第14話・同調する鼓動
中間テストの初日、寝不足というハンデを抱えて白鳥と電車に乗り込んだ。
たまたま乗り込んだ車両は同じ学校の奴らばかりで、何人か顔見知りも居た。
(この車両やけに学生が集まってんな)
しかも座れないと来た。奥に進んで白鳥と並んで吊り革を持つ。
電車が動き窓から見える景色が高速で移り変わっていくのを眺めていると、何度も左で立つ白鳥の腕とぶつかった。
ぶつかるという程勢いも無かったので、触れるに近いかも知れない。
兎に角さっきから何度もぶつかっている。
「おい、大丈夫か?」
白鳥は俺の声に反応をした様子を見せると、目を細めて頷いているが心ここにあらずといった感じだった。
今朝もそうだ、こいつは珍しく俺よりも先にベッドからあがり、下に勉強をしにいった。
……早朝の4時にだ。
★
テストが開始してから15分が経ち、隣の白鳥は完全に眠っていた。
伏せて寝た振りをするのではなく完全な睡眠状態に入っていた。
子猫のような寝息が白鳥から聞こえてくる。
(やっぱりこいつも俺と同じで…)
─────────寝てない
今朝、最初に顔を見たときにクマが出来ていたから、もしかしたらと思っていたが、ここに来てそれが確信に変わった。
俺は何度か徹夜をしたことがある人間だから、これくらいまだ耐えられるが、白鳥はあまり慣れていない様に見える。
普段は徹夜なんてしないのだろう。
今テスト中だから、流石にガン見は出来ないが教師の目を盗んでチラ見をしたら、こっちに顔を向けてやがったから、ビックリして変な声が出てしまった。
(今は自分のテストに集中しないとな)
★
「お前さ…寝てないだろ」
【うん】
特に寄り道することなく普通に帰ったが、電車に間に合わず俺たち寝不足組は2本目の電車に乗っていた。
今朝の通学時と反対に今はあまり人がおらず、人目を気にすることなく二人で座席に座る事が出来ていた。
【けど心瞳くんも寝てないよね】
「そうだな」
どうやら白鳥も俺が寝ていない事に気がついていたみたいで、そこは少し以外だった。
眠たい素振りを見せたつもりもないのに、一体どこをどう見てそう思ったのかも気になったが、それよりも何故昨日タックルをかましてきたのか、そっちの方が気になっていた。
「あのさ…」
【うん】
やっぱり無理だ…言い出すことが出来ない。
恥ずかし過ぎる。だけど気になって仕方がないのも事実で、あの時のこいつの動機を知らないまま、この後も日常を過ごすのはとてもしんどい。
【やっぱり嫌だったよね】
「え?」
白鳥が「やっぱり」という言葉を使えるのは色々と俺の心情や些細な変化を察しているからで、だけど俺からすれば「嫌だったよね」と一人で結論づけされるのも微妙だった。
長い間があり気づけば停車駅に着いていた。
お互い無言のまま電車を一旦降りて、白鳥より前を歩いて一度立ち止まる。
「話の続きは俺んちで…それと言っとくがNOなんて言わせないからな?」
両手を腰に当てながら体を更に大きく見せて十分プレッシャーをかけた所でもう一度並んで一緒に歩いていく。
★
白鳥も確かココアが好きって言ってたっけ?
キッチンの上に常備保管している市販のココアを取り出しながら、それをソファで座る白鳥に見せた。
「ココアでいいか?」
頷く白鳥はいつもよりも緊張しているように見える。
マスクを外しているので表情が読み取りやすいが、相変わらず何を考えているのかは分からない。
ボットが湧きココアを入れたコップに熱湯を丁寧に注ぐ。
テレビの音も、喋り声もない空間で熱湯の注ぐ音だけが強く強調されており、空気が重たくなっている気がした。
話のスケールと空気の重量が比例していない気がする。
そうだ。ここは一旦、前置きがてらに違う話でもしよう。
「──お前、休日とかどう過ごしてんの?」
完全に動揺から出てきた質問だった。
人に何か質問をすることに慣れてないから、こういう事になる。
ココアを飲もうとしていた白鳥は俺の思わぬ質問によって、一度停止しコップの持ちてから指を離すとこちらを不思議そうに見つめる。
そりゃそうだ。まさか全然違う話題が飛んでくるって思いもしなかっただろ?
【読書と昼寝を繰り返してるよ】
「誰かと遊んだりとかは?」
【心瞳くんとゲームしたとか?】
「俺以外でだよ!しかも最後にお前と遊んだのも数週間前だろ…」
【ごめんね…あんまり友達が居なくて】
「いや…」
白鳥には悪いが休日の過ごし方はなんとなく予想できた。のに、それをクッションにしようと最初の話題にしてしまった。これは確実に俺が悪い。
だが、これで俺が謝れば余計に空気が重たくなる気がして本題の話がしづらいだろうと、ここはあえてスルーをした。
「やっぱ俺には話の流れみたいなのつくれない…」
ココアを一口飲んだ白鳥が俺の言葉を読み取れず首をかしげている。
「昨日、なんでタックルしてきたんだ?」
───────聞いてしまった。
遅かれ早かれ聞こうと思っていたが、それを言葉にすれば昨夜の場面を鮮明に思い出すことになってしまうから本当に色々と辛い。
白鳥に正面から触れられた事と、自分やった行為を思い出す度、羞恥心で顔が熱くなるのが分かった。
【ハグ?】
「ハグだったのか!?」
「あれは多分、俺じゃなかったらベッドから吹き飛ばされてたぞ??」
【ごめん、痛かった??】
「痛かねぇけど、ビックリ…したかな」
勿論ビックリしたという言葉には色々な感情があった訳だが、それをいちいち口に出す程素直ではないのが俺だ。
それから白鳥はわかりやすく、だけど簡潔に近所の喫茶店でココアを飲んだこと、そしてそこで久我が働いていて、帰りに俺がハグを好きだ。という事を言っていたことを話してくれた。
「なるほどな…それでタッ…いやハグをしたんだな。」
「説明してくれてありがとな、これで大体はわかった」
(久我の野郎、今度会ったら絶対にしめてやる。絶対に!)
白鳥の説明が終わると、お互いあまり飲んでいなかったココアからは湯気も消えており、まるで今の俺の気持ちと真逆みたいだった。
説明を聞いてからというもの俺の鼓動が昨夜を超えるくらい激しく脈打っている。
ハグをされるのは好きじゃないし、そもそも誰かに触れられるのも不愉快だと思っていた。
なのに昨夜、正面から強く抱きしめられて、その後の赤く火照った白鳥の顔を見てから、俺の何かが火を吹くみたいに熱くなる瞬間がある。
【急にハグして本当にごめんね】
まただ。
【───────もうしないから】
【じゃあ、また明日】
行くな。
「待てよ」
隣に座っていた白がは立ち上がり帰ろうとするので、自分の膝に視線を落としながら少し強めに右手を掴む。
こいつは早とちりが本当に過ぎる。
俺は「謝れ」と一言も言ってないし、「帰ってくれ」とも言っていない。
まだ明日の分のテスト勉強だって教えてもらっていない。ゲームだってまだ一緒にしていない。
悲しい生き方だと思った。白鳥は声が出せない分、人一倍に他人の目を伺い人の気持ちをを察しながらコミュニケーションを取る。
──────お前は優しすぎる
「ハグ…嫌じゃなかったから…」
右手を掴まれた白鳥は俺を見ながら再度ソファーに腰掛け、体をこっちに向けている。
「ハグとか触られんのあんま好きじゃねぇけどさ…お前のは別に…気になんないかも」
もう話しているのが自分か分からない程、頭と心は沢山の感情で溢れ返っていた。
俺の目を捉えて離さない白鳥。それはガッシリとハグしてきた昨夜みたいだった。白鳥の瞳孔が徐々に大きく開いていき、それに同調するみたいに俺の鼓動も速さを増していく。
「お前が……」
「それでも信じられないのなら、今度は俺の心臓に聞いてみればいい」
白鳥の右手をもう一度取り自分の方に重心を転ばせ体を密着させる。
「ほら」
白鳥の頭を左手で心臓の方に誘導させて、後頭部を支えてやると、俺の鼓動が伝わったのか俺の背中に回っていた白鳥の手が優しく俺に触れた。小さく温かい手だった。
体を引き寄せ高鳴る心臓の鼓動を麗音に聞かせていた鉄雄は麗音から自分と似た同様の鼓動を何度も聞かされると温もりに満ちた優しい気持ちになれた。
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