第7話

「普段使い出来る小さな装飾品です。こちらが耐魅了。これが耐毒。こっちが物理攻撃吸収です。今つけている物より、多くのダメージを吸収してくれますよ」


 女性用の小さなバッグに見えるように作った自作のマジックバッグの中には、いつも念のためにといろんな物を詰め込んである。前回ランドルフを助けた時もそうなのだが、もしかして必要になるかもしれないと思い、ついつい荷物が多くなってしまうタイプだ。

 宝石商のように蓋を開けて並べていく装飾品も、気が向いた時に店に売りに行こうと持って歩いていた物ばかりだ。正直、エミリアも何をいくつ持っているのか把握していない。


「皆さんもお好きなものを取ってください。貴族の女性はもう少し自分の身を守ることを考えなくては」

「待って。待ってください」

「どうなさいました? アルベルタ様」

「殿下は私のためにそのお金を使うことを、良しとはしないと思うのです」


 眉尻を下げて俯いたアルベルタの声は、小さく弱々しかった。


「はい?」


 婚約者の身を守るためにお金を使うのを良しとしないというのは、エミリアとしては信じられない言葉だ。相手は未来の王妃だ。もしものことがあったら国の威信が問われる問題になる。


「あの、以前から気になっていたんですけど」


 小さく手をあげて、ジーナまで小声で話し始めた。嫌味を言ってくる女性相手に楽しそうに言い返している時とは別人のようだ。

 

「アルベルタ様は、なぜ護衛がひとりもいないのでしょう」

「あ」


 そう言われてみれば、侯爵家の婚約者の自分にはふたりも護衛がついているのに、アルベルタに護衛がいないのはおかしい。


「必要ないと思われているのではないですか?」

「王妃様がそうおっしゃったのですか?!」

「いいえ、私の学園生活については婚約者である殿下に一任されているのです。ですから、殿下が必要ないと思っているのでしょう。自衛のための装飾品はとてもありがたいのですけど、自分で支払います」


 そういえばエミリアは、学園内でランドルフとアルベルタが一緒にいるところを、見たことがない。友人のことには余計な手出しをするくせに、婚約者を放置するランドルフにむかむかと怒りが湧いて立ち上がった。


「お金など気にしないでください。王家にはいつもお世話になっているんですもの。アルベルタ様をお守りする手助けをするのは当然ですわ」

「そうですわ。殿下はひどすぎます。エミリアだってさんざん迷惑をかけられているんですから」


 エレナが言えば、ジーナやビアンカが頷く。

 すっかりランドルフが悪者になっていた。


「殿下も気の毒なんです。婚約が決まったのは、私達がまだ六歳の頃なんですよ。王太子という立場のために、好きでもない相手と結婚しなくてはいけないので、せめて学園にいる時くらいは自由にしたいのでしょう」

「それはアルベルタ様も同じでは?」

「私は……」


 嫌だと言える立場ではないと答えるのかと思ったが、アルベルタは困った顔で俯いているだけだ。でも続きが気になって誰も口を挟まないので、部屋の中は静まり返ってしまった。


「アルベルタ様は嫌いじゃないんです」

「ビアンカ!」

「だって、この沈黙をどうするつもりだったんですか」

「うう……、そうだけど……」


 アルベルタは先程エミリアが並べた宝飾品の中から、一番手近にあったネックレスを手に取り、無意識に指先に絡めては解いてを繰り返している。


「あの……殿下に婚約は不本意だと言われたのですか?」

「え? いえ、そんなことはおっしゃいませんわ。王族とはいえ、公爵家をないがしろには出来ませんもの」


 ようやく自分が商品を触っていることに気付いて、そっと箱に戻し、アルベルタはため息をついた。


「ごめんなさい。初対面だというのに、こんな話をしてしまって。でも、私が殿下に好かれていないと気付いている人も多いから、私と親しくすると、あなた達まで嫌がらせされるかもしれないわ」

「嫌がらせ?!」


 王太子婚約者に嫌がらせする人間がいるなどと思っていなかったエミリアとエレナは、同時に大きな声を出してしまった。


「そんな、ひどいわ」

「嫌がらせなら私もされているので気にしないでください。それより、だったらなおさら身を守る手段が必要です。アルベルタ様にはこれが似合うんじゃないでしょうか。あ、こちらもどうですか? 付与魔法はあとでいくらでも付けられますから」

「え……ええ」


 元気づけたくてどんどん装飾品を勧めるが、エミリアの地味趣味は装飾品でも変わらない。

 装飾品自体は店のデザイナーが作っているので、今風の素敵な物が揃っているのに、エミリアが手に取る物は、見事に地味なデザインの物ばかりだ。


「アルベルタ様、これはどうです?」


 ビアンカが助け船を出して手に取ったのは、アクアマリンの腕輪だった。


「まあかわいい」

「ではそれに耐魅了、耐毒をつけましょうか。あとこのラブラドライトの指輪なんていかがです?」

「変わった石ね」

「これでしたら強力な魔法を付与でき……」

「アルベルタ! エミリアをどうするつもり……」


 バタンと扉を乱暴に開けて、噂のランドルフが飛び込んできた。

 目を大きく見開き、扉に手をかけた体勢のままで固まっているランドルフを見て、先程の苛立ちを思い出したエミリアは、腰に手を当てて身を起こした。


「私がどうかしましたか? 殿下は女性のお茶会の場に、ノックもせずに押し入るような方だったんですね」

「いや……え……」

「だから言ったでしょう。アルベルタ様はとても友好的だったと」


 ランドルフの背後にリベリオとセストもいるようだ。


「だが確かに、無理やり連れて行ったと……」


 どうやら誰かがランドルフに、アルベルタがエミリアを虐めているようだと伝えたようだ。悲しそうに顔を伏せるアルベルタを見て、女性陣は瞳に怒りをたぎらせているが、相手は王太子。普通なら文句は言えない。普通なら。


「まあ、殿下は婚約者より、他の生徒の言葉を信じるのですね。側近の言葉も信じなかったのでしょう?」

「なっ……。俺はおまえのために」

「私はセスト様から護衛をつけていただいております。殿下に心配していただく必要はありませんわ」

「なんだと」

「エミリア」


 さすがに心配になってセストが止めようとするが、エミリアは彼も睨みつけた。


「セスト様もセスト様です。なぜ殿下にアルベルタ様に護衛をつけるように進言してくださらないのです。見てください」


 エミリアは脇に避け、テーブルに並べた装飾品を彼らに見せた。


「自衛用の付与魔法の付いた装飾品です。アルベルタ様は冒険者用のイヤーカフしかお持ちでないんですよ」

「それは必要ないから……」

「必要ない?! アルベルタ様は押されて転ばされて、怪我をされたことがあるんですよ!」


 我慢出来なかったのだろう。ビアンカが目に涙をためて叫んだ。


「そんな話は初めて聞いたぞ」

「話す時間などないじゃないですか!」

「彼女はダリオの妹です」


 リベリオに聞いて、ランドルフの顔にようやくまずいという表情が浮かんだ。


「そうです。私の兄がエミリア様に命を救っていただいたダリオです。それでお礼が言いたくて、アルベルタ様にこの場を設けていただいたのです。なのに、アルベルタ様が責められるなんて」

「……悪かった。侯爵家令嬢がまさかそんなうそをつくとは」

「侯爵家令嬢だからです!」


 余程鬱憤が溜まっていたのだろう。ビアンカの怒りは止まらない。


「そうですよね。侯爵家と婚約したエミリア様でさえ、もう昨日から何回も八つ当たりに来る女生徒がいるんです」

「いるのか?!」

「います。ちゃんと報告するので待ってください」


 物騒な顔つきになったセストを押さえ、ジーナは言葉を続けた。


「他の女性をもう愛せないセスト様相手でもそうなんですよ。アルベルタ様が婚約をやめると言えば、殿下は新しい婚約者を捜すことになるんですから、嫌がらせされないわけがないでしょう。それでも婚約解消しないから、怖がらせようと乱暴なことをする生徒が出て来たんじゃないですか」

「怪我をして公務が出来なくなれば、王妃にはなれないので婚約解消ですしね」

「だったら暗殺の危険もありますわ。これはエミリア様も」


 どんどんと物騒な話になっていくにつれて、男性陣の顔つきが真剣なものに変わっていく。王太子の婚約者を傷つければ、本人だけではなく家族もただでは済まない。だからまさか危険なことはしないだろうとランドルフは甘く考えていた。


「わかった。アルベルタに護衛をつけよう」

「いえ、私は……」

「もう決めたことだ」

「……ご迷惑をおかけします」

「かまわない。では、ひとまず話はこれでいいだろう。エミリア、セストの仕事は終わった。一緒に帰るといい」

「は?」


 せっかく友人に気を利かせたつもりで言ったランドルフの言葉に、エミリアは不機嫌そうな顔と声で答えた。


 エミリアは地味だが気弱ではない。気弱な子が自らダンジョンに行くわけがない。

 むしろはっきり物事を言うし、怒ると容赦がない。

 それで許されてしまう技術を持っているので、ランドルフ相手にも遠慮がなくなっている。


「私はまだ女性だけのお茶会を始めたばかりです。帰りませんよ」

「婚約者と一緒にいる方が大事だろう」

「まあ、そうなんですか? ではアルベルタ様も殿下と一緒に帰る準備をしましょう。婚約者と一緒にいる方が大事なんだそうです」

「私達は政略結婚だ。おまえ達とは違う」


 ランドルフは女性陣に対して、一番言ってはいけないことを言ってしまった。


「私も政略結婚ですけど何か?」

「おまえは違うだろう!」

「いや、俺達も政略結婚だ。俺が身分を使って婚約を押し付けたんだ」

「私もちゃんと了承していますけど、間違いなく政略結婚ですし、それは婚約者を軽んじる理由にはなりません。アルベルタ様、明日私と一緒に王宮に参りましょう」

「え? 明日?」

「はい。私、王妃様と会う約束がありますの。その時に、殿下のことを全て言いつけます」

「待て」


 エミリアを止めようとランドルフが伸ばした手を、横からセストが掴んだ。


「触るな」

「止めようとしただけだ」

「どんな理由があろうと、彼女には触るな」


 独身の女性に気やすく触れるのは失礼な行為なので、セストが止めるのは当然ではあるのだが、独占欲丸出しでランドルフ相手に詰め寄る姿を見せられると、さすがにエミリアも照れる。怒っていたはずなのに頬が赤くなってしまう。


「で、ですから、明日、一緒に王妃様のところへまいりましょう」

「でも……」

「これはいい機会ですわ。エミリア様、よろしくお願いします」


 まだ迷っているアルベルタの隣で、ビアンカが深々と頭を下げた。


「任せてください! 護衛がつくまでは、出来るだけ私がご一緒します。ジーナ、かまわないかしら」

「問題ありません。……でも」

「護衛を増やそう。学年が違うからやりにくいだろう」

「待ってください。皆さんに迷惑をかけてしまうわ」

「何を言っているんですか。私はセスト様と結婚してバージェフ家の人間になるんですから、王太子妃をお守りするのは当然じゃありませんか。ねえ」

「お、おう」


 話を振られて、セストが照れながら頷く。

 どうもさっきから、ふたりだけどさくさに紛れていちゃついていないかと思いながら、他のメンバーは生暖かい眼差しで見ていた。


「セスト様。ジャンがエミリア様の護衛を手伝ってくれるそうなので、一度話してみてください」

「なぜ」

「兄上の怪我を治療してもらったお礼と、楽しいからだそうです」


 どんどんと話が決まっていく中、置いて行かれている状態のランドルフは青い顔をしていた。


「まさか母上と仲がいいとは……」

「今回は、殿下が悪いです」


 左手の人差し指で銀縁の眼鏡の位置を正しながら、リベリオは抑揚のない口調で言った。


「しかし……」

「アルベルタ様が怪我を負わされる前でよかったではありませんか。それに、ちょっと気になる動きがあります」

「……あとで聞く」


 ランドルフとリベリオが真剣な表情で話し合っていた頃、女性陣の方はもう次の話題で盛り上がっていた。


「次の休みですか? ええ、あいていますけど」


 悲しいくらいに予定のないエミリアだ。アルベルタの申し出に頷くと、彼女は顔を輝かせた。


「では、あなたのおうちにお伺いしてもいいでしょうか?」

「へ? あ、はい。かまいませんが」


 美人が楽しそうに目をキラキラさせて、エミリアが立っているせいで上目遣いになってしまっているのは、かなり可愛らしい。楽しそうな様子にそちらに注目した男性陣も驚く可愛らしさだ。普段滅多にこのような表情は見せないので、ランドルフも意外そうに見ていた。


「今まで地味にしていなくてはいけなかったと、王妃様から伺っています。でもこれからはバージェフ侯爵家嫡男婚約者として、セストの隣に並んだ時にお似合いだと思われるように装わなくてはいけません。その準備をお手伝いさせてください」

「私も参加させてください! エレナ様ももっと華やかなドレスがお似合いだと思うんですよ」

「え? 私もですか」

「一緒に選びましょう」


 エミリアはすでに一生遊んで暮らせるだけの貯えがある。金だけは問題ないのだが、他は問題大有りだ。家族にまで趣味がよくないといわれているので、これはありがたい申し出だった。


「ではお願いします。お店の人も呼んだ方がいいですよね」

「すべて私にお任せください。予算だけお聞かせいただければ」

「あ、それはべつにいくらでも」

「好きに使っていいんですか?」

「はい。お仕事してますから」

「そうでしたね。では夜会の服も作りましょう! 年末年始には夜会が続くんですから、複数必要ですわね。お店も何軒かに分けましょうか」


 お金の心配をせずに好きにドレスが作れると聞き、女性陣のスイッチがはいってしまったらしい。ジーナも参加し、侍女に化粧や髪のセットの仕方を伝授するための人員も用意されることになった。


「アルベルタ。俺からもエミリアにプレゼントしたい。夜会用のドレスを見繕ってくれないか」

「まあ、素敵!」

「さすがセスト様ですわ」

「セストが……女性にドレスを……」

「嘘だろ。あいつが女に囲まれてる姿なんて初めて見たぞ」


 大盛り上がりしている女性陣とは違い、ランドルフとリベリオは友人の変わりように驚愕し、疲れた表情でサロンを出て行った。

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