初陣披露

 星獣警報。

 ついに来てしまった厳戒態勢。龍征は作戦本部へと駆けつけていた。状況は待ってくれない。作戦本部に張り詰めた空気が充満する。龍征は顔を前に向けた。厳つい大男がどっしりと構えている。その男には左腕が無かった。特異災害対策本部、その隻腕の司令が口を開く。


「星獣反応、三十二。過去例にない大量発生だ。奴等は西東京・練馬地区に侵攻中。現在時は大人しくしているが、いつ暴れだすのか予測がつかない」


 地響きのような声に、龍征の身が自然と引き締まった。隻腕の司令からは歴戦のオーラを感じる。


「大道司司令、ドライブ1は既に出撃しております。機動部も配置済。合図があり次第行けます」

「よし!」

(大道司? それって確か――)


 思い出している猶予は無かった。司令が次々と指示を飛ばし、勢いの良い返事とともに人が駆け出していく。龍征は自分の名前が呼ばれるのを待っていたが、人がどんどん減っていくばかり。ついには龍征と司令の二人が残されるのみとなった。


「よし! バックアップ部隊の配備は完了した。タイミングは俺が計る。光に通信を回せ!」

「いや、待てって! ちょっと待ってくれよ!」


 龍征は声を張り上げた。ドライブ3の適合実験は進んでいる。実戦を想定した訓練も受けている。もちろん、今回の作戦でも中心軸となるつもりだった。名前を呼ばれるのを今か今かと待ち構えていたのだ。


「なんだお前は…………ああ、報告にあったドライブ3の」


 大道司司令は、龍征と同じ高さまで降りてきた。こうして目の前に立たれると、凄まじい威圧感だ。カッチリと着こなしたダークグレーのスーツが、内側から筋肉で押し広げられている。同じ立ち位置でも、目線の高さが違う。鋭い眼光を上から叩きつけるように、司令は言った。


「天道龍征。君は待機だ。いつでも出撃出来るように準備を整えてくれ」


 襟を正し、厳かに。だが、鈍い龍征でも気付いていた。これは、ただの戦力外通達だ。この作戦の頭数にカウントされていない。そう認識したとたん、カッと頭に血が昇った。


「待てよ、オッサン! 俺だって戦える。調整は済んでいる。訓練も積んできた。俺に星獣をぶっ倒させろよぉ!」


 不満に食い下がるが、司令は相手にしなかった。その間にも計測班が上げてきたデータに目を通し、最善策を頭の中に組み立てる。部下たちの動きを目視で確認しながら指示を飛ばす司令に、ついに龍征は掴みかかった。


「おい、聞いてんのか!?」

「どけ、時間の無駄だ」


 バインダーを持ったままの右腕。その一振りで龍征は弾き飛ばされた。


「この一秒一秒に人命が懸かっている。これは誰一人死なさないための戦いだ。経験の足りない戦士を前線に立たせられる状況ではない。……本当の非常時にでも陥らない限り、な。だからこその待機命令だ」


 打たれた頬がじんじん痛む。それでも龍征は立ち上がった。人が、星獣に襲われる。あの惨状が脳裏に焼け付いて離れない。なんとかしなければならないのだ。この手で。そのちっぽけな姿が、鋭い眼光に押さえつけられる。


「待った」


 その間に、オカマが割って入った。


「……桜か。なんのつもりだ」

「ノンノン♪ 今が本当の非常時というやつよ。このままじゃ……光ちゃんが死んじゃう」


 その言葉に、龍征がはっとなった。あれだけ圧倒的だと思われていた先輩も、所詮は人の身なのだ。技術主任は司令の睨みを気にせず、人差し指を口に当ててしなを作った。


「出撃準備、完了よ」

「桜ッ!!」

「やーよ。四の五の言っていられない状況なの、分かっているでしょう?」


 ぐぅ、と司令が歯噛みする。事実、現状の戦力では厳しい状況だった。良く見積もっても五分五分。ちょうどこちらの戦力を上回るような絶妙な戦力差だった。だが、その計算に龍征は含まれていない。龍征はごくりと唾を飲んだ。司令の沈黙はたったの十秒。結論を導くためのデータは頭の中にある。ずっと咀嚼していた情報の渦を。


「ドライブ3、出ろ」


 隻腕の司令は毅然と言い放った。オカマがぺろりと舌舐めずりをする。そのあまりにも冷ややかな視線に、龍征は一瞬怯んだ。研究者が最大限の喜びを見出だすのはどういう時か。少年にはあまり分かっていない。

 桜主任が龍征を見る。


「返事」

「ッ、はい!」


 ゴツゴツした、力強い手が龍征の背中を押した。司令の右手。死ぬなよ、と一言を添えながら。







 ぴっちりしたインナースーツが水気に包まれた。耐ショック連結ジェル。心地好いひゃっこさの上からメカメカしいアーマーが接続される。駆動に要するのはドライブゲンマの振動放射。流体金属が生き物のようにうねり、龍征の身体が熱を持った。


(これが、スタードライブ!)


 実験用の模擬スーツでは得られなかった高揚感。両足をどっしり構えると、ドライブ3のあちこちから排熱の蒸気が立ち上がった。胸の内に宿る炎を握り締め、龍征が肉体を動かす。激しい動きだ。まるで緊迫の演武のような動きに、ありったけを押し出すような正拳突き。


「ドライブ! スリー! 覇――ぁッ!!」


 ぐおん、と空気が蠢いた。舞い降りるのは沈黙。時間が止まる。空気が凍る。なにしてんだコイツ、という反応を一切鑑みずに龍征は猛った。


「これなら……征ける! さあ、星獣はどこだ!?」

『…………そのまま直進』


 通信先の、オカマが冷えきった声を出しているのには気付かない。突っ走る龍征が戦場に突入した。防衛ラインと示したバリケードの向こう側。重装備で構えた機動部隊が、機関銃の物量で辛うじて星獣を押し止めていた。その数は、三。


『ドライブ3、目標βから鎮圧しろ』


 通信機能から司令の声が響いた。頭をすっぽりと覆うヘルメットの内側に、各星獣の推定データと臨時個体名称が表示された。了解、と龍征は返す。交差するような機関銃の放射が左右に開ける。星獣βは中央の三メートルクラス。ドライブ3、龍征は大舞台に躍り出た。


「し――ッ」


 星獣が振り下ろす腕を裏拳で弾く。体勢が崩れた星獣を回し蹴りで転がし、追撃に飛びかかる。

 星獣が雄叫びを上げながら身を捩った。尾。ちょうど岩石の陰になっていた部分。それが龍征に向かって勢い良く叩き付けられる。


「ぐぅ――おッ!?」


 スタードライブには全身を覆う物理防御機構がある。それでも殺しきれる衝撃には限度があった。龍征を貫くのは痛みの奔流。直撃。普通であれば完全に致命傷。

 だが、龍征にはドライブ3がある。

 龍征には、これまで路上の喧嘩で蓄積してきた痛みがある。

 考える猶予すら無かった。二本の足で踏みしめた龍征には、溢れ出すものがあった。胸の内から迸る激流があった。咆哮が上がる。


(負けらんねえ。それだけは、絶対だ。絶対は、貫かなきゃあ嘘だぜ!)


 雄叫びと咆哮。

 龍征は岩石の尾を握り締め、投げ上げた。不良が示す、意地と根性の喧嘩殺法。そして、それを可能とする力を実感する。振り上げられた拳は、人命脅かす岩石獣を打ち砕いていた。


「さあ、次だ!!」


 砕かれた岩石は復活しない。ドライブゲンマの干渉が実現する奇跡。即ち、星獣の完全撃破。かつてない高揚感が龍征を包んでいた。司令の声が頭に響く。星獣γを撃破した龍征が、重機関銃に釘付けにされる星獣αに向かう。


「次も一丁上がるぜ!」

『油断するな。確実に行け』


 司令の言葉に、龍征の頭が冷える。敵はほぼ龍征と同じくらいの大きさ。しかし侮るなかれ。星獣は、一部の例外を除き、より人体に近い方が強力であるというデータがあった。

 その分、凝縮される。詰まっているのだ。


「だが、任せろ!」


 至近距離からのインファイト。拳を繰り出す龍征に、星獣が岩石の拳を打ち込む。痛みに歯を食いしばり、龍征はより強く拳を握った。

 自分の道を貫くのだ。ここで譲れば全てが嘘になる。

 殴打の嵐が、龍征にはスローモーションのように感じていた。不思議な感覚だった。まるで大舞台のプロスポーツ選手のように、その感覚が研ぎ澄まされていく。打ち合いの最中、徐々に星獣の隙が明確になる。


「これで――仕舞いだ!」


 叩き付ける必殺。幾多の喧嘩相手を沈めてきた龍征の右ストレート。その一撃が星獣の岩石群を砕き抜いていた。雄叫びを上げる男の姿。間違いない。戦える。証明された。天道龍征は、星獣に対抗する力となりうる。

 龍征は地を蹴った。疾駆する。浮かぶ言葉はただ一つ。光ちゃんが死んじゃう、その言葉だけは絶対に否定しなければならない。


『よせ、突出するな!』

「行けるぜ、俺に任せろ!」


 見えた。青く煌めく凄惨な背中。


「先輩!」

「来たか、天道!」


 力強い声で光は応じた。囲まれている。三メートル級五体。その周囲には砕けた岩石の欠片が氾濫していて、激戦を感じさせた。それでもその眼光に衰えなく、息を弾ませる女丈夫が強靭に屹立していた。


「天道、そのラインを死守しろ!」


 ドライブ1。青く煌く星光の剣が翻った。奥の星獣から放たれる岩石砲を突き砕き、土砂に紛れて加速する。斬撃。両断。攻勢に出た光の剣筋が二体の星獣を斬り伏せていた。砕ける岩石を蹴り飛ばし、残りの星獣を牽制する。

 その隙間を縫って、星獣の一体が龍征に迫っていた。ドライブ1が張ったラインを抜けてきた星獣。それこそが龍征が相対すべき敵。


(この数を、後ろを庇いながら戦っていたのか……!)


 ここを抜けられれば、機動部が張っている最終防衛ラインまで一直線だ。効果が薄い火力兵器は一点集中させることで辛うじて星獣を押し留めている。そのラインを突破させないためにも、スタードライブがここで敵を押し留める必要があった。

 熱い。龍征は滾った。

 胸が、熱い。

 この人はそこまで考えて、尚且つそれを実行する技量を身につけていた。

 拳を強く握って前を見据える。蛇のようにとぐろを巻いた星獣。しなる尾っぽが叩きつけられる。オカマに仕込まれたサイドステップ。紙一重で回避した龍征の全身に衝撃波がぶつかる。だが、その目は瞑らない。


「天道、ぶん回せ!」

「合点!」


 逃がさない。

 岩石の尾を掴み、引き摺る。スタードライブの出力を以ってしてもその質量を掌握するには不足で、であれば加えるのは燃える己のど根性。


「お、ぉ――おおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 その口から咆哮が響いた。気付けば、星獣が他にも三体。その全てを相手取る。指示通りぶん回し、その圧倒的質量で全てを破壊し尽くす。掴んでいたものがバラバラの石っころになって、ようやく龍征はへたり込んだ。

 その眼前、岩石砲身。その圧迫感に、肉体が固まる。


「ふ、よくやった」


 放たれるのは岩石の砲弾。しかし、その直前に光の足が砲身に到達していた。その両足から研ぎ澄まされた剣が断ち生え、砲身をズタズタに引き裂いた。一閃。ドライブ1の居あい抜きが星獣を両断する。


「あ……ッ」

「天道、そのまま徐々に後退して支援部隊と合流しろ。星獣の数体は恐らく流れる。司令の指示の下で防戦に臨め」


 言うだけ言って、光は走り去った。前へと。これ以上攻められる前に殲滅する。ぎらついた眼光が彼女の瞳から発せられていた。龍征が立ち上がる間に、その姿は見えなくなっていた。


「喧嘩ふっかけられて、素直に引き下がれってか……」


 それは、流儀に反する。


「そいつは聞けねえよ」

『ドライブ3、何している。戻れ!』


 立ち上がって、前に。


「星獣はぶっ倒す。それでしまいだろおがッ!」


 走り出す。

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