悪役令嬢は今日もヒロインを救う

ブッカー

第1話 悪役令嬢とヒロイン

「クリスティーネ!どこにいるの?!」


ラウラはそう言って、人けのない教室の扉を開けた。教室には一組の男女の陰があった。

しかも、男が女を壁に手をつき、追い詰めるような体勢になっている。

女の方はラウラが探していた人物だった。


「クリスティーネ!こんなところにいたのね!本当に愚図なんだから!」


ラウラは怒り狂ったように言って、男にかまうことなく、クリスティーネに近づくと乱暴に腕を掴み引っ張った。


「あ!も、申し訳ありません。ラウラ様……」


クリスティーネは泣きそうな顔になりながら、擦れるような声で言った。


「謝ってすむ問題じゃないわ!私に手間をかけさせるなんてどういうつもり?後でお仕置きよ!」


クリスティーネは顔眉を吊り上げ、怒鳴りつける。


「ラウラ嬢、そんなに怒鳴ることないだろう」


そう言ったのは、クリスティーネと一緒にいた男だ。男はすらりとした体躯に、男らしく整った顔のイケメンだ。


「まあ!アドルフ様」


相手の男に気が付いて、ラウラは途端に相好を崩し、媚びるような声で言った。


「こんなところで、どうされたんですか?あ!クリスティーネがなにか粗相をしたのですね!」


そう言ってクリスティーネを睨む。睨まれたクリスティーネはビクリと身をすくめた。


「いや、大丈夫だ。それよりクリスティー……」

「そうだ!アドルフ様。お昼にでも、お友達とお茶をしようって話ていましたの。アドルフ様もいらっしゃらない?」


ラウラはアドルフの言葉を遮るように言った。また、媚びるような猫なで声だ。

それにアドルフは少し、嫌そうに顔をしかめた。


「いや、私は遠慮しておくよ。それより、クリ……」

「あら、そうですの。残念ですわ。あ!それよりもうすぐ授業が始まるじゃないの。まったく!遅れたらあなたのせいよ、クリスティーネ!さあ、行くわよ!」


ラウラはまたアドルフの言葉を遮ると、乱暴にクリスティーネの手を掴んだまま、強引に教室から連れ出した。

誰もいない廊下を二人は速足で歩く。カツカツとした足音はラウラ、その後にヨロヨロとした足取りのクリスティーネがついて来る。


「ラウラ様……ありがとうございます」


クリスティーネは掴まれていた手にそっと手を添えて言った。その手は白く小刻みに震えている。

ラウラは歩調を緩め、背後を振り返り周りに誰もいないことを確かめた。

学園は授業が始まっているからか、辺りは静まり返っている。


「もう、大丈夫そうね……」


ラウラは、ため息をついてそう言った。


「も、申し訳ありません……」

「いいのよ。あなたが謝る事ないわ。それより、あいつに何されたの?」


ラウラはそう言って、クリスティーネの震える手を握る。寒い季節でもないのにクリスティーネの手は氷のように冷たくなっていた。


「あ、あの……」


クリスティーネは言葉を濁らせ目を潤ませた。何か思い出したのか、まだ手が震える。体を縮こませて胸元の服をギュッと掴んだ。

よく見るとボタンがちぎれて取れているし、スカートもくしゃくしゃに乱れている。


「ちょっと見せて」


ラウラはそう言ってクリスティーネの腕をつかみ、袖をめくった。白く細い腕にはくっきりと、大きな手で掴んだような痕が残っていた。


「これは……」


ラウラも腕を掴んだがこんなに大きくないし、実はそんなに力も加えてない。

そもそも、ラウラは16歳の女だ。そんなに力を入れてもこんな風にはならない。どう考えてもさっきの、アドルフだろう。


「きゅ、急に腕を掴まれて……嫌だって言ったのに……あの部屋に連れ込まれて……それで……」


クリスティーネはなんとか話そうとするが、震えているせいか声を詰まらせる。目からは涙が溢れそうになっている。

それを、見てラウラは、何でこんな事になったんだろうと、ため息をついた。


この世界は、乙女ゲームの世界だ。

ラウラは前世でそのゲームが大好きだった。そして、ラウラはそのゲームの中でヒロインのライバル役的な立場の悪役令嬢だ。

それを思い出したきっかけは、そのゲームの主人公でヒロインのクリスティーネがこの学園に入学してきたことだった。

ラウラは彼女の姿を見て前世の記憶を思い出し、この世界が乙女ゲームの世界だと気が付いたのだ。


そして、目の前で怯えて泣きそうになっているのが、ゲームのヒロインだ。


「とりあえず、落ち着くところに行きましょう」


そう言って、ラウラは歩き出す。こんなとことろではゆっくり話も出来ない。


「あ、でも授業は……」

「今日ぐらい大丈夫でしょ。それより、その服もどうにかしないと」


ラウラはそう言った。そんな格好では授業なんてまともに受けられるとは思えない。

そうして、ラウラとクリスティーネはラウラの部屋にむかった。


ラウラの前世は平凡なOLだった。

ゲームやアニメが好きで、乙女ゲームにも嵌っていた。その中でも好きだったのが『トワイライト・アビス~囚われたリリアス~』という乙女ゲームだった。

ストーリーは、王族や貴族が集められた『トワイライト学園』にヒロインが入学するところから始まる。

ヒロインは孤児院出身だが、優秀さを見込まれ、才能を生かすために平民ながらこの学園に入学できることになった。そして、そこで出会ったイケメン達と恋をするというものだ。


ラウラは最初それを思い出した時、正直嬉しかった。

ラウラが死んだのは、就職に失敗し。鬱になって体調を崩して病気になったのが原因だ。お金も無く寂しく一人で死んだ。

転生した時ラウラは16才だった。しかも、公爵令嬢で地位も高い。前世は何もなさずに中途半端に死んでしまったので、これから人生をやり直せると思った。


しかし、喜んだのはそこまでだった。自分がその乙女ゲームの悪役令嬢だと思い出したからだ。

この乙女ゲームはちょっとゴシック系の雰囲気があり、内容もちょっと過激がシーンも含まれていて、対象年齢も高めだった。

そして、そんなゲームだからルートによってはライバル役のラウラはかなり残酷な殺され方をする。

それを思い出した時、ラウラは絶望した。せっかく生まれ変わったのに、またもや死ぬ運命なんてあんまりだ。

だから、ラウラは死亡フラグを回避するために、ヒロインには関わらないようにしようと決めた。


「ラウラ様、どうされたんですか?」


部屋に入ると、ラウラ付きのメイドが不思議そうな顔でそう言った。そして、後について来ているクリスティーネに気が付いて、訝しげな表情になる。


「また、この子が粗相をしたのよ。だから今からお仕置きしてやるのよ」


ラウラは意地悪そうな表情をしてそう言った。メイドは、ラウラの背後で目を真っ赤にしているクリスティーネを見て、少し気の毒そうな表情になった。

ラウラは部屋に入ると、メイドに命令する。


「少しお腹が空いたわ。お菓子と紅茶を持ってきて」


メイドは「かしこまりました」と言って部屋を出ていった。


「これで、しばらくはゆっくりできるわ」


メイドが出て行くと、ラウラは意地悪な表情を和らげソファーに座った。

クリスティーネも遠慮がちに隣に座る。

相変わらずクリスティーネの顔色は悪い。


悪役令嬢であるラウラがヒロインのクリスティーネと関わるようになったのか、それには訳がある。


幸いにもラウラは攻略対象の婚約者だったり、深い関りがある人物ではなかった。

どちらかというと嫌な貴族の代表といった感じで、モテるヒロインに嫌味を言ったり、いじめをする程度だっだ。

ライバルというより、恋する二人のちょっとした障害になるような人物だった。

ゲームの中では姿絵も三種類くらいしかない、かなりモブに近い存在だ。

だから、死亡フラグ回避は比較的簡単に出来るだろうと思った。

そして、その目論見は当たる。

しばらくすると、ヒロインはラウラが何もしなくても攻略対象達と出会い、順調に距離を縮めているようだった。

ラウラはホッとした。

乙女ゲームの世界に転生して、イケメンたちと何かあるかもなんてちょっと思ったものの、やっぱり命には代えられない。

それに攻略対象以外にも男はいるのだ、その中で自分らしく恋が出来たらいいじゃないかとラウラは思っていた。


「も、申し訳ありませんでした。ラウラ様……」

「さっきも言ったけど、気にしないで。それより怪我はない?他も見せて」


ラウラはそう言ってクリスティーネを立たせて、服を脱がせる。


「幸いにも今回は腕を強く掴まれたくらいで……ラウラ様が来てくださったのでそれだけでなんとか……」

「それだけって……服を破かれてるのに……」


ラウラは眉をひそめた。


ラウラは死亡フラグを回避する以外にも、やらなければならない事があった。それははラウラ自身の事だ。

ラウラは悪役令嬢になるだけあって、前世の事を思い出すまでかなり性格が悪かった。

傲慢でわがまま、周りから常に注目を集めていないと気が済まなくて。気分屋で突然ヒステリーを起こしたように喚いたりする。それでも、ラウラの地位は高いので誰も注意出来ず。勘違いしたまま生きてきた。

しかし、前世の記憶を思い出した今は自分を客観的に見られるようになって。この性格の不味さに気が付いた。

例え、死亡フラグを回避できても周りから嫌われて、殺されてしまうなんてこともありうる。

しかし、いきなり言動を変えると変に思われてしまう。

だから、変に思われない程度に徐々に変えていくことにした。怒鳴る回数を減らしたり、出来るだけにこやかな態度を心がけるとか。あとは勉学に真面目に取り組んだりした。

特に勉強はしっかりやった方がいいだろうということで真面目に勉学に取り組んだりした。殺されなくても、ルートによっては没落するルートもあった。何があってもいいように準備しておかなくてはと思った。


「でも、ラウラ様と初めて出会った時はもっと酷かったですから……」


クリスティーネは思い出すように言った。


「そうだったわね」


ラウラは苦笑しつつ、その時の事を思い出す。

ある日、ラウラはうっかりヒロインであるクリスティーネと鉢合わせてしまった。

本当なら何も言わず、無視して通り過ぎたかったところだ。そもそも、それまで話したこともないのだからわざわざ話す必要もない。

しかし、事態はそうは簡単にいかなかった。

その時、クリスティーネはすでに攻略対象達と距離を縮めていて、それを面白く思わない女性達にとても嫌われていた。

そして、ラウラの以前の性格を考えると何かしない方がおかしい。

しかも、その時ラウラの周りには取り巻きもいて、クリスティーネは一人だった。

そんなわけで、この状況でラウラがクリスティーネに嫌味の一つでも言わなければ不自然に思われると思った。

なんとか早く終わらせようと頭を働かせながら、ラウラはクリスティーネに詰め寄り理不尽な嫌味を浴びせた。

その時、クリスティーネがふらりとよろけた。ラウラは咄嗟にクリスティーネの腕を掴んだでしまった。

そしてその腕が、病的に細くてなっていることに気が付いた。

しかも、クリスティーネは真っ青で目に生気もない。よく見てみると服のすそから、小さな痣や傷がついているのが見えた。

ラウラは何かおかしいと思った。

そして、咄嗟にクリスティーネを自分の部屋に連れて帰ったのだ。取り巻きには変な顔をされたが適当に言い訳をしてあしらった。

そうして、二人っきりになるとラウラはクリスティーネの服を脱がせた。

クリスティーネの体は、外から見える以上に酷い状況だった。

大きな痣は勿論、赤い蚯蚓腫れや傷もある。さらには、首には絞められたような痕まであった。

突然部屋に連れて来られ、服を脱がされたクリスティーネは完全に怯えた表情で震えていた。

また、何かされると怯えている目だ。

ラウラは唖然とした。なんでヒロインがこんな酷い状況になっているのか。

そこで、思い出した。そういえばこの乙女ゲームの攻略対象者達はちょっと強引だったり乱暴だったり、性格が歪んでいる者ばかりなのだ。いわゆるヤンデレ系のキャラで、ゲームはちょっと大人向けだったし、過激な描写もあった。

みんなイケメンだし、地位もある。そんな男に好きがゆえに、ちょっと乱暴にされたり強引な事をされるのはなんならちょっと嬉しいし、ときめいてしまうだろう。

何よりゲームという創作物だから前世のラウラは気にしてなかった。

しかし、現実にいたらただのDV野郎だ。

怯えるクリスティーネによくよく聞いてみると、案の定その傷は攻略対象達につけられたそうだ。さらには貴族たちのいじめも加わって、クリスティーネは立っているのもやっとという状況になっていた。

ラウラはまさか、こんなに酷いことをされているとは思わなかった。

最終的に誰かとハッピーエンドになるんだとしても、いくら何でも酷い。


そしてさらに思い出した。

乙女ゲームの『トワイライト・アビス~囚われたリリアス~』は豊富なエンディングが売りだった。トゥルーエンドはもとよりハッピーエンドも分岐によって複数あり、バッドエンドの数はさらに多い。

暗い雰囲気のゲームなのもあってバッドエンドは結構残酷で、普通に死ぬ方が楽なんじゃないかと思うようなエンドもあった。

しかもトゥルーエンドは基本的に軟禁されて終わる。基本的に軟禁エンドってなんだって感じだが、そんなゲームなのだ。

ラウラはぞっとした。改めて考えてみると、ラウラなんかより、クリスティーネはよっぽど死亡フラグにさらされている。


そして、さらに思い出す。

ゲームでは一人の攻略対象と仲良くなると、他の対象者とは関係が薄くなるシステムだった。攻略対象者によってストーリーが変わるからだ。

しかし、クリスティーネはどの攻略対象とも距離を縮めている。

嫌な予感がした。

もしかしたら、ラウラが関わらなかったから、本来のストーリーと変わってしまったのかもしれない。

ゲームと現実は違うのだからそうとは限らないし、もしかしたら関わっていてもこうなったのかもしれないが今更確かめるすべはない。

いじめている他の貴族がどうなっても自業自得だからいいが、クリスティーネは何の罪もない。

それに、ラウラにとってもこのゲームは特別好きなゲームだったし思い入れもあった。

特に、ヒロインのクリスティーネは優しく純粋で、憧れにも似た感情を持っていた。

何より、目の前でこんなものを見てしまったらほおっておけなくなった。

小説や漫画、ゲームなら作り物として楽しめるが、これは現実だ。

だから、ラウラはヒロインのクリスティーネを助けようと決めたのだ。


「前つけられた痣も大分ましになったようね……」


ラウラはそう言った。

クリスティーネの体には腕にある手の痕以外には新しい傷はなかった。残っているのは以前付けられたものの大分薄くなった傷だけになっている。

アドルフは攻略対象の一人だ。いわゆる俺様系で、ちょっとSっ気があるキャラだ。

クリスティーネの体の傷は大体こいつが付けた。

ゲームでは乱暴をして、嫌がったり痛がったりするクリスティーネが可愛いくて好きになる。見方によっては完全なる変態だ。

何度も言うが創作物なら楽しめるが、現実にいたら絶対に近づきたくない。いくら最終的に両想いになるのだとしてもだ。


「はい、ラウラ様がすぐに来てくださったので……壁に押し付けられた時に背中をぶつけたくらいです」

「それなら、よかった」

「あ、あの……もうよろしいですか?」


クリスティーネが恥ずかしそうに言った。女同士でも流石に裸を見せるのは恥ずかしかったようだ。


「ああ、ごめんなさい。いいわよ」


ラウラがそう言うと、クリスティーネは服を直す。

その時、ドアがノックされた。


「お菓子と紅茶をお持ちしました」


メイドが戻って来たようだ。「入っていいわよ」とラウラが言うと。メイドは部屋に入ってきてお茶の準備を始める。

メイドはクリスティーネをチラリと見た。クリスティーネはソファーに座り体を縮めている。きっとメイドは破れた服も見ただろう。


「ありがとう。それが済んだらしばらく下がって頂戴。私はまだこの子とお話があるの」


ラウラはまた意地悪い顔してそう言った。

メイドは「かしこまりました」と言って、静かに部屋を出て行く。


「とりあえず、紅茶でも飲んで。落ち着いて。温まるわよ」


メイドが遠ざかった事を確認すると、ラウラは表情を元にもどしてそう言った。

クリスティーネはコクリと頷くと紅茶に手を伸ばす。手はもう震えていない、大分落ち着いてきたようだ。

一口紅茶を飲むと、クリスティーネはの少し表情が柔らかくなった。

その表情に、ラウラは思わず見惚れる。

クリスティーネはとても美しい。流石ヒロインだ。

銀の髪は角度によってほんのりとピンク色にけぶっていて、思わず触ってみたくなるほどサラサラだ。瞳は淡いスミレ色、潤んだ瞳は宝石のようだ。陶器のように白い肌に、ほんのりピンク色の小さな唇。

体は細いがしなやかで、腰は触れたら折れそうなほど細い。それでいて得も言われぬ色気が漂っている。

破れてしまった服もむしろ悲愴感で美しさを際立させていた。


「少しは落ち着いた?」


ラウラがそう聞くと、クリスティーネは少し恥ずかしそうに頷いた。


「ありがとうございます。ラウラ様……」

「いいのよ。それより、その服をどうにかしないとね。代わりになりそうな物を持ってくるわ。とりあえずそれ脱いで、これでも羽織っておいて」


ラウラがショールを渡すとクリスティーネは素直に受け取り、破れた服を脱ぎはじめた。


「ラウラ様、いつもありがとうございます。こんなに良くしていただいて……いいんでしょうか?」


クリスティーネは困惑したように首を傾げ、言った。そんな遠慮がちな姿も可愛らしい。


「いいのよ。気にしないで。それよりこれ、クリスティーネに似合いそうじゃない?」


そう言ってラウラは自分のクローゼットから見繕ってきた服を、クリスティーネに合わせる。淡い色のピンク色の服だ。クリスティーネの髪の色とよく似合う。


「いいのですか?」


クリスティーネは困ったように言う。


「いいのよ。服は沢山あるし、こんな色、私に似合わないから」


ラウラは苦笑しながら言った。


「そ、そんなことありませんわ。ラウラ様はお美しいから、どんなお色でもお似合いですわ」


クリスティーナが慌てて言った。

ラウラは悪役令嬢としての役割のためなのか、見栄えはそこそこに良い。

髪色はブルネットで、目は燃えるような赤色。ちょっと吊り上がっていて気の強そうな感じだ。

だから、たしかに整ってはいるが全体的に派手な印象があって、間違っても淡いピンクなんて似合いそうにない。


「お世辞なんていいから、早く着替えてちょうだい」


ラウラは苦笑しつつもそう言った。


「でも……」

「これは命令です。あなたは私の下僕なんですから言う通りにしなさい」


ラウラはわざとらしく怒った顔をして言う。そこまで言うと流石にクリスティーネは苦笑しつつ、逆らう事なく服を受け取った。

そう、今クリスティーネはラウラの下僕という立場になっている。

ラウラがクリスティーネを助けると言っても、そんなに簡単には出来ない。急にラウラがクリスティーネを庇ったりしたら変に思われるからだ。

だからラウラは、あえて虐めているという体裁でクリスティーネを下僕ということにした。


『部屋にいる時はメイドがいるけど、教室には使用人がいないでしょ?だからってお友達にそんなこと頼めないもの。だから、クリスティーネに世話させてあげてるの』


ラウラは周囲にこう言って、クリスティーネを側に置いている。

もちろん直接何かしたりはしない。

おかげで、ラウラの以前の性格から言いそうだと思われたのか誰にも疑われなかった。


「破れてしまった服はもういいわね。丁度いいから……」


ラウラはそう言ってクリスティーネの破れた服を手に取る。そうして、ジャバジャバと紅茶をかけた。

そして、外で待機しているメイドにこれ見よがしに見せると「捨てておいて」と渡す。


「これで、よしっと」


きっと、ラウラがクリスティーネに熱いお茶をかけて服を破ったように見えるだろう。ついでに部屋から遠ざけることが出来た。


「あ、あの。着替えられました……」


クリスティーネが遠慮がちにそう言った。


「うん、やっぱりよく似合ってる」


ラウラは思わずうっとりと魅入った。予想した通り、淡いピンクの服はクリスティーネの髪によく似合い、幻想的な雰囲気に仕立て上げている。

綺麗なお花畑にでもいたら、妖精と見間違えてもおかしくないくらい綺麗だ。

クリスティーネはラウラの言葉に恥ずかしそうに目を伏せ微笑んだ。


「ラウラ様……私なんてそんな……」


その控え目なしぐさですら、よく似合っていた。

ラウラは心の中で身悶える。クリスティーネは本当に可愛い。笑った表情は本当に花が咲いたようだ。

クリスティーネを助けると決めた時はどうなるかと不安だったが、こんな風ににこやかに話せるようになったのは、思わぬ役得だった。

最初は戸惑っていたクリスティーネだったが、ラウラが助けようとしているのが分かったのか、最近は心を許してくれるようになった。

なんせ、ヒロインになるような可愛い女の子と仲良くなれたのだ。男達もまだここまで仲良くもなれていないようだから、こんな顔も見たことがないだろう。

そう思うとラウラは変な優越感に満たされる。


「ふふ、よかった。顔色もよくなってきたみたいね」


さっきは真っ青だった顔色も、ほんのりとピンク色に変わっていた。


「本当にありがとうございます」

「いいのよ。それにしても、今日は間一髪だったわね。間に合って良かった」

「申し訳ありません。ちゃんと私が断っていれば……」


クリスティーネは申し訳なさそうに言う。


「仕方がないわよ。あいつは仮にも王子だもの。変に逆らわない方がいいわ」


そう、実はアドルフは王子だ。しかも他の攻略対象者達も王子だったりする。

彼らは別に兄弟というわけではない。別々の国の王子だ。

これには色々ややこしい設定がある。

ここトワイライト学園はオブスクリータース帝国の帝都にある。彼らはオブスクリータース帝国の傘下だったり同盟国の王子だ。

トワイライト学園はそんな人物を集め、優秀な人材を育てるために作られた学園なのだ。

なんでこんなにややこしい設定なのかというと。

乙女ゲーム『トワイライト・アビス~囚われたリリアス~』が色々なタイプの王子様と恋が出来る、がコンセプトだからだ。

公平性を保つために学芸会で主役が5人になったみたいな話だが、そんなわけで彼らの地位はても高い。

クリスティーネが拒否してもどうにかなるものではないのだ。

ちなみにラウラはオブスクリータース帝国の公爵令嬢だ。

王子達に比べれば地位は高くないが、国的には立場は上なのでお互いに下手なことはできない。下手をすれば国際問題に発展するからだ。

そんな微妙な立場にあるので、ラウラは表でクリスティーネをいじめつつ男達から守っていかないといけないのだ。


「私ももっと早く見つけられていれば良かったのだけど……」


ラウラはため息を吐く。


当初はクリスティーネを助けることは不安はあったもの勝算はあった。

このゲームは会話をしたりエピソードを重ねることでストーリーが進むゲームだ。だから、出来るだけ攻略対象達と会わせないようにすればどうにかなるはずだった。

それに、ラウラがそうだったようにゲームの強制力のようなものもないのだ。


しかし、クリスティーネずっと見張っているのも難しく。ゲームをしていた時は細かい時間などが表示されていたわけでもない。しかも、もうすでに攻略対象達とある程度距離を縮めてしまっているのも難しくしている要因だ。諦めろと言ったところで、言う通りになるとは思えない。

今日のように、いきなりどこかに連れ込まれたりすれば見つけることは難しくなる。

それに、ゲームの事を完全に覚えているのかと言われれば自信はない。なんせ、前世でプレイしていたゲームの記憶だ。忘れていることもあるだろう。


「いえ、ラウラ様は十分早く来てくださいました。あの時、アドルフ様が突然『お前が誘ったんだ』っておっしゃって腕を掴んで……私、何もしてないのに、どうしていいかわからなくて……」


クリスティーネは思い出したのか、また顔を白くさせ怯えたような表情になる。この手のゲームではよく聞くセリフだが、クリスティーネにとっては恐怖でしかないのだろう。


「とりあえず、これから対策を考えないと埒があかないわね」


ラウラはそう言ってため息を吐く。一応、考えていることはあるのだが、上手くいくかわからない。

そんな事をしているうちに、今日の授業は終わってしまった。クリスティーネは自分の部屋に帰る。


「クリスティーネ、帰りは気を付けてね。最近、変な事件もあるみたいだし……」


ただでさえ攻略対象の事で大変なのに、最近学園では人が行方不明になるという事件があった。詳しいことは分からないが人が居なくなったのだ。

事故なのか事件なのかはまだ分からない。

ゲームでは出てこなかった事件なので大丈夫だと思うが、気を付けるに越したことはない。


「流石に大丈夫ですわ、私の部屋は隣の建物ですし……」


心配するラウラにクリスティーネはそう言った。


「でも、何があるかわからないし……そうだ、寒いかもしれないからこのストールあげる。それから、このお菓子も食べなさい。あなた痩せすぎなのよ」


ラウラはメイドに持って来させたお菓子を全部紙ナプキンに包んで渡すを押し付けた。クリスティーネは苦笑気味だ。


「ありがとうございます。いただきます」


そうしてクリスティーネは自分の部屋に戻った。

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