第72話

「…と、いう感じですねぇ」


「なるほどな」


 十代の男女4人+三十路の綺麗なおっさんがテーブルを囲む、狭苦しい部屋の中。


『大人陣は美夜ちゃんからポツポツと聞いた、カラオケ屋で先輩君の酷い話を聞いたって事と、先輩君が美夜ちゃんのせいだとかで、比田ちゃんに何かしようとしてたって事しかわかってないから、まず話せる事を説明しなさい』


 という純おじの要求に従い、昨日何があったのかと、カス先輩がいかにカスなのかの説明がひとまず終了した。


 …相馬に説明を全部丸投げしちゃったけど、しょうがないよね。

 だってもう説明キャラの印象が強いし、その方が早く話が終わりそうだったんだもの。

 仮に俺と雄信が説明したとしても、相馬の補足が入って手間になりそうだったし。

 比田は…うん、もうね…。


「相馬ちゃんの丁寧な説明のおかげで、何でこんな事態になったかしっかり理解できたよ。ありがとうね」


「…お役に立てて良かったです。私にはこのくらいの事しかできませんから…」


「ひょんなふぉふぉなひっひょ!あはひわ…」


 そんなことないっしょ、とか言いたいんだろうけどさぁ…。


「とりあえず比田は、口の中の物を飲み込んでから話そうな…」


 比田のヤツ、みんながお高めなケーキを1、2個買う中で、マリトッツォだかカッツォだか知らんが、シンプルで安めなのを4つ買いやがったからな。

 質より量なタイプですね。

 説明どころか食に夢中になってましたし。


 一応は比田も説明の途中でッツォを食べ終わったんだけどな。

純おじが甘やかして、追加で自分の分も比田にあげちゃったのです。

 結局、説明中はずっと食いっぱなしだった比田でした。


 まぁ、下手に横から相馬の説明にちゃちゃ入れられて、話が長引くような事にならなくて結果オーライっちゃオーライだけど。


「さて、どうすっかなぁ…うーむ…」


 腕を組み、何やら考え中の純おじ。

 悩んでるとこ悪いけどこっちの話は終わったんだから、早いとこ美夜の事を話して欲しいですね。


「なぁ、早く美夜がどうなってるのか教えてくれよ」


「ん?…あぁ、それな。その話しの前に、おじさんから若者達に1つ質問があるんだがいいかい?」


「何だよ?みんな待ってるんだから、質問でも何でも早くしろって」


 安心していいって言われたし、みんな表面上は気にしないようにはしてるけど、やっぱ内心は心配してると思うのです。


「そんじゃ聞くけど。その例の先輩の事、若者達はどうしたい?」


「えっと…どうしたいか、ですか?」


「そ、ほとんど俺達大人に任せて知らん間に解決するのと、若者達で動いて自分達の手で解決するのとね。あ、勿論若者達で動くにしても、ある程度大人は動くわけだけど。で、どうしたいのかなって」


 …そういう事か。

 楽なのは当然、大人に任せてしまう事なんだけどなぁ…。


「ハイ!!あたしは一発ぶん殴りたいですっ!」


 うん、俺もぶん殴りたいから気持ちはわかるけどさ。

 いささか答えがバイオレンスでシンプル過ぎやしません?

 食事後だから頭に行くはずの血が胃に回ってんのかしら。

いや、乳にか。


「直球だねぇ、比田ちゃんは。暴力は面倒になるかもだからオススメしないけど。ま、殴りたいんなら自分達でどぞだね」


 うむ、大人としては暴力を容認できないわな。


「比田よー。お前自分が捕まるかもだから一緒に作戦考えて欲しいって言ってたの、覚えてる?」


「それは覚えてるけどさー。やっぱ一発は殴らないとスカッとしないかもじゃん。ほら、上手い感じに正当防衛的な?」


 正当防衛ってかなり上手い事やらなきゃ成立しないだろ…多分。

 ヤるとしたら証拠が残らない様な作戦を立てて、闇討ち天誅が無難じゃないかと俺は思います。

 それでも自分達に影響が出る可能性があるので、推奨はしませんが。


「てか、大友はどうなのさー?」


「俺かぁ。俺は大人に任せれるならその方が良いと思うけど。その方が拗れないだろうし、社会的にしっかり断罪してくれそう。それに、アホな事考えそうなヤツの危険が危ないとかならないべ」


 確かに自分達でどうこうするにしても、こっちにはアホの核弾頭がいるからなぁ…。

 どうなるのかわからないのが怖いってのはある。


「ねぇあんた、あたしがアホって言いたいわけ?」


「いいえ別にぃ?相馬さんはどうなの?」


「わたしはぁ…」


 今のとこ意見は一対一。

 俺の意見はもう決まってるから、相馬次第じゃ話が割れるな。


「自分達で徹底的に痛めつけたいかなぁ♪」


「だよねだよねっ!話がわかるじゃん愛美ー!ちょっとボコるくらいならギリセーフっしょ!」


「フフッ♪そうだよねー♪いっそ糞アニキとか使って拉致ろっかぁ♪バレなきゃいいよねぇ♪」


「おー、それナイスアイデアかもっ!」


 美少女がキャッキャウフフしてるけど、言ってる事が物騒ですよ。


「…君達あれだよ?あんま危ない事は…」


「あ、もし叔父様達がわたし達に代わって、あの犯罪者に然るべき処置をしてくださるのなら、喜んでお任せ致しますけどぉ。そのあたり、どうなんでしょうかぁ?」


「…あぁ、それはうん。基本的には親御さんによろしくする感じだけどね。まぁ色々と拗れたら児ポ所持疑惑もあるし、最悪マッポの世話とかも考えてはいるけど。でもまぁ、相手も一応前途ある若者だからね。出来るだけ穏便に…」


「でしたら自分達でやれるだけやってみますねぇ。もし自分達で手に負えなかった時には、お手数をお掛けして申し訳ないのですが、お任せしてもよろしいでしょうかぁ?」


「うん…よろしいよ…。でも無理はしちゃあダメだからね…」


「はぁい♪」


 …相馬さん、安定のドSぶりを発揮しておられるね。

 カス先輩に対しての相馬の落としどころが気になりますわ…。


「…で、幸人はどうしたいんだ?お前にとっちゃ、因縁の相手みたいなもんだろ」


 純おじの問いかけで、皆様の真剣な視線が俺に集まる。

 あんま見んなし。

 意見を言うのにちょっと緊張しちゃうでしょうが。


「俺は…」


 何度も何度も繰り返し頭に浮かび、俺の心をかき乱してきた、中2の夏のあの場面。

 今がヤツをギルティし、心の平穏を取り戻す時だと思われる。

 トラウマを少しでも克服して相応しい男になる為に、俺は何をすべきか。

 そんな事決まってる!


「えーと、あの、俺も殴りたいだとか、ボコりたいだとかはわかるのよ。実際、何度もそんな妄想しちゃったりなんかしてたし。でも現実でやるにはハードルが高いと思うんだよね。色んな人に迷惑かけたりするかもだし、何より危ないじゃん?そうするとまぁ、対話とかがメインになるわけで。そこでどんな話をすればヤツにギルティできるのかっていうと、まぁ、色々あるのだろうけど。何が正解なのかよく分からないわけで。かといって、大人に任せるだけで溜飲が下がるかというのも微妙な感じがするっていうか?じゃあどうするかっていうと、やっぱ精神的にこうね。殴ったり、拉致した…」


「長いわっ!!」


「痛いっ!?」


 大親友、何故後頭部を叩くんだい?

 確かに長いかもだけど、俺なりにちゃんと決意を表明しようとしているのに。


「わかるー。大友がもうちょい遅かったら、あたしがひっぱたいてた。ビシッと言えばカッコいいとこなのに、ごちゃごちゃごちゃごちゃ男らしくないよねー」


「お前見るからにイライラしてたもんな」


「…えっと、話が長くてすみませんした…」


 比田より先に手加減をちゃんとして叩いてくれた雄信に、感謝を。

 なんだよ、上手く空気読めるじゃんか。

 成長したな、雄信。


「つまりぃ、自分達でやるけど暴力とかは無し、基本は対話する方向で、って事ぉ?」


「あ、うん。大体そんな感じ。最低でもヤツに俺が一言もの申す的なね」


 そんで俺にっつーか、美夜に心を込めた土下座の一発でもしてもらいところ。

 そこでついでに俺が頭を足でグリグリする事が出来れば尚良し。


「ふーん…じゃ、雄信君以外はみんな自分達でやりたい感じな」


「あ、俺も自分達でにするっす。反論してもなんですし。どっちかっていうとってくらいだったんで」


「そうか、なら満場一致だな。美夜ちゃんも含めて」


『え?』


 若者達の視線が、見た目だけは綺麗なおっさんに集まる。


 …あれか?

 今の質問って、美夜の話への布石だったのか?


「…説明プリーズ」


「おうよ。美紗さん曰く、夜中にはもう大丈夫、疲れたから寝るねって言って、ひとまず落ち着いた様子だったから寝かせたらしい。んでも朝になっても起きてこないし、心配して起こしに行ったら今日は休むと言われたから休ませたと。で、その後妹ちゃんから情報が入ったらしいんだがね。『姉ちゃん夜中ずっと電話してて、心配でそっと様子を見に行ったら、薄ら笑いして昔ユキ兄ちゃんから貰ったハサミをチョキチョキしながら電話してた』、らしいです」


 わぁ、そのハサミって俺が小学生の時にあげた誕プレかな?

 ウサギの形をした、耳が持ち手で刃を鞘になった体の頭からブッ刺して納刀するやつ。

 oh…場面が目に浮かぶようだ…。


 つーかさ、それ完全にメンヘラ覚醒してないデス?

 なんだかみんなの雰囲気も重くなってるのを感じるのデス。


「んで、お昼頃に起きた美夜ちゃんに美紗さんが話を聞いたと。電話は主に中学の陸上部だった女の子達で、昔の話をしてたんだって。他にも色々と話を聞いてみたら、ニコニコしながら『もう大丈夫、キッチリ過去は清算するから安心して』ってね。なんでも日曜日に1人で会う約束したそうよ。美紗さんが止めても、約束だから絶対に1人で会うって譲らないそうだ」


「それは…確かに、ヤバいですねぇ」


「マジかぁ…」


「あーらら…自棄になってんじゃんねーのそれ」


 …つーかさ、日曜日は確か、俺とショッピングモールに行く約束してたはずだよなぁ。


「…誰と会うんだよ」


「そりゃお前、話の流れ的に先輩君でしょ。詳しくは美紗さんにも言わなかったらしいから知らんけど」


 ほーん、俺との約束より先輩ですか、そうですか。

 つーかよ、何1人で突っ走ってんの?

 馬鹿なの死ぬの?

 自らバットエンドへのフラグ立てスギィ!!

 いやー、もうこれはゲージ解放するしかないね!

 これってなんてエロゲのイベントですかぁ?

 ヒャッハー、ワロリッシュゥ!

 あばばばばばばば……カワバンガッ!!

 ククク、ハハハ、ハーッハッハッハァ!!


「ふぅ…おっしゃ、行くぞ純おじ」


 心の怒ゲージを、心のキチゲ解放で相殺。

 これで心の均衡はバッチリだ。

 今の俺なら空も飛べるはず。

 マジでアイキャンフライだよ。

ねだらないで勝ち取る感じでイっちゃいましょう。


「フッ、いい目をしている…。あ、ごめんねみんな。コイツがノってるうちに連れて行きたいから、悪いけど今日はここまでで。全員家まで送ってあげるから、準備できたら下に降りてきて。あ、おじさん車持ってくるから先行くね。この目がイっちゃってる甥をよろしく頼む」


 待ってろ美夜。

 今から純おじのランクルが、マッハでゴーゴーゴーするからな。

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