第15話・テスト返却
白鳥という小動物が上目遣いでこちらを見てくる。
多少の身長差があるので必然的にそうなってしまうのは仕方がなくても、そんな潤々とした目で見られたらこっちは動揺してしまうだろうが。白鳥の頬は、ほんのり赤みを帯びて口元は表情選びにより迷子。
…ったく。無意識だったとしても本当にあざとい奴。
こちらに引き寄せていた白鳥をゆっくり解放してやると、置いていたスケッチブックとマーカーペンを手にキュッキュッと慣れた手つきで書いているが、簡潔に言葉を選んでるのか手がピタッと止まった。
「簡潔にしなくていい。俺はお前のそのままの言葉が聞きたい」
俺の方を向いて「本当?」と言わんばかりの顔をしている。
「本当だから安心して書けよ」
スケッチブックにマーカーペンで言葉を書いている白鳥の横顔はとても綺麗で、その黒い瞳に埋もれていた光が更に浮かび上がって俺は言葉と騒がしい感情を一時的に失う。
この心地いい瞬間が更に続いて欲しいと思ったのもつかの間、書き終えたらしい白鳥が笑みを浮かべて言葉を見せてくれる。
【そのまま全部書けば多分、書ききれなくて。でも出来るだけ心瞳くんに伝われば良いなって思って書いたよ】
細い指先でページをめくりあげる白鳥。
【さっき心瞳くんの心臓の音を聞いてから、心瞳くんの体の温もりを直に感じながら、思った。】
【心瞳くんになら触れても自分は平気なんだって。もっと言うと…】
【──────また、ああやってハグとかしてみたいかも】
思いのほかストレート過ぎる白鳥の気持ちを見て動揺を隠し切れない。
今、目を合わせれば今度は白鳥を両手で抱き寄せそうな動揺だった。
「そうだな…また…機会とかあればな」
笑えるくらい動揺が表に出てしまったので、「トイレ」と言って一度その場を切り抜ける。
リビングを出た廊下で壁に拳をつけておでこを数回わざとぶつける。
俺は一体どうしたいんだ?またハグをしたいと言われ、あいつを抱き寄せそうになる俺は、一体あいつをどうしたいんだよ?
トイレから戻るとテーブルの上に白鳥の教科書やノートやらが広げられていた。
【夜ご飯前に明日のテスト勉強しよ】
【大丈夫、出そうな所は大体わかってるから、心瞳くん一緒にやろう!】
切り替えの早いことだ。俺も白鳥を見習うとするか。
よし、明日のテストに向けて今夜の晩飯はカツ丼じゃあぁ!!
白シャツを関節部分までめくり上げ白鳥の隣に座る。
★
──────7点…完全に終わった…全部終わった
───────平均点よりは上だし良かった、期末はもっと頑張るか
────────最高点が100だと!?誰だ、僕を背に一番を取った者は!!
色んな意味で終わってしまった奴も居るが、とりあえず中間テストは終わり、残る今日の授業はHRだけとなった。
休み時間の間に高得点を叩き出した自分のテスト用紙達をしまう。
人生で初めてオール教科80点超えを出してしまった。これも皆、隣で付き添ってテスト勉強を教えてくれた優踏生こと白鳥・麗音のおかげだろう。今日は満足して帰ることが出来る。
「プリントにもある通り来週の月曜日、学校からバスで浅野に行きます。」
「浅野からは自由行動、」
「校外学習とあるけれど、言っちゃえば遠足よ」
確かに校外学習と言えば聞こえは良い気もするが…なんだろう。
単語が遠足に変わった瞬間一気に幼さが増す。なんか、ちょっと白鳥みたいかも?
訳のわからない事を言っている自分を制し、
幼き顔を持つ当の白鳥を横目で見てみると、予定案内のプリントを両手で持って顔が机につくくらい興味津々に見ていた。
(おいおいプリントとキスするつもりか?いや、この場合口元を覆っているマスクかもしれないが。)
「という訳で月曜日までに一緒に回りたい子を見つけて頂戴。」
「一人でも勿論構わないけれど、二人ならきっと更に楽しい筈よ?」
───────心瞳くん…あなたは必ず白鳥くんと結ばせるわ
足立は決意の込もった目で俺を捉えると、その熱い心の声を俺の中に響かせた。
あんたがそんな事しなくたって俺から誘うつもりなんだよ!それと「結ばせる」は色々と意味合いが変わりそうだから辞めろ!
「結ばせる」という単語に強く反応してしまい、数日前、自宅で白鳥に自分の鼓動を聞かせた場面を思い出していた。
あの後、またハグをしたい。と言っていた白鳥からの新しいハグはなかったが、不意に俺と体が触れても一度ピクっとするだけで、前みたいにいきなり離れて謝る。なんて事はなくなった。
あの時、白鳥とちゃんと話し合って本当に良かったと強く思いながら横目でプリントをみている白鳥を盗み見た。
プリントを見ていた白鳥は俺の視線に気がついたのか俺の方を一度見て、直ぐに慌ただしくプリントに視線を戻していた。
─────なんて言って誘うべきなんだろうなぁ。
頭の中で誘い方のシミュレーションをしているとHRは終わり、今日も白鳥と帰路に向かった。
「テスト何点だった?」
今更、白鳥が声を出せないことを思い出して
後悔するが、白鳥はポケットからメモ帳を取り出し先に書いていたらしい言葉を見せてくれた。
「なんだよこれ…98点〜100点しかないぞ」
メモ帳には教科ごとの点数が書き記されており、その殆どが満点に近い点数だった。
(おそらく、この凄まじい高得点達は事実なんだろうが、それよりも俺はお前がそこまで嬉しそうじゃない事に驚きを感じる)
【心瞳くんはどうだった?】
超優等生の点数を知ったあとで自分の点数を話すのは気が乗らなかったが、テスト勉強を教えて貰ったからには、それを話す義務があると思った。
「全部80点は超えて…」
俺がちゃんと言い終わるまで待ちきれなかった白鳥は点数だけ聞くと、慌ただしく俺の右袖を両手で掴んで目をキラキラと輝かせていた。自分の点数ではそこまで嬉しそうじゃなかった癖に俺の時には嬉しさ爆発って。
点数取った俺よりも喜ばれると、どんな反応していいのか分かんないだろ。
「お前のおかげだから」
ちゃんと聞こえなかったのか白鳥は首を傾げており、今度は「ありがとな」とそれだけ言うと、全てを理解したかの様に目元で笑顔を見せてくれた。
★
歩きながらだと白鳥が筆談出来ないので、電車で二人座ってから月曜日の事を話そうとするが最初の言葉がまだ見つかっていなかった。
両目を強く閉じて眉間にシワを寄せながら考え込む。
普通に言い出せば良いだけのに、なんでそんな簡単な事が出来ないんだよ俺は!
固まる自分にイライラしてると、隣に座る白鳥に太ももを指でつつかれ力が抜ける。
「うわぁっ!」
【!】
車両に俺の裏返った声が響いた。幸い今日も人が少なく被害は抑えられたが羞恥心で顔が少し熱くなる。
まさか太ももをつつかれるとは思わなかった…気づいてほしくて突くなら肩とか腕とかじゃねぇのか??
「悪い。考え事してたから…ビックリした」
【うん、僕もビックリした】
スケッチブックを持って両目を見開き2度頷く白鳥。
「で、どうかしたか?」
【あのね心瞳くん月曜日の事なんだけど、】
【浅野は僕と二人で回らない?】
白鳥から誘われたことにも内心驚きを隠せないが、それよりも【二人で】という言葉は俺の鼓動を煽る。
これは二人じゃないと回りたくないという何かのメッセージだろうか。
もしかしたらお前はそこまで考えていないだろうが、お前から出た言葉一つで俺の心はそれを読み解きたいと大会議を始めるので言葉には気をつけて欲しい。俺が困惑するから。
「なら、月曜日の遠足までうちに居とけ」
【良いの?】
「そっちの方が最初から二人で行けて良いだろ。それより帰ったら久しぶりにゲームでもやろうぜ」
【いいねぇ。よし!今日も負けないよ】
「白鳥…ゲームで俺に勝ったことないだろ?」
【気持ちでは一度も負けたことないよ僕】
「なんだよそれ」
麗音が言わなさそうな言葉に吹き出す鉄雄につられて笑顔になる麗音。
先に越されて誘われただけに、いつもの様に「良いぜ」とは言えず変な言い回しになってしまったが、白鳥はそれを特に気にせず俺が了承したと思ってくれているので助かった。
ちなみにハグの話し合い後、勉強を教えてもらい今日まで白鳥は、ほぼ24時間を俺と一緒に過ごしている事になるが、お互いそれをあまり気にすることなく半同棲みたいな形になりつつあった。
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