第13話・行動から生まれた鼓動

 麗音を見つけた鉄雄は体が自然と麗音の方に引き寄せられていた。


「学校来てたのか」


【うん】


 まさか本当に心瞳くんと会ってしまうなんて。予想してなかったから話すことなんて何一つ用意してない。

 休んでいた理由を聞かれたらなんて答えれば良いんだろう。


「ちゃんと


(あれ?)


 思ってた質問と違った。

 気を遣ってくれてるのかな?だとしたら、そんなの僕に使ってほしくない。

 僕が心瞳くんの立場なら、どうして唐突に早退して休み続けたのか気になる。


【ご飯は心瞳くんの所程じゃないけど食べてるよ】


「そっか」


 スケッチブックに次の文を書いている僕を心瞳くんは目の前で立ったまま、何も言わずに待っていてくれる。


 多分だけど、僕はちゃんと心瞳くんに自分の事を話したいんだと思う。

 勿論全部は伝えきれないけど…それでも話してみたい。

 長らく待たせてしまった心瞳くんにスケッチブックを上げて様子を見てみると、既に僕の方を見ていたみたいで少しドキッとしてしまう。


【早退した理由は特にないよ】


【僕って意味不明な所よくあるから、それが突発的に起きただけ笑】


 話しを軽くしようとスケッチブックに書いた「笑」は自分の事を笑っているみたいで、酷くそれが滑稽に見えた。

 僕が放った言葉を読み上げた心瞳くんは、「よいしょっ」と小声を出しながら僕が座っているベッドの隣に腰掛ける。


「意味不明な所か…」


「そんなの出会った時から知ってるっての」


【知ってたの?本当に?】


「一緒に過ごしてりゃ、お前の奇妙さなんて丸わかりだから」 


【えっ、そんなに!?】


「ついでに言っておくと、今もお前は意味不明だから」


 嘘はついていない。

 だって今もこいつの心の声は聞こえないから。

 白鳥は他人に気を使いすぎる所がある。

 例えば筆談。自分が文字を書いている時は相手を待たせたくないと出来るだけ短く簡潔に書く。

 だけど、心を簡潔に書くなんて到底不可能だろうと思う。

 人の心はとても複雑で時間が経てばコロコロと変わるものだし、短文で書ききれる程小さくもない。


【ごめん】


「なんで謝るんだよ?」


【迷惑かけたかもしれないから】


「そういう事なら


【えっ!?】

 




 一時間くらい時間が経って、数週間ぶりに僕は心瞳くんの家に来ていた。


【あの心瞳くん…】


「許してほしかったら俺に勉強教えろよな」


「勿論、一日かけてな」


 ソファの下でカーペットに足を伸ばし、透明の足が短いテーブルにノートや教科書を広

 げ勉強を始めようとする心瞳くん。


【でも声出せないし、筆談で教えるなら時間かかっちゃうよ…】


「だから一日丸まるなんだろうが。早くソファから降りて隣で教えてくれ」

 


 しょうがない許して欲しいし、僕も腹をくくろう。

 やるなら全力だよ、心瞳くんに良い点数を取ってもらうんだ。


「白鳥…遠い。もっとこっちに来い」


 心瞳くんの大きい二の腕が僕のと当たってる。

 声が出せない状況でこんなに近い距離必要?

 けど、もう少しだけこの柔らかさ堪能したいかも…



 日付がもうすぐ変わりそうな時間帯にエプロンを置いた心瞳くんは「出来たぞ」と手で子猫を呼ぶみたいに勉強している僕を呼んだ。


「いつもより飯の時間が遅くなったけど、白鳥のおかげで明日は良い点数が取れそうだ」


「こんな返ししか出来ないが、腹いっぱい食え」


 大量の唐揚げ。巨大オムライス。フルーツ入りサラダ。チーズケーキ?

 ん?…ケーキ!?


「ケーキビックリしたか?これ昨日買ってたんだよ。二人で一緒に食べようぜ」


 前から思っていたけど心瞳くんは主婦能力が高い。

 料理も卒なくこなすし、家事だってやる。


【いただきます!】


「おうよ。いっぱい頂け」



 風呂に入るから先に上で寝てて良いと言われたので、二階に上がり寝室に入る。


(なんかベッド大きくなった?)


 気持ちだけベッドが大きくなった様な気がしたけど、気のせいだよね。

 ていうかどっちでもいいや。

 ベッドの横に置かれたライトをつけて暖色にする。

 先に寝る事はしないけど、待っている間に追加で勉強しておこう。


 教科書を開いて文字を追っていくが教科書の内容よりも心瞳くんと過ごした今日の事で頭がいっぱいだった。

 お礼も言われたし、これで許して貰えたかな?

 それにしても、心瞳くんの作った唐揚げ本当に美味しかった。

 和風テイストでパクパク食べられたし、気づけばあっという間に空になってた…

 こりゃ駄目だ。教科書開いてるのに内容が入ってこない。

 けど、僕も一緒に勉強出来たし大丈夫だよね。


 お風呂から上がった鉄雄は寝室で教科書を開いている麗音を見て少し驚いていた。


「先に寝てて良いって言ったんだけど」


(なんとなく起きて待ってるだろうなとは思ってたけどな)


「晩飯あれで足りたか?」


【僕そんな食べてたっけ?】


「誰が唐揚げの8割を食べたんだぁ?」


【心瞳くん?】


「お前だよ!」


 スケッチブックを見せると素早いツッコミが返ってくる。

 そんなに食べた記憶ないんだけど、心瞳くんが言うんだからそうなんだろう。

「全く」と言いつつも笑顔でベッドに入ってくる心瞳くんから、ふわっと同じボディソープの香りがして親近感に近い感情を覚えた。


 ───────鉄雄はね、麗音ちゃんみたいな可愛い子にギュッとハグされるのが好きなんだ、だから今度会った時にハグしてみ。


 どうして今、去り際に言った久我くんの言葉を思い出したのか自分でも全く分からない。

 けど本当はハグしてみたい気持ちも最初からあったけど、ただの一方的な気持ちで終わってしまうのが怖かった。



 ────もしも心瞳くんに拒絶されたら?



 ──────久我くんの言っていることが全然違ってたら?



 考えれば考える程、答え合わせからは遠のき、行動を起こさないと結局どうなるのか分からないんだ。と悟った。


「どうしたんだよ?急に固まって」


 これは0か100みたいな賭けだと思う。

 心瞳くんは黒白つけたい人だと思うから、やるなら全力でハグしないと。


「おーい、体調でも悪くなったか?」


 あれ?けどハグの全力ってどんなの?

 いや…でしょ!!


「ほらこっちを向っ…」


 鉄雄が麗音の肩を掴んだ瞬間、麗音は頭を少し下げながら突然振り向き、鉄雄のお腹目掛けて勢いのあるハグ…ではなくをしていた。


「!」


 体格差の違いか、特に何か起こる訳もなく、後ろに倒れそうになった鉄雄は慌てて両手でブレーキをかけており、麗音はまだ、鉄雄の腹に手を回してガッシリと掴まっていた。


 何が起こっている?いや状況はなんとなく分かるけど動機が分からない。

 なんで俺は今タックルされたんだ?そして、なぜいつまでも俺を離さない?

 朝起きると必ず白鳥は俺に抱きついているが、それとは違うだろう。

 だって朝はこいつが寝ていて、俺が起きている。

 けど今は意識のある状態で自ら俺に触れてきた。


「……(同じ匂いがする…って当たり前か。一緒の使ってるし)」


 いやいやいやそうじゃなくて。匂いの事じゃなくて。マジで意味不明な奴だな。


 ────俺はどうしたらいい??


 緊張からか自分の心拍数も上がっていくのが分かる。俺の鼓動、白鳥に聴こえてるかも。

 目を閉じて呼吸をすぼめ無心を頑張って作ろうとしていると、白鳥の体が少し震えていることに気がつく。

 無心を作ろうと思考を停止していたせいか、

 気づけば俺の右手は白鳥の頭をゆっくりと撫でていた。


 何を言えばいいのか本当に分からなくて、行動を選択した。

「撫でる」というこの行為が正しいのかわからないけど、俺の心拍数が大変な事になってている事くらいはわかる。


 鉄雄の高鳴る心拍数を察知した麗音は少しずつ腕をほどき熱く火照った顔を上げた。

 緊張から麗音は下唇を軽く噛んでおり、口角は笑顔の一方手前だった。

 後ろにある暖色のライトが微かに麗音の輪郭を照らし、それが鉄雄の視界に映る。


 お前もやっぱり緊張してたのかよ。

 顔が真っ赤だし、目もウルウルして…

 マスク無しの白鳥もずっと見ていたけど、やっぱり整った顔をしてるよな。

 なんていうか女?みたいな…中性的な顔だ。


 鉄雄が自分でも気が付かない程、麗音の顔に夢中になっていると、緊張に耐えきれなくなった麗音が顔を背け布団を頭に被って素早く寝る。

 タイムラグで自分の思考を呑み込んだ鉄雄は下から熱が込み上げあっという間に麗音と同じ火照った顔になって体をベッドに倒す。


(いきなりだったけど喜んでもらえたのかな?)


(綺麗なもんは綺麗、別にやましい事じゃない…絶対にだ)


 その後、麗音と鉄雄はそれぞれ思うこともあり一睡も出来ずに朝を迎えていた。

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