第15話

 エミリアは神殿に行く気でいたが、まだ犯人が潜伏しているかもしれない場所に行かせるわけがないとセストに怒られ、バージェフ家の執事や侍女達にまで止められ、おとなしく作業場で連絡を待つことにした。


「国立錬金術研究所でポーションを作っているが、薬草が足りないらしい」


 連絡はすぐにやってきた。

 錬金術師のひとりとして、研究所には何度も行っていて知り合いもいるし、名目上とはいえメンバーのひとりになっている。研究所の主だった錬金術師は、エミリアの実力も薬草畑を持っていることも把握していた。


「わかりました。ラウル、私も作るから、その分だけ残して全部渡して」


 フローラが自殺用に渡されていた毒を研究所に届けてあったため、今回使用された毒と照らし合わせ、同じものだったことがすぐに判明したそうだ。念のために解毒用のポーションの作成を始めていたのも幸いした。

 どのタイプのポーションをどうアレンジするかわかっていれば、錬金術師ならすぐに作業が出来る。畑から集めて来たばかりの葉を渡し、出来るだけ早く多くの錬金術師が並行して作業を行えるようにした。

 ポーションを何個か作っては神殿に運び、症状の重い者から解毒していく。薬草と魔力がなくなる頃には、神殿の方もだいぶ落ち着いた様態になっているようだった。


 残念ながら何人か助からなかった者もいたが、フローラを聖女として神殿に連れて来た大神官や、貴族との癒着の噂のあった神官は生きている。毒の出所を探るためという理由で、神殿の一斉調査が行われても、病院で寝ている神官達には王宮と事を構える力はなかった。

 フローラを使って王族を取り込もうとしていた者達も、関係なかった者達も、両方が殺されかけたのだ。もはや頼る相手は王宮しかなかった。


「フローラが生きていると知った途端、みんな素直に話してくれるようになったよ。ただ男爵は隣国と繋がりは認めたんだが、いつも大神官に紹介された男が指示を出しに来ていたから、今回の件に辺境伯が関わっているかどうかは知らないと言うんだ」

「会えばわかるのか?」

「そうだろうが……神殿の話を聞いて怖がってしまって、守ってくれ助けてくれと言うばかりで話にならない。変な薬にでも手を出していそうな雰囲気だ」


 神殿はほぼ壊滅状態。

 力を削げればいいと思ってたランドルフだが、まさか相手がここまで徹底してやるとは予想していなかった。


「証拠を持っているやつが神殿にいるのかもしれないな」

「あるいは証言出来るやつがいる」

「町医者も見つかってないんだろう?」


 ランドルフとリベリオとセストが難しい顔で話しているのは、学園のサロンだ。いつも使用しているこの部屋は、彼ら専用の部屋になっている。


 今回、研究所の錬金術師と協力したことで、エミリアは更に有名になってしまった。どうやらポーションを運んだ兵士や錬金術師の一部が彼女のことを噂したせいで、聖女を助けたことも、解毒ポーションを作ったことも知れ渡ってしまったようだ。

 王宮も研究所の者も詫びに来てはくれたが、広まってしまった噂は消えてはくれない。それでエミリアの身を守るために、更に護衛が増やされ、エレナやビアンカにも護衛がつくようになった。


 フローラは学園内でも、いつも見張っていると言われていたらしい。学園内に敵の手の者がいる危険もある。その場合、友人を攫われて脅される危険も考えられた。

 セストは王宮の兵士も信用せず、エミリアの護衛にはバージェフ家の関係者のみをつけている。

そこに、色を変えた髪をぴっちりと結い上げ、化粧の仕方を変えて別人のようになったフローラの姿もあった。


「子供の頃から男の子に交じって暴れてましたから、変な奴が来たら殴ってやりますよ」


 母親が確実に元気になっていく様子を見て、フローラはエミリアを自分と母親の命の恩人として崇拝し始めている。今まで、さんざん親子揃って苦労してきた彼女達を、初めて救ってくれた人なのだそうだ。


「おまえは護衛じゃない。信用しているわけじゃないんだ。エミリアに必要以上近付くな」


 フローラだけは町医者の顔も、男爵の元を訪れていた男の顔も見ている。学園に侵入している者も知っている人間かもしれない。そのために協力者としてここにいるのだ。


「男爵家に来ていたのは細身のすごく綺麗な男で、町医者は胡散臭そうなおっさんです」

「そんな説明でわかるか!」

「セスト、彼女はおまえが護衛として連れて来ているという設定なんだから、そう怖い顔をするな。アルベルタ、きみも決してひとりにならないでくれ。今のところ敵の計画は全て失敗している。何をしでかすかわからないぞ」

「はい。気をつけますわ」

「急いできみの護衛も増やす。しばらくは学園への往復は俺と一緒にするとして……いっそ王宮に住むか?」

「ええ?!」

「その方が警護はしやすい」

「エミリアはバージェフ家から学園に通うことになったぞ。護衛がその方が動きやすいし、夜間の警護もしやすいからな」


 ポーションを渡しただけで、傷ついたフローラも神殿の様子も実際に見ていないエミリアには、自分に危険が迫っているという実感がない。学園はいつもと変わらず、実に平和に見える。

 アルベルタも、エミリアの身を案じているので彼女の護衛が増えることには大賛成だが、自分にこれ以上の護衛が必要かと問われれば、首を傾げるしかない。ランドルフがここまで身を案じるほどに、自分に危険が迫る可能性があるとは思ってもいなかった。


「……あのな、隣国はおまえを排除して、自国に有利な女性を俺の婚約者にしたいと思っているんだぞ。だから聖女なんてものを作り出したんだろう」

「そ、そうでしたわね」

「エミリアも、よくわからないって顔をするな。内戦続きの隣国からしたら、おまえの錬金術の腕は喉から手が出るほどほしいはずだ。さらわれる危険もあるんだぞ」

「はい!」


 ランドルフに睨まれて、アルベルタもエミリアも何も言い返せずに顔を見合わせた。

 王宮から学園に説明がいき、ふたりの護衛が学園内に入ることは許可されている。わざわざそのために新しく許可証を作ってまで護衛をつけるより、しばらく学園を休んだ方がいいのではないかとも言ったのだが、彼女達が休めば他の生徒も不安になり学園に来なくなるかもしれない。

 だったら多少危険でも、護衛をつけられるエミリアが囮になり、敵を燻りだそうという話になったのだ。セストの機嫌が悪いのもそのためだった。


「しかし内戦中だというのに、いや内戦中だからか。ここまでなりふり構わずにうちに仕掛けて来るとはな」

「十年前の失敗がここで響いているのではないですか?」


 テーブルに頬杖をついてため息をついたランドルフの前に、リベリオが書類の束を置いた。


「辺境伯の納めている税の内訳です。領地を減らされても、以前はダンジョン絡みの収入が大きかったので問題なかったようですが、あそこのダンジョンを利用していたのは、ほとんど隣国の冒険者だったんですよ」

「内戦で冒険者が来なくなったか」

「そのようですね。だいぶ懐具合が寂しくなって、隣国も辺境伯も切羽詰まっているんじゃないですか?」

「なんで自国の冒険者を呼ばないんだ?」


 セストが聞いた相手はエミリアだ。マルテーゼ伯爵の領地もダンジョンで有名なので、彼女なら詳しいと思ったのだろう。


「隣国の冒険者は、素材や宝石を隣国に持ち帰ってたのよ。だから素材を元に武器や防具を作る職人や魔道具屋が、辺境伯の領地内に店を出さなかったの。ダンジョンの周りに店がないと不便でしょ。だったら他所に行くわよ」

「十年前、国王の魅了に成功していれば、ダンジョンなんかに頼らなくても隣国に貸しを作れて、美味しい思いが出来ると思っていたんだろうな。……待て。その時にも隣国の邪魔をしたのはエミリアの付与魔法だったな」


 全員の視線がエミリアに集まる。

 どうやら隣国にとって、エミリアは天敵のようだ。


「エミリア、くれぐれも気を付けてくれ」

「わかったわ」


 心配そうなセストの様子を見ては真剣にならざるを得ない。

 アダルジーザに教わって試していない攻撃系の魔道具が、まだいくつもある。剣では戦えなくても、錬金術と付与魔法を使った戦いなら出来るはずだ。

 セストは無茶をするなという意味で話していたのだが、エミリアは帰ったら魔道具をたくさん作ろうと、自分で戦う方法を考えていた。




 

 放課後、エミリアはセストとアルベルタと共に王宮に向かうため、学園内を門に向かって歩いていた。

 国家的最重要人物になってしまったエミリアの護衛のため、セストは一時的にランドルフの側近を外れている。代わりにバージェフ侯爵家から護衛がついているが、このことだけでも王家がエミリアを重要視していることが窺える。


 三人の周囲にはジーナとフローラの外に、学生ではないバージェフ家の護衛がふたり、アルベルタの護衛に近衛兵がふたりついている。ものものしい警戒態勢だ。

神殿で起こったことや聖女の事が噂になっているので、生徒から苦情は出ていないが、不安に思う生徒は多いようで、うちも護衛をつけたいと学園に許可を求める家が増えているらしい。


 生徒達がエミリア達の団体に近付きすぎないように帰宅する中、人の流れに逆らって、こちらに四人の女性が近づいてきた。

 エミリアも中心にいる女性は知っている。

 クレオ・ロダト。一時期憧れていたリーノ・ロダトの妹だ。


「まあ、セスト様!」


 ずっとこちらを見て歩いてきたくせに、しらじらしく驚いた顔と声で呼びかけられて、セストは露骨に眉間に皴を寄せた。彼だけではない、その場にいた生徒の多くが気の毒そうにセストを見たり、冷ややかな顔をクレオに向けている。


「最近会えなくて、どうしているのか心配してましたのよ。あら、本当に瞳の色が金色になったんですね。その色も素敵ですわ」


 隣にエミリアがいるというのに、全くの無視だ。

 ただがっちりとした体格の護衛が、クレオが近づきすぎないように行く手を塞いでいるので、エミリアが見えないという可能性も僅かばかりある。


「ちょっと邪魔しないでくださる? わたしはセスト様とは親しいのよ」


 クレオの言葉に確認するために警護の者がセストに視線を向ける。セストは迷うことなく横に首を振った。


「悪いが先を急いでいる。そこをどいてくれ」

「どいてもいいですけど、だったら別の日に私のために時間を空けてくださいな。お話があります」

「断る。きみと話すことはない」

「……なんで、そんな冷たいことをおっしゃるの?」


 無邪気な笑顔が消え、胸の前で両手を合わせて悲し気に瞳を伏せる。彼女の性格を知らない者が見たら、思わず肩を抱きたくなるような雰囲気だ。

 家族に溺愛されたクレオは、自分勝手な女性だと学園では有名人だ。見事な赤毛に淡い緑色の瞳の美しい女性だが、近づく男性はいない。兄のリーノは妹に近付く男に厳しいし、クレオに近付けたとしてもわがままに振り回されるだけだからだ。


「むしろ、なぜ今、俺に話しかけるのかを聞きたい」


 セストの疑問ももっともだ。

 つい最近まで、彼女もランドルフを追いかけまわす女性のひとりだった。全く相手にされず存在を無視されていても、いずれはアルベルタを捨てて自分を選ぶだろうと周囲に話していたのだ。


「だって、呪いを解ける人がいるんでしょう? だったら呪いを解けば、今度は私を見て瞳が金色になるかもしれないわ」


 ついこの間、生徒達が見ている中、エミリアを見た途端に瞳の色が変わった話を聞いたのかと、その場の全員が納得した。


 確かに女性にしてみれば、憧れる愛の告白だろう。嘘偽りなく永遠の愛を呪いが保証してくれる。

 幼さが抜けないクレオも、その話を聞いて、急にセストに興味を持ったわけだ。


「ならない」

「え?」

「俺はエミリアと出会う前からきみを知っている。それでも全く興味がなかったのに、今更呪いを解いたところで関係ない。そもそも無関係な人間に、余計なことを言われたくない」

「セスト、気持ちはわかるけど言い方……」


 扇で口元を隠し、笑いそうなのを堪えつつアルベルタが注意する。

 思ったことを正直に言うせいで、エミリア相手には口説き文句を連発し、クレオ相手には喧嘩腰になるようだ。婚約者が横にいるのに、これだけ失礼なことを言っているのだから、好かれると思う方がおかしいのだが、クレオにはそれがわからない。


「そんな女より私の方がいいに決まっているでしょ。私は侯爵家の人間で、お父様は王国騎士団長なのよ」

「知っている。だからなんだ?」

「そんなやぼったい女より、私の方があなたにふさわしいわ!」

「きみのどこがエミリアよりいいのか、俺には全くわからない」

「な……」

「惚れたのは俺で、お願いして婚約者になってもらったのに、ふさわしいもなにもあるか。バージェフ侯爵家とマルテーゼ伯爵家だけでなく王族も認めた婚姻に異議を挟むなら、それ相応の覚悟をしてもらおう」

「エミリア、悶えてないで止めて」

「む、無理」


 アルベルタだけでなく、周囲に生温かい眼差しで注目され、エミリアは顔を手で覆ってセストの背中に隠れている。


「セストって、あんなに喋るのね」

「私も知らなかったわ」


 フローラとジーナも呆れ顔だ。

 普通ここは、エミリアとクレオの戦いになるところだろうに、セストが率先して邪魔者を排除しつつ惚気を連発していた。

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