第16話・大樹の木陰で
校外学習の当日、浅野行きの学校バスに乗り30分が経とうとしていた。
バスから見える外の景色は止まることなく移り変わっており見ていて飽きがない。
ていうかこれしかすることが無いんだよな。
俺の二の腕に寄りかかっている白鳥が少し動き反射でつい見てしまう。
(バスの席が教室通りで本当に良かった。)
一番後ろで特に他の奴の目を気にすることなく座ってられるし、何よりコレを見られる事もない。俺にくっつきながら眠る白鳥を見た。
流石に朝方までゲームをするのはマズかった。勿論俺もめちゃくちゃ眠い。半目で大きく欠伸をしながら窓の方に寄りかかると自分の意識が落ちていくのをゆっくりと感じた。
★
気づけば俺は自分の足元に視線を落としていた。微かにアスファルトが見えて此処が外なのだと知り、おそるおそる顔を上げるが暗くて前がよく見えない。
周囲をゆっくり見渡すと同じように暗く、夜というより深い闇の底にいるような感覚があった。突然凍えるような寒さが押し寄せてきたので急かされるように道なき前を歩き始めると左足が何かにぶつかる。
ぶつかった対象と瞬時に目が合うとそれは自分と同じくらいの歳の人間だった。顔を半分地面につけており数発殴られた様な痛々しい顔で白目を剥いている。
「はっ…!」
咄嗟に声が飛び出し心拍数が跳ね上がる。
偶然か必然か畳み掛けるようにして視界の端にうつる自分の両手に生ぬるい感覚を感じたので息を切らした状態で見たが、それが悪かった。
「血が…」
今更気づくと面白いくらいに両手からポタポタと血が垂れ落ちるのが、ゆっくりそしてハッキリと見える。酷い吐き気が込み上がってくる。もうどこに視線を置けばいいのかわからなかった。とりあえず真逆の方を走り出すとまた何かにぶつかり今度は勢いよく地面に転けた。
転けたのにそんなに痛みはなく、ただあるのは混乱だけだった。
膝に手を置きながらゆっくりと確実に立ち上がると暗みが引いたのかさっきよりも視界が広く鮮明で、全体を見ると何人もの人が意識を失った状態で倒れている光景が見えた。
「あぁこれは…」
今度は慌てることなく自然とそれを受け入れられたのは俺の記憶と意識が徐々に覚醒し始めたからだと思う。
──────紛いもなく俺の過去を表していた
突然悪夢から目が覚める。
額に人肌を感じて左手で確認すると手と手が重なる。この小さい手はお前しかいないよな。
瞳だけで分かる心配そうな顔でこちらを見つめる白鳥と目を合わせると悪夢を見て曇っていた俺の心はたちまち晴れ模様に変わる。
「変な夢見てたんだよ」
【うん】
【たまにあるよね】
「変な夢」にツッコむ所か直ぐにそれを受け入れた白鳥。
白鳥は色々と察しが良すぎる気がする。人との距離感をとても大事に確認しながらコミュニケーションを取る。
俺は人の心を読めるけど、お前は他人の心に敏感なんだろう?
浮かび上がる疑問を心の中に留めておく。
「心配してくれてありがとうな」
心配してくれた事を感謝にして伝えると、一瞬驚いたような顔をして俺の目を愛でるように見るので、黒く宝石のように丸い瞳に俺の心は強く反応を示す。
少しだけ分かった気がする、なんで俺がお前の目をついつい見てしまうのか…
───────お前の目、俺の目に似てるんだ。
今度は悪夢の時の黒い跳ね上がりとは全く別の鼓動。不快感はなく、あるのはポカポカとした温かい何かだった。
★
長かったバス移動も終わり目的地である浅野内の駐車場に着くと軽い一日の流れを足立がし始める。
「はい皆、この指ちゅうもーく!」
上に掲げられた細長い足立の指に目が留まる。
「現在の時刻は10時、夕方になったらまたここに集まってね…」
「はい以上よ。それじゃあ浅野を楽しんできてね」
まさかの足立と目が合ってしまう。
────────心瞳くん本当に頼んだわよ
「なにが?」
口に出さずには居られなかったので軽くぼやくと、隣に居た白鳥が首を傾げてこちらをみるので慌ててひとり言だと返す。
「食いながら何するか決めようぜ?」
【了解!】
二人並んで浅野と書かれたゲートを抜けると視界に緑溢れる世界が広がる。
一斉に自然のかおりが押し寄せてくると俺より先にわかりやすく反応する白鳥。
両手を大きく広げて息を吸っているがマスクのせいでちゃんと吸えてないんだろうなって思った。けど多分指摘してもマスクを外さない気がして指摘をする代わりに、白鳥の真似で俺も浅野の空気を大きく息を吸う。
「空気が美味しいな、めっちゃ」
【めっちゃ。だね】
「だな」
浅野は俺も初めて来る所だが、ファンタジー世界に迷い込んだ感覚になってしまうのは自然が多い癖に年季のある飲食店などがチラチラと見えるからだろう。
自然が7割で店などが2割、人工物が1割くらいだろうか?
そんな事を考えていると隣を歩いていた白鳥が突然立ち止まり、とある店に視線を向けている。
「どれだ?」
三色団子という看板が店の前に見えたので察する。
──────よし、食べ歩きだな。
「ありがとうごさいましたぁ!!」
背中越しに大きく熱い感謝されながら、白鳥と同じ三色団子を片手に持つ。
三色団子を食べるよりも先に白鳥がマスクを外すのか気になったので横目でバレないように見るも直ぐに気づかれてしまう。
【少し緊張するけど流石に外すよ?】
さっきのお会計の時に早筆で書いていた言葉だと気づく。
俺の思考を先読みして書いてたんだ。
なんだろう、不思議な気持ちになる。
「お前さ予知能力高いよな」
【何が??】
白鳥がわざとらしくこっちを見ながらマスクを外すので左手に持っていた三色団子を持つ手が思わず緩み落ちそうになったが、マスクを外した白鳥の口にイートイン。
「あっ」
上目遣いで俺を見ながら小さな頬を赤らめモグモグと俺の三色団子を食べる白鳥は突然閃いた顔をして自分の三色団子を俺の口に近づける。
(食えってか?)
大きく口を開けてパクリと白鳥の手も食べる勢いで三色団子にかぶりつく。
言葉ではなく行動で返事をしてやった。
お互いが自分の三色団子を差し出しながら食べているので変に近く、そして変な形で食べていた。
近くにあまり人は居なかったが、それでもすれ違う人にはカップルだと思われても仕方のない現場だった。言い訳出来ないだろう。
とりあえず猛烈に顔がアッつい…マジで。
白鳥の方も気になったので団子を咀嚼しながら見てみると、俺よりも恥ずかしそうに横を向いて食べていたので、驚いて咀嚼していた団子を大きくゴクリと胃の中に押し込む。
「い…移動するか」
【そうだね】
出来るだけ人通りの少ない道を選びながら黙々と食べ歩きをする俺らに暖かい風が横からやってきた。
「今日は良い天気だよなぁ」
当たり障りのない会話の始め方に自分で笑ってしまう。
【暖かいよね】
「そうだな」
会話が1分足らずで終わってしまい自分のコミュニケーション能力の低さに少し落ち込んでいると、白鳥が制服の裾を掴み離れた所に見える立派な大樹を指さす。
【あそこ行かない?】
「そうだな(同じ返事じゃねーかよ俺)」
頭の中で自分を責めながらも、俺より少し前を歩く白鳥とその先の大樹を夢見のような気持ちで見ていると、あっという間に大樹の大きな木陰に侵入していた。
遠くで見るより迫力があり、沢山の葉っぱが上に飾られている。
「ん?」
スケッチブックなんて見ずともお前の言わんとする事が分かるのは一緒に過ごす時間が多いからだろうか?
いや違うな、お前が俺の右手首を掴んで下に引っ張っているからだろう。
自分から普通に触れてくる辺り、白鳥も変化しているのが直で伝わって嬉しい気がする。
気がする。て事にしておいた。
座ればチクチクするかなと思っていたが、そんな事は全くなく、座り心地の良い地面に両手を置きながら背中を大樹にあずける。
右に座る白鳥は体育座りに近い体勢でスケッチブックに言葉を書いている最中だった。
焦らず遠くで歩くクラスメートを見ながらゆっくり待つ。
【僕、大きな木が好き】
【全てから守ってくれそうな気がするし、近くに居るだけだ元気になれるんだ】
「少し以外だな」
「白鳥はもっとこうインドアっていうか、部屋で本とかずっと読んでたいんだろうなって思ってた」
【基本はそうだよ】
【でも、たまにこういう所に自分を置きたくなる感じかな】
白鳥の【全てから守ってくれそうな気がする…】という言葉が妙に頭から離れない。
言葉を変えれば「守って欲しい」になるから、隣の俺はやるせない気持ちになる。
この先もお前と一緒に過ごしていけばお前の今思ってる気持ちがちゃんと全部分かるのかな?
そんな風に思いながら白鳥を見ているとまた目が合い、今度は人目を気にせずただ見つめ合っていると時間の感覚を忘れる。
──────贅沢な時間
そう思った。だけど今は沢山時間があるので気にする必要なんて全くなかった。
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