第13話

 その日の午後、アルベルタとエミリアは王妃に招待されて、前回と同じ応接室に通されていた。


「ごめんなさいね。聖女があんな女だとは思ってもみなくて、あなた達にすっかり迷惑をかけてしまったわ」


 頬に手を添えて、ため息をついた王妃は幾分顔色が悪い。


「大神官達の誰が命じたのか、誰と誰がこの計画に関わっていたのか、取り調べが行われているのよ」


 フローラは王太子か側近の誰かを篭絡ろうらくしろと命じられていたと話していると言う。王妃の命令で王太子が彼女のエスコートをしていたのを、魅了が効いていると勘違いしていて、突然の態度の変化に慌て、ならばセストをと焦って魅了を使ったのだ。


「誰に命じられたかは言わないの。殺されるって真っ青になって震えているそうで」

「コルティ男爵はなんて言っているんですか?」

「大神官にたのまれて名前を貸しただけで、彼女には会ったこともないって」

「それって詐欺ですよね」

「ええ。彼が名前を安易に貸したせいで王太子と侯爵子息が魅了を使われたんですもの。魔道具のおかげで被害がなかったとはいえ、男爵にも厳しい処分が下されるわ。おそらくフロリアーナ教の国教指定も取り下げられるはずよ」


 誰もが責任を聖女ひとりに押し付けようとして、結局共倒れしている。だが、魅了耐性の装飾品も、魅了を使われたことを知らせる魔道具の存在も貴族なら知っていて当然だ。国王が魅了にかからずに済んだあの事件以来、耐魅了の付与された装飾品を持つことは、一種のステータスになっているのだ。


「教会は何がしたかったんでしょう」

「大神官の中のトップを決める選挙があるらしいの。聖女の存在と、王室との橋渡しをしたという功績で、選挙に勝とうとしたのかもしれないわ」


 フローラは教徒ではないと話していた。

 男爵の娘でもなく、教徒でもなかったら、彼女は誰なんだろう。

 貴族の常識に疎かったので平民なのかもしれない。

 どちらにしてもエミリアには、なんとも言えないもやもやとした気持ちが胸の底に残った。

 それは、特級ポーションと同じ価値を持つ彼女の処遇のひどさに対しての不満であり、セストの瞳が再び金色になった時に沸き上がった喜びに対する戸惑いでもあった。


 エミリアの中にはまだ、セストが自分を愛したのは、襲われた時に助けられたせいで、実際よりもエミリアを高く評価しているのではないかという思いがあった。

 他の人ならば時間が経って落ち着けば、なんであんな子に魅力を感じたのかと疑問に思えるのに、呪いのせいで無理に愛してしまっているのではないかという負い目のようなものだ。


 だから今回は、いい機会だと思った。

 そして目の前で彼の瞳が金色に戻った時、エミリアは嬉しかったのだ。これで婚約者のままでいられると、体から力が抜けてしまうほどに安心した。

 いつのまにか、それほどにセストの存在は大きくなっていたらしい。


「それでアルベルタはどう思ったの? 王太子の婚約者のままでいいの?」

「……はい。殿下といろいろお話出来ましたし、このまま傍にいてほしいと言っていただけました」

「まあ! あの子もやれば出来るんじゃない」


 朝からの騒ぎのせいで、事件の当事者になってしまった四人は、あのまま授業に出ずに王宮に向かい、国王他おもだった者達に何が起こったのか説明した。瞳が再び金色に戻ってしまった話の時には、セストは居心地悪そうにしていたが、ふたりの仲睦まじい様子に父親達は満足そうだった。

 それに今回、エミリアの宝飾品と魔道具が活躍したことで、更に彼女の評価は上がっていた。


「私達は報告を待つしかないわ。今日は貴族街で人気のショコラケーキがあるのよ。一緒にいかが?」

「ありがとうございます」


 女性三人でほのぼのと午後のお茶を楽しんでいた時、突然、応接室の扉がノックもなしにあけられセストが飛び込んできた。


「何事です!」


 開けた扉に寄り掛かり上体を曲げて息を整えたセストは、胸を押さえながら騎士の礼を取った。


「御無礼お許しください。逃亡を図った聖女が何者かに足を切り落とされ、背中を刺されて重傷です。研究機関に要請してポーションを届けてもらうほどの時間がありません。エミリア、特級ポーションを持っていないか」


 エミリアはいつもの黒い鞄を開け、急いで中を確認した。


「一本だけなら」

「充分だ。それをくれ。あとで国から代金を支払うそうだ」

「でも、聖女は自分で回復出来るんじゃ……」

「嘘だったんだ」

「え?」

「背中の傷は自分で回復していたが、欠損は治せない」


 特級ポーションではなくて、高級ポーションの人であったらしい。


「それにしたって殺そうとするなんて」


 ポーションを握り締めて飛び出していったセストを見送り、エミリアは小声で呟いた。






 特級ポーションではなく高級ポーションで、呪いが解けるのではなく発動前に戻るだけ。

 嘘をついたせいでランクが下がってしまったようなイメージになったが、それでも強力な力なのは間違いない。


「魅了を使ったのは許せないけど、女の子相手にわざわざ逃亡させて足を切り落とすとは。そんな卑劣な犯人は絶対に捕まえないと」

「平民が巻き込まれたのなら、家族を人質に取られている可能性もありますわ」

「足を切り落として閉じ込めて、力だけ使おうとしたのかもしれないわね」


 王妃とアルベルタの会話を聞きながら、エミリアはテーブルに置いた手をぐっと握りしめた。

 エミリアだって出会う相手が悪ければ同じ目に合う危険があるだろう。

 誰も知らない場所に閉じ込められ、金になるポーションを延々と作らされるのだ。

 エミリアが好きな錬金術を自由に出来るのは、貴族に生まれたからだ。今後もセストと出会えたおかげで、侯爵家が守ってくれる。

 フローラはきっと守ってくれる人がいなかったのだ。

 そう思うとエミリアには彼女のことが他人ごとには思えなかった。


 もうそろそろ帰宅しなければいけない時間だが、フローラのことが気になり、エミリアもアルベルタもつい王妃の応接室に居ついて二時間ほど、ランドルフがこちらに来ると先触れがあった。

 エミリアに用があるというので、そのまま待っていると、ランドルフだけではなくセストとリベリオも一緒にやってきた。


「フローラは大丈夫だ」

「よかったー」


 ランドルフの言葉にエミリアの肩の力が抜ける。

 王妃もアルベルタも表情が和らいだ。


「今のところ彼女が話してくれたのは、言う通りにすれば彼女の母親の病気を治してくれる約束だったということだけだ。神官達や子爵について話す前に、エミリアに会わせてくれと言っている」


 乱暴に椅子に腰をおろしたランドルフは、まだ険しい顔をしている。


「この一週間、辺境伯の息子がさりげなくフローラの動向を探っていた。もしかすると隣国絡みの陰謀の可能性もある」

「またなの? しつこいわね」


 隣国は、もともとは内戦のせいで土地が荒れ、作物が育たなくなり貧しくなった国だ。どうにか内戦が終わり、普通なら農業に力を入れるところなのだろうが、踏み荒らされ、魔法で抉られた土地を元の農地に直すには何年もかかる。

 だったら、すぐ隣に豊かな国があるじゃないか。

 そんな安易な考えで、周辺国の国王に魅了を使用した国だ。


 最初に狙われたのがエミリアの国だった。周辺国にすぐに注意を呼び掛けたが、まさか同じような手は使わないだろうと、どこの国も思っていた中、他の国にも魅了持ちを密入国させようとして、ことごとく失敗している。

 おかげで協力体制になった周辺国の関係は良好になっているのだが、隣国はまた、アホな王族に国を任せられないと考える貴族で内戦突入だ。


「そのうち自然に国がなくなるかと思ったのに、しぶといわね」


 南の帝国の皇子に魅了をかけようとしたのがばれて攻め込まれ、領地をだいぶ取られたのに懲りていないらしい。


「うちなら戦争にまではならないと思っているんでしょうか」

「今回の件で神殿の力をだいぶ弱める事が出来そうだし、たしかに戦争にするほどのことではないな」

「むしろあの聖女は、私達にプラスになる動きをしてくれているわ。まだ情報が出そうなんでしょう?」


 リベリオの言葉に答えるランドルフも王妃も、口元に笑みを浮かべている。最近、力をつけて貴族を味方につけ始めた神殿は、宮廷から見たら邪魔な存在だったのだ。


「それで? エミリアを会わせるの?」

「フローラは母親の身体を治してほしいと言っているんです。回復魔法では治せないそうで」

「病気は、医者に診せた方がいいと思います」

「町医者には診せているらしいんだが、金がない住民達の住む地域の医者だ。あてにはならない。それに毒の可能性もある」

「……毒」


 娘を言いなりにさせるために、母親に毒を使う。

 なんとひどい話だろう。


「彼女をどうするつもりですか?」

「どうするとは?」


 ただでさえ威圧感のあるランドルフにすぐ近くから見つめられても、エミリアは背筋を伸ばして、まっすくに見つめ返した。


「彼女は助けてくれる人もなく、言いなりになるしかなかった。あまり重い罪にはならないようにしてほしいです」

「ふむ。そう俺に願うわけか……」

「ランドルフ、エミリアには助けられているのですよ」

「わかってますよ、母上。セストも背後から殺気を飛ばすな。マルテーゼ嬢は強力な味方が多いな」

「エミリアでいいです」


 勢いで言ってから、相手は王太子だと気付いて口を手で覆ったがもう遅い。


「俺はいいんだが、背後からの殺気が強まった気がするぞ」

「でも……リベリオも呼び捨てなのに、殿下にだけマルテーゼ嬢と呼ばれるのには違和感が……」

「だよなーー」


 入り口近くに立ったままのセストは、ランドルフがにこやかに振り返ると幾分目を細めて睨んだ。


「ともかく一度会わせてください」

「助かる。身の安全を考えて、フローラは死んだことにしてある。彼女と彼女の母親はバージェフ侯爵の屋敷に移動させているところだ」


 ちらっとセストを見上げると、彼が頷いた。

 エミリアと視線が合った時だけ、幾分表情が和らぐのだからわかりやすい。


「その辺は侯爵が上手くやってくれている。あそこなら医者もいるしな」

「うちに使いをやっていただけませんか。必要になりそうな薬草と材料をラウルに持ってきてもらいます」

「彼でわかるのか」

「はい。付与魔法や錬金術自体は興味を持てなかったみたいですけど、薬草を育てたり道具を作るのは楽しかったみたいで、結構詳しいです。手伝ってくれるたびにお小遣いをあげていたんで、優秀な助手になったんですよ」


 姉に上手く使われている子供の頃のラウルを想像して、微笑ましいような気の毒なような曖昧な顔で、ランドルフは小さな袋をテーブルに置いた。


「これはフローラが自殺用に渡された薬だそうだ」

「え?!」

「宮廷医師に見せたところ、隣国の山間部にしか生息しない植物を使用しているようだ。念のために、専用の解毒ポーションを国立錬金術研究所に作らせている。」

「自殺用……」

「ひどい」

「この件に関わる以上、きみにも危険が及ぶ可能性がある。セストの指示に従ってくれ」


 隣国のやり方に対する怒りのほうが恐怖より強いが、周囲の迷惑になるような失敗をするつもりはない。エミリアはランドルフの注意に大きく頷いた。

 

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