第4話 (番外編)二人の王国

暖かい日差しが降り注ぐ中、女の子達の姦しい声が辺りに響いていた。


「今日は本当にいいお天気ね」

「それにしても、アドルフ様やシャルル様は来れなくて残念でしたわね」

「本当にそうですわね。せっかくのんびり出来ますのに」

「そういえば、カミーユ様のことお聞きになりました?」

「ええ、聞きましたわ。まさかあんな事をしていただなんて……恐ろしい」

「ねえ、それより見て。このお菓子、今帝都で流行っているんですって」

「あら、美味しそう」


ラウラはそんな会話を聞くとも無しに聞いていた。いつもの取り留めのない会話だ。適当に頷いていたら進んでいく。

それよりも、ラウラは少し焦っていた。やりたい事があったのだ。


「はぁ……」


ラウラはわざとらしくため息をはいた。


「あら?ラウラ様どうされたの?」


近くにいた取り巻きの一人が、気が付いてそう言った。


「日差しが私には強すぎるみたいで……旅の疲れもあるのかしら。少し体がだるくて……」


ラウラはいかにも辛そうな表情で、弱々しく言う。


「まあ!大丈夫ですの?」

「大変。熱などは出てませんか?」


途端に周りの取り巻き達は大げさすぎるほどに言った。


「ええ。でも、しばらくコテージで休ませて貰いますわ。みなさんに心配をかけてしまうのも心苦しいですもの」


ラウラはそう言って、立ち上がると近くで控えていたクリスティーネを呼んだ。


「少し、部屋で休むわ。着いてきてクリスティーネ。グズグズしないで!」

「は、はい。ラウラ様」


そうして、ラウラとクリスティーネは自分たちのコテージに向かった。


「はぁ……やっと抜け出せた」


ラウラは辛そうな顔を和らげてそう言った。


「あの、ラウラ様体調は大丈夫ですか?」


クリスティーネは心配そうに聞いた。


「え?ああ、大丈夫。さっきのは演技だから。体調もいつも通りだし、疲れてもいないわよ」


ラウラは笑顔で答える。


「え?じゃあ、さっきのは?」

「ふふ、ちょっと行きたいところがあって……」


ラウラはいたずらっぽくそう言った。

トワイライト学園では一年に一度だけ、生徒が外に出て行う課外授業がある。授業と言ってもたいしたことはしない、ちょっと大規模な遠足のようなものだ。しかし、学園からほとんど外に出られないラウラ達にとっては貴重な日でもある。

そして、今日はその課外授業の日なのだ。

ラウラ達は馬車に乗り自然が多く、気候のいいこの場所で泊まることになっている。

周りには数軒しか家がない田舎で、貴族達の別荘地になっている。

その中でも、ラウラ達が泊まっているのは小さいが立派なコテージで。

質素だがとても解放的で、学園の息苦しさを忘れさせてくれる。


「行きたいところですか?」

「とりあえず、付いて来て。メイドに準備はさせておいたから大丈夫」


ラウラはそう言って、一度自分達の部屋に戻った。

ここでも、相変わらず二人は同じ部屋で泊まっている。

部屋には命令しておいた通り、大きめのバスケットが二つ置かれていた。中には紅茶のポットやサンドイッチが入っている。

ラウラはそれを持つと、外に誰もいないか確認しつつコテージをこっそり出た。

今の時間帯はみんなさっきのようにお茶をしながら喋ったり、広場のようなところでのんびりくつろいでいるので、誰もいない。生徒を見張るために多数いる警備兵もそちらに行っていて、こちらは少ない。


「どこに行かれるんですか?」

「いいから、付いて来て」


ラウラはそう言って、コテージの裏にある森に入っていった。しばらく獣道のような道を進む。森の中は木漏れ日が射し、程よく涼しくて快適だ。


「あ、ラウラ様荷物を持ちますわ」

「じゃあ、一つお願い」


ラウラはそう言って、持っていたバスケットをクリスティーネに渡す。


「え?二つとも持ちますよ」

「いいの。片方はこっちを持って」


ラウラはそう言ってクリスティーネに自分の手を差し出す。


「はい!」


クリスティーネは嬉しそうに返事をして、ラウラと手を繋ぐ。そうやって二人はしばらく歩いた。

森は爽やかな風の音と鳥のさえずりしか聞こえない。

しばらく進んで行くと、二人は突然開けた場所に出た。


「わぁ、すごい……」


そこは一面に広がる美しい花畑だった。

クリスティーネが嬉しそうに花畑に入る。スカートに花が揺れて花びらが散った。

花は赤や黄色、青、紫と色とりどり咲いている。

クリスティーネの笑顔にラウラは思わず顔を綻ばせる。

溢れるほどの色と明るい日差しの中のクリスティーネは彼女自身が光っているように見えた。


「ラウラ様、よくこんな場所ご存知でしたのね」

「うん……ちょっとね……」


ラウラは目を逸らし、言葉を濁す。

実はこの場所はゲームに出て来る場所なのだ。中盤辺りで出てくるイベントで今回のようにみんなから離れて、こっそりデートするシーンがある。ここに来れるのは一番好感度が高い相手だけで、ここに来ることで二人の仲がさらに良くなるのだ。

ゲーム内でもかなり印象に残っているイベントで、ラウラは是非一緒に行きたいと思っていた。

他の攻略対象達が来て邪魔されたらどうしようかと思ったが、幸い残っている攻略対象達は今回の課外授業には参加していない。

これは、クリスティーネがストーリーを進めていなくて、彼らとも関係が薄くなっていることの証拠でもある。

それを確かめたかったのだ。

それに、実物の花畑はスマホで見るよりも何倍も綺麗だった。

危険を犯しても来て良かったとラウラは思う。

クリスティーネも嬉しそうに花の中を軽やかに歩く。


「本当に綺麗……」


ラウラはうっとりとクリスティーネを眺めながら言った。


「本当ですわね」

「私はあなたの事を言ったのよ」

「え?あ、あの……そ、そんなこと」


ラウラの直球の言葉に、クリスティーネは真っ赤になって照れる。そんなしぐさも可愛い。


「本当にそう思っているのよ?花に囲まれていると、本物の妖精みたい……」


以前から妖精みたいに綺麗だとは思っていたが、本物の花に囲まれたクリスティーネの美しさがさらに増した。


「そんな……あ、でも。だったらラウラ様は妖精の女王様ですわね」

「私が女王?」

「美しくて、とても威厳がありますもの。いたずら好きのピクシーもきっとラウラ様には敵いませんわ」


二人はそんな事を言い合ってクスクス笑いながら、花畑を歩く。


「そんなに私は怖い?」

「いえ、まさか。怖くわありませんわ。ラウラ様ほど優しいかたはいませんもの。みんな、ラウラ様を慕いますわ」

「そんなこと無いと思うけど……」


真っすぐな目で真剣にそう言うクリスティーネにラウラは苦笑する。


「あ、そうだ」


クリスティーネは何か思い付いたようにしゃがむ。

ラウラが何をしてるんだろうと見ていると。クリスティーネは器用に花を編んで花冠を作った。


「上手いわね。それに、あなたによく似合いそう」


ラウラはさらにうっとりする。花畑に来て花冠を作る可愛い女の子なんて、絵本の世界に入ったようだ。


「いいえ、これは女王陛下に」

「え?もしかして私に?」


クリスティーネは恭しくラウラの頭に花冠を乗せる。王冠のつもりだろうか。

すると、クリスティーネはラウラの前に跪いて手の甲にキスをして言った。


「女王陛下に忠誠を」


芝居がかった言い方に、ラウラは微笑む。


「私が女王なら、ここは私の国ってことね」

「国民は私しかいませんが」


クリスティーネもクスクス笑いながら答えた。


「あなたと二人っきりなら素敵な国だわ」


ラウラはそう言って、クリスティーネを立たせて自分の方に引き寄せる。


「ラウラ様……」

「じゃあ、私は女王として、国民を守る事を誓うわ」


ラウラはそう言ってクリスティーネの唇にキスを落した。

花畑にまた暖かい風が吹き、二人を祝福するように花びらが舞った。


「みんな、私達は部屋で休んでいると思っているから、しばらくのんびりできるわ」

「あ、だから。サンドイッチを用意してくださったんですね」


昼食には丁度いい時間になった。

二人は花畑の真ん中でシーツを敷いて持ってきたサンドイッチと紅茶を広げた。


「お菓子もわるわよ」

「いただきます」


そうして、二人は取りとめのない話をしながら食事をした。


「いつも食べているサンドイッチと同じなのに、なんだかいつもより美味しい気がするわね」

「本当ですわね。でも暖かいから眠くなってしまいそう……」


クリスティーネはニコニコ笑いながら言った。周りに誰もいないせいもあるのか、クリスティーネはいつもよりリ笑顔が多い気がする。

やっぱり連れてきて正解だったとラウラは思う。

あの学園ではこんな表情のクリスティーネはなかなか見れない。


「そうだ、クリスティーネ。さっきの花冠、作り方を教えて。私も作ってみたいわ」

「はい」


そうして、ラウラはクリスティーネに教えてもらいながら花を編んでいく。最初は戸惑ったものの、やり方が分かってしまえば簡単に編めるようになった。


「出来た!」

「素敵ですわ」

「じゃあ、これはクリスティーネに……あれ?ちょっと大きすぎたみたい……」


出来上がった花冠をクリスティーネの頭に被せようとしたがスルリと落ちてしまった。


「ネックレスになってしまいましたね」


クリスティーネは嬉しそうに笑いながら言った。冠はネックレスになってしまったが、やっぱりクリスティーネは花が似合う。

ラウラはもっとクリスティーネを花で飾りたくなった。


「なかなか丁度は難しいわね。よし、もう一個作ろう。今度は一人で出来るわ」

「じゃあ、私も……」


そうして、二人は花冠をお互いに作り合う。クリスティーネは長く花を編んで何重にもネックレスを作ったり。ラウラもいくつも花冠を作ってクリスティーネの頭に乗せたりした。

いくつも作ると流石に慣れてきて身に着けられないくらいの量になる。


「もう、付けるところがなくなっちゃったね。そうだ、クリスティーネ。手を出して」


ラウラはそう言ってクリスティーネの手を取る。そして、クリスティーネの薬指に花で作った指輪をはめた。


「ラウラ様……じゃあ、私もいいですか?」


クリスティーネは嬉しそうにそう言うと同じように花で編んだ指輪を作り、ラウラの指にはめる。

花で作ったのだから、きっと明日には枯れてしまう。それでも、ラウラは今までのどんな宝石が付いた指輪より美しいと思ったし嬉しかった。


それから二人は広げたシーツの上に寝ころんだ。寝ころぶとまるで花に埋もれてしまったように見える。

見えるものは青い空と花だけ。

本当に世界が二人だけしかいないように感じる。寝転がりながら、そっと二人は手を繋ぎ見つめ合う。沢山の花に囲まれたクリスティーネはもう幻想的ですらあった。


「本当に、綺麗……」

「ラウラ様……」

「ここが本当に二人だけの国だったらいいのにね……」


二人は自然と顔を寄せ合い、さっきより長いキスをした。


「……っん」


息継ぎのために少し顔を離す。クリスティーネの顔は赤く染まっていて、目もとろりと潤んでいる。ラウラは柔らかく熱った頬に触れ、微笑む。


「可愛い……」

「っあ……あの……」


触れた手をそのまま首筋に滑らせると、クリスティーネはビクッと体を竦ませた。

クリスティーネは男達に酷い事をされたせいか体を触られるのが苦手になったのだ。


「怖い?」

「い、いいえ……」


クリスティーネは慌てたように首を振って、引こうとしたラウラの手を握る。


「無理しないで、私も急ぎ過ぎたかも」


ラウラはクリスティーネを安心させるように微笑みながら言った。二人は気持ちを確かめ合って特別な関係になったがまだキス止まりだ。ラウラとしてはもっと、近づきたいと思うが、クリスティーネに無理はさせたくない。


「ごめんなさい……」

「いいの、謝らないで。私はこんな風に一緒にいられるだけで幸せだもの」


ラウラはそう言って手を引こうとした。


「あ、あの。ま、まだ怖いですけど……でも……キ、キス……は、し……したいです……」


クリスティーネはラウラの手をギュッと握り、顔をさらに真っ赤にさせながら言った。


「っ……可愛い……」


クリスティーネのあまりの可愛さに言葉を失う。


「っん」


そして、言葉通りもう一度唇を合わせる。今度も長く深くなった。

唇の頬や瞼にもキスを落す。さらにギュッと抱きしめる。


「ん……ラウラ様」

「大好きよ、クリスティーネ」

「わ、私も……」


そうして、二人は何度もキスをした。

しばらくそうしていると、いつの間にか空の色が青から黄色に変わってきていた。


「そろそろ、帰った方がよさそうね……」


だいぶ、日が傾いてきた。そろそろ戻らないと抜け出しているのがバレてしまう。


「何だか、あっという間でしたね……」


クリスティーネは寂しそうに言った。


「そうね……」


ラウラも傾いてしまった太陽を眺めながら頷いた。出来るなら、このまま学園には帰らず、二人でどこかに行ければいいのにと思った。

でもそれは無理だ。この辺りは深い森がずっと広がっていて、何もない。夜には危険な獣も沢山出る。

警備兵が少ないのはこのためだ、例え逃げても生きて逃げられる可能性は低い。

二人は簡単に周りを片付ける。食器をバスケットに仕舞い、敷いたシーツを畳む。

作った花冠は置いて帰ることにした。

片付け終わると、二人は来た道を戻る。

森の中はもうすでに薄暗くなっていた、あとしばらくすると真っ暗になるだろう。冷たい風も吹いてきた。

奥の方はもうすでに何も見えないくらいに真っ暗になっている。

まるでラウラ達の未来を暗示しているようだ。学園には危険が沢山あって、なにがあるか分からない。それに学園を卒業出来たとしても、その後の事は何も分からない。

このままずっとクリスティーネと一緒にいられる保証もない。


「どうかされましたか?」


考えこんでいると、クリスティーネが心配そうに聞いた。


「いいえ、大丈夫よ」


ラウラはそう言って、心配させまいと明るく微笑む。すると、クリスティーネも微笑んだ。

その曇りのない微笑みに、ラウラの気持ちも少し軽くなる。

ラウラはクリスティーネに手を差し出す。クリスティーネは嬉しそうにその手を掴んだ。


「行きましょう」

「はい」


この先は何があるか分からない。でも、繋いだ手は暖かい。

きっと二人なら、この先も大丈夫だと思えた。

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悪役令嬢は今日もヒロインを救う ブッカー @Bukka

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