公開処刑

 副都心総合病院では月に一度、全体カンファレンスといって、職員全体が集まる朝礼があった。月のイベントや注意喚起、新規採用職員の紹介などをする場として使われていた。一通りの連絡事項が終わると、最後の「院長からの一言」の時間となった。


「あまり良い話ではありませんが、みなさんもご存知の通り、わが副都心総合病院で信じられない裏切り行為がありました。とても評判がよく信頼していた先生だけにショックを隠せません」


 桐生先生のことか、裕太は聞きながら床の一点を見つめ唇を噛み締めた。


「このような行為のせいで、我が病院の信頼は失墜させられました。本件につきましては訴訟も視野に入れて進めております。みなさまにはマスコミ対応などで心苦しい思いをさせることになりますが、何卒ご協力を願いたい。くれぐれもマスコミなどに不用意なこと、当院に傷がつくようなことは口を滑らさないよう肝に銘じていただきたい」


 水野がうつむきながら、手を震わせていた。


「あわあわ、どうしよう。マスコミとかにインタビューされたら、ぼくなんか言っちゃいけないこと言っちゃいそう」


 左手の震えを右手で押さえてから、隣の伊井を見た。


「伊井先生はこうゆうの慣れてそうだけどって、なにその髪型……」


 伊井はいつものチリチリ髪ではなく、ストレートパーマをかけていた。ほんのり香水の匂いが漂っていた。


「ああ、これか。だってマスコミが来るかもしれないだろ? 全国に俺が放送されるわけだから、これくらいしないとな」


 絶妙なタイミングで、前髪を、ぷはっとぬぐった。


 な、裕ちゃん? と裕太を見て、伊井は思わずおののいた。


「どうした、裕ちゃん。獣みたいな顔して」


 裕太は一点を見つめ、歯を食いしばっていた。


「……が訴訟だ」

「は?」

「桐生先生は……先生はずっと辞めたいって言ってたらしいじゃないか。それを無理やり引き止めてたくせに。俺はマスコミに聞かれたら、言うからな、全部話す」


 言い終える前に、伊井が裕太の前に立った。正面から裕太の肩に手を置いて諭すように向き合った。


「裕ちゃん、気持ちは分かるけどよ、妙な真似して辞めさせられたらめんどいよ。それに——」


 力なく手を下ろし、冷たい表情を浮かべた。


「裕ちゃんの一言で病院全体に迷惑がかかるかもしれないんだぜ。もういい加減1人の発言じゃ済まされないんだからよ、大人の対応頼むよ。な?」


 裕太は聞いているのかいないのかわからない表情でカンファレンスルームを出ていった。廊下を歩きながらぼそっと呟いた。


(何が訴訟だ。やれるならやってみろ、全力で戦ってやる。それで辞めることになっても構わない。俺は絶対に桐生先生を助けるんだ)


 その姿を伊井と水野は遠くから見つめていた。


「城光寺先生、大丈夫かな……」


 伊井は、ふうと自分の口からの息で、前髪を揺らした。


「案の定、だいじょーぶじゃなかったみたいだな。なんか危ないことでもしでかさなきゃいいけど」


 ぞろぞろと大ホールから出てきたスタッフに押されながら、伊井と水野はそれぞれの配置に向かった。

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