第76話

「…ゴメ、ン…グスッ…なさ…」


 キスした理由を話した後、勢いよく土下座の体勢に入った美夜。

 ブワッと床に広がった長めの黒髪…そして泣きながら謝罪する女…更に陰鬱な雰囲気が漂っているせいか、若干ホラーっぽいです。


「……ハァ…」


 そして妙に落ち着いている、俺の激弱なはずのメンタル君。

 良かった…メンタル君にダメージは無かったんだ……って訳じゃあない。

 しっかりと甚大なダメージを受けて、致命傷に近い傷を負っております。


 そんな理由でキスに同意すんの?

 好きな相手がいても?

 実はカス以外の相手にも、そんな感じでキスしてたり…とか、そういったの感じのがバッチリと、メンタル君にクリティカルヒットしたのですよ…。


 それでもメンタル君が死んで発狂…とならずにすんだのは、レンちゃんパワーと、あの時美夜に好意が無かったってのが大きい…のかもしれない、多分。

 本当によく耐えてくれたもんだよ。


 まぁそんな感じで、何故か今の心境としてはオコっていうより、呆れてるとか…まぁ、そんな感じな気持ちの方が強い状態。

 情緒不安定なもんで、いつそこが引っくり返るかわからんけど。


「…バカで…グスッ…ごめん、なさい…」


 うん、美夜のバーカバーカ。

 諦めさせる為にキスするとか、どんな思考回路してんだこのビッ…バーカ!


…って、本当は口に出して言ってやりたいとこなんだけどね…。

それをしないのには、理由があります。

 それをしてこれ以上美夜の状態が悪化、ついでに俺も悪化…なんて事になりでもしたら、話が終わるピンチだから。

 

美夜がごめん泣きモードに突入した今、俺がどう動くかで確実にルートが分岐する…重要な局面だもの。

相応しい男候補なら、それ相応の動きを見せねばならんのですよ。

レンちゃんも…見守ってくれてるしな。


「…なぁ美夜」


「…は、い…」


 さてさて、さっき美夜は端折ったけど、俺は結果も重要だが過程も重要だと思うのです。

 似てるとか言われた、どこかの某王子とはちょいと違うのだよ。

 という訳で、ちゃんと話を聞かせて貰おうじゃないのさ。


「落ち着いたらでいいから、二回目のキスの言い訳をしろよ。それが俺の納得のいく答えなら…」


「許してくれるのっ!?!」


「はぅあ!?!」


 急に土下座の体勢から両腕を伸ばして俺の足をガッチリと掴み、顔を上げる美夜。

 涙と鼻水で濡れた顔に、ベッタリと張り付く黒髪…そしてそこから見える血走った片目が…凄く、ホラーです…。


 やだ、俺のハートってば…凄くドキドキしちゃってる…。

 …こういうビックリ系は苦手だから、マジで勘弁してくれ…ガチで逝っちゃうよ?


「す、少しは許せるような気持ちになるんじゃねーかと思うよ!?」


「…うん、わかった…なら、言い訳する…」


 似たような外見のレンちゃんへ。

 もしキミがこっちの世界に来る時は、夜中に画面の中からホラーちっくに這って現れたりしないでね。

 きっと俺はそっちの世界に逝く事になって、行き違いになっちゃうと思うからさ…。


「まぁそれは一旦置いといて…まずは顔を拭け。酷い事になってんぞ」


「…あ…グスッ…うん…私…汚なくて…ゴメンね…」


「……いやまぁ、酷い事にはなってるけど、そんなに汚いとは思ってねーから。…いいからさっさと顔拭けし。ほらティッシュ」


「…ありがとう」


 …そういや、唇の皮ってすぐ入れ替わるんだったよな。

 ならば超ばっちい汚れも2年以上経過した今、多少は…。

 いや、うん…とりあえず、今それは置いておくとしよう。

 その汚れは物理というか、精神の問題が大きいですし…。


「…つーかさ、結構前から足痺れてるし…正座止めね?」


 もはや痺れ過ぎて膝下の感覚が消えてんだよね。

 これずっとこのまま正座してると、どうなるんだろ?

 …まさか、壊死しちゃったりとか?


「私は、まだ大丈夫だよ…」


 嘘つけ。

 絶対やせ我慢してるくせに。


「ふぅん…俺はもう限界だし、ベッドに寄り掛かって座らせて貰うわ。でもそうすると、微妙に距離が空いて話しづらいと思わね?だから、美夜も同じ様に座ってくれよ」


 そうと決まれば移動だ移動、足の感覚がないから、手を使ってベッドのある後方へズリズリとね…。


「おぅふ」


 わぁ、背もたれがあるって超楽ちーん。

 足も崩したし、これは長話にもってこいの体勢だね。

 …だというのに、美夜は何で動こうとしないのかな?


「…どうした?早くこっち来て座れよ」


 ま、さっきと1mくらいしか変わんない距離だから、本当はそれほど話しづらくないんだけどね。

 ここは俺の気遣いを察っして欲しいところ。

 ほら、足が壊死する可能性だって、億が一ぐらいはあるかもだし。


「…私は正座のままで、近くに座るよ…」


 あっ、俺の気遣い無視してそういう事言っちゃう?

 別に反省して正座しますアピールはいらないんだけどなー。

 全くもう、昔から変なとこ頑固なんだからー…。


「いいからこっち来て座れやバカ美夜!!反省してんのはちゃんとわかってるっつーの!!それともなにか!?あのカスの言う事は聞けて、俺の言う事は聞けないってか!?」


「ご、ごめんなさいっ!!今ちゃんと座るからっ!ちゃんとユキ君の言う事聞くからっ!!」


 あ…やっべ…思わずちょっとオコな部分が出てしまった。

 レンちゃん、お見苦しいところをお見せして、誠に申し訳ございません。


「…うぅっ…!」


 美夜はやっぱり足の感覚が無いのか、必死な顔で手を使い、這って俺の方に来ようとしているし…。

 くそぅ…ちょっと嫌みな事言っちゃったせいで、罪悪感が…。


「…ゴメン、美夜」


「ユキ君は悪くない!悪いのは全部私…私だから…」


「いいや、今のは俺が悪かったよ。マジでゴメンな…ほら、引っ張ってやるから俺の手を掴め」


「…ありがとう…ゴメンね…」


「…フギィ…!」


 足の感覚が徐々に戻ってきていて、只今絶賛敏感中。

 膝下がビリビリするのを我慢しつつ、美夜を引っ張り、なんとか隣に座らせる事に成功…したのはいいけど、なんか近くない?

 腕と腕がくっついて、ほぼほぼ密着状態なんだけど?

 手を引っ張ってよいしょーっと座らせた時点で、まぁ近いのは当たり前なんだけどさ。


「……………」


 そして美夜はさっきは離れて正座するとか言ってたのに…離れようとしないですよ?

 仕方ない…これじゃあお互いにパーソナルスペース的なものがアレだし、俺の方から離れ……。


『………………』


 …まぁいいか。

 俺も美夜も足がアレになってるし、今は動くのしんどいからね。

 それにまぁ…別にそこまで不快な訳じゃないですし?

 子供の頃もこうやって、一緒に本とか見てましたし?

 昔を思い出してちょいとおセンチな気分だから、少しの間だけパーソナルスペースを取っ払っておくとしますか。


「…それじゃ、言い訳…してもいい?」


「いいぞ。さっき言いかけたのは、岸先輩?だかに、電話で相談したらだっけか?」


 カスとグルになってた便器先輩に相談とか、確実に悪手だろうに。

何を吹き込まれたんだか。


「うん…いきなりキスされて、告白されて…お世話になったのは確かですけど、気持ち悪くて、できればもう関わりたくないです、どうしたら…って、相談したんだ…」


「ふぅん?」


 その段階でカスに悪感情が発生してたのは、とても良い事だと思います。

 俺としてはすぐに痴漢や性的暴行を受けたとして、大人に相談するのがベストでしたが。


「そうしたら…お世話になった人に、たかがキスされたくらいで気持ち悪いとか、酷いんじゃない?…それとも大事な、ファーストキスだったとか?…って…」


 …まぁ、ファーストキス、ですよね…。

 あれぇ?メンタル君、傷が開いてまたダメージ受けてるみたいだけど、大丈夫?

 まぶたがピクンピクンする感じで、ボディにも影響出てるよ?


「…それには…ファーストキスは…ユキ君ともうしてるから違うって…言い返したんだけど…」


 何言ってんだコイツ?

 俺の記憶が確かならば、子供心でふざけてキス…とかすらしてないはず。

 …うーむ、そんな大事な事を覚えてないとか、絶対無いと思うんだけど…。

 よし、一応確認しておくとしよう。


「…なぁ美夜。俺ってファーストキス、まだした事無いと思うんだけど…」


「…まだじゃないよ。それに…何度も、キスしてるし…」


「…何度も?」


「うん…何度もしてる、から…」


 …全く記憶にございませんね。

 メンヘラのスキルとかで、記憶の捏造したりしてないです?


「嘘つけ。いつ、どこで、何回したってんだよ」


「嘘じゃないよ!!寝てるユキ君と何度も何度もしてる!!数なんて数えきれないもん!!」


「…へ?」


 美夜の勢いが、急激にパワーアップしたのですが…。

…そういや前にバスの中で、昔寝てる俺にイタズラしてたとかなんとか言ってた気がする…。

 え…コイツ離婚騒動が起きる寸前まで、結構な頻度で朝昼問わず、俺の起床時に横でスタンバイしてたよね?

 その度にやらかしてたとしたら…そりゃ数なんて覚えてる訳ないかー…ハハッ!


 …いやいやいやいや、これはちょいとやらかしてた期間が気になりますぞ?

 小学生の頃だけならイタズラの範囲、そっから先はわいせつ行為だと思うんです。


「…お前それ、どのくらいの期間やってた?」


「…小学三年生から……ユキ君が、いなくなっちゃうまで…」


 わいせつ行為確定。

…いや、でも…あの当時の俺達なら…。

 うん、まぁいいや…その辺は不問って事にしとこ。


「…そんな長い間してて、よく俺にバレなかったな?本当にしてた?」


「本当だもん!!ユキ君にバレなかったのは…コツがあるの!!嘘だと思うならお母さんか美羅に聞いてみてよ!!何度もしてるとこ、見られてるからっ!!」


「左様ですか…」


 コツかぁ…よくわからんが、謎のスキルを身に付けおって。

 小学三年生からなら、相当スキルのレベルが上がってそうだし、寝起きが悪い俺が気づかなかったのも無理は…まぁ、無いか。

 今思えば俺を起こした後の美夜は、やたらと機嫌が良かったですものね。

なるほど、そういう事でございましたかぁ…。

 ていうか、母親や妹に見られたのに止めないのは何故…?

 でもまぁ…証人もいるみたいだし、嘘や記憶の捏造じゃあなさそうだ。


 …でもこういう感じのキスって、普通にキスとしてカウントしていいものなのかという、疑問が残るんですけど…。


「あのさ美夜。なんとなくそれは、ファーストキスとは違うんじゃないかなー、なんて…」


「違くない!!私達はもうキスしてるのっ!!あんなのがファーストキスなんかじゃないもん!!」


 …さっきから語尾がもんになって子供っぽくなってるし、美夜としてそこは譲れないとこなんだと思われる。

 …まぁ、俺もそう考えた方がメンタル君を回復するのにいいしな…。

 ここはその考えに乗っかっておくか。

 若干釈然としないけど…少しだけ、穢れが浄化された気はするし。


「オーケーオーケー。とりあえずそこはまぁ…それでいいとして。言い訳の続きを聞かせてくれ」


「…うん…わかった…。それで…そう言ったら岸先輩に、じゃあ、別にいいじゃん。たかがキスくらい、今までのお礼だと思いなよ、って…」


 カス先輩達とエグい事してた、肉便○先輩の価値観を押し付けんなよな。

 そもそもお礼もクソも、お前達のマッチポンプでしょーが。


「ふぅん…じゃあ二回目のキスは、諦めさせる+お礼の意味も含めて?」


お礼で好きでもない男にキスとか、俺的にはだいぶアウトよ?


「…違うよ。本当に諦めてもらいたかっただけ…」


 …うん、まぁとりあえず、そこはヨシ!…という事で。


「ほぉん……あ、続きをどうぞ」


「うん…そのあと岸先輩に言われたのが…嫌がらせから守ってくれたのは…その、ユキ君じゃなくて、伊藤先輩なんだから…黙って付き合ったら?って…告白を断るも何も…私と伊藤先輩が、もう付き合ってて…それなりの事もしてるって、かなり噂になってるし、って…。私、あの時は、そんな噂されてたとか、知らなくて…。それで、その…あの…や、役立たずも、それを知ったら、自分から身を引くでしょ、って言われて、私、傷ついてるユキ君に、もしそんな噂が知られたら、どうしよう、って…それが、凄く嫌で…。それで…次の日に、伊藤先輩に…告白、断るのと、できれば、距離を置きたい、って事と…噂はデタラメだって、伊藤先輩からも、周りに言って欲しくて……あの時…校舎裏に…」


「………なるほどぉ…」


 …あー、あれかい?

 基本的にはバカ化してた俺に知られたくなくて行動した、と…そういう事でいいのかい…?


 メンタル君、さっきとは違うパターンで甚大なダメージ喰らったけど大丈夫?

 …あ、無理そう?

 でも、多分もうちょっとだから…ほら、レンちゃんも見てるしさ…。

頼むから、なんとか耐えて欲しいのデスよ…。

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