城光寺裕太が医者を目指した本当の理由

 妹が死んだのは本当に突然でした、1日前までは元気でしたから。ちょっと風邪気味で、その頃嘔吐下痢も流行っていて、下痢はしていたみたいですけど。それで突然痙攣をしだしたんです。熱もあったので、熱性痙攣でしょう、と親には説明されたみたいです。でもいきなり慌ただしくなって、突然危ないかもしれませんって言われて、その後突然亡くなりましたって言われたそうです。

 病名は心筋炎ですって。検査データなどはずっと大切に保管してたみたいで、自分もスマホに保存しています。いつかは自分もこのデータが読み解けるかなって、こんな感じでした。

 少しでも悲しい思いをする人を減らしたい、でもそれは最終的には自分を救いたい、そんな願いから医者になろうと思いました。でもそんなこと人には言えません。だってみんな困っている患者さんのために一生懸命やっているのに、自分は自分のためにだなんて。でも今回の有栖川先生の行動見て思ったんです。患者さんの家族を救うのも医者なんだって。まるで自分が救ってもらったような気がしたんです。これからは自信を持って、自分を救うために人を助けていきたい、とう言えるような気がしました。


 言えた。裕太はふう、と息を吐いた。内容はほぼ自分に向けて言っているようなものだった。しかし、千賀という大きな存在を前に口に出すことで、やっとそれを自分のものにしたような気がした。


「そっかぁ、そんな思いがあったんだね。城光寺先生は救えていると思うよ、ひなたちゃんだって、俊介君だって。これからもいっぱい頑張らないとね」


 ゆっくり頷く裕太に、千賀の声が刺さった。


「それは違うな。全然違う」


 暖かな空気がぱりん、と割れる音がした。


「お前、そんなことで妹を救えたと思っているのか」


 千賀の目は冷たく、暖かな裕太の心臓を一刺しにした。


「救えたとは思っていません。でもこれから少しでも多くの人を助けて……」

「違う、そこじゃない」


 千賀が顔をぐっと裕太に近づいてきた。思わずおののく裕太。殴られるのかと思い身構えた裕太が目を閉じた。しかし、さっと差し伸べた千賀の手は裕太のスマホを指さしていた。


「このデータ。おかしいと思わなかったのか」


 裕太もスマホを見た。先ほど見せた妹、希の血液検査のデータである。もう一度その数値を眺めた。


「いえ、それは……」

「なんで肝逸脱酵素がばか上がりしてんだ。なんで凝固系が狂ってんだ。その時のバカ医者は心筋炎って言ったそうだが、そいつはヤブだ。心筋炎でこんな数値が出るはずがないだろ」


 言われてみればそのような気もするが、経験も知識もない裕太にはそれをはっきりと自信を持って議論するだけの余力はなかった。しかし裕太は何か言おうとして、やめた。千賀の様子がおかしかったからである。

 いつものように目の前の獲物を狩り、息の根が止まるまで手を緩めない、そんな戦闘民族のオーラではなく、何か遠くにあるものをぼんやりと思い出しているようだった。


「千賀先生……?」


 千賀はため息をつくと、再び手すりから都心の風景に目をやった。そしてふう、と力を抜く。


「くそっ、こいつもか。まったく——」


 それが自分たちに向けられた言葉なのか、独り言なのか、裕太と水野には判断がつかなかった。


「あのぅ、千賀せんせ……」

「お前の妹、死因は心筋炎なんかじゃねえ」


 裕太の喉元がぎゅっとしまった。一つ唾を飲み込んだ。


「それはHSESエイチエスイーエス、出血性ショック脳症症候群だ。やっかいなやつで、今まで元気だった子どもがあっというまに死ぬ」


 千賀はじっと裕太を睨んだ。裕太は気を許せば後ろに倒れかねない姿勢で、その視線をぐっと受け止めた。

 

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