第6話

 午前中の講義が終わり、エミリアは食堂に向かった。六人で。

 エミリアとエレナ。護衛のジーナとエラルド。そしてなぜかリベリオとジャンまで一緒についてきている。

 今まではエレナとふたりか、クラスの違う友人が加わって女性四人で食堂に行くかのどちらかだったので、護衛がついて、六人のうち半分が男性というメンバーで、学園の中を歩き食堂に顔を出すという非日常的な行動が落ち着かない。


「私の静かな学園生活が……」

「それはもう諦めろ」

「どちらにしても、そろそろきみの特技はばれる。隠したかったら、もっと慎重に使うべきだ」

「……はい」


 ジャンとリベリオに言われ、エミリアは肩を落とした。

 だが慎重にと言われても、怪我人を前にして使わなければ、いったいいつポーションを使うのだ。


「あら、そんな大勢で固まっていたら邪魔ね」


 食堂はセルフサービスだ。出来ている料理を好きなだけトレーに乗せ、最後に会計をする。庶民の食べる屋台で売っているような物から、最上級の素材を使った一流料理店仕様の物まで、様々な料理が用意されている様子は圧巻だ。

エミリア達は列の最後尾に並び、六人で雑談をしていたところ、気の強そうな御令嬢四人組に話しかけられた。


「学園の中で護衛ですって。何様なのかしら?」

「たかが伯爵令嬢がいい気なものですわね」

「私達に何か文句があるのか」


 振り返った相手がリベリオだと気づいて、御令嬢達の態度が一変した。


「まあ、ルイーニ様でしたの? 私はてっきりあの女の護衛かと思ってしまいましたわ」

「彼女がバージェフ様の婚約者だというのは本当なんですか?」

「あんな地味な……」

「本当だし彼女は私の友人でもある。失礼な態度はやめていただこう」


 エミリアは額を押さえてため息をついた。

 女生徒に纏わりつかれるのが嫌で眼鏡をかけているというのに、自分の傍にいてはリベリオまで目立ってしまう。それでも傍にいるのは昨日の態度を申し訳ないと思ってくれているからなのだろう。


「本当にあの女が?!」

「どうしてですか?!」

「どうしてって、セストが惚れたからだろう」


 うんざりした顔でリベリオは答え、列が進んだので彼女達に背を向けて歩き出した。


「待ってください。話は終わってないわ」

「文句ならセストに言えよ。向こうが惚れたんだからさ。警護をつけたんだってバージェフ家だろう」

「苦情ですか? 私が聞いて報告します。お名前を教えてください。私はあなたを知らないので」


 ジャンの言葉はいらいらと喧嘩腰だが、ジーナは実に楽しそうだ。


「学園の中で警護なんて必要ないでしょ? 邪魔なのよ」

「邪魔? 我々は普通に列に並んでいるだけだぞ。むしろ邪魔なのはおまえらだろ」

「あなた達みたいに、無関係なのにわめきたてる迷惑な奴がいるから、護衛が必要なんです」

「おまえ達、その攻撃的な話し方はやめろ」


 エラルドは後方でのやり取りには関与せず、列に並びながら周囲に注意を向けている。エミリアとエレナは他人の振りをしたくなるほど目立つ状況の中、出来るだけ目立たないように寄り添って俯いていた。こうなると、ジャンとジーナを止めるのはリベリオしかいない。

 ジーナはエミリアが重要人物だと聞いて、俄然やる気になってしまっているし、ジャンは助けてもらった時の話を兄に聞いているので、エミリアが優れた錬金術師なのは知っている。

 絡んでくる女性陣は、嫉妬や妬みでの嫌がらせ目的だが、護衛している方は国の重要人物を警護しているつもりなのだ。リベリオに多少止められたくらいで黙るわけがない。


「いや、ここははっきり言った方がいい」

「そうです。目立っているんですからいいチャンスです」

「本当に目立っていますわね。なんの騒ぎですか?」


 この状況の渦中に飛び込んでくる勇者は誰かと、エミリアが視線を向けた先には、ハニーブロンドをハーフアップにした青い瞳の綺麗な女生徒と、銀色の髪の優しそうな女生徒が立っていた。

 ハニーブロンドの女性はエミリアでも知っている。アルベルタ・ジョルアーナ。一学年上の先輩でランドルフ王太子の婚約者だ。


「アルベルタ様、あちらの方がマルテーゼ様ですわ」

「まあ、彼女がセストの?」


 ふたりの雰囲気に敵意は全くない。むしろエミリアに向けられた目には親しみが込められている。だが、彼女達に絡んでいた女性陣はそうは受け取らなかったようだ。


「ジョルアーナ様、ぜひ彼女達に言ってやってください。ずらずらと護衛を連れて練り歩いて。何様なの?!」

「バージェフ家も気の毒だわ。こんな地味な取り柄のなさそうな子が嫁に来るなんて」

「あら、リベリオも護衛なの?」

「いいや。同じクラスだから、授業が終わって食堂を目指せば、一緒に並ぶこともあるだろ? そもそも彼女達は事情も知らないのにくだらない」

「そうね。私はマルテーゼ家との婚約にバージェフ家はたいそう乗り気だと聞いてますし、彼女は王妃様とも親しいのよ? あなた方、王妃様を敵に回す覚悟がおありなの?」


 王太子の婚約者までエミリアを庇い、王妃まで知り合いとなっては、下手なことをしたら自分達だけではなく家も危なくなる。

 だが実は、アルベルタの言葉に驚いているのは女生徒達だけではなかった。

 エミリアとエレナ以外、全員が目を丸くしていた。


「そ……うなのか?」

「……まあ……ええと……」

「そうです」


 はっきりしないエミリアの代わりにエレナが頷いた。


「そんな、どうしてこんな子が……」

「いい加減にくだらない八つ当たりはやめてください。エミリアの方から婚約解消出来るわけがないでしょう。バージェフ家は今、セスト様の婚約者がいつ屋敷に訪れてくれるのかと歓迎ムードで待っているんです」

「え?」


 ジーナの言葉に今度はエミリアが驚いた。そんな話は聞いていない。

 歓迎される理由はわからなくはない。

 護衛や諜報活動で危険な場面に出くわす機会がある者も、バージェフ家には多いのだろう。彼らにとっては身を守る手段になる付与魔法の使い手であり、ポーションを作れる者が、屋敷内にいるというのは安心感が違うはずだ。


「エミリア、もう地味にするのはやめた方がいい。仕事のこともある程度は言ってしまったらどうだ? そうすれば文句を言うやつは減るんじゃないか?」

「それは……えーと徐々に」


 どうしたら地味でなくなるのかわからないのに、やめろと言われても困る。

 それに、ここにいるみんなに名前で呼んでくれと頼んだのは自分だが、リベリオを始めとした男性陣に名前で呼ばれるのは、かなり照れ臭い。


「あなた達、周りから呆れられていますわよ」


 アルベルタに言われて周囲の視線に気付いた三人は、まだ納得出来ない様子ではあったが、そそくさとその場を後にした。


「ジョルアーナ様、ありがとうございます」

「お礼を言われるようなことはしていませんわ。それよりマルテーゼ様、王妃様からお噂をお聞きして、ぜひ一度ゆっくりお話したいと思っていましたの。今日の授業が終わった後のご予定は?」

「……特に何も」

「よかった。では、サロンでお話しましょう。私の方で部屋を確保して準備は致しますから。そちらの女性おふたりも一緒にいかが?」

「え? 私もいいんですか?」

「護衛ですので、ぜひ御一緒させてください」

「ではまたのちほど」


 ゆったりとした動作で会釈し、アルベルタは銀色の髪の女生徒と一緒に食堂を出て行った。ここで食事をしないということは、わざわざエミリアを捜してきたのかもしれない。


「美しい方ね」

「未来の王妃様ですもの」


 強い口調でも威圧的なまなざしでもないのに、存在感のある美しさだった。ランドルフの隣に並べば、お似合いの美男美女になるだろう。


「エミリア、本当に私も行っていいの?」

「たぶん平気よ。実はとても気さくで優しい方だと王妃様がおっしゃっていたの」

「そこで王妃様の話が出て来るのが、いつものことだけど驚きよね」


 もう慣れているエレナは、ようやく自分の番になったので料理を選び始めた。


「そうなのよね。でも私にとっては王妃様より殿下のほうが緊張するのよ」


 国王夫妻との付き合いは、もう十年以上になる。最初は祖母に王宮に連れていかれ、相手が誰か知らずに挨拶したのが始まりだ。

 祖母のアダルジーザが亡くなった後は仕事を受け継ぎ、月に一回は王妃の元を訪れている。だから王妃と話すのには慣れているのだが、その息子であるランドルフや側近達とは話したことがなかった。


 王宮でエミリアを知っているのは国王夫妻を始めとした、中枢のごく一部の人間だ。つまりエミリアが知っているのも国王夫妻と、宮廷の一部のお偉方なのだ。同じ年代の貴族やその家族でエミリアの重要度を知っている者はまずいない。

 そのため王宮中枢の人達は、セストは人を見る目がある。エミリアを婚約者にするとはさすがだと感心し、それ以外の多くの人には、なんであんな地味な女を選んだのかと不思議がられているのだった。




◇◇◇◆◇◇◇




「ようこそいらっしゃいました」


 放課後、銀色の髪の女生徒に迎えられエミリア達が足を踏み入れたサロンは、ピンクアーモンド色を基調とした可愛らしいインテリアの部屋だった。

 貴族の社交を学ぶ場でもあるこの学園には、放課後に歓談するためのサロン用の建物があり、大小さまざまな部屋が用意されている。

入学してから三年。サロンを使用するのはエミリアには初めての経験だ。


「お、お招きいただきまして……」

「ふふ、そんな堅苦しい挨拶はよしましょう。さあ、こちらにお座りになって」


 くっきりと二重の目のためか、口端が綺麗に上がった唇のためか、アルベルタは華やかで気が強そうに見える美人だ。それが今のように微笑むと目が優しく細まり、年相応の可愛らしい感じになる。


「ありがとうございます。改めてご挨拶させてください。私はマルテーゼ伯爵家長女のエミリアです。こちらが友人のギルランタ伯爵家次女のエレナ。そして彼女が護衛をしてくれているサテーロ子爵の次女、ジーナです」


「お名前で呼んでもよろしいかしら」

「はい」

「もちろんです」

「エレナ様にジーナ様ね」


 エミリアの紹介にふたりが会釈をすると、アルベルタも笑顔で答えた。


「では私も。ジョルダーナ公爵の長女、アルベルタです。アルベルタとお呼びくださいな」


 伯爵家や子爵家の娘にとって公爵家の娘は、王女とそう変わらない感覚だ。どちらもずっと身分の高い人だ。

 ましてや王太子婚約者ともなれば、この国で上から二番目に位の高い女性ということになる。エレナとジーナはかなり緊張してがちがちだ。

 ただエミリアは王妃と何度も会っているし、ジョルダーナ公爵夫人とも知り合いだったりするし、偉い人ほどエミリアの重要度を知っているので、子供の頃からとても親しく接してもらっていた。

つまり一言でいうと、エミリアは偉い人には慣れていた。


「こちらが私の側近、フォリーノ伯爵の長女のビアンカです」

「ビアンカと申します。よろしくお願いします。あの実は……エミリア様にお礼が言いたくて、私がアルベルタ様にエミリア様とお話したいとお願いしたのです。それでこんな突然にご招待してしまって……」

「お礼?」

「死にかけていた兄を救ってくださり、ありがとうございました」


 銀色の髪の女性に、涙ぐみながら両手を握られ、エミリアは首を傾げた。

 死にかけた相手を助けたことは何度もある。その中のどの人の家族だろう。


「ビアンカ、落ち着いて。エミリア様、マルテーゼ伯爵の領地でランディ様……殿下の護衛をしていた騎士を、高級ポーションを使って助けてくださったでしょう?」

「ああ、あの時の」


 ランドルフの護衛を担当する近衛騎士は、貴族の子息ばかりだ。当然弟や妹がいれば学園に通う事になる。


「はい。あの騎士は私の兄なんです。あの時エミリア様に助けていただけなかったら、死んでいたと聞きました。それでお礼が言いたかったんです。ありがとうございました」

「まあ、そうでしたの」


 こういう時、錬金術師になってよかったと、嬉しく誇らしく思うのと同時に、しっかりと金銭をいただいているので、こんなに感謝されていいのだろうかとも思ってしまう。

 ランドルフから白金貨三枚ももらってしまったのだから、当分ただ働きしてもいいくらいなのだ。


「あ、いいことを思いついた」

「え?」

「エミリア様?」


 アルベルタの従者が用意してくれたお茶を手に取りながら、エミリアは満足げに頷いた。


「実はその時に殿下にポーション代としては多すぎる金額をいただいてしまって、どうしようかと思っていたんです」

「それは優秀な錬金術師を囲う気だったのではなくて?」

「そうでしょうね。でももう私は王家付きの錬金術師ですから。それでどう使おうかと思っていたんですけど、アルベルタ様のために使えば殿下も嬉しいのではないでしょうか」

「え?」

「見たところ、自衛のための魔道具をつけていらっしゃいませんよね」

「いえ、このイヤーカフはある程度の衝撃から身を守ってくれると聞きました」

「知っています。私が作った物ですから」

「まあ」


 アルベルタとビアンカの目が大きく見開かれた。


「でもそれは冒険者用の安価な物で、三か月しか魔力が持ちません。もっと大きな宝石のついた装飾品なら、ひとつにたくさんの付与効果をつけられますよ。ひとまずこの辺は……」


 エミリアは小さな婦人用のバッグをテーブルに置き、中からいくつか箱を取り出した。

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