10

亮太は、高校へと向かっていた。相変わらず右目には眼帯がついている。

あの事件はニュースには一切取り上げられず、ほとんど表には出なかった。

ではまた変わらぬ日常が始まったのか、というとそうではない。

(今日もまたアイツに悩まされるのか……やれやれ。)

一つ、頭を悩ませている存在があった。


教室に入ると、早速声を掛けられる。

「ねぇ、やっぱりダメ?」

(やっぱりなぁ……)

「ダメなものは何回言ってもダメだっての。」

もうこの2週間何度やったかしれないやり取りをしながら亮太は席へと座る。

「理由くらい説明してくれたっていいでしょ。」

「い・や・だ!」

「もう、ケチ!」

口を尖らせる彼女は、高凪ちとせ。

この間の事件直後に亮太の元を訪れ仲間にしてほしいと訴えた人物であり、亮太を悩ませている人物であった。


肩まで下ろした長い髪、黒縁の薄型眼鏡、少し伏し目がちな目。

こう言うといかにも大人しそうな性格に見えるが、行動力は高い上に結構喋る。

更には成績優秀で定期試験は常にトップクラス。

そんな彼女は、あの事件以来登校時、休憩時間、お昼休み、放課後と時間を見つけては彼に絡んでくる。

何故自分にこうも関わろうとするのか、亮太にはサッパリわからなかった。

一度本人に聞いた際に帰ってきた答えはというと、

「だって、泊君無茶苦茶なことやるから見てて危なっかしいしほっとけないの。」

(そんなに俺は無茶苦茶か?)

人間関係が希薄なため、自分が人とズレていることに未だに気づいていない亮太にはやっぱりわからなかった。


その日の放課後、やはりちとせは亮太の元へとやってきた。

「悪いが今日はまだ帰らんからな、図書委員の仕事がある。」

ちとせを先に帰らせるつもりの亮太だったが、次の瞬間、耳を疑う台詞が聞こえた。

「分かった、じゃあ私もやる!」

「はぁっっ?」

合法的に図書館の本が読めるので、何としてでもちとせを振り切り1人で読書に興じたかった亮太には衝撃の一言である。

「はぁっ、って何?どういうこと?」

「何でお前が図書委員の仕事をやるんだよ?」

「だって私も図書委員だもん。」

再び、衝撃の一言。

「おい、そんなん聞いてねえぞ。」

「そもそも知ろうともしてなかったでしょ。」

(ご、ご尤も…)

確かに、元々他人に興味がなかった亮太は、定員2名の図書委員にさっさと立候補したものの、誰が一緒なのかは知ろうともせず、覚えようともしてこなかった。

「分かったら、はい、行くよ!」

全く反論出来なくなった亮太を連れて、ちとせは図書室へと向かおうとする。

(あーもう、)

仕方なく亮太は、ちとせと共に図書室へと向かった。


それから1時間。

亮太は図書室のカウンターに座り込み、返却口に残された本を読んでいた。

元々放課後はあまり利用者がいない時間帯であり、本を読んでいても問題はない。

そのため亮太は、この時間は基本的に読書に徹している。

そんな時間も、そろそろ終わろうとしていた。

「はい、返却された本片付けたいから貸してー。」

「あーはい、もうそんな時間か。」

気づけばもう日が傾き始めている。もう閉館の時間だった。

「いつも思ってたけど、ホントによく本読むよね。カウンターに人来ない時ずーっと読んでるし。」

返却口に残っていた本を片付けてきたちとせが不思議そうに語る。

そんなちとせに、亮太はどうしても聞きたかったことがあった。

「なあ、一つ聞きたいんだが。」

「なに?」

「お前が俺に関わる理由は、俺が無茶苦茶なことやるからだとか言ってたよな。俺は、そんなに無茶苦茶か?」

「無茶苦茶が過ぎるよ!えっと、小学校の時……」


よく喋るちとせにしては珍しく、躊躇うように途中で言葉が止まった。しかし、それに亮太が気づくことはなかった。

明らかに自分の過去を知っている様子のちとせに、食いつくように聞く。

「おい、何でお前が俺の小学校の時を知ってるんだ?」

ちとせは面食らったように、ぽかんとした。

それから、躊躇いがちに言葉を絞り出す。

「何でって……私、泊君と小学校同じ、なんだけど………覚えてないの、?」

その台詞を聞いた亮太は、立て続けに次の質問を繰り出す。

「その頃の俺は、どんな奴だった?」

「どんな奴だったって……先生でもガキ大将でも根暗でも困ってる人は必ず助けようとするし、でも気に入らない人はやっぱり先生でもガキ大将でも気に入らないってハッキリ言ってケンカするし……ねえ、何でこんなこと聞くの?」

その問いに、一旦落ち着いた亮太は、淡々と語り出す。

「…まあ、隠すことでもないしな。俺の異能はな、後付けなんだよ。」

「後付け?」

「幼い頃に、とあるマッドサイエンティストに埋め込まれたんだ。そのせいで俺は昔の記憶がなくなってる。小学校卒業までの記憶がごっそり抜けてるんだ。いじめられてたこと以外はな。」

「え…」

「恨んでもどうにもならんから、今は何とも思わなくなったけど、過去に興味がないかって聞かれるとあるから、知ることが出来るなら知りたい。」

亮太の答えを聞き、ちとせは思うところがあるのか黙り込む。

「さて、仕事も終わったし帰るか。お前はどうすんだ?」

ちとせに問うも、答えがない。

「おーい、どうす」「先帰って。」

ちとせにしては珍しく、冷たい声が響いた。

「はいはい、分かったよ。じゃ、またな。」

素直に、亮太は図書室を出た。

(あいつ、急にどうした?)

やっぱりどこかズレている亮太には、大人しく去る他選択肢はなかった。

そんな亮太には、直後に図書室に響いた声など、聞こえるはずもなかった。



「あいつ、やっぱり無茶苦茶だよ。私放って帰るって……」

静かになった図書室に、暗く悲しい声が響く。

「せめて声かけるとかするでしょフツー。それにしても……」

その声は、誰にも届かない。

「忘れてる…のかぁ……。なんか、複雑……」

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