第3話 悪役令嬢はヒロインの死亡フラグを折る
ラウラは一人で、クリスティーネが囚われているだろう場所に向かった。
危険かもしれないが、クリスティーネが拐われて時間が経ち過ぎた。一刻も無駄に出来ない。
そこは、あまり使われていない古い建物の地下だ。ラウラはゲームの知識のお陰で知っていたが、古過ぎてこんな場所があることは誰にも知られていない。
「やっぱり……最近、誰かが出入りした跡がある……」
カミーユは今は授業中なので、ここにはいないはずだ。
クリスティーネを助け出すには今しかない。
ラウラは、地下に繋がる薄暗い階段をゆっくりと降りた。階段も古いもので埃が降り積もり、苔のようなものまで生えている。床に何か黒っぽいものが垂れたような跡があるが、暗すぎてよくわからない。
「何だろう、この匂い……」
辺りにはよくわからない匂いが充満していた。生臭いような匂いとすえたような匂いもする。とりあえず嫌な匂いだ。
ゲームではこんなことわからなかった。どこかで水が滴るような音もする。視界が悪いので嫌な想像が膨らんできてしまう。
「だめ……怖がっている場合じゃない。早くクリスティーネを見つけないと」
そう言い聞かせてラウラは進んだ。
「ここが怪しい。あ、開いた……クリスティーネ!」
地下に辿り着くと、いかにも怪しげな扉が。ラウラがその扉を開けると、中にクリスティーネがいた。
その部屋は意外なほど広かった。しかし、広いテーブルや棚があってごちゃごちゃしている。
そして、その奥には鉄格子に囲まれた部屋があり、その中にクリスティーネは閉じ込められていた。
「ん……ラ、ラウラ様……」
クリスティーネは眠っていたようで、ラウラの声で目を開いた。顔色は悪いが見たところ傷もない。まだ、なにもされていないようだ。
檻の中は豪華なベッドや、テーブル。小さなバスタブまであって。そこから出なくても生活できるように整えられていた。
しかし、壁には鎖が垂れていてクリスティーネの腕に繋がっている。
「クリスティーネ!今、助ける」
ラウラは急いで檻に駆け寄った。檻は同然のように外からしか開けられない仕組みになっている。
しかし、運良く鍵はあるが掛けられていなかった。閂を外せば扉を開けられる。
「ラウラ様、どうして……危険です」
「大丈夫、カミーユはしばらく来ないわ。助けも来るはずだから。とりあえずここから逃げるわよ」
そう言いながら、ラウラは閂を外す。
その時、クリスティーネがラウラの後を見て驚いた顔をする。
「ラウラ様!危ない!」
「なに……っ?」
「何をしている。これは私の物だ」
突然、人が現れラウラを羽交い締めにした。
「カミーユ!どうして……」
現れたのはカミーユだった。ラウラを憎々し気に睨んでいる。
「お前が、ウロウロと嗅ぎまわっていたのはわかっていた。こんな事だろうと思ったがな」
カミーユはそう言うと、暴れるラウラの腕を縛り抱え上げた。カミーユは細身だが男だ、令嬢として生きてきたラウラには満足に抵抗も出来なかった。
「離しなさい!!こんな事をしてただで済むと思っているの?」
「何も問題はないさ。お前はもうここから出られないんだからな」
そう言ってカミーユは壁に垂れている鎖に繋がれてしまう。
「っく……離してよ!」
「丁度いい。次の実験体を探していたんだ。お前は心根が汚いが、見た目はいいんだ。きっとクリスティーネの横に並べれば、クリスティーネの美しさが引き立つ」
カミーユはそう言って壁にある大きな水槽を指さす。そこには数体の死体が入れられていた。
「行方不明の犯人はやっぱり、あなただったのね。どうしてこんな事を……」
ラウラは、ゲーム内では行方不明者の事件は出て来ていないと思っていた。しかし、よくよく思い出してみると、ゲーム内で描写はされていないものの、カミーユのバッドエンドの中で、こんな風に死体をいれた水槽のイラストがあった。ゲーム内では詳しくその事には触れていなかったが、明らかにカミーユが誰かを攫って何かしたのは確実だ。
「僕は美しいものが好きなんだ。そして、この学園でこの世で最も美しいものに出会った」
そう言ってカミーユはクリスティーネを愛おしそうに見る。そして、ラウラを睨みつけるとさらに言った。
「それなのに、お前が邪魔をするから近づくことすら出来なくなった。だから、閉じ込めて僕だけの人形にしようと思ったんだ。でも、いきなりやって失敗はしたくないからね。最初は上手くいかなかったけど。もう、やり方は完璧だ」
そう言ってカミーユはニヤリと笑う。整った顔なのに、壮絶に気持ち悪かった。
「まさか、実験体って……」
「そう、お前が最後の実験になるだろう。嬉しいだろ?美しいままで死ねて」
そうして、カミーユはなにか怪しげな薬品と注射を手にする。
「ラウラ様!だめ!やめて!」
クリスティーネが叫ぶ。そうして、必死にラウラの元に行こうと、手首に掛かっている手錠を外そうとするが、手錠は頑丈でびくともしない。
「ああ、駄目だよ。クリスティーネ、そんなことをしたら体に傷が付いてしまう」
カミーユは、聞き分けのない子供に言うように、檻の中に入る。
そして、手首を掴み傷がないか確認した。
「い、いや!触らないで!何でこんな事を……」
「何で?君がとても美しいからだよ。そして、永遠に僕の物になることが一番の幸せなんだ。だから、少しの間大人しくててくれ」
クリスティーネは恐ろしさに真っ青になり、固まってしまう。それで、大人しくなったと思ったカミーユは微笑み、クリスティーネのおでこにキスする。
「いい子だね。すぐに終わるからちょっと待っててね」
「っ……待って……」
クリスティーネは必死にそう言ったが、カミーユは無視してラウラの元に戻った。
「まずは、そのうるさい口を閉じて貰おうか。安心しろすぐに何もわからなくなる」
カミーユはニヤニヤしながら言った。
「っ……本当に頭がおかしくなったのね」
ラウラがそう言うとカミーユは顔を歪めた。
「おかしい?おかしいのはこの世の中だろ?僕はおかしくなんかない。まともなのは僕とクリスティーネだけだ。だから二人で永遠の世界に行くんだ……」
そう言った、カミーユの目はどこも見ていない。ラウラはそれを見て、何を言っても無駄なんだと悟った。
ゆっくりとカミーユがラウラに近づく。
「やめて!ラウラ様にそんなことするなら……」
その時、クリスティーネがそう叫んだ。
そうして、置いてあった陶器のカップを床に叩きつけ、尖った破片を掴むと自分の顔に突き付けた。
「クリスティーネ!やめろ!」
それを見たカミーユは流石に焦った表情になった。クリスティーネに慌てて駆け寄ろうとする。
「近づかないで!本当にやるから」
「クリスティーネ!駄目!そんなこと……」
ラウラも必死に叫ぶ。しかし、クリスティーネは震える手で、破片をこめかみを刺した。
「何をする!」
さらに、下に向けて顔を切り裂こうとするクリスティーネにカミーユは叫び。平手打ちをする。
「きゃあ!」
叩かれたクリスティーネは悲鳴をあげ破片を取り落とした。それと同時に近くにあったベッドの柱に頭をぶつけ、そのまま倒れて動かなくなる。
「クリスティーネ。な、なんてことだ……美しい顔に、傷が……」
クリスティーネの顔には刺した痕から血が流れ、カミーユに叩かれたところが赤くなっている。
カミーユはクリスティーネの前で呆然とした表情になる。
「クリスティーネ!クリスティーネ!」
ラウラは必死にクリスティーネを呼ぶ。しかし、クリスティーネはピクリとも動かない。
「な、なんで……こんな事に……もう少しで、クリスティーネと完璧な場所に行けると思ったのに……」
カミーユは自分の手を虚ろな目で見ながら、何やらブツブツ呟いている。
そして、今度はラウラの方を見て、ゆっくりと立ち上がった。
「お前の所為だ……お前の……お前の……」
カミーユの手にはいつの間にか大振りのナイフが握られていた。
「っ……」
ラウラはもうダメだと思ってギュッと目を閉じる。
その時、扉が勢いよく開いた。
「学園警備兵だ!動くな!」
「っな!どうして……やめろ、触るな!」
カミーユは驚き、慌てたように抵抗したが相手は何人もいて、全員屈強な兵士だった。
あっという間取り押さえられる。
「ブイクス・カミーユ!執行妨害と拉致監禁、および殺人未遂で拘束する!」
「ふざけるな!僕を誰だと思ってるんだ!」
カミーユはさらにあばれ、喚く。
「分かっておりますよ。カミーユ殿下。しかし、ここはオブスクリータース帝国です。その直属である『トワイライト学園』の安全を守るのは我々の仕事ですので」
警備兵の隊長がカミーユを睨み言った。丁寧な口調だが表情は見下した感じだ。
「うるさい!うるさい!離せ」
「仕方ないですね。少し静かにしてもらいましょう」
「っぐ!」
隊長はそのままカミーユのみぞおちを蹴りつける。カミーユは体を折り曲げ呻くと、動かなくなった。
「ちょっと!早くこれ解いてよ!」
手を縛られていたラウラはそう言った。
「ああ、ラウラ様ご無事でしたか」
ラウラに怒鳴られたのに、隊長は涼しい顔で言った。
「ちょっと、遅かったじゃない。なんでこんなに時間がかかったの?」
ラウラはイライラして聞きた。
ここに来る前にしていた対策とはこの学園の警備にこの場所とカミーユの事を知らせておくことだった。すぐに来ると思っていたから、潜入したのだが、明らかに時間が掛かりすぎだ。
「すいませんね。捕まえるにしても、確たるものがないとね……」
「だから、私が殺されそうになるまで待ってたってこと?」
そう言って、ラウラは隊長を憎々し気に睨む。
彼らは「トワイライト学園警備兵」だ彼らは帝国直属の兵士で、学園の警備は彼らが担っている。
しかし、ラウラは彼らが苦手だった。なんせ、ゲームの中ではラウラは彼らの手で殺されるからだ。
勿論、問題を起こしたから処刑されたのだが、出来れば近づきたくなかった。
隊長はラウラに睨まれても、相変わらず余裕の表情だ。
彼らは帝国直属の兵で貴族やほかの国の王族の影響を受けない。いわゆる警察のような役割を担っている。
そして、この学園では彼らが一番の権力者なのだ。生徒達の生殺与奪は彼らが握っていると言ってもいい。
だから、余裕の表情にもなれるのだ。
「生きていたんだからいいだろう。まあ、こんなに死体があるなら待つ必要もなかったな。申し訳ないね」
隊長はぐるりと部屋を見回す。部屋には死体が入った水槽の他にも、沢山の瓶が並んでいて、明らかに人間の一部分と思われるものが入っている。
カミーユがここで夜な夜な何をしていたか知らないが、クリスティーネはこの部屋できっと恐ろしい思いをしただろう。
その時、警備兵の一人がラウラの手錠を取ってくれた。
「クリスティーネ!」
自由になると、ラウラは一目散にクリスティーネの元に駆け寄る。
「ん……」
触れて上半身を抱き上げると、クリスティーネが微かに呻いた。顔色は悪いが気を失っているだけのようだ。
「良かった……」
ラウラはひとまずホッと胸を撫でおろし、ギュッと抱きしめた。もっと早く来てあげられればと後悔の気持ちがこみ上げる。
「なんだ、生きていたのか。面倒だから殺しておくか?」
「っ!だ、だめよ!」
隊長が剣を抜き、とんでもない事を言った。ラウラは庇うようにクリスティーネをさらに抱きしめ、ついでに隊長を睨みつける。ラウラは唇を噛む。嫌な予感が当たった、これもあって、警備兵を頼るのは嫌だったのだ。
「そいつが死ぬのは時間の問題だろ?今のうちに楽にさせとけよ」
「うるさい!この子は私の下僕なの。触らないで」
ラウラに睨まれても、隊長は余裕の表情だ。
「悪趣味だな。そのうち新しいのが来るだろ」
隊長はニヤニヤ卑下た笑いで言った。
「あなたには関係ない。早く自分の仕事をしなさいよ」
「……まあ、いい。時間の問題だ好きにしろ」
隊長は呆れたように言って、邪魔物を追い払うようにさらに言う。
「お前らの調書は最後だ。それまで自分の部屋で大人しくしていろ」
「言われなくてもそうするわ。誰か、この子を私の部屋まで運んで頂戴」
ラウラは腹が立ったが、いつまでもこんなところにいたくなかくて、そう言った。クリスティーネの体にも悪い。さっきの警備兵のが言う通りクリスティーネを運んでくれた。
しかし、そんなラウラを見て、隊長は分かりやすくため息を吐く。
「まったく……面倒なガキどもだ……」
小さな声だが嫌みったらしく言う隊長に、ラウラは腹が立つ。
「そもそも、あんなに行方不明者が出ていたのに、見つけられたかったのは、あなた達が無能だからじゃないの?もっと早く見つけておけばこんな事にならなかったのに。無能を棚上げして偉そうにいうのはやめてくれない?」
ラウラは精一杯虚勢を張って言った。
「ああ?言うじゃないか……」
隊長は流石に痛いところを突かれたのか、眉をひそめて睨む。
ラウラは気圧されそうになるが、なんとか表情を保ち睨み返すとその場をあとにした。
「はあ……今日は本当に色々あったわね……」
自分の部屋に戻り。ラウラは一息ついて言った。
クリスティーネはベッドで眠っている。怪我は治療した。真っ青だった顔色も大分ましになっている。
この分だと、数日すれば元に戻るだろう。
それでも、クリスティーネが自分で付けてしまった傷や、あの地下で起こった恐ろしい記憶は残る。
「クリスティーネ、ごめんね。私がもっと早く思い出していれば……」
後悔しても仕様がないが、そう思わずにはいられない。本当に前世の記憶は役に立たない。
「カミーユが”おかしいのはこの世の中だ”って言ってたけど、その通りかもね」
ラウラはぼんやりと呟いた。
ゲームではこの世界はゴシックな雰囲気ながら、イケメンの王子達と出会い、地位のある貴族たちに囲まれて、建物も豪華でとても華やかに描かれていた。
王子達がちょっとヤンデレ気味だったりバッドエンドが多少残酷でも、この手のゲームにはよくある事だ。
しかし、実際にこの世界の登場人物になって見ると、ゲームでは描かれていない側面が見えてくる。
「ゲームをプレイしているだけでは、わからないものね……」
この学園には色々な国の王子や貴族達が集められている。
いずれトップになる人間に最高の教育を受けさせ、より良い人間に育てる。
しかし、それは表向きの理由だった。
実際は重要な地位にある子供を、人質として集めるための施設なのだ。
ラウラの前世の記憶にはゲーム以外の記憶もある。たしか学校の授業で習った。江戸時代には各藩の大名の妻子を江戸に人質として置き、簡単に謀反を起こさせないようにしていた。それと同じだ。
このおかげで、他国の王や主要な貴族はオブスクリータース帝国に逆らうことが出来ない。
そうすることで、帝国は長年圧政を強いてきたのだ。
そして、この学園の守りがとても堅牢なのは。同時に中の人間が出られないようにするためだ。
ラウラ達は頑丈な学園という檻に閉じ込められている。
高い塔は壁の周りだけではなく学園の中心にも建っていて、いつも生徒を見張っているのだ。
すこし、遠くからこの学園を見ると刑務所にそっくりなのが分かるだろう。
「こんな環境でずっと閉じ込められてたら、そりゃ頭もおかしくなるかもね」
ラウラは記憶が戻る前はその事に気が付いていなかった。大人たちが言う綺麗ごとを真に受けていた。でも、前世の記憶のおかげで客観的に見れて、この事に気が付いた。
いや、多分気が付いていたが分からないふりをしていた。理解していたところでどうにもならないからだ。
おそらく、他の生徒たちもそうだろう。目に見えない抑圧、それを解消する手立てもないことのストレス。
みんな、少しずつおかしくなっている。
「あいつらはそれも分かっていて、こんな事を……」
ラウラは警備隊長の”そのうち新しいのが来る”という言葉を思い出す。ラウラはベッドで眠るクリスティーネの手を握る。
「クリスティーネ……ごめんね……」
この学園は年に数人平民の子供を入学させる。
クリスティーネもその一人だ。
優秀な人間を育成するためということになっているが、実際は違う。
閉じ込められ、抑圧された子供はエネルギーが有り余って、ストレスを貯めている。放っておけばいつか亀裂ができて爆発する。
そのストレスを発散させるために平民を入れるのだ。
身寄りのない、何をしても逆らえない人間。
「本当にごめんね……クリスティーネは何も悪くないのに……」
以前のラウラはこの事に気が付いてもいなかった。たまに入学してくる、身分の低い人間としか認識していなかったのだ。しかも、ラウラ自身気まぐれでストレスのはけ口にしていた。
しかし、よくよく考えてみると平民は度々学園に入ってくるのに、人数は全く増えてない。
隊長が“新しいのが入ってくる”とはこの事だ。
そもそも、守らなければいけない身分の高い人間がいるのに、その中に平民を入れるなんて危険極まりないことだありえない。
ラウラは前世の記憶を思い出した時、この事にも気が付いた。
吐き気がするほど醜悪な現実。
だから、余計に自分はこれに染まってはだめだと思って変わろうと思ったのだ。
クリスティーネを放っておいたのは彼女がヒロインだから。きっと多少いじめを受けても、攻略対象の誰かとくっつく、そうすれば安全になると思った。
しかし、そうではなかったのだ。出会った時クリスティーネはもうボロボロだった。
だからラウラは罪滅ぼしの意味もあり助けようと思ったのだ。
「私が守るから……」
ラウラはそう呟いてクリスティーネの手をギュッと握った。
それから、数日が経った。
「ラウラ様どうされたのですか?」
何か書類を真剣に読んでいるラウラに、クリスティーネが聞いた。
「カミーユの事件がひと段落したみたい」
ラウラはそう答えた。
書類にはラウラとクリスティーネはもう取り調べは終わったと書いてあった。
カミーユは捕まり、今は学園のどこかの部屋に閉じ込められているらしい。
そこは、特別教室と呼ばれる鉄格子に囲まれた部屋で、教室というだけあって授業はあるらしく、最低限の生活は出来るそうだ。しかし、外に出ることは出来ない。
別名、独房と言われ、カミーユはそこに卒業まで閉じ込められることになった。カミーユは学園内にあったわずかな自由も失ってしまったということだ。
しかも、今後この事件は国家間でも問題になるだろうし。帝国に大きな借りを作ってしまった。今後数年は確実にカミーユの国は帝国のいいなりになるしかないし。カミーユが国に帰った時、どんな目で見られるのかは考えるに難くない。
「そうですか、終わったんですね……」
そう言ったクリスティーネは少し、悲しそうな表情になった。
「どうしたの?クリスティーネ」
「カミーユがなんであんなことをしたのか……分からなくて……」
「綺麗なものが好きで、集めたかったんでしょ?でも、欲しいものが手に入らないからって暴れたのよ。小さい子供とやってることは大差ないわ」
ラウラはそう言った。
「確かに、その通りなんですけど。それと同時に何かに怖がっているようにも見えました。恐ろしいものから逃げて、必死に忘れようとしているようにも見えたんです」
カミーユは捕まって取り調べを受けたらしいが、ずっとうわごとのように意味の分からない事を言っているらしい。
ラウラはクリスティーネの言葉に鋭いなと思った。きっとカミーユは見えない帝国の圧政や閉じ込められている抑圧に耐えられなかったのだろう。
この学園には、まともな人間は少ない。何も見ないようにして、狂ってしまった方が楽なのだ。
それにしても、あんなに酷い目にあったのに、そんなことを考えてあげるなんて、クリスティーネは本当に優しい。
「例え何か理由があっても、人を殺す理由にはならないわよ」
「ええ、それは分かってるんですけど……もし、私が何かに気が付いていればラウラ様はあんな危険な目に合わなくて済んだかもしれないのに……」
その言葉にラウラは呆れる。
「そんなことを気にしてたの?あれはあなたが悪いわけじゃないわよ」
もし何かに気が付いても、あの時カミーユに何を言っても無駄だったろう。
「でも……」
「そんな事より、クリスティーネ。傷はもう大丈夫なの?痛みはない?」
ラウラはそう言ってクリスティーネに近づき、こめかみに触れる。クリスティーネがラウラを助けるために付けた傷はもうとっくに塞がったが、少し傷が残ってしまったのだ。
女の子なのに、顔に傷跡ができてしまった。
「はい、もう大丈夫ですわ」
傷が残ったというのに、クリスティーネは少し恥ずかしそうに俯き言った。
「まったく……助けてくれようとしたのは分かるけど。こんな無茶なこと、今後は絶対やめてちょうだい」
「はい……、次は気を付けます」
そう言ったものの、クリスティーネはなんだか不満そうな表情だ。
「本当に分かってるの?そんな傷が出来たら、お嫁にもなかなか行けなくなるわよ?そしたら、ずっと私の下僕をしなくちゃならなくなるわよ……って、今度はなに嬉しそうな顔してるのよ!もっとちゃんと考えなさい」
クリスティーネは反省するどころか嬉しそうに頬を染め始めたので、ラウラは怒る。
「えっと……じゃあ、私はもっと立派なラウラ様の下僕になれるように、努力を……」
「そうじゃない!……まったく……もう、いいわ」
呆れたラウラは、何を言っても無駄そうだと思って諦める。
ラウラはため息をついて一人がけのソファーに座った。話していただけなのに疲れてしまった。
「ラウラ様、お疲れですか?」
誰の所為で疲れたのか分かっていないのか、クリスティーネは心配そうに言う。
「そうね、とりあえず足でも揉んでもらおうかしら。下僕にはお似合いの仕事でしょ?」
全てを諦めたラウラはヤケクソ気味に言った。
「はい!」
クリスティーネは嫌がるどころか、嬉しそうに張り切った返事をして準備を始めてしまう。
「だから、なんでそんなに嬉しそうなのよ……ん、結構上手いわね……」
クリスティーネは意外に足を揉むのが上手かった。
「はい、お世話になっていた孤児院でシスター達によくお手伝いとしてしていたんです」
「ああ、確かあなたは修道院と併設してある孤児院にいたんだわね」
そうなのだ、クリスティーネは孤児院出身だ。
「はい、シスターのみんなにはお世話になってました。……みんな、どうしてるかな……」
クリスティーネは少し懐かしそうに言う。
「孤児院ではどんな事してたの?」
「簡単なお手伝いばかりですわ。田舎でしたから、畑仕事なんかもしました」
クリスティーネは思い出すように言った。随分牧歌的な場所から来たのだな。まあ、ラウラはゲームをしていたのでそこの事情は知っていたが、最初の方に軽くしか出てこないので詳しくは知らなかった。
「もし、この学園に来ずに孤児院にいたらどうしてた?」
「分からないですけど。きっと、私も修道女になってたと思います」
「ふふ。じゃあ、ここに来なくても誰かの下僕になってたのね」
修道女は神に仕える仕事だ。ラウラはクスクス笑いながら言う。
クリスティーネはそれを聞いて、つられるようにクスクス笑った。ラウラは思わずクリスティーネのシスターの服を着た姿を想像して、物凄く似合いそうだと思った。きっと清楚でシンプルな修道服はクリスティーネの美しさを引き立ててくれるだろう。
「ラウラ様、気持ちいいですか?」
相変わらず、クリスティーネはラウラの足を揉んでくれている。冗談で言ったが、本当に上手くてラウラはやめてとも言えなくなっていた。
「うん。本当に上手いわね……ん……あ、ちょっとそこはくすぐったい……あんっ……あ」
ラウラは思わず変な声が出てしまって、顔が真っ赤になる。クリスティーネも驚いた顔をしている。
「ラウラ様。可愛い……」
クリスティーナは何故かうっとりしたように言う。
「かっ可愛いって……クリスティーネ?」
ラウラが真っ赤になっていると、クリスティーネがゆっくり近付いて、ラウラの唇にキスをした。
「……っ!!!」
ラウラは驚いて言葉も出ない。
そしてクリスティーネも思わずな行動だったのか、自分でも驚いている。
「ク、クリスティーネ?」
「あ!……え、えっと……」
クリスティーネは真っ赤になって俯く、指の先まで赤くなっている。
「クリスティーネ……」
「も、申し訳ありません!私……あの……わ、忘れて下さい……」
クリスティーネはそう言って、慌ててその場から立ち去ろうとした。
「待って、クリスティーネ」
ラウラは慌ててクリスティーネの手を掴んで引き留める。
いきなりのキスは驚いた。でも、嫌じゃなかった。クリスティーネに聞こえるんじゃないかと思うくらい高鳴っている胸を抑える。
きっとラウラの顔もクリスティーネと同じくらい赤くなっているだろう。
「ラウラ様……私……」
ラウラは、前世でこのゲームしようと思ったきっかけを思い出す。
その時、前世のラウラは新しいゲームを探してスマホを操作していた。そんな時に見つけたのがこのゲームだった。一番に目に入ったのは中心に描かれていた、クリスティーネだった。
扉絵に描かれたクリスティーネはゴシックな雰囲気の中心にいて輝くように清楚で美しく、目を引いた。
クリスティーネはもじもじしながら目を逸らす。顔は見えないが耳が真っ赤になっているのが見えた。
ラウラは掴んだ腕をそのまま自分の方に引き寄せた。
「っラウラ様……」
クリスティーネの頬は赤く染まり、目が潤んでいる。この表情はゲームで何度も見た。恋をして好きになった相手に向ける表情だ。
ラウラはクリスティーネの頬に触れ、こめかみの傷を撫でた。心臓はまだ痛いくらい高鳴っている。
いつの間にこんな気持ちになったんだろうとラウラは思った。しかし、考えても思い出せない。
クリスティーネはラウラに助けられて慕ってくれた。でも、本当は救われたのはラウラの方だ。この重苦しくて息苦しい世界で、クリスティーネの微笑みやこちらに向けられる純粋な瞳はラウラの心を癒してくれた。
この世界でまともでいられるのはクリスティーネのおかげだ。
ラウラはゆっくりクリスティーネの顔に近づく、自分のために付けられたこめかみの傷にもう一度触れる。
そうして二人は唇を重ねた。
おわり
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