第74話

 純おじに言われた通り、チャイムを鳴らさずに神崎家の扉を開く。

 やっぱり挨拶くらいするべきじゃないかとは思ったが、今は美夜との話に集中したいのでね。

 ご厚意に甘えて、そっちのイベントは後回しにさせていただきます。

 俺ってボス戦前にHPMPが満タンじゃないと、安心出来ないタイプなのです…。

 ヘタレで誠に申し訳ございません。


「…オジャマシマース…」


 蚊の鳴くような声で、一応自己満足の挨拶は完了。

 当然返事は無いので、そのまま神崎家へと侵入する。


 おぉ…この雰囲気、匂い…滅茶苦茶懐かしいんですけど。

 …ヤバい、鼻の奥がツーンとしてきた。

 涙がジワるどころかポロリしそう。

 元自宅より、神崎家の方が心へのダメージがデカいっすわ…。

 これは楽しかった思い出の数の差なのかね?


「…大丈夫、まだまだ俺は大丈夫…」


 …今ここで泣くわけにはいかぬ。

 他人の家の玄関で立ち尽くし、メソメソ泣くDK不審者の図にはなりとうない。


 根性を出して先に進もう。

 後から来る、ケーキを持った純おじに追いつかれる前にな。

 なぁに、美夜の部屋は玄関の目の前にある階段を登ればすぐだ。

 何度も何度も上った階段だし、ビビる必要なんてありゃしないっつの。



「…ハァ、ハァ…ハァ…根、性…ねぇな、俺…」


 階段を一段上がる事に、心臓がバグったリズムでズンドコしてスピードアップしだす。

 それ+緊張もあり、息を荒くしながらJKの部屋にゆっくりと忍び寄る、DK不審者の図が完成。

 これは絵面的にマズイですよ。


 よし…手の平に人と指で書き、ツラくなったらそれを飲み込んで進むのだ。

 今は気休め程度でも、多少は落ち着くという自己暗示が必要だと思うんです。

 不審者度合いが若干上がる気がするが、そこは気にしたら負けって事で。


「フーッ…フーッ…フーッ…つ、い、た…」


 大した事ない長さの階段をやっとの事で上りきり、美夜の部屋の前に到着。

 後はノックして美夜を呼び出し、部屋の中に入れば最終決戦が開幕。

 深呼吸して息を整えてから、ドアをノックするとしよう。


「スー…ハー…スー…ハー…」


 よし…動悸と息はかなり落ち着いてきた。

 めっちゃ手が震えてるけど、きっと大丈夫なはず。

 ここまで来たらもう覚悟はできたもの。


[コン…コン…コン…]


 …そういや、ファーストコンタクトどうしよ。

 全然考えてなかったわ。

 とりあえず無難にこんばんは、久しぶりにお邪魔しに来ましたとか、そんな感じで様子を探ってみるか…。

 その後は流れに身を任せるしかあるまい。


「…………………」


 あれぇ?

 ノックをしてから少し経ったのに、反応がないんですけど。

 もしかして聞こえなかったとか?

 うーん…手が震えて弱々しいノックだったし、それもありえるな。

 もう一回してみるとしよう。


[コンコンコンコンコンコン…]


 前回より強く、そして多めに叩いてみた。

 これなら確実に気付くはず。


「……………………」


 反応、無し。

 え、どうすんのこれ?

 純おじ、そのまま美夜の部屋に行けばいいって言ってたよね?

 話つけてくれてたんじゃないのかよ?

 俺ってまさか、ガチで他人の家に不法侵入したDK不審者になってない…?


 …いやいや、純おじを信用せずにどうする俺。

 純おじは俺が現実で信用できる、数少ない人間だというのに。

 …若干胡散臭いけど。


「オ、オーイ…み…美夜ー。…俺が、来ましたよー…?」


 純おじを信じ、意を決して声もかけてみたが、またも反応無し。

 これはもしや…寝てる、とか?

 うーん…俺が来るってわかってるのに寝るか?、とは思うけども…。


 …よし、ここは少しだけドアを開けて、中の様子を確認してみよう。

 このままの状態でいたって、何にも進展しやしないからな。

 それにほら、もしも反応が無かった理由が体調不良だったらマズイしね。


「…ハァ、ハァ、ハァ…」


 またズンドコし始めた心臓と緊張のせいで、息が荒くなってしまった。

 絵図のヤバさが気になるが、そこは無視して少しだけドアを開けるとしよう。


「ハァ…ハァ…ハァ…」


 よっし、すんなり開いたぞ。

 昔と同じで鍵が付いてなくて良かったよ。

 鍵がかかってたら次の手を考えなければならなかったからな。


 それじゃ、開いた隙間から中を覗いてみるとしますか。

 そーっとね…なんだか少し、イケない事をしている様な気がするし。

 どれどれ、美夜は今どうなってるのかな?


「ハァ、ハァ、ハァ」


 あ、チラッと背中見えた。

 なんだよ、起きてんじゃん。

 無視してんじゃねーよ。

 床に座って何して…。


「…ユキク…ア…キテ…」


「……………」


 …あー、なるほどなるほど、そーですか、プレイ中でしたか。

 イヤホンしながらしてたら、そりゃあノックにも気づかないよね。

 うん、俺もたまにイヤホンつけて大音量でやったりするしな。

 美夜が小声でボソボソ言ってるのも、ドアが閉まってたからか俺には聞こえなかったし、気づかなかったなー…。


「…サキ…イッチャ…」


 しっかし、初めて他人がプレイしてるとこ見たわ。

 俺がしてる時もこんな感じなのかね?

 ま、人によってプレイスタイルは違うか。

 俺は美夜と違って、声を抑えたりしないしね。


 つーか美夜のやつ、俺が覗いているのに全然気づいてないんだけど…。

 うーん…終わるまで待ってもいいんだけど、一応純おじ待たせてるしなぁ。

 よし、部屋に突入しちゃおっと。


「入るからなー」


 美夜の後方一メートル程の位置に到着。

 普通に声かけてここまで歩いてきたのに、全然気づかないのなコイツ。

 どんだけ集中してんのよ。


「…遅いよユキ君…本当に先に行っちゃうとこだったんだから…」


 …ここまで近づけば小声でもハッキリ聞こえるな。

 画面に映る登校イベント中の、レンちゃんと同じ台詞がさ。

 俺がやる時は、俺=主人公としてプレイするし、美夜は、美夜=レンちゃんとしてプレイしているのだろうね。

 前見たレンちゃんと同じ様な服を着用してるし、気合いが入ってますな。


 つーか、レンちゃんの姿を見たら一気に気分が楽になったわ。

 さすがは我が女神様だね。

 まぁ、話に来た俺を単純に無視してるだけなんじゃ…?的な不安が、無くなったからって事もあるけど。


「…あ、ユキ君ったらネクタイ曲がってる…直してあげるね…」


 登校イベントの度にネクタイ曲がってんだよな、主人公(俺)。

 絶対わざとだよ。

 主人公(俺)の気持ちは、俺(主人公)が一番良く分かってる。


「こうしてると、私達…」


 新婚さんみたいだねっ!!!


「…な、何言ってるの…?恥ずかしいから…変な事言わないで…」


 あ、ゴメン!つい!嫌だった!?


「…い、嫌なんかじゃ……も、もう…それより、早く学校行こ…」


 そうだね!!


 …じゃないわ!

 思わず心の中で反応しちゃったけど、今のCV美夜だからね!?

 美夜の設定した主人公の名前も、モロに下谷幸人だしさ!

 なんだよこの二人プレイ!!

 おっふ、急に恥ずかしくなってきたのですががが…!!


「…あっ…雨…」


 えっ…この台詞がキタって事は…!


「…私の傘で良かったら…入る?」


 おいおいおい!

 ドッキン度最高時の三年生夏服期間限定、平日登校イベント時の1%でしか起こらない、レアな相合い傘イベント発生してるじゃん!

 まともにプレイしてたらほぼ発生しないからね、これ!

 レンちゃんと相合い傘する為に、俺が何度ロードを繰り返した事か…!


「…折り畳みだから、ちょっと…小さいけど…」


 くぅぅ~!

 美夜、お前なかなかいいヒキしてんじゃん!

 この後のイベント絵がまた堪らないのよね!

 おいでませ!!

 顔を赤らめて密着するレンちゃんよ!!


「…もっと近くに来ないと…濡れちゃうよ…?」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…!!」


 来るぞ…来るぞ!

 さぁ!画面が暗転して、イベント絵に切り替…。


「…ほぇ…?」


 …わぁ、イベント絵のレンちゃん可愛いなー…。

 でも画面が暗転した時、なんか似たような顔の人と画面越しに目が合った気がするよ?

 レンちゃんにほぇ?とか間の抜けた台詞はないはずだし、気づかれちゃったかなー?

 イヤホンを取った美夜の頭が、ギギギ的な感じで振り返ろうとしてるよー…。


 うーんと…とりあえず今の俺って、部屋の主であるJKの許可も取らずに部屋へと侵入し、気づいてないのをいい事に、後ろでハァハァしながら興奮してたDK不審者って感じでおけ?

 最悪なタイミングで気づかれたもんだな。

 なんて説明しよ…。


「…え?嘘っ!なんでっ、ユキ君!?ええっ!?」


 コントローラーを放り投げ、こっちを向いてへたりこむ美夜。

 おやぁ?

 この反応から察するに、美夜に話通ってないよね絶対。


 あれかな?

 これってもしかしてだけど、美夜以外の神崎家とは話が通ってる感じ?

 美紗母さんがあえて美夜に俺が来るって言わなかったとか?

 理由はわからんけど。


「え、え、え?ユキ君が私なんかに会いに?ないよね?まさか幻覚?え、私壊れた?でも、ちゃんとユキ君の匂いがするよ?え、なんで?これ主人公なユキ君?え?私ドキメモ世界?」


 完全にバグってますね。

 俺だけ立っているのもなんだし、とりあえず座って説明するとしようか。


「美夜、ちょっと落ち着け」


「喋った!?」


 喋るよそら、普通に本人で人間だもの。


「…俺は下谷幸人本人だ。幻覚でもゲームキャラでも、不審者でもない」


「…え?…本物の、ユキ君、なの…?」


「おうよ。俺はお前と話をする為にここに来た。諸事情あって後ろからドキメモを見学していただけで、決して不審者ではない」


 不審な行動をしていたのは認めるがね。

 本物の不審者ではないという事はしっかり理解していただきたい。

 そこ大事よ。


「私と…話をする為に…嬉しい!」


 そうか、嬉しいか。

 なら俺は不審者ではないって事で、いいね?


「……って、ちょっと待って?え、見られてたの、私…?」


「おう、登校イベントの最初のあたりからな。レンちゃんの台詞の真似はいまいちだったけど、まさか相合い傘イベントが発生するとは…。美夜、お前なかなか良いヒキして…」


「う、うひやぁぁああっ!!!」


「なっ!?ちょ待てよっ!」


 顔を赤くし、奇声をあげながらゲーム機本体へと動き出す美夜。


「け、消さないとっ…!!」


 やはりゲームの電源を消すつもりだったか!


「あっ…!だ、ダメ!離してっ…!」


「絶対離さん!!それを消すなんてとんでもない!やらせはせん!やらせはせんぞ!」


 咄嗟に抱きついて美夜の暴挙を止めれた俺、グッジョブ!


「うぅ…!お願いだから、離してぇ!!恥ずかしいからっ…!」


「何を今更恥ずかしがってやがる!あれだけ俺にレンちゃんアピールしてただろうが!」


「…っ!!」


「レンちゃんみたくなりたいんだろ!?ならばそのイベントは何度でも見るべきだ!!俺が言うんだから間違いない!!」


「わかった!わかったからぁ!そこで喋らないでぇ!!」


「ん…?あ、ごめんなさい」


「うぅ…」


 謝罪と共に抱きつき状態解除。

 俺、思いっきり美夜の尻に顔くっつけて喋ってたわ。

 うん、咄嗟だったから仕方ないよね。

 レアイベントのおかげでちょっと気分も高揚してたし。

 いやー、俺が不審者じゃなくて良かった!

 これは犯罪じゃなくて只のラッキースケベ。

 いいね?


「えっと、とりあえずドキメモと今のは置いといて!なぁ美夜、俺、お前とちゃんと話がしたいんだけど…いいか?」


「……うん、私も、ユキ君と話がしたい…」


 話題を逸らす為に勢いで話をスタートしちゃったけど、ようやくここまで来る事が出来た。

 これからハッピーエンドなるか、バットエンドになるかは…俺次第だな。

 うっし、真の彼女ヒロインに相応しい男候補として、いっちょ頑張ってみるか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る