第2話 悪役令嬢とヒロインの死亡フラグ
それから数日、ラウラはクリスティーネの死亡フラグを折りつつ学園生活を送っていた。
攻略対象達は相変わらず、懲りずにクリスティーネにちょっかいをかけにくる。ラウラはその度に、クリスティーネを叱るていで二人の間に、突っ込み引き離すのを繰り返している。
何度も繰り返しているとだんだん慣れてきてしまった。
むしろ、クリスティーネはその度に申し訳なさそうに謝るので、そちらの方が気の毒になってくる。
そんな時、ラウラにいい知らせが届いた。
「え?私がラウラ様と一緒の部屋に?」
クリスティーネは驚いた顔で言った。
「そう、学園側に申請していたのがやっと通ったの」
ラウラは嬉しそうに言った。以前から考えているというのはこの事だ。ラウラはクリスティーネの死亡フラグを折るために、常に側にいるようにしていたが、学園内では限界がある。寮は違う建物だし、授業も違う。
しかし、同じ部屋に住んでいれば側にいられる時間は増えるし、一緒にいる口実も増える。
そのために、ラウラはあらゆるコネと権力を使って、クリスティーネと同室になるように、学園に要求していたのだ。
これで、かなりクリスティーネを守りやすくなった。
常々下僕だと言っていたし、周りはまたラウラが我儘を言っているのだとしか思わないだろう。
「あ、あの。私なんかが、お邪魔していいのでしょうか?」
「いいのよ。私の部屋は元々広いし、一人くらい増えても問題ないわ」
一応表向きは同じ生徒というくくりだが、地位によって部屋のランクはかなり変わる。
ラウラはそこそこに高い地位なので、ランクの高い広い部屋に住んでいた。それに、女同士なのだから、着替えだって遠慮する必要もない。
いいことずくめだ。
「でも……ご迷惑では……」
「そんなのいいの、っていうかあなたは私の下僕なんだから、これからもっと私の面倒を見ることになるのよ!覚悟しなさい」
ラウラは腰に手を置いて、わざとらしく偉そうに言った。
「はい……!」
クリスティーネは、もっと働けと言われたのに、やたらと嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、早速引っ越しね」
こうして、クリスティーネはラウラの部屋に移ることになった。
引っ越しはすぐに終わることができた。クリスティーネは平民と言うこともあって、一番小さな部屋に住んでいて、そもそも持っている荷物が少なかった。
授業で使うものと、服と身の回りの物を移動させたら終わった。
ラウラについているメイドは、今一人しかいない、以前の性格が酷すぎて人がいつかなかったのだ。今は落ち着いているが、今は一人で十分だと思って増やしていない。
だからメイド用の部屋が余っていた。
そこに、クリスティーネの荷物を運ぶ。
「うん?これは」
細かなに荷物を運んでいると、床に小さな箱が落ちた。
拾って中を見ると、シワシワになった薄い紙のようなものが、きっちり伸ばされて大事そうに入っていた。
「あ!それは」
クリスティーネは慌てたように言った。
「これ、なあに?ゴミ?」
何に使うのか分からない。汚れたあともある。
「ち、違います。こ、これは……」
クリスティーネは何故か顔を真っ赤にさせてもじもじしている。
「なんなの……?」
ラウラは首を傾げる。
よくよく聞いてみるとどうやらこれは、ラウラが度々お菓子を包んで、クリスティーネにあげていた時に使っていた紙ナプキンらしい。
「せっかく頂いたものなので、捨てられなくて……」
クリスティーネは恥ずかしそうに言った。どうやら、ゴミ同然のその紙をラウラから貰ったと言うだけで大事に取っておいたようだ。
助けた事でラウラを慕ってくれているのは、なんとなく分かっていたが、ここまでとは思わず驚いた。
「か、可愛い!」
もじもじしながら、大事そうにその箱を抱える姿があまりに可愛くてラウラは思わずクリスティーネを抱きしめた。
「ラ、ラウラ様!あ、あの……」
抱きつかれてクリスティーネはさらに真っ赤になってしまった。ラウラはそれを見て、クスクス笑う。
こうして二人は同じ部屋で生活することになった。
その夜、二人はお茶をしながらお喋りをしていた。夕食も終わり、メイドも下がらせている。今日は引っ越しをしたこともあり、ずっと一緒だったからか攻略対象達が現れることもなく平和だった。
「クリスティーネ。服も少ないのね、丁度いいわ。今度仕立屋を呼ぶから、あなたの分も作らせましょう」
ラウラはクリスティーネの少なすぎる荷物に、呆れてそう言った。以前ラウラが数着あげたがそっちの方が数は多いくらいだった。
「え!そ、そんなことまでしていただくのは申し訳ないです」
クリスティーネは恐縮しながら言う。
「何度も言うけど、気にしないで。私が勝手にするんだから。それに、私の側にいるんだから、みすぼらしい恰好してもらったら困るのよ」
ラウラはいつものように、尊大な態度で言う。クリスティーネにこう言うと大抵素直に聞いてくれる。このやり取りはもう二人の中で定番になっている。ラウラが笑うとクリスティーネも困った顔で微笑む。
「ラウラ様ったら……」
「そうだ、あなたに似合いそうな服が、まだあるんだった。着てみて」
そう言って、ラウラはクローゼットに連れていきクリスティーネに着せてみる。やはりよく似合う。そうすると、他のドレスも着せてみたくなる。
今日は時間を気にせずゆっくりできる。そう思うと、髪も整えたりしたくなる。
「に、似合いますか?」
クリスティーネは滅多に着る事は無いだろう、豪華なドレスや大胆に肌を見せるドレスを着せられて、戸惑いながら言った。
「ええ、とっても綺麗だし、可愛いわ……」
ラウラはうっとりしながら言った。豪華なドレスを着たクリスティーネはさらに美しさを増した。セクシーなドレスはまだ幼さの残るクリスティーネの容姿と相まって、妖艶さすら漂っている。
まるでさっき咲いたばかりの百合の花のようだ。凛とした美しさがある。
ラウラの率直な言葉に、聞いた本人が顔を真っ赤にさせた。その、姿がまた可愛らしい。
そういえばと思い出す。
前世でゲームではクリスティーネの着せ替えができた。
ゲームはスマホで出ていた課金もできるゲームで、お金を払うとストーリーを早く進められたり、キャラクターの衣装がもらえたりしていた。
それでラウラはかなり課金して、クリスティーネの衣装を買って着せかえたりしていた。
まさか、生まれ変わっても同じことをするとは思わなかった。
でも改めて見ると、実物の方が可愛い。
気が済むまで着せかえて楽しんだ後、二人は眠る準備をしながらお喋りをする。
ラウラはベッドに座り、クリスティーネの髪を梳いていく。
「あ、あの……ラウラ様、いいのでしょうか……本来は私の仕事では?」
クリスティーネは身分が上のラウラに髪を梳かれて困ったように言った。
「だって、クリスティーネの髪は触り心地がいいんだもの」
ラウラはうっとりしながら言う。実際、クリスティーネの髪は絹糸のようにサラサラで、梳けば梳くほど艶が増してくる。
ひんやりとしたその髪に指をサラサラと零れ落ちる姿はいつまでも見ていたいと思った。
「でも……」
「じゃあ、この後はあなたが私の髪を梳いてちょうだい。それでいい?」
なおも困った顔をするクリスティーネに、ラウラはそう言った。
「はい!」
「仕事を命令されてそんなに喜んでいる人初めて見たわ」
物凄くいい顔で返事をしたクリスティーネにラウラはクスクス笑う。
クリスティーネの髪が梳けたので交代する。
「ラウラ様は私の髪を褒めて下さいましたけど、ラウラ様の髪の方が美しいですわ」
髪を梳きながらクリスティーネが言った。
「そう?真っ黒で地味だし、ウネウネしてまとまらないから扱いづらいし。あんまり好きじゃないのよね」
ラウラはうんざりしたように言う。雨の日なんかはうねりが酷くなってしまうし、量が多いので重たい。
「そんな事、ありませんわ。豊かで柔らかで、こんな綺麗な漆黒の髪はそうありませんわ。星の瞬く夜空みたい。そのおかげで、白いお肌が映えていますし。とても威厳があって……」
「そんなに、お世辞言わなくていいわよ」
勢いよく話出したクリスティーネにラウラは呆れたように言った。
「お、お世辞なんて……」
外は夜の帳が降りてとても静かだ。部屋の中は小さなランプが一つ。ラウラの部屋にあるベッドは美しい天蓋のカーテンに囲まれていて、二人の周りだけ明るい。
ふと思い付いてラウラは内緒話をするように聞いた。
「そういえば、クリスティーネは好きな人はいるの」
「え?好きな人ですか?」
「ええ、あの乱暴してきたり、やたら迷惑ばっかりかけてくる王子達は問題外として。他に誰か好きな人はいないのかなって……それに、もし恋人ができれば、あいつらからなにか言われても、断る口実が出来るでしょ?」
まあ、あの王子達はそんなことで引くようなキャラでもないから無駄に終わりそうだが、ゲームではそんな流れもないし。まったく別の誰かと恋人同士になれば、今の流れをさらに変えられる可能性もある気がした。
「……でも、私。男のかたは苦手で……」
そうなのだゲームでもクリスティーネにはそんな設定があった。たしか子供の時に近所の男の子にいじめられて以来、男の人が苦手なのだ。
だから、王子達にも積極的に近寄ったりもしていない。しかし逆にその態度が彼らの気を引いてしまうのだ。
特に、S気質のあるアドルフは近寄っても怖がるクリスティーネに興味を持ち、そこから好意を持っていく。
ありきたりだが王道の展開だ。
「申し訳ありません、ラウラ様……」
「謝ることないわよ、あなたは悪くないじゃない」
変なところで謝るクリスティーネに、ラウラは苦笑する。
クスクス笑いながらパタリとベッドに横になった。優しく、撫でるように髪を梳かれて眠くなってきた。
「もう眠られますか?じゃあ、私はこれで……」
そう言ってクリスティーネは櫛をサイドテーブルに置いて、自分の部屋に戻ろうとした。
「え?まだ、いいじゃない。もうちょっと、お喋りしましょうよ。それにせっかく一緒の部屋になったんですもの。今日ぐらい、一緒に寝ましょう?」
ラウラはそう言って、クリスティーネの手を引きベッドに強引に寝かせる。
「で、でも。いいのでしょうか?」
「大丈夫。私が我儘を言ってるだけなんだから。だれもなにも言わないわ」
ラウラがそう言うと、クリスティーネは困った顔をしつつも『分かりました』といってそのままベッドに横になる。
そのまま二人でシーツをかぶると、また世界は一段暗くなった。
「それじゃあ、お話の続きね。好きな人がいないのは分かったわ。じゃあ、どんな人が好みなの?」
そんな必要ないのに、ラウラはひそひそと聞いた。
「え?こ、好みですか……わ、私なんかが……好みなんておこがましいです……」
クリスティーネは相変わらずの困った顔で言う。
「うーん。でも、ちょっとくらいない?こんな人だったらなって、思うくらいならいいじゃない?」
ラウラがそう言うと、クリスティーネはもじもじしつつも口を開いた。
「えっと……優しくて、私の話を聞いてくれて……それで、困っている時でも助けてくれる人が……いい……です」
クリスティーネはそういいながら、だんだんと顔を赤くさせる。
もじもじしながらチラリと上目遣いをする姿は、わざとやっているのではないかと思うくらいにいじらしくて可愛らしい。
ラウラは思わず抱きしめたくなったがぐっと堪える。
「うん、うん。やっぱり、男は優しくなくちゃね。ねえ、クリスティーネ。もし、好きな人が出来たら、一番に教えてね」
ラウラがそう言うと、クリスティーネはちょっと複雑な表情をしたあと頷いた。
そうして、二人部屋の生活が始まった。
——それから、数日経った。
ラウラとクリスティーネは一緒の部屋になったことで、攻略対象達から避けると作戦は成功していた。
常に側にいるようになったので、男達はクリスティーネに近づけないようで、喋りかけてくることもない。
しかもそのお陰で、貴族たちにいらぬ嫉妬を買うこともなくなっていじめもなくなった。
因みに、クリスティーネがラウラの部屋に住むことも、ラウラのいつもの我儘だと思われたようで何も疑問に思われなかった。
「クリスティーネ。ここ、教えて?」
「はい、あ、ここはですね……」
今日は図書室の奥、人気のない場所でクリスティーネとラウラは二人で勉強していた。
二人で行動するようになって、これも良かったことの一つだ。
クリスティーネは優秀な人材ということでこの学園に入学してきた。当然勉強も出来る。いじめられて一時は勉強をまともに出来なかったようだが、今は問題なく出来るようになって、あっという間に遅れを取り戻した。
そして、ラウラも今後何がおこるか分からないからと、勉学に励んでいたので、ついでに教えて貰っているのだ。
「えーっと、そっか、ここはこういう事かな?」
「はい、正解です」
ラウラは前世の記憶があるのだが、記憶が曖昧なところも多く。授業にはなんの役にも立っていない。まあ、歴史や文化がかなり違うし、言語も違う。共通なのは数学ぐらいだが、前世のラウラはそもそも数学が苦手だったので、まったく意味がなかった。
転生したのに、チートもなくて死亡ルートはあるってどういうことなんだと、神様に問い詰めたいとラウラは思った。
それでも、頑張ればどうにかなるもので徐々にだが成績は上がってきている。
「クリスティーネは教えるのが上手いわね。おかげで助かるわ」
「いえ、ラウラ様がコツをつかむのがお上手いからだけですわ、私は普通の事をしているだけですもの」
そう言ってクリスティーネは微笑む。
図書室にはそとからほのかに日の光が差し込んでいて明るい。その光はクリスティーネも照らしてして、まるで自ら発光しているようにも見えて綺麗だ。
「それでも、クリスティーネが丁寧に教えてくれてるからよ。でも、まだまだ勉強は足りないからこれからも付き合ってもらうからね」
「はい!」
「また、面倒なこと頼んでるのに、そんなに嬉しそうなのよ……」
クリスティーネはやたらといい笑顔で答えた。ラウラは呆れて言った。
「ラウラ様、そろそろお茶会が始まりますわ」
「あら、もうそんな時間なのね。行かなくちゃ」
しばらく勉強しているとクリスティーネが行った。ラウラはそう答えて、立ち上がるとノートをたたんだ。
お茶会は、陽当りのいい中庭のあずまやで行われる。中庭にはラウラの取り巻き達が待っていた。ラウラにも付き合いと言うものがあるのだ。
今日はいい天気で、お茶会は和やかに進む。
「そういえば。最近、ラウラ様雰囲気が変わられました?」
「え?そ、そうかしら?」
ラウラは、思わずギクリとした。前世の記憶を取り戻したことを言っているのだろうか。出来るだけ自然にしていたつもりだが、何か不自然な言動をしてしまったのか。
「なんというか、少し雰囲気が柔らかくなったような……あ、いえ。以前とげとげしかったわけではないですけどね……」
慌てたようにフォローしたが、計なことも言ってしまっている。しかし、ラウラはホッとする。変には思われていないようだ。
むしろ、今後の事を考えて性格を変えようとしているのだから、こう言っているということはラウラの作戦は上手くいっているということだ。
「ええ、まあ。私もいい年齢ですし、落ち着かなければと思って……」
ラウラは得意げに言うと、澄ました顔でお茶を飲んだ。
「まあ、素晴らしいですわ。ラウラ様」
「本当に、そうですわね。私には思い付きませんでしたわ」
たいした事も言っていないのに、取り巻き達は大げさなくらいにそう言った。
そうして、何事も無く会話は進んだ。
しばらく話していると、後ろで控えていたクリスティーナがラウラに声をかける。
「ラウラ様、そろそろ次の授業が……」
「ああ、そんな時間なのね。それでは皆さん失礼しますわ」
ラウラはそう言って、席を立った。クリスティーネと教室に向かう。
「いつも、後で待ってもらってて悪いわね」
ラウラは申し訳なさそうに言った。みんなにはクリスティーネは下僕だと言っている手前、一緒のテーブルに座らせるわけにもいかなくて、少し後で立って待って貰っているのだ。
教科書や荷物も持たせてたりするので、申し訳なくなっている。
「ラウラ様、私は気にしていませんわ。立ってるだけですし。それに、身分の違う私がいても変な雰囲気になってしまうだけですし……」
クリスティーネは首を振ってそう言った。
「ごめんね……あ、そうだ。お菓子を、持って帰ろうと思っていたのを忘れてたわ」
ラウラは思い出してそう言った。お茶の時間には沢山のお菓子がテーブルに並ぶ。しかし、そのお菓子はほとんど食べられる事はない。
だから、すこし持ち帰ってクリスティーネに渡そうと思っていたのだ。最近は大分ましになったが、クリスティーネは相変わらず細い。
ラウラは慌てて、元来た道を戻った。
「落ち着かなければって……元が酷すぎるから、落ち着いても普通には程遠いわね」
戻ると、取り巻き達の会話が聞こえてきた。クスクス笑いながら明らかにラウラを馬鹿にしたような話をしてる。
「本当ね。地位が高いってだけで、よくあんなに我儘になれるわよね」
「まあ、あれだけ勘違いが出来るのって、ある意味幸せなのかもしれないわね」
ラウラはそれを黙って聞いていた。
「あの、ラウラ様……」
クリスティーネがおずおずと声をかける。
「ごめんなさい。お菓子は無理そうね。授業もあるし戻ろうか」
ラウラはそう言ってまた元来た道を戻る。
「は、はい……」
「クリスティーネ。私は大丈夫よ」
心配そうな顔をしているクリスティーネに、ラウラは言った。
「でも……」
「貴族同士の付き合いなんて、こんなものよ。裏でコッソリ言っているならむしろ、親切なくらいよ」
教室に向かいながら、ラウラは苦笑して言った。実際そうなのだ。あれくらいはあって当然だし、ラウラの昔の性格を思えば言われていない方がおかしい。
だからこそ、何かあった時の準備が重要なのだ。地位一つでも無くしてしまえば、誰もたよる事はできなくなる。
「でも、ラウラ様はお優しいし、立派な方なのに……」
クリスティーネは、陰口を言われたラウラより悲しそうな顔で言った。
それを見てラウラはまた苦笑した。クリスティーネは純粋すぎる。あまりラウラの昔の事を知らないのだとしても、どうしてこんなに優しくできるのだろうと思った。
ラウラは自分でも酷い性格だったと思うし、今もそんなに良くなったとは思っていない。
「ありがとう。クリスティーネ、あなたが分かってくれればそれでいいわ」
そう言って、ラウラはクリスティーネの手を握る。
「ラウラ様……」
そうすると、クリスティーネの表情も和らいだ。そして二人は今度こそ、教室に向かった。
そんな風に、日々は何事もなく過ぎていた。多少ギスギスしたこともあったが、平和に時間が流れている。
王子達もクリスティーネがラウラと常に一緒にいるせいか、姿を見ることもほとんどなくなった。
ラウラはホッとした。このまま、平和なままでなんとか二人で、この学園を卒業出来るのではないかと思った。
しかし、そうはいかなかった——
ある日、クリスティーネが行方不明になった。
本当に突然、授業で使っていた教科書も残して姿を消してしまった。
ラウラは当然、必死に探した。
取り巻き達にも探させ、周りに聞きまくって探したがクリスティーネは見つからなかった。
行方が分からなくなったのは、まだ明るい昼間のことだ。その時はクラスが別れていたので別々だった。しかし、クラスが別とはいえ教室もそこまで離れていない。人目もある。終わればすぐに合流する予定だったから、まさかいなくなるとは思わなかった。
クリスティーネが自分からいなくなるとは考えられない。
「どこに行ったの……」
ラウラは冷静になれと自分に言い聞かせて、どこにいるのか考える。
この学園は、国の要人の子供が多くいる学園だ。
だから厳重に外からの脅威から守られている。高い壁が周りを囲み、屈強な兵士が見回っているのだ。壁は二重になっていて、等間隔に高い塔が建てられて、常に誰かが監視している。危険な物を引き入れないためだ。
そして、そのお陰でここから外に出ることも難しい。
クリスティーネはこの学園の中にいるはずだ。
「可能性が高いのは攻略対象達ね……」
確かストーリーが進むと、ルートによっては攫われて軟禁されるルートもあった。しかし、同じ部屋になってからクリスティーネは、彼らとは話すこともなくなったと言っていた。
だから、ストーリーは進んでいないはずだ。それとも、またラウラが介入した所為で何かが変わってしまったのか。
取り敢えず、ラウラは攻略対象達のことも調べた。
直接接触して聞いてみたり。周りの人間に聞きまわって、当日の行動も調べた。
一番可能性が高いのはアドルフだ。サディストで乱暴で性格も横暴。頭に血が上りやすくてすぐに手を出す。
クリスティーネの体についていた傷は、ほとんどがこいつの所為だ。
しかし、いくら探ってもそれらしいものは見つからなかった。直接聞きに行っても、知らないと言われ、逆にお前が何かしたんじゃないかと言われてキレられた。
これ以上聞いても、怒って何をするかわからないので引き下がるしかなかった。
「アドルフは可能性は低いか……。じゃあ、シャルルかフレデリック?」
シャルルも攻略対象の一人だ。一見するとかなりまともな性格の男で優しく、思いやりがある。
当然イケメンで、人気もある。
しかし、一度好きになってしまうと途端に相手を束縛してくる嫉妬深い性格をしている。何をしていたか嗅ぎまわり、行動を制限しようとするし、自分以外の男と喋ろうものなら、問い詰めて、最終的には暴力に至るヤンデレだ。
もう一人のフレデリックは、かなり社交的な性格で明るく友達も多いキャラ。
女性にも優しいので、モテるが来るもの拒まずで遊び人でもある。昔から、女を切らせた事がない。
しかし、実は過去に母親を無くしていて、母という存在に特別な感情がある。いわゆるマザコンだ。
そして、クリスティーネの聖母のような優しさとどこか母親に似た面影があり、惹かれて好きになる。
このキャラは選択肢さえ間違わなけば、かなり感動するストーリに発展するのだが、選択がかなり渋いキャラで、一度でも間違うと母親と違うと言って逆上する。
しかも、ちょいちょい、母親の話を持ち出してヒロインを母親と重ねたりして、ぶっちゃけキモイ。
ゲームなら許されるギリギリだが現実でやられるとかなりきつい。
アドルフの次に怪しいのはこの二人になる。思い込みで、何か突発的に起こしそうなキャラだ。
早速、ラウラはこの二人も調べた。
しかし、こちらもアドルフと同じく、この二人がクリスティーネを攫った形跡や証拠はみつからなかった。
そんな事をしているうちに、クリスティーネがいなくなって一週間が経ってしまう。
「どうしよう……」
ラウラは流石に焦ってきた。こんなに時間が経ってしまうと、最悪の事態も考えられる。
「後、残るのは最後の攻略対象……カミーユか……」
カミーユは攻略対象達の中で一番大人しい性格のキャラだ。美しい物が好きで、それを愛でるのが好きといった側面がある。いわゆる美術品コレクターでもあり、特に美しい人形を集めるのが趣味。
最初は、クリスティーネの美しい容姿に一目惚れして、会話をしていくうちに内面の美しさにも惹かれていくようになる。
「カミーユの可能性は無いと思ったんだけど……」
カミーユは物静かで、どちらかというと聡明なキャラだ。暴力はほとんど振るわないし常に紳士に接してくる。なにより美しい物を傷つけるという行為を嫌っているから、こんな乱暴なことをするとは思っていなかった。
もし最悪、クリスティーネが攻略対象達の中で選ばないといけなくなったら、カミーユだろうとも思っていたぐらい、この中では一番ましな性格とルートなのだ。
もし、ハッピーエンドにいくことが出来たら。本当に大事に扱われ、溺愛される結末になる。
あえていうなら、人形に対する愛情が異常でそれが、ちょっと気持ち悪いくらいだ。それでも、最後には人形よりもクリスティーネを愛するようになるといった最後なので、とても平和な感じでラストを迎える。
「カミーユのバットエンドって、どんなのがあったっけ……」
カミーユは攻略対象達の中では地味なキャラだった。いわゆるオタクで、派手な行いもない。言動が少し臭いがそれくらいだ。
そのせいか、印象も薄い。ラウラもよく覚えていなかった。必死に記憶を手繰る。
「たしか、バッドエンドは……結構気持ち悪いのが多かったような……あ!!」
記憶を探って、やっと思い出した。
「や、やばい。なんで今まで忘れてたんだろう……攫ったのはきっとカミーユだ」
ラウラは顔面蒼白になる。カミーユのバッドエンドの中に、クリスティーネを攫うというルートがあったのだ。
「でも、ストーリ的にはそこまで進んでないはず……なんで……とりあえず探ってみるしかないか」
ラウラは急いで、カミーユの周辺を調べた。
一見すると、カミーユには不審な行動は見られなかった。しかし、ラウラにはゲームの知識がある。
ゲームを知っていないとわからない情報があるのだ。それを元に調べると、思った通り、クリスティーネがさらわれたらしき形跡を見つけた。
「多分、クリスティーネはあそこに連れ込まれてるはず……でも、助けるにしても私一人じゃ、危険すぎる……」
人を攫うなんて完全に犯罪だ。そして、それを簡単にしてしまえる人間なのだ。失敗すれば、こちらの死亡フラグが立つことになる。
「“あれ”に助けてもらうしかないけど……」
ラウラは“あれ”のことを思い出して苦い顔になる。
「仕方ないか……」
ラウラは決意を固め、ある場所に向かった。
そうして、ラウラはやれる手配をすべてとって、クリスティーネが囚われているだろう場所に向かった。
「ここのはず……クリスティーネ、待ってて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます