第10話 スキルが……生えた……?

「あの、コバくん、ちょっといいですか?」


 待っていた俺に声をかけたのは、マイちゃんだ。俺は首を傾げる。

 冒険者カードの更新、マイちゃんは担当じゃないはずだけど?カードを渡したのも、別の職員さんだったし。


「どうしたの?クエストの依頼?」

「いえ、そうじゃないんですけど……ギルド長が来てほしいと」

「ギルド長?」


 俺の首はさらに傾いた。ギルド長がいったい、俺に何の用だというのか?

 あの人とも付き合いがないわけじゃないから、変な話にはならないと思うが……。


 ラウルの引退についての事情聴取かな。


 いろいろ考えたが、まあ、行ってみないと真相はわからない。あくまで全部俺の推測だ。

 とりあえず、マイちゃんに着いて、ギルド長の応接室に向かう。


 この国の冒険者ギルドで長を務める者は大体が現場冒険者からのたたき上げだ。優秀かつ現場の目線で見ることのできる人材は、この業界では非常に限られる。


 我らがバレアカンの町のギルド長も例外ではない。年齢は50を超えているが、新人はおろか、下手すれば5年目冒険者くらいには負けないだろう。剃られた頭に、黒い傷だらけの肌に斜陽レンズの眼鏡。全身黒い装束に身を纏っている彼は、殺し屋と言われても信じられる。


「失礼します。コバ君を連れてきました」

「入れ」


 マイちゃんとともに俺はギルド長の前に立つ。この人の前に立つと、緊張感が凄い。

 彼の眼光が、眼鏡越しに伝わってくる。それだけで、軽く鳥肌が立つほどだ。


「……来たな、コバ。とりあえず座れ」

「ど、どうもっす……ギルバートさん」


 俺は言われるがままに、応接室の椅子に座った。


「お前よお、この間ソロでクエストに行ったよな」

「え、ええ。行きましたよ」

「うまくいったらしいじゃねえか。よかったな」


 いきなりなんだろう。確かに俺はかなりこのギルドでは珍しいですけど、そんなに言われることでもないでしょう?いい加減むず痒くなってきたんだが。


「ど、どうもっす」

「お前、これからもソロでやっていくつもりなのか」

「え、そりゃ、組みたい人がいるなら組みますよ。俺もなりふり構ってられないし」


 正直、一人より複数でキャリアを積んでいるから、できれば今後も組んでくれる人がいれば、パーティでやりたいのが本音だ。ソロはソロでいいけれど、精神的な負担は少ない。


 こんな話を振ってくるってことは……。まさか!?


「俺とパーティ組んでくれる人が見つかったんですか!?」


 俺は思わず立ち上がった。5回もパーティ崩壊させているのに、そんな物好きがいるとは!この際、もうどんな訳ありでもウェルカムだ!


 だが、ギルド長ギルバートさんから返ってきた答えは渇いた声だった。


「そんな話は来てねえな」

「……あ、そっすか」


 俺はがっくりと肩を落とした。


「が、代わりに妙なことになってな。……見ろ」


 ギルバートさんはそう言うと、俺に1枚のカードを手渡した。冒険者カードだ。

 

「更新が済んだ。受け取れ」


 俺はカードを受け取るが、どうも腑に落ちない。

 わざわざ更新したカードを受け取るだけなら、ギルド長の部屋にまで来ることないじゃないか。顔怖いから、9年見てても慣れないんだよ、このおっさん。


「はあ、どうもっす」

「裏面見ろ。ステータスが更新されてる」


 そりゃそうでしょうよ。そう思いながら、俺は自分の冒険者カードの裏面を見た。


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〈冒険者データ〉

 冒険者ランク C+

冒険者歴   9年

ステータス  筋力:D 

        防御:D 

        敏捷:C 

        賢さ:B

        器用さ:C

 スキル    単独行動 EX

          効果 一人の時、強くなる

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 ……応接室に、沈黙が続いた。


 あれ?何これ?俺は混乱している。


 賢さが上がっているのは、まあ予想通りだ。あんなに勉強したし。でも、Bて。いっぱしの魔法使いくらいになっとるやないかい。


 ま、それはいいよ。百歩譲って。


 ほかのステータスは据え置きだし。


 でも、………………スキル?


「単 独 行 動 ?」


 俺は、カードに記載されたスキル名を繰り返した。ぽかんとする俺に、マイちゃんとギルバートさんも、眉間を押えてため息をついている。


「やっぱり、身に覚えはないのか」

「な、ないですよそりゃあ!」


 俺は思わず、声を荒げる。


「俺がスキルなんか持っていないのは、ギルドが一番よくわかってるはずでしょ!?」

「そう、なんだよなあ」


 戸惑いが隠せないのは、この二人も同じようだ。無理もない。基本的に、スキルは後天的に生えることなどないからだ。


 スキル持ちは、大体が登録時にスキルを持っているかいないかを確認できる。この時点で持つ者と持たざる者の差が生まれるわけだ。


 俺とラウルが登録したときは、運よくラウルがスキルを持っていた。「一気呵成」というスキルで、敵を倒せば倒すほど攻撃力が上がるスキルだ。まっすぐ前線で戦うラウルにぴったりのスキルだった。


 その時、俺のカードにはスキルは書かれていなかった。


 だが、今受け取ったカードにはしっかりと「単独行動」と書かれている。


「……誰かの血と、間違えた……訳ないっすよね」

「当然だ。目の前でお前の血をカードに付着させてるんだからな」

「ってことは、やっぱり……」


「ああ。それがお前のスキルなんだろう。突然生えた、な」


 なんだそりゃ。俺は到底信じられなかった。


 それにしても、「単独行動」とは。


まるで、俺がソロにさせるようなスキルじゃないか。


「……正直言うと、こんな前例が、多からずある」


 ギルバートさんが、葉巻の煙を吐きながら言う。


「え、あるんすか?前例?」

「この町じゃないがな。王都とかスキル持ちが多いところだったはずだ。なんだ、魔導学院からスキルについての論文が出てたな」


 あの資料どこだったか、とギルバートさんは自分の机を漁り始めた。論文ってなると、相当レアなケースなのだろうか?


 やがて、見つけたらしいギルバートさんは、記事を俺に見せてくれた。俺と、あとマイちゃんも、その記事を覗き込む。


 記事の内容は、以前のバカな俺にはわからなかっただろう。


 内容は簡潔に言えば。


 スキルとは、先天的に持っているものを、後天的に条件を満たすことで初めて発動し、認識されるようになる。


 らしい。意味合いの理解としてはギリギリだ。ちなみに、その後の根拠等について、俺はさっぱり理解できなかった。


「ええと、つまり?」

「スキルが生えるのは、その条件を満たした時、らしいな」


 つまりは、俺が何らかの条件を満たしたから、このスキルが生えたって言うことか?


「条件って、何なんすか、一体?」

「知らんよ。俺だって専門家じゃねえんだ」


 それこそ学院にでも行かねえとわからねえだろうな、とギルバートさんは言う。


「だが、お前の場合は、なんとなくわかりやすいんじゃないか?その条件ってのが」


 確かに、この更新期間で、俺の冒険者生活は大きく変わった。


「…………勉強したこと?」

「そっちじゃないでしょ!ソロよ、ソロ!」


 たまらなかったのか、マイちゃんがツッコんできた。いや、まあ、そりゃ、薄々わかってはいたよ?「単独行動」、だもんな?


 確かに、俺は少なくともラウルと一緒にクエストにずっと行っていたから、一人でクエストは一昨日のあれが初めてだったけども。


 まさか、それでスキルが生えるとは思わないじゃないですか。


 あと、さらに気になることがもう一つ。


「……EXって、何なんすかね?」

「ギルドでは、そんなの見たことねえぞ」

「最高でも、Sのはずですよね。冒険者カードの評価って」


 冒険者カードに記載される評価は、最低Eの最高がS。Sが一つでもあれば、それはもうお祭り騒ぎになる。一騎当千の英雄と同等なのだから。

我らがパーティ最高戦力だったラウルですら、最高評価のステータスは筋力のBなのだ。

 

EXという評価ランクは、見たことも聞いたこともなかった。

 

「EXだし、Eに何かオマケ付きとか?」

「わからん」


 俺たち3人は1枚のカードをじっくり眺めるが、そんなんで答えが出るなら苦労はしない。結局、どういうことなのかは素人の憶測にすぎないのだ。


「これ、専門家にお願いした方がいいですよ。詳しく見てもらった方がいいです」

「……だとすると、学院か?」

「でしょうねえ」


 ギルバートさんは溜息をついた。どうしたのだろう。学院に何か嫌な思い出でもあるのか?


「……ツテがねえんだよ」

「普通に頼めばいいじゃないですか!」

「学院への依頼なんぞ、貴族優先だからな。こんな田舎町の頼みなんぞ、いつ聞いてくれるかわからんぞ」


 困り出すギルバートさんだったが、当の俺としては、そんなことしていたらクエストが受けられないので、ゴメンこうむりたい。もちろん、気にならないわけではないけども。


「あ、あの。結局、俺はどうして呼ばれたんすか?」

「ん?」


 ギルバートさんは、じろりと俺を見た。


「まあ、あれだ。こんなスキルも生えたことだし、もうパーティを組むのは諦めた方がいい。それだけは言っとこうと思ってな」


 その言葉は、俺にとってはどんな異常事態を突き付けられるより心に突き刺さった。

 もう帰っていい、と言われてもしばらく立ち上がれないほどに。

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