19
「忘れてくれたっていいのにって、どういうことよ?」
「お前が俺のことで、苦しんでくれたのは分かった。でも、俺は前に言ったよな?昔の記憶がないって。当然、お前に裏切られた記憶すらない。当事者の俺が忘れてることを、お前が苦しむ必要はねぇ。忘れてくれたっていいのにってのは、そういう意味だ。」
「でも…でも!…無理だよ、忘れるなんて。」
「まあ、そうだよな。今まで背負ってたものを下ろしていいったって無理な話だ。それは俺だって分かってる。俺もそうだったからな。」
「泊君が?もしかして、異能のこと?」
「ああ。俺は、この異能のせいで人生が歪んだ。イジメを受け、記憶を奪われた。親の顔すら記憶にない。挙げ句の果てに俺は孤独になった。俺はこの力が嫌いだった。でも、教わったんだ。失ったものを、変えられないものを何度悔やんだとて、何か変わる訳じゃないって。」
「異能さえなければ、って何度も考えた。でも、そう考えたって異能が消えるわけじゃない。過去が変わるわけじゃない。むしろ自分の未来の可能性を潰すだけだ。俺は光に、そう教わった。」
「もちろん、今まで嫌ってたこの力をいきなり好きになるのは無理だ。でも、この力を使えば、俺が今まで助けることが出来なかった人たちを救うことが出来る。そんな風に、ちょっとずつだけど前向きに考えてみようってな。そうしたら、意外なものが見つかった。」
「何よ、意外なものって?」
「夢だ。」
本当に意外な答えに言葉を失うちとせを他所に、立ち上がり向こう岸を眺める亮太。何故かちとせには、その姿が眩しく見えた。
「この力を使って、苦しんでる人を救えるだけ救うこと。それが、今の俺の夢だ。」
そう言う亮太の目は、いつになく輝いていた。
「俺は光に救われた。今度は、俺が高凪を救う番だ。」
「私を、救ってくれるの?」
「何でそんなことを聞く?」
ちとせの質問の意図が分からず、質問を返す亮太。ちとせはそれに、涙をこぼしながら答える。
「私は、泊君を裏切ったんだよ?償いや罪滅ぼしのつもりで、苦しむままでいいのに…。」
「さっきも言ったろ。俺は苦しんでるヤツを放っておけないんだよ。誰であってもな。それに、罪滅ぼしや償いなら、もういい。」
「なんで?」
「お前は、孤独だった俺に関わってくれた。罪滅ぼしや償いは、それで十分だ。」
彼らしい回答に、笑みを浮かべるちとせ。
「やっぱ、優しすぎるよ。泊君。」
「高凪。お前が抱えるものの重みは分かった。忘れろとは言わないし言えもしない。でもお前は、もう十分すぎるくらい苦しんだ。これ以上、お前が苦しむ必要はない。」
亮太は、真剣なまなざしをちとせに向ける。思わずたじろぐちとせ。
「お前は、どうしたいんだ?俺に対する償いや罪滅ぼしなんか考えなくていい。お前が今、本当にやりたいことって何だよ?」
「私は……。」
ちとせは、亮太のまなざしを受け止めるかのように、力強く宣言する。
「私は、泊君たちと一緒にこの町を守りたい。一緒に戦いたい!私の存在が、力が誰かを助けられるなら、私はやる!」
「覚悟は出来てんだろうな。」
「あったりまえじゃん!」
その言葉を聞き、亮太は、ちとせを仲間として受け入れた。
「なら、よろしくな。ちとせ。」
「なっ、い、いきなり下の名前で呼ばないでよ!」
「何かまずかったか?」
顔を紅潮させるちとせに対し、さっぱり彼女の意図が分からない亮太。
「い、いや、その…」
「コイツが人を下の名前で呼ぶのは、仲間と認めたヤツだけだ。それ以上でもそれ以下でもないから安心しな。」
「さ、逆浪君。」
唐突に響く光の声に、安心したような様子のちとせ。
「何だ、お前聞いてたのか?」
「途中からな。ちゃんと警察官たちには対応してあるから心配はいらねえぞ。」
「そもそも心配していない。」
「うわ、ひでえヤツ。」
「あ、そうだ。これ」
光と亮太のコントのようなやり取りに困惑していたちとせだったが、あるものの存在を思い出し、亮太に「それ」を渡す。
「何だよ…え、まさかこれ…。」
「雪女が消えたときに、代わりに出てきたの。」
「んじゃ、これが妖怪のコアってことか。」
真剣な表情で「それ」を睨み付けた亮太は、ふと呟く。
「…なるほど、分かった。」
「何がだ?」
当然とも言える光の質問に、亮太はニヤリと笑って告げる。
「もちろん、召喚師の正体がだよ。」
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