第8話

 あれだけみんなに地味だと言われれば、エミリアだって自分の好みは他人から見れば地味なんだなと気づく。

 アルベルタが言っていたように、セストの横に並ぶ女が地味でさえない女だというのはまずいのだろう。バージェフ侯爵家の人達だって本当はもっと違う女性と縁組してほしいと思っていたかもしれない。だがセストの瞳の色が変わってしまったから諦めたという可能性もある。


 顔は将来的には化粧でごまかせるけど、学園に厚化粧はまずい。

スタイルは平均的でおかしくない。むしろ胸はある。

 そうなるとあとはやはり、地味な服や小物を変えていくしかない。


 そう思って帰宅してすぐにドレスを選んだが、メイド全員と悩みまくっても、地味なドレスしか見つからなかった。髪飾りも小さいものが多く、装飾品はデザインよりも付与魔術の内容で選んだものばかりだ。

 こうなると今の段階では、どうしようもない。週末にアルベルタに相談することにして、今回は仕方なくいつも通りの服装に落ち着いた。

 紺を基調とした地味なドレスだ。侍女の制服をちょっと豪勢にしたようにしか見えない。せっかくのレースが遠目に見るとエプロンに見えなくもない。


「確かに地味ね」


 とうとう王妃にまで言われてしまった。


「だけど驚いたわ。まさかバージェフのあの子があなたを選ぶなんて。やるわね」


 王妃専用の応接室に、今は王妃とエミリアとアルベルタしかいない。

 バッグから宝飾品やポーションを出して並べるエミリアは、王妃付きの侍女のようだ。


「今回は陛下の誕生日のお祝い用の品を、確認していただきたくお持ちしました。問題がなければ付与魔法をお付けします。こちらはいつものイヤーカフです。そろそろ三か月経ちますので交換しませんと」


 エミリアが用意したのは、国王の正装用のマントを肩に留めるための装飾品だ。王妃の瞳の色のアクアマリンとダイヤに、付与魔法を浸透しやすいパワーストーンをアクセントに使っている。

 これに今、エミリアが出来る最大級の付与魔法をかければ、他では絶対に手に入らない逸品が出来上がる。


「素晴らしいわ。これで進めてちょうだい」

「かしこまりました」

「こちらの品物は?」

「アルベルタがなにも身を守る術を持っていないと聞きましたので、至急用意しました」


 エミリアが次々に小振りの宝石の付いた装飾品を取り出すのを見て、王妃は訝し気に目を細めた。


「それはどういうことかしら? アルベルタ、まさか身の危険を感じたことがあったの?」

「それは……」


 顔立ちが華やかなせいで、きつく派手な性格に見られがちなアルベルタだが、実際はエミリアのほうがよっぽど気が強い。ましてや皇太子の問題をその母親である王妃に話すというのは、かなりの勇気が必要だ。


「王妃様、殿下のことでお伝えしたいことがたくさんあるのですが、よろしいですか?」

「聞きましょう」


 だから、困った顔で黙ってしまったアルベルタの代わりに、エミリアが全てぶちまけた。


 ランドルフが学園で婚約者に挨拶すらしないこと。

 そのせいでアルベルタは軽く見られ、彼女に嫌がらせすれば破談になると思っている者がいること。

 実際に突き飛ばされたことがあること。

 エミリアにはセストがすぐに警護をつけたのに、アルベルタには守ってくれる人が誰もいないこと。


 話を聞くうちに王妃の顔から笑みが消え、能面のように無表情になった後に、今度は冷ややかな笑みが口元にだけ浮かんだ。


「王太子を呼んでちょうだい。側近達もいるなら一緒に。すぐによ」


 エミリアが王妃に言いつけると宣言していたので、おとなしく部屋で待機していたのだろう。ランドルフ達はすぐに部屋にやってきた。


「この部屋を使っているんですか」


 使用されている応接室を見て、ランドルフもリベリオも驚いている。だがエミリアは、王妃に会う時はいつもこの部屋に通されるので、なぜ驚いているのかわからない。

 それより、部屋に顔を出してすぐエミリアに視線を向けてきたセストの方が気になってしまった。会釈をするのも挨拶をするのもどうかと思い、視線だけ向けて来たのだろう。エミリアも同じタイミングでセストを見てしまって、目が合ってしまったのでそらしにくく、そのまましばらく見つめ合ってしまった。


(結局、三日続けて会っているんだけど)


 側近の仕事があるから会えないと言っていたのに、ランドルフと関わってしまっているおかげで毎日会っている。今日も相変わらず隙がなく格好いいなと見つめていたら、いつの間にかみんなに注目されていた。


「恋の初めの初々しさと甘酸っぱい感じがいいわねえ」


 しみじみと王妃に言われてしまって、恥ずかしさでアルベルタの陰に隠れるエミリアの顔は真っ赤になっていた。


「それに比べてあなたは、可愛げがないくせに甲斐性もないなんて。聞いたわよ。私の言いつけをなにも守っていないのね」

「……すみません」

「王太子妃が貴族に軽んじられて、国が平和に治められるはずがないでしょう。あなたにとってこの縁組が王太子としての役目であるように、アルベルタも将来の王妃になるために役目を果たしてくれているのです。何もアルベルタがあなたと結婚させてくれとたのんで来たんじゃないんですよ。政略結婚だからと被害者ぶるのはやめなさい。アルベルタの方がよっぽどの被害者です」

「……はい」


 側近がいる前だというのに、王妃の言葉には遠慮がない。

エミリアは王妃が怒ってくれたので、これでアルベルタの待遇が改善されるだろうとほっとしたが、アルベルタは申し訳なさそうな雰囲気だ。


 ランドルフは自分を嫌っている。

 でも王族の務めだから、国のためにこの縁談を破談には出来ないんだとアルベルタは言っていた。


 でも、たとえそうだとしても、それはアルベルタに冷たくしていい理由にはならないとエミリアは思う。

 一緒に公式の場に出たことが今まで何度もあったのに、仕事上必要な会話しかしなかったそうだ。それではアルベルタのことを何もわからないだろうに、いったい彼女の何が気に入らないのだろう。


 アルベルタも悪い。

 普段は明るく話しやすい性格なのに、ランドルフの前に出ると緊張で表情が強張り、目を合わせないように俯いてしまっている。そうやって遠慮して、要望も不満も言わないからランドルフは気付かないのだろう。

 いつかわかってくれるなんて甘い希望は、男女間では持つだけ無駄だと冒険者のアマンダが酔った時に言っていた。男にははっきりと言わないとわからないんだそうだ。


「ごめんなさいね、アルベルタ。明日からはしっかりと護衛をつけます。身を守る魔道具はエミリアが揃えてあげてちょうだいね」

「おまかせください」

「あなた達も、いい加減イヤーカフくらいはつけなさい。エミリア、耐魅了と耐毒のイヤーカフを配ってあげて。支払いは王太子につけて」

「え……はい」


 テーブルに今度は様々なイヤーカフが並べられた。どれも普通なら貴族が目にすることがないような、小さな宝石がひとつついただけのシンプルなものだ。


「この小さな石で、本当に効果があるのか?」

「三か月なら効果を保証します。平民でも手軽に買える値段ですが、使い捨てです。でも大きな石をつけたら重いでしょう? 指輪は武器を持つ人には邪魔ですし、ネックレスは特に女性はドレスに合わせますから」


 シンプルなイヤーカフならピアスをつけても邪魔になりにくいし、男性でも付けやすいのだ。


「彼女がアダルジーザの弟子なのは知っているのでしょう?」

「はい、母上」

「では十年前、カルリーニ辺境伯に紹介されて宮廷に訪れた、隣国ドンギアの王女の話は憶えていますか?」

「観光で来たと言って謁見を申し込んでおいて、陛下に魅了をかけようとした話ですよね」

「その時に魅了の魔法が使われたことを察知した魔道具はアダルジーザの物ですが、陛下が魅了にかからずに済んだのはエミリアが作ったイヤーカフのおかげなんですよ」


 まだ七歳のエミリアが、ごく小さな石に付与魔法をかけられるようになったと、アダルジーザが嬉しそうに話しながら国王夫妻にプレゼントしたイヤーカフが、国王の身を守ったのだ。

 エミリアが一流の錬金術師であり付与魔道士であることも、王妃が一番お気に入りの応接室を毎回使用する理由の一つだが、それ以上に、エミリアの性格を気に入っていることと、恩人であることの方が大きい理由だ。


「もしあの時、国王が魅了にかかっていたら、そしてそれに気づかなかったら、その王女が正妃になり、私は第二王妃になっていたでしょう。あなたも王太子になれなかったかもしれないのよ」

「私にとっても恩人だったんですね」

「王族の恩人よ」

「……セストは、そのエミリアを婚約者に選んだのか」

「いや、お、私はそういうことは別に……」

「実はエミリアの将来をどうするのか、マルテーゼ伯爵と迷っていたの」

「え?!」


 初めて聞く話に、エミリアまで声をあげてしまった。


「だって変なところに嫁いで軟禁でもされて、無理矢理ポーションを作らされたらどうするの? でもバージェフ侯爵家なら安心でしょう? セストが守ってくれるわ」

「は、はい」


 アルベルタのためにランドルフを叱ってもらうつもりが、なぜか自分の話になってしまった。恥ずかしくて、カーテンの陰にでも隠れて、蹲りたくなったエミリアだった。



 ◇◇◇◆◇◇◇



 翌日、マルテーゼ伯爵家にバージェフ侯爵とセストが訪れた。

 てっきりふたりで書類にサインして終わりだと思っていたエミリアは、父親までわざわざ王宮から戻ってきたことに驚いていた。


「きみがエミリア嬢か。はじめまして。我がバージェフ侯爵家に来てくれるのを歓迎するよ」


 セストの父親のバージェフ侯爵は、あまりセストに似ていなかった。目元が優しく物腰も柔らかで、とても国王の警護を任せられる一流の戦士には見えない。ただ黒髪と、あの呪われた金色の瞳は同じだ。隙のない動きも、心の奥まで見透かすほど、相手をじっと見つめるところも似ている。


「わざわざおいでいただきありがとうございます」

「マルテーゼ伯爵と相談して、誓約書を作成した。こちらも内容を確認して、ふたりでサインしほしい。結婚したあとも、きみには伯爵家の店の仕事をしてもらっても構わない。ただバージェフ家にも定期的にポーションや付与魔法の付いた装飾品を作ってもらいたいんだ。もちろん報酬は払う」

「娘に何かあれば王妃様が黙っていませんし、第一、きみの息子が許さないだろう」

「まったく、こんなにぞっこんに惚れ込む男だとは思わなかったよ」

「それがバージェフの男なんじゃないのかい?」

「それは誤解だ。ひとりの相手しか愛せないだけで、愛し方は人それぞれだぞ」

「だがきみもかなり……」

「私の話はいいんだ」


 どうやら子供達の婚姻を通して、父親同士が親しくなったらしい。

 ふたりのやり取りを並んで見ていたエミリアとセストは、ちらっと視線を交わして笑い合った。


 結婚してくれと言われて、反射的にぶっ飛ばしてからまだ四日しか経っていない。濃い毎日だったせいで、もうずいぶん前のように感じる。

 毎日会っていても周りに必ず誰かいて、言葉を交わす機会もそうなかったのに、この四日間でふたりの距離はだいぶ縮んだようだ。


「出来れば早々に一度、バージェフの屋敷にも来ては貰えないだろうか。古傷も治せるポーションがあると聞いた。うちの優秀な執事が侯爵家への逆恨みで襲われ、怪我をしてしまってね、左手が上手く動かないんだ」

「まあ、ちょうどよかった。そろそろ効き目が減ってきているから、畑に撒いてしまおうかと思っていたポーションがあるんです」


 胸の前で両手を合わせて嬉しそうに微笑むエミリアを、バージェフ侯爵とセストは目を丸くして見つめた。こういう顔をすると少し似ているかもしれないと、エミリアはのほほんと考えていたが、彼らの方は驚くだけではなく呆れてもいた。


「高級ポーションを畑に?」

「痩せた土が元気になりますよ?」

「いったいいくらする肥料なんだ?!」

「でも効き目が弱まったら売れませんから。あ、でも効果はちゃんとありますので、普段より多く使用すれば古傷も治ります。持って帰りますか?」

「いや、きみが持ってきて目の前で使ってくれた方がいい」


 そうして家臣や側近達に、エミリアの有能さを理解させるのが狙いでもある。実力重視のバージェフ侯爵家なので、きっと皆がすぐにエミリアを若君の婚約者として受け入れるだろう。

 だが早い方がいい。

 侍女同士、執事同士の他家との繋がりで、妙な噂がはいって来ないとも限らない。そんな噂に踊らされるものは即刻排除するにしても、どうも最近ある方角で不穏な動きがあるので、早めにエミリアの立場を明確にしてしまいたいのだ。


「きみのほうから婚姻に際して希望はあるかね」

「あの……作業場と畑を作るスペースはありますか」

「また畑か」

「ポーションの材料になる薬草の畑です。盗まれるとまずい薬草もあるんです。作業場は部屋をひとついただければ……あ、無理でしたら、作業する時はここに戻って……」

「用意する」

「問題ないよ」


 セストと侯爵にきっぱりと言われてしまった。やはりたびたび実家に帰るというのはまずいらしい。


「畑には警備が必要だよ」

「畑に警備?!」


 伯爵は侯爵が驚くのが楽しいようで、笑顔で話している。


「たとえば高級と特級のポーションには必ず必要なセセリ草は、うちの領地のとある山の上に行けば、以前は割と簡単に手に入っていたんだが、三年前にドラゴンが住み始めてしまってね。他では我が国で自生しているのは見つかっていないんだ。うちの畑の物が盗まれてしまったら、隣国に取りに行くしかない。それに……」

「他にもあるのか!」

「月宵草は花がひとつで金貨五枚の価値があると言われていて、今は、うちと国立錬金術研究所にしかない」

「それは新しい畑に移して大丈夫なのか?!」

「高級ポーションを使えば大丈夫ですよ」


 特級ポーションの材料を育てるために、高級ポーションを水代わりに撒く女。

 バージェフ侯爵は息子の嫁になるはずの女性を、不可思議な生物でも発見してしまったような顔で見ていた。

 

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