第10話
今までのアルベルタは、ランドルフから避けられていると噂になっても、他のご令嬢に嫌がらせをされても、まったく気にした素振りを見せず近づきにくい雰囲気だった。
それがエミリア達と行動を共にするようになってから、笑顔が増え、楽しそうに話をする様子を見せるようになったため、彼女の人気は秘かに急上昇していた。ただランドルフを敵に回したくないから、男子生徒が近づけなかっただけだ。
それが、ランドルフは他の女性と仲良さそうに過ごしているとなったら、婚約解消した暁にはぜひ自分と付き合ってほしいと思う男性が出て来るのは当然のことだ。
なにしろジョルダーナ公爵家は名門中の名門。先代の国王の弟君の孫がアルベルタという事で血筋も申し分なく、広大な領土を持つ資産家でもある。その上、彼女は華やかな美人でスタイルもいい。
婚約解消も聖女という予想外の存在が現れたせいで、アルベルタに落ち度はなく、むしろ被害者だ。
男子生徒と昼食を共にした翌日から、食堂に行くのにエスコートさせてくれと、教室の前に男共が群がっていた。
「殿下の存在に助けられていたと、今になってわかりました」
「あの俺様、役に立ってはいたんですね」
仕方ないのでサロンを使用し、家から持ってきた料理を食べることにした。それはそれで普段と違って新鮮だが、これからずっととなると話は別だ。
「セスト様はもう少し待ってくれとしか言わないんですよね」
ジーナが聖女について聞いても、答えてはくれないのだそうだ。
「殿下は今日も聖女と一緒なんですか?」
「そのようね」
何事もないように笑って見せても、エミリア達にはアルベルタが寂しそうに見える。これだけの噂になっていれば王宮にだって報告が行っているはずなのに、王妃はどうしているのだろう。
サロンは予約した時に使用するメンバーの名前を知らせるので、それ以外の人間が中に入る時には、サロンの従業員に中の人に声をかけてもらわなくてはいけない。
前回、婚約者だからとランドルフを通してしまったことに苦情を言ってあったので、今回はノックの音に応えると従業員が遠慮がちに顔を出した。
「御歓談中失礼します。同級生の……ちょっと、待っていてくださいと……」
「差し入れを持ってきたんだ」
「少しだけ避難させてくれ」
従業員を半ば押し退けて、背後から顔を出したのはリベリオとジャンだ。
何かあったようなので、アルベルタが平気だと知らせると、従業員はほっとした顔で一礼して扉を閉めて去っていった。
その直後、受付のあたりでわいわいと賑やかな複数の女性の声が聞こえてきた。
「助かった。フローラのせいで、こっちまでいい迷惑だ」
「俺を巻き込むなよ」
「おまえも側近になれ。もてるぞ」
「やなこった」
リベリオとジャンの会話を、何が起こっているのかよくわからずに、女性陣は不思議そうな顔で聞いている。リベリオがもてるのはいつものことだし、ジャンだって見た目は悪くない。
ジーナが紅茶を用意すると、リベリオとジャンは空いている席に座り、疲れた様子でテーブルに突っ伏した。
「ここは天国だな。美人ばかりだし、ちゃんと友人として接してくれる」
リベリオが普段絶対に言わないようなことを言い出した。
「どうしたの?」
「ちょっと気持ち悪いわよ」
こういう時、ジーナとエミリアははっきりと思ったままを言ってしまう。アルベルタとビアンカは扇で口元を隠して顔を見合わせて首を傾げ、エレナは自分には関係ないだろうと紅茶を飲んでいる。
「あの聖女が人前でもべたべたして、それで殿下と親しくなったと噂されたせいで、今まで我慢していた女性陣が、学園内でも高位貴族の子息に群がるようになったんだよ」
「もちろんまともなご令嬢はそんなことしないよ。夜会や舞踏会に招待されないような家の御令嬢達がね……」
今までは勉学の場である学園で、相手を見つけるために異性とべたべたするのはみっともないと思われてきたし、禁止されてもいる。
だが、フローラがランドルフや側近にちやほやされているのなら、私だってと玉の輿狙いの女性達が動き出したのだ。
「全部殿下のせいじゃない」
その様子を傍で見ていて注意しない側近のせいでもある。
だから女性陣のリベリオを見る目は冷たい。
「思っていた以上に信頼されてないな」
テーブルに懐いたまま頭を抱えたリベリオは、だいぶ疲れているようだ。
そう言えばここ何日か話す機会のないセストも、見かけた時にとても疲れた様子だった気がするなとエミリアは思い出していた。
「本当は一週間の我慢だったんだけどね、王妃様もまさか聖女があそこまで馬鹿な行動をする娘だとは思わなかったので、さすがにまずいということになって、私がこうして話しに来たんだよ」
「一週間?」
「そう。これは王妃様から殿下への一週間の罰だったんだ。自分の婚約者がいかに素晴らしいか実感しろと。神殿から聖女の手厚い保護を要請されたから、ちょうどいいから聖女が学園に馴染めるように、殿下が一週間エスコートしてみろとのお達しだったんだ」
犯人は王妃だった。
アルベルタとランドルフは学園では接点を持たなかったが、公式行事や夜会ではふたり揃って顔を出すことは何回もあった。
公爵家の娘としてダンスやマナーをしっかりと学び、お妃教育も受けているアルベルタは、そういう場でそつなく動きランドルフのフォローを当然のようにしてきた。
だがフローラは違う。貴族の決まり事を全くわかっていない。わかっていたとしても守ろうと思っていないのだろう。
そのせいで振り回されることになったランドルフは、うんざりしているのだそうだ。
「え? つまり殿下は聖女を好きになって一緒にいたんじゃないの?!」
「そこまで馬鹿だったら、とっくに側近をやめているよ」
すっかりランドルフと聖女は恋仲だと思い込んでいた女性陣は、少しだけ申し訳ない気分になって顔を見合わせた。
「でも、自業自得のような……」
「今までの態度が……ねえ」
「あの俺様殿下が、恋をするとああなるのかと意外ではあったけど」
「おまえらひどいな。聖女の後ろには神殿の大神官達がいるんだ。少なくとも一週間は無碍には出来ないんだよ」
差し入れだと持ってきた菓子を摘まみながらジャンが言うけれど、確か今朝までは彼も女性陣と同じようなことを話していたはずだ。
「王妃様は、アルベルタにとっても、改めて自分の今後を考えるいい機会になるだろうおっしゃられていた。殿下が他の女と一緒にいても何も感じず、婚約は解消されるだろうという噂を、むしろ自由になれていいんじゃないかと思ったのなら、これを機会に婚約は白紙に戻そうと考えていらっしゃるそうだ」
「まあ」
丸く開けた口を手で隠し、アルベルタは絶句している。
「でもちょっとひどくないかな? だしに使われた聖女だって気の毒では? 殿下にエスコートされて舞い上がってしまったかもしれないでしょ? 見た目は申し分ないわけだし」
エミリアが聖女をフォローしてみたが、同意してくれる者はいないようだ。
「殿下は人気ない?」
「いや、他所では人気あると思うぞ」
エミリアとジャンの会話に疲れた顔で額を押さえながら、リベリオはポケットから出した物をカツンと小さな音を立ててテーブルに置いた。
「魔道具?」
手に取ったエミリアの顔が強張った。
「これは魅了が使われた時に、石が割れて知らせる魔道具よね? 石が割れているってことは……」
「それは殿下がつけていた魔道具だ。人がたくさんいる時に発動したから、誰が魅了を使ったかまではわかっていない。……が、聖女が怪しいと思っている」
「ええ?!」
「あの方が」
「それで、殿下は魅了にかかったりはしてないんですよね」
リベリオはアルベルタが心配そうな様子なのに安堵しながら、襟元から服の中に手を入れて鎖を引き出し、それに吊るしている指輪を見せた。
「あ、それは私の作ったやつ」
「耐魅了の期限なしの強力版だろう」
「そうよ。王妃様にたのまれて何個か作ってお渡ししたの」
「それを殿下もセストも……あいつは必要なさそうだけど、護衛のやつらにも渡してある。今のところ誰も魅了にはかかっていない」
特級ポーションと同じというとんでもない回復魔法に魅了まで使える。確かにフローラは聖女で、だから神殿も保護を求めたのだろう。
彼女の力を必要とする者は、いくらだっているはずだ。魔力さえあれば何回でも魔法が使える分、エミリアより安上がりだろう。
だからエミリアには、禁止されている魅了の魔法をランドルフに使う聖女の気持ちも、彼女の存在をありがたがらないリベリオの態度もまったくわからない。
「王家としては、今後は聖女を保護しないつもりなの?」
「そうだ。さっきも言ったけど、約束は一週間だ。エミリア、錬金術師は国立の研究機関もあるし、きみはバージェフ侯爵家に囲われるわけだし、王家としては使いやすいんだよ。信頼関係も出来上がっているしね。それにポーションなら戦場に簡単に持っていける。最前線でも使用出来る。錬金術師が行く必要はない。だけど聖女は自分がその場に行かなくてはいけないんだ」
聖女を危険な場所へ行かせたとなると、世間がうるさいだろう。
戦場で使えない回復魔法は、いくら強力でも意味がない。じゃあ病院で働けばいいと思うだろうが、神殿が絡んでいる以上、神殿に寄付をした相手だけ回復するという体制になるのは目に見えている。
「この一週間の間に神殿の方で、新しい護衛を用意する約束になっている」
「殿下を護衛代わりってすごいよな。しかもあの女の護衛だぞ。殿下だけじゃなくて、高位貴族の子息みんなにべたべたしているんだ。護衛だって大変だ」
「うーーーーん」
リベリオやジャンの話を聞いても、エミリアにとっては心底不思議だった。
特級ポーションと同じ価値だ。魔力が大量に必要だとしても、一本で一財産になるポーションと同じ魔法を使える女性だ。
しかもあの可愛さだ。自分から男に媚びを売る必要なんてないだろう。むしろ清純そうな顔を生かして、にっこり笑っているだけで男が寄ってくるだろう。
なんでわざわざ問題になるような行動をするのだろう。
「あの方、今まで夜会に顔を出したことはなかったですよね」
「お見かけしたことはありませんわね」
アルベルタとビアンカが不思議そうに首を傾げる。あの可憐さと魔力で、今まで噂にならなかったのが不思議だ。
エミリアとエレナの場合、自分達もほとんど夜会に顔を出していないので、そんなものだろうと思っている。ふたりとも最近注目されたので、立場としてはあまり聖女と変わらない。
「アルベルタはどうなの? 婚約を解消するの?」
「それは……」
ビアンカに聞かれてアルベルタは言い淀み、唇を噛んで俯いた。
「答えを出すのは、せめてあと二日待ってくれないか」
慌ててリベリオが口を挟んだ。
「今回のことで殿下はきみのありがたみがよくわかったみたいでね。だいぶ反省しているんだ。それに最近、きみはモテているだろう? 横から掻っ攫われるぞとセストに脅されて、だいぶ焦っている」
「殿下が?」
「へえ」
「あれ? 実は聖女大活躍?」
結果的には王妃の予想通り、いい仕事をしてくれたのかもしれない。
「でも殿下はアルベルタ様を嫌っているのでしょう?」
「エミリア。あなたはまたそうやって……」
空気を読まずに核心をつく幼馴染に注意しようとしたエレナの言葉を、
「はあ?! なんの話だ?」
心底驚いたらしいリベリオの声が遮った。
「え? だから、殿下はアルベルタ様を……」
「私の聞いている話とは違うな」
「そうなの?」
エミリアとリベリオは顔を見合わせて、そのまま同時にアルベルタに視線を移した。
「え? でも……」
「嫌っていると思うでしょう? ついこの間まで挨拶さえしなかったんですよ」
「そうよね。むしろアルベルタ様はよく殿下を嫌いにならないなと感心してしまうくらいですわ」
アルベルタの悲しむ姿をずっと見て来たビアンカは、聖女と比べて役に立つからと見直されても喜べない。
エレナも自分とは違って、見た目も家柄も段違いにいいのに、性格までいいアルベルタ贔屓だ。エレナがイメチェンして家に男性からの贈り物が届くようになったおかげで、両親が大喜びしているので感謝もしていた。
だから、ふたりのランドルフの評価は地を這うぐらいに低い。
「え? 殿下を嫌いではない?」
だが、リベリオがぼそっと呟いた言葉のせいで、全員が目を見開いて動きを止めた。
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