第73話

「送っていただき、ありがとうございましたぁ」


 少し暗くなってきた空の下。

 家の近くだというスーパーの前で、相馬が頭を下げてお礼を言う。

 家までは裏路地で一方通行も多いし、ちょうど買い物もしたかったらしいので途中下車した。

 相馬がどんな所に住んでるのか、ちょっと興味あったんだけどね。


「いえいえ。それじゃあまたね、相馬ちゃん」


「バイバイ愛美!また明日ー!」


「バイバイ真理…それじゃ幸人君、頑張ってねぇ」


「あ、はい。頑張りますよ、うん」


 雄信を送ってスーパーに着く頃には、変に上がったテンションは落ち着きを取り戻していた。

 神崎家が近づくにつれて緊張してきた…のもあるけど、雄信のせいで我に返ったんだよね。


『もしかしたら必要になるかもしれない。持っていけ』


 などと言いながら、去り際にバカが手に握らせてきたゴム。

 それをバカの顔に全力で投げつけたあたりで我に返った感じ。

 アレになってた頭がスッと冷めましたよ。

 俺がそれを必要とするのは、ハッピーエンドのその先に辿り着いた時だけです。


 …あの上がったテンションのままなら、話をするって事だけに集中できたのになぁ。

 我に返ったら若干冷静にもなって、余計な事を色々考えちゃうっつーか。

 なんだか落ち着いてはいるけど静かにイライラもしていて、何とも言えない気分なのですよ。

 いや、我に返っても美夜と話すという事へのヤル気はガッツリとあるんだけどさぁ…。

 現に今もこんな感じに余計な事を考えて、美夜となんて話すかとか考えられてないし…。


「フフッ♪明日、皆で笑って会えるのを期待してるよぉ♪じゃあね♪」


「おー、じゃあな」


 ま、なんとか頑張るしかないよな。

 ヘタレない為の根性もガッツリと出していくとしましょ。


 相馬との別れの挨拶を済むと、純おじ自慢のランクルが発進。

 いつも思うけど、独り身なのに無駄にデカイ車だよな。

 維持費もお高いんじゃないのかねぇ。

 仏具屋の裏で主に加工だかなんちゃらしているって聞いたけど、結構稼いでるのかな?


「さて、残ったのは美夜ちゃんとの関係が深い二人だし…。比田ちゃん、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかい?」


「なんですかー?」


 比田に聞きたい事だと?

 今俺は窓から見える今まで避けていた見覚えのある道のせいで、絶賛ノスタルジックな感じなのです。

 心がヒリヒリしてるので、そこを刺激するような事なら御遠慮願いたいんだけど…。

 まぁ、そうはいっても美夜との関係が深い二人って言ってたしな。

 御遠慮無しでブッ込んだ事を聞いてくるんだろうよ…。


 ん?…いや待てよ?

 実は変人モードに切り替わってて、バストサイズを質問する可能性も無きにしもあらず。

 このおっさん確かおっぱい星人だったし。

 ふえぇ、純おじにビンタが飛んじゃうよぉ…。

 比田よ、せめて信号で止まった時にビンタしてね。

 美夜との話が終わるまでは、事故って異世界チャレンジに突入というわけにはいかんのですよ。


「なんとなくでいいんだけどさ。比田ちゃんは、美夜ちゃんにとっての虹乃恋って何だと思う?」


 普通にブッ込んだ事を聞いてきやがったかぁ…。

 そうだとは思ってたけどさぁ…。

 ここで虹乃恋というワードが出たのは、ちょっと予想外なのです。


「えーと…それは…」


 ルームミラーに助手席の俺をチラチラと見る、困った様子の比田が映ってる。

 そら下手な事は言いづらいし、困るよね。

 だって目の前に座ってるのは、レンちゃん教の熱心な信者だもの。

 傍から見たらカルト教の信者ですから。

 相馬も知ってたし、比田がその事を知ってて黙っていたのは容易に想像がつきます。

 それに美夜にとってのレンちゃんなんて…ねぇ?


「おい純おじ、変な質問は…」


「幸人はシャラップ。比田ちゃん、コイツ見て見ぬ振りしてるだけで確実に気づいてるからさ。好きなように話しても大丈夫だよ」


 くそぅ、黙らされた。

 俺、これから超重要イベントが待っているのに。

 コンディションを整えさせてくれよ…。


「…ま、そうですよねー。あんだけアピってるのに気づかないとか、超あり得ないし」


 うん、超あり得ない。

 俺ほどレンちゃんを知り尽くした人間はいないからな。

 弁当のエビフライや私服、たまに同じ台詞を使う等々…。

 気づかないはずがないって。


「えーと、じゃあ美夜にとっての虹乃恋、でしたね。んー…なんだろ?理想とか?好きな人の好きな人に自分を重ねて、そうなろうとしてる?みたいな感じかなー?」


「うんうん、おじさんもそう思う。美夜ちゃん、そうなれるように頑張ってたもんね」


「そうなんですよー!中学の時から、虹乃恋ってキャラみたいになりたいって努力してましたし!設定が文武両道だからって、勉強も運動も頑張ってましたもん!」


 …え?

 素でああじゃなくて、ちゃんと努力してたの?

 それも中学から?

 俺がレンちゃん教にハマりながら堕落街道を一直線、そしてキモオタにトランスフォームしてた時に?


「あたしもなんか手伝えないかなって、似た服とか小物を一緒に探したりもして…まぁ、見た目はだったから、そこは超楽勝でしたけどね!!」


「ハハッ、比田ちゃんもわかってるくせにぃ」


「まぁそうなんですけどねー!アハハー!」


 …俺にはなんでだかわかんないやー、エヘヘ…。


「あ、でも虹乃恋にうるさいユキ君くん的には、今の美夜ってどうだろなー?ねぇねぇユキ君くん、虹乃恋って美夜に似てると思わない?」


 あー、やっぱ虹乃恋の匠の意見が気になっちゃうかー、仕方ないなー。

 言い方をちょっと間違えてる気がするけど、答えてやるかー…。


「…一応俺も、美夜は虹乃恋に似てるとは思いますですよ?」


「だよねー!虹乃恋って美夜に似てるよねー!!」


「……アハハ」


 あのさー、名前の前後を入れ替えると、若干意味が違くなると思うのですよ…。

 くそぅ、アホの比田のくせに小賢しい真似を…!


「あ、純おじさん!この男酷いんですよっ!ほとんど虹乃恋みたいになった美夜とろくに話もしないで酷い事ばっか言って!自分はカメムシ同然だったくせにさ!レンちゃーん、レンちゃーんって!臭かったしキモすぎだったんですっ!」


「ぶふっ…!それはやべーわなぁ」


 笑ってんじゃねーよ。

 つーか、なんで俺のディスに発展してんのさ。

 美夜の事を話せって。


「はい!やべーヤツだったんですよっ!あたしが聞いてた幼馴染の男と全然違うしっ、あんなの止めろって何回も言ったんですけどね!」


 あ、そーなの?


「うんうん、そりゃ当然そうなるよな。比田ちゃんと同じ立場なら、俺も絶対止めるよ」


 まぁめっちゃ嫌われてたしなー。

 親友として止めるのは当たり前だよね。


 俺だって仮に雄信がデブスで性格が悪い幼馴染に執着してたら止め……ないかな、多分。

 いやシャクレバナナ女みたいな、性欲オンリーの一発狙いなら一応は止めるけどさ。

 本人が本気で好きならそれでいいじゃん。


 その相手がどう思ってるのかもわからんしね。

 それにもしかしたらその相手が改心して、ハッピーエンドになる可能性だってあるわけだよ。

 まずは当人同士で思う存分話し合ってだな…。


 …いやいやいやいや、何考えてんだ俺。

 あくまでもしもの雄信の話だよ。

 俺とは関係ない…とも言い切れないというか、なんというか…。


「…でも!ユキ君くんがまともになってからは、いつもどっか寂しそうだった美夜が、毎日楽しそうだったんです…」


「うん、おじさんも美紗さんからそう聞いてた。部屋で泣いてる事も無くなったから、ホッとしたってね。誰かさんが酷い事言わなくなったからかな?」


「…わかってらぁ。ちょっとは反省してるっつの」


 もうちょい早く、まとも(仮)になっときゃ良かったのかねぇ…。


「さて、そうこう話してるうちに着いちゃったか」


 ほぼ暗くなった窓の外に、あかりの灯った懐かしき家が見える。

 …住む人が違うと、だいぶ印象が変わるもんだな。

 俺の印象だと…この家はいつも真っ暗だったし。

 やべ、ちょっと目がジワってきた…。


「比田ちゃん、話してくれてありがと。これで幸人も少し美夜ちゃんの事がわかったし、多少は話もしやすくなったかもだよ。あとはコイツに任せれば大丈夫だからね」


 ふーん…だからレンちゃんの話とか始めたわけかよ。


「…はい!送ってくれてありがとうございました!あと、ケーキご馳走さまでしたっ!」


「うん。じゃ、またね比田ちゃん」


「はい!またっ!ユキ君くんも、また明日っ!」


「おう、じゃあな比田。なんとか頑張ってみるわ」


「うん!頑張ってねー!」


 別れの挨拶が済んだ比田が荷物を持ち、後ろのドアを開け…ない?


「…あのさ、ユキ君くん。これ、言っていいかどうか微妙だけど…言っとくね」


「…何?」


 言っていいか微妙って…大丈夫なのそれ?


「美夜、こうなる前に今はちょっと怖いから話せないけど、夏休みまでにはちゃんとユキ君くんとお話しなきゃ、って言ってたんだ」


「…おう」


 関係を壊すのが怖いとかいうのは雄信からの情報で知ってる。

 でも、美夜も夏休みまでには話をしようとしてたとはな。

 美夜も実はリミットとか作られてたり?


「それでさ、今年は一緒にお祭りに行けたらいいな、そうしたら今度は…って。約束してたんでしょ?あの年の夏も」


「…一応、毎年してたからな」


「ま、だいたい想像つくっしょ?でもやっぱり虹乃恋がそれを伝えるのは卒業式の日だし、我慢して頑張らなきゃとも言い出してさー。あたしはぶっちゃけ虹乃恋とかどうでもいいから、あんた達には普通に幸せになって欲しいと思ってるんだよね」


「……………」


「だからさ、こう、なんていうかな?いや、二人共色々こんがらがっちゃってるし?できればでいんだけどね?スパッと忘れて、ピュアな中2の時に元通りー…なーんて、アハハ…」


「…比田、それは…」


「あーっと!うん!まぁそんな感じだからさ!えと、情に訴える的な事してごめんだけど!あんまし責めないであげてね!前後不覚?とか、事故とかそんなんだからっ!好きでしたわけじゃないし!じゃ、そんな感じでっ!バイバイ!」


 比田が車から飛び出し、ドアを勢いよく閉めて走り去っていく…。


「おっふ…優しく閉めてちょんまげ…」


 やってくれたなアイツ、色々な意味で…。


「さーてと、お前が比田ちゃんからありがたい御言葉を受けてる間に、美紗さんにメール送っといたからよ。あとはチャイムとか気にしなくていいから、お前が美夜ちゃんの部屋に行けばおっけ。んで、どうする?今からあっちの有料駐車場に車を停めるわけだが…俺と一緒に神崎家に行くか?」


 …あっちの駐車場って、確か微妙に距離あるよな…。

今降りれば、神崎家まで徒歩10秒…。


「いいよ。今1人で行く」


「そっか…ま、頑張れや。ケースバイケースとか言ってたし、帰る時は俺に連絡しろ。どうすればいいかはその時指示するから」


 俺が降りれば若者がいなくなるからか、タバコを口に咥える純おじ。

 自分の車なのに気を使わせてすまねぇ。


「…なぁ、純おじ」


「何だ?」


「世話かけるな…」


「いいよ…」


 ドアを開け、車から降りる。


「…やべー、今の俺ってばイケすぎ」


 ドアを閉める時にナルっぽい言葉が聞こえてきたが無視しよう。

 ネタを振ったのは俺だし。

 んじゃ、いいルートに進む為に頑張ってみるとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る