第75話

 床に体勢を整えて座り直し、向かい合う。

 座り方は俺も美夜も正座、何とも言えない緊張感が漂っているね。


「じゃあ、お互い腹割って話そうぜ。色々聞きたい事はあるけど…最初に二年前、あの時の事を話そうか。俺達にとって、一番重要な事だろ?」


「…そうだね。私もその話、もうウジウジしたり怖がったりしないで、ユキ君とちゃんと話すって決めてたから、ちょうど良かった」


「そっか。それはやっぱ昨日の事があったから?」


「うん…昨日、いっぱい泣いて、いっぱい考えてるうちに…気づいたの。心があの時から全然成長できてない、泣き虫で弱虫な私のままじゃ、ユキ君の大好きな虹乃恋に近づけっこないって。だからまずは過去の色々な事に決着をつけて、泣き虫で弱虫な私とさよならするんだ」


「なるほどね…」


 昨日のカラオケで、俯いてウジウジしてた美夜とは全然違うもんな。

 ずっと俺の目を見ながら、しっかり話せてるし。


 これは昨日の事で、俺でいう春休み前の覚醒みたいな事が起きたとか?

 思っていたより、やべー感じじゃなくて良かったわ。

 うん、このしっかりモードな雰囲気だとレンちゃんというより、美紗母さんにそっく…。


「……頑張る。私頑張るから。頑張って虹乃恋になるから。許してくれなくても頑張る。無理でも頑張る。駄目でも頑張る。頑張ってれば、あっちのユキ君が来てくれる?あれ?でもそれ偽物だよね?私は本物のユキ君がいいのに。どうし…」


 前言撤回。

 これ、バッチリメンヘラが覚醒した美夜でした。

 思っていた以上にやべーなおい。

 虚ろな目で俺を見つめながらブツブツ言い始めたよ。

 喋ってる内容は、俺と似たような事でもあるんだけど…。


 とにかくこのままじゃ話にならん。

 なんとかせねばな。

 ハグして頭ポンポンの封印、速攻で解除で。


「落ち着け美夜、まずは話をしよう。許すも許さないも…それが終わってから、な?」


「………ユキ君…」


 …今はあーだこーだ気にしなくていいだろ。

 現実に戻って来なさい。

 俺が使っていい言葉なのか、ちと微妙なとこだが。


「…ゴメンね、こんな私で…。もう大丈夫、ちゃんとお話しなきゃだよね」


「…おう」


 美夜の方から体を離され、元の位置に戻る。

 うん、美夜の雰囲気もしっかりモードに戻った。

 これならまぁ大丈夫だろ、多分。


「それじゃ…」


 …これで俺達の関係がどうなるか、決まるんだよな。

 うし、腹割って話そうって言ったし、悔いが残らない様に色々とぶっちゃけていこう。


「あ、話す前に言っとく。気づいてたろうけど、俺はあの時美夜の事が大好きだった」


「…っ…!」


「離婚や先輩だとかなかったら、確実にあの夏のお祭りの時に告白してたと思う」


「…わ、私も、だよ…」


 美夜の目が涙でジワる。

 まだ話は始まったばかりだというのに、そんなんでどうするよ。

 …いやまぁ、俺も若干ジワってんだけどさ。


「そっか…。でさ、今からそれが全部駄目になっちゃった、あの時の話をするわけじゃん?なんつーか、結構トラウマっていうか…ね?内容によっちゃ俺、前みたいに美夜に酷い事を言っちゃうと思うんだわ」


「大丈夫。私のせいだから」


「いや、大丈夫って言ってもだな…。ほら、一応我慢はするつもりだけど、頭に血が上って…なんて事もないとは言い切れないし?だからさ、もしも俺がアレな感じになっちゃったり、美夜がもう無理ってなったら…話は終了って事にしよう」


 さすがに美夜に暴力を振るうなんて事はないと思うけど…。

 あの時の事がフラバして、物にあたったりはするかもしれない。


 …もしそうなったら、ガチで純おじに病院に連れて行ってもらうか。

 メンヘラで酷い事をするクズ男が相応しい男になるとか、無理ゲだもんよ。

 相応しい男を目指す段階ですらなかったって事で、潔くバットエンドへ進むとしようじゃないのさ。


 …その時はついでだから、伊藤カス先輩も道連れにしてやろう。

 滅茶苦茶天誅した後でポリスに、あの人色々な人の児ポ所有して脅迫してたんですぅ!

 …とか言えば、調べてくれんだろ。

 クズ男には、クズ男に相応しいバットエンドがお似合いですからね。

 俺含め。


「…私は無理になんてならないよ。ユキ君がする事なら、何でも受け入れるから大丈夫。どんな償いだってするから…。凄くエッチなのは…ちゃんとしてからじゃなきゃ、本当は嫌だけど…」


「…そーですか」


 そういや、この人もメンヘラでした。

 相応しい男を目指すメンヘラと、レンちゃんを目指すメンヘラ。

 わお、これってお似合い?

 一緒に同じ病院で同棲からスタートかなぁ?


 …とか、ふざけた事を考えるのは控えよう。

 とりあえずはこのまま話を進めるとしようじゃない。

 もしもの事があれば下にいるであろう神崎家の方々や純おじが、騒ぎを聞きつけて俺達をストップをしに現れるだろうし。


「そんじゃ、話を始めるとするか」


「うん、それじゃ…昨日の話であの時私が絡まれたり、嫌がらせされたりしてたのを、伊藤先輩が助けてくれたっていうのは知ってるよね」


「おう、あの野郎が仕組んでたのもな…あー、そうだ。いきなり話を遮って悪いけど、何でその時俺に相談しなかったわけ?あ、別に怒って聞いてるわけじゃないからね?」


 ここに関しては俺が悪いと思うし…美夜に謝らなきゃいけないとも思うんです。

 それに美夜のターン次第じゃ、もう俺のターンが回って来ない可能性があるからな。

 だから…まずは俺のターンで。


「…何回か、しようとしたよ。でもユキ君、傷ついてたから…」


「そうだよなー。離婚話になった後、心配して会いに来た美夜を追い返したり、今は話したくない、放っておいてくれ、連絡すんな、幸せな家族がいるお前に何がわかる…とかまぁ、そんな感じの痛いバカだったもんな俺」


 …あの時も美夜を泣かせたなぁ。

 美夜は俺の言った通りにして、できるだけ俺を刺激しない様に気を使ってたんだろうよ。

 相談なんてできるわけないわ。

 つーか、そんな状態のバカに相談してもねぇ?


「…ユキ君がそうなっちゃったのも、無理ないよ。それに、私がちゃんとユキ君を励ます事ができてたら…」


 ほとんど部屋に引きこもって会いもせず、電話も励ましのメールなんかも返信しないでスルーしてた痛いバカだよ?

 幼馴染とはいえ、中2の女がどうこうできる問題じゃないと思うのです。


「美夜はちゃんと励まそうとしてくれてたじゃん。人の話もろくに聞かずに不幸な自分に酔って、中二病的な感じだった俺がクソだっただけ。相談できなくて当然だわな」


「でも…」


 でもとかいらんのです。

 俺がどうしようもなく痛いバカだったのは、確定事項なんで。


「知らないだろうから教えるわ。あの時俺は確かに離婚だ、父親が違うだとかで悩んだり、ヤケになったりしてたけど。なんだかんだで腹が減れば死ねとか思ってた母親アバズレの買った飯もバッチリと食ってたし、引きこもって何してたかっていうと、暇潰しにネットやテレビ見たり、スマホでゲームなんかしながら、部屋で一日中ボーッとしてただけなんだよね。気持ちの整理をする時間は色々終わったあの日まで、2週間ぐらいはあったはずなのにな。それまで何も変わらず、ボーッとしながらダラダラゴロゴロと…。あの時悩んでたのは、俺だけじゃないのにな」


 普通に愛想尽かされても仕方ないレベルだと思うんです。

 拗らせた引きこもりが、一方的に距離を置いて悦に入ってただけだし。


「…そうだとしても、ユキ君が傷ついてた事に変わりはないよ。だから、泣かないで…」


 …泣けてきもしますよ。

 あの時美夜を突き放し、ダラダラとしていただけの自分が情けなくてさぁ…。

 なので、今から謝罪の土下座スタイルに入らせていただきます。

 …泣き顔を見せるのが恥ずかしいから、隠したいってのもあるけど。


「…ゴメン美夜。あの時、俺がちゃんとしてれば…」


「…あの時ユキ君がそういう状態になっちゃったのはユキ君のせいじゃないんだから、自分を責める事ないよ」


 …美夜は俺に甘過ぎるね。

 確かに、そもそもあの母親アバズレがまともだったなら、ああはならなかったと思うけどさ…。

 もしも母親アバズレがまともな世界線が存在するのなら…そこに俺は居ないんだ。

 なるならないとか、それ以前の問題でしょ。


 …まぁでも、せめてカス先輩が卒業してから、母親アバズレの浮気がバレていれば、あの時は何も……。


「………………」


 ……うん、まぁ確かに、あの時は何も起こらずにすんだのかもしれない。

 でもその後、また同じ様な事が起きた時に第二、第三のカス先輩が現れたり、信じて送り出した的なのが起こる可能性がある訳で…。


「……ユキ君?」


 …今回は俺にも責任があったとは思うよ?

 でもさ、結局俺がどうこうしたところで…そもそも美夜自身がどうするか、したかってのは……。


「…………グッ…!」


 …ヤバい。

 謝罪の気持ちから一転、なにやらドス黒な気持ちが押し寄せて来ているんだけど。


「…ユキ君。つらいならそのままでもいいから…今度は私が話をしても…大丈夫かな?」


「……おっけ…大丈夫。ガンガン話しちゃってー…。でも、御言葉に甘えてこのままで頼むわ…悪いね…。こんな感じな体勢でも、話はちゃんと聞いてるから…」


 今はとても美夜と顔を合わせる事などできない。

 多分、滅茶苦茶目付きが悪くなってると思うし…。

 もし今美夜の顔見て、変なスイッチが入ったりでもしたら、話が…。


「…あのね…私…」


 クッソ…これだから情緒不安定なメンヘラは困るわー…。

何か状況を良くする良い手は無いものか…。

 土下座状態じゃないと話せないとか、マジ情けないですし。

 そもそも神崎家に着いてからの絵面が、不審者か情けない姿って最悪じゃんね。

 こんなの見られたら、美夜以外は俺の評価が駄々下が…り…。


「…はぅあぁあっ!!!」


「はひゃあ!!?」


 重大な事に気づいてしまったので、速攻で気持ちを切り替え、頭を上げる。

 急な事で美夜を驚かせてしまったが、今はそれどころじゃない。

 土下座なんてしてられるか、バーロー。


「ユ、ユキ君!?大丈夫!?」


「大丈夫、超大丈夫!!」


 俺とした事が…話に気を取られ、尊き存在を忘れているなんてっ!!

 ここに居るのは俺達だけじゃなかった!!

 横目に映る画面の中、そこで我が救いの女神…レンちゃんが顔を赤らめ…俺を見ている!!

 情けない姿なんて見せる訳にはいかねぇだろ!!


「…ちょっと休もう?私、何か飲み物でも持ってく…」


「いやいや、その必要は無い!話をガンガン進めてしまおう!」


「……ユキ君がそれでいいなら…心配だけど…」


 …この状態だって、いつまで持つかわからないからね。

 だって俺ってば、情緒不安定だし。

 よーし、レンちゃんへの愛の力で、自分を誤魔化…強化してるうちに!!

 核心部分をズバリ聞いちゃうとしましょう!

 美夜のターンはその後って事で!


「あ!美夜が話するってところをまた遮って悪いけどさ!また俺が美夜に聞きたい事を聞いてもいいか!?」


「…うん、いいよ。何でも聞いて」


「よし、じゃあ聞くぞ!……お前さ、あの時伊藤先輩の事が好きだったのか?」


 答えによっては情けないのは承知で、横でこっちを見てるレンちゃんのもとへと慰めて貰いに行く。

 頭から画面にダイブ、そのまま相合い傘へ突入するんだ、俺。


「…好きなんて、思いもしなかった。私が好きなのは…ずっと、一人だけ」


「……なるほど…ふぅん、そうかぁ…」


 …少し、いやわりと、いやかなり気持ちが楽になった気が…。

 …いや、まだだ!

 まだ聞きたい核心部分は残っている!

 じゃあ何でって話ですから!


「…もう1つ質問!…好きでもない男と、二回キスした理由は?」


「…した回数、もう知ってるんだね…」


「………まぁ…」


 相馬から聞いたからな。

 今は誰からの情報とか、説明をする気はないけど。

 そんなのは後でいいから、さっさと理由を答えやがれなのです。

 お前のつらそうな顔を見続けるのもきちーんだよ、チクショウが。


「…部活の帰り道、少し後ろを歩いていた伊藤先輩から、肩を叩かれていきなり名前で呼ばれて、ビックリして振り返ったら…キスされてて…その場で急に告白されて、私わけわかんなくなっちゃって…逃げちゃったのが、一回目…」


 …なるほどね。

 一回目はまぁ、無理矢理って感じ…でいいか。


「…それで、俺が見た二回目の理由は?あれはどう見ても、同意の上だった気がするけど」


「…二回目は…同意の上だったよ…」


「…フギィ…!」


 わかってはいたけど…ドギツいです…。

 くそぅ…頭に浮かんでくるあの光景を、レンちゃんの素敵顔で塗り潰し、耐えるのだ俺よ……!


「…そ、そこんとこ…ぐわしぐぅ…」


 …大丈夫…俺は、まだ戦える。

 俺、この戦いが終わったら……!

 …どうすっかな、マジで…。


「一回目の後…岸先輩に電話で相談したら…………………」


 …急に黙りこんじゃったよ。

 初代○便器に電話で相談したらなんだってんだ。


「…ゴメン、言い訳なんて聞きたくないよね

…最後の思い出に、ちゃんとキスさせてくれたら諦めるって言われて…キス、しました…。…私は、本当に…バカ、です…」


 …何だそりゃ。

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