娘とは思い難いが……。


「……もしかして同業者か?」

「それは……」


 もう疲れたから、ベッドに突っ伏したいのだけれど。


 言い淀む彼女が何か言いかけた時、急に騒がしい声がした。


「お、お待ちください!冒険者さま!」


 村長が叫ぶのも聞かず、足音が聞こえる。ずかずかと、一直線にこちらへ向かっているようだ。


 不意に彼女が、俺の袖を掴んだ。顔を見ると、無言で首を振っている。


(目当てはこの子か……?)


 俺は舌打ちした。さっきの村長の言葉からして、冒険者がらみのトラブルか。どちらにせよ、ろくでもないことになりそうだ。


「ですから、この部屋にはゴブリンを退治してくださった冒険者様が……!」


 村長の静止の声を待たずに、ドアが乱暴に開かれた。


「…………なあっ……!?」


 ドアを開けた男が、素っ頓狂な声を上げる。


「……おいおい、お楽しみ中に、邪魔しないでくれないか?」


 男が驚くのも無理はないだろう。


 そこには、ベッドの上でくんずほぐれつしている男女の姿があったのだ。


 もっとも、布団で隠れており、女性の顔は見えない。だが、互いの素足が布団からはみ出ている。男から見えるのは、裸で上に乗っている俺だけだ。


 もっとも、実際にやっているわけではない。ズボンは履いているし、彼女に覆い被さっているだけだ。


 男も村長も、顔を真っ赤にしている。あえて言うなら、俺に覆い被されている女性もだ。腕で顔を覆っている以上、相当恥ずかしいようだ。


「……あの、早く出てってくんない?」


 そう言って、俺はわざとらしくベッドを軋ませる。


 男は舌打ちして出て行った。村長も、ぺこぺこと頭を下げ、あわててドアを閉める。小声で「ごゆっくり……」と言っているのが聞こえた。余計なお世話だ。


 誰もいなくなったところで、俺は彼女の上から身を起こした。女性は身体を震わせている。


 悪いことをした。彼女はそもそも、ゴブリンの凌辱を受けたというのに。咄嗟とはいえ、配慮が足りなすぎる。


「……構いません。むしろうまくごまかしていただいて、ありがとうございます」


 俺の気持ちを感じ取ったのか、彼女はそう言った。震えは、しばらく止まらなかったが。


「なあ、あんた、追われてんのか?」


 彼女は答えない。こりゃあ、相当深刻かもしれない。ギルドかレイラさんにでも相談すべきだろう。


「……そうね。助けてくれた恩義もあるし、名前を教えてあげてもよいわね」

 

 女性は、ぽつりとつぶやいた。


「私は、ルーファリンデ・ヴァレリア。この国の貴族ヴァレリア子爵の……第三息女ですわ」


 そこまでが限界。俺の疲労はピークに達した。


 倒れるように、ベッドに身体が沈む。


「え、ちょっと!?私の話は!?ねえ、ねえってば!」


 俺を起こそうとする彼女をよそに、俺の意識は朝まで戻ってくれなかった。

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