18

亮太とちとせは、倉庫近くの河川敷に腰を下ろしていた。

光が警察に電話をしたため、彼が警察官たちの対応をすることになった。

その間、2人はここで待つことにしたのである。

「なぁ、高凪。」

先に口を開いたのは、亮太だった。

「どうして、あの状況下で俺を助けに来たんだ?」

「あの状況で、泊君をほっとくなんて私には出来なかったから……。」

「どうしてお前は、そこまでして俺に関わるんだよ?明らかに、『やること無茶苦茶だし危なっかしいから』以外の理由があるよな?」

その問いに答えることに躊躇いを覚えたかのように、複雑な表情を見せるちとせ。

「私が迷惑な訳?」

「そうじゃない。ただ単純な興味だ。」

亮太の真っ直ぐな視線にちとせは、躊躇いを振り切る。

「……分かった。でも条件がある。いい?」

一つ溜め息をつき、亮太は仕方なく答えを返す。

「内容にもよるけどな。」

「泊君は、どうしていつも1人だけで傷つこうとするの?あと、どうして私を仲間にしてくれなかったの?」

黙り込む亮太。その顔には、迷いがハッキリと見えていた。

ややあって、意を決して喋り出す。

「んーと、その、何だ。ああもう、まどろっこしい!」

開き直ったように、亮太は話し始めた。

「1つ目の質問の答えは簡単。誰かに傷ついてほしくないからだ。

俺は過去、思いっきり傷ついた。その時は、誰も助けてくれなかった。だから、傷ついていたり、苦しんでたり、悲しんでたりするヤツを見ると、昔の自分が重なって、放っておけなくなる。俺が傷つくことで、そいつが傷つかなくてすむのなら、俺と同じような道を進まなくて済むのなら、俺はいくらでも傷を受ける。所詮俺だけの命だからな。それから、2つ目の質問だが、」

ここでまた、亮太の歯切れが悪くなった。

「あー、んーと、なんて言えばいいのか、」

「もう、グダグダしてないでハッキリして!」

ついに怒りを露わにしたちとせ。

「ああもう、分かったよ。ただ、笑うなよ。

答えは、アンタに傷ついてほしくなかったからだ。」

「え?」

困惑を隠せないちとせに、何故か顔を背ける亮太。

「まあ、分からんよな。俺は、最近までずっと孤独だった。わざわざ俺に関わりにくるヤツなんていなかった。だから、光やお前の存在は、その、何だ、嬉しかった。」

「そのぐらい面と向かって言いなよ。」

躊躇いつつも、珍しく感情をストレートに伝える亮太。それに苦笑したちとせはこの時、亮太が顔を背けたのは、きっと今の表情を見られないようにするためだな、と考えていた。

「ただ、それ故に、2人、特にお前が傷ついたら、俺の元から離れていくかもしれない。そうなるのが、怖かった。だから、お前を仲間にしようとはしなかったんだ。」

亮太の告白を聞き終えたちとせは、ふと、問うた。

「つまり、私を泊君のせいで傷つけないために仲間にしなかったの?」

「まぁ、自分のためだけどな。」

「でも私に気遣ってくれたってことだよね?」

「………。」

無言の亮太。ただ、その沈黙が同意を物語っていた。それを確認したちとせは呟く。

「やっぱり、優しいよね。泊君は。」

「優しい?俺が?」

予想外の返答に首をかしげる亮太。そんな亮太に、ちとせは続ける。

「うん。あのころから、ずーっと。」

「あの頃……、お前と俺が一緒だった小学校の頃のことか?」

頷くちとせ。

「私も、話すよ。どうして私が、こんなに泊君に関わろうとするのか。少し長くなるけど、我慢してね。」

無言のまま頷いた亮太に、ちとせは語り始めた。

「小学生のとき、お父さんの仕事の都合でこの町に引っ越してきたんだけど、そのころの私は、今より引っ込み思案で、怖がりだった。だから友達もなかなか作れなくて、転校先のクラスにも馴染めなかった。そんな私に声を掛けてくれたのが、泊君だった。」

「右眼に医療用の眼帯つけてて、あまり喋らないし、何か怖かったんだけど、困ってたらすぐ助けてくれて、優しい人なんだなって。」

「そのおかげでちょっとずつ友達も出来てきたんだけど、その子たちに言われたのは、あんまり泊君に関わりすぎない方がいいって。泊君はクラスの中でイジメに遭ってるからって。何でも眼帯の下には不気味な眼があるとか、両親に捨てられたとか、色んな話を聞いた。泊君本人に話して、本当のことを知りたかったんだけど、私にはそんな勇気がなかった。」

「だから、せめて私だけでも泊君に関わってあげようと思って、色々やってみた。そしたら、泊君は笑ってくれて、すっごく嬉しそうだった。でも、クラスの女王さまみたいな子に目付けられちゃって、その子に脅された。『イジメに加担しないと今度はあなたをいじめるよ』って。」

「当時の私には、逆らう勇気なんてなかった。それに私も、力を持ってた。もしそれがばれたら、いずれにせよ私もイジメにあう。それも怖かった。」

「私がイジメに加担したって分かったとき、泊君は、すごく悲しそうな顔をした。私のせいで、そんな顔をさせてしまったと思うと、つらかった。だから、その日の放課後、泊君に謝りにいった。泊君は、私を責めも怒りもしなかった。ただ一言だけ、こういった。」

『どうして、こうなったんだろうなぁ。』

「どういうこと?って聞いたら、眼帯を外して、『この眼のせいだ。この眼を持って生まれたせいで、僕はこうなった。どうして、僕はこの眼を持ってるんだろうね?』って。答えられなかった。」

「その後、泊君は学校に来なくなった。来ないまま、転校してしまった。きっと、私がイジメに加担したせいで、泊君を壊してしまったんだって考えたら、とても自分が許せなかった。どうしてるのか知りたかった。でも、小学生の私に連絡手段なんてなかったから、わからなかった。…もしかしたら、自殺してしまったかもしれない、なんて考えた。何度も、何度も、私は自分を責めた。後悔した。」

「…だから、高校に来て、泊君を見つけたとき、ホッとした。生きててくれて良かったって思った。だけど、泊君は孤独なままだった。そんな泊君を見るのが、辛かった。私のせいで、泊君はあのままなんだから、少しでも、泊君を助けてあげよう、支えてあげようって思った。その程度じゃ、償いや罪滅ぼしにはならないことは分かっていたけど……。」

話を終えたちとせ。その目は涙で溢れていた。

「そうか、お前、そんなに重いもん抱えて生きてたんだな……。」

感慨深そうに呟く亮太。しかし、次に彼が発した台詞に、ちとせは驚かされた。

「…忘れてくれたってよかったのに。」

「へ?」

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