鎧袖一触

 最前線は、ここだ。

 軽く跳躍して息を整える光は戦場を見渡した。二メートル級の星獣が九体。どれも人型。だが、それで最後。ここを殲滅すればこちらの勝ちだ。


「さあ、いざ尋常に」


 己を鼓舞するように。光は小さく呟いた。その身は小さく震えている。一筋縄ではいかないことは、その身の経験が理解していた。

 大跳躍。敢えて敵の中央に降り立つ。蛮勇と罵られかねない大盤振る舞い。女丈夫が剣を大地に突き立てた。


「咲け」


 雪月花の如し大剣山。煌めき、華麗に、力強く。光を中心に、無数の青い剣が星獣を串刺しにしていた。砕け散る刃の奔流。その向こう側から、全方位から襲いかかる星獣たちに、戦士の顔がひきつった。


「おぅ、らあ!!」


 その内の一体が、力強い拳に殴り飛ばされた。大剣山をその身に刻まれた星獣が、木っ端微塵に砕け散った。油断なく構えながら、光は目線を後ろに流す。ドライブ3、天道龍征の姿。


「どうして……?」

「へ、ピンチだろうが……先輩」


 荒い息で龍征は虚勢を張った。体力の限界が近いのは重々承知のつもりだ。しかし、戦場はここで大一番。大人しく倒れている場合ではなかった。引き下がるわけにはいかなかった。

 光は刃を振るった。雪月花の大技は決して効果が無かったわけではない。動きが鈍ったデカブツどもを次々と斬り伏せていく。龍征も前へ。強引に隣に躍り出ようと。


「無茶をするな! もっと下がれ!」

「無理無茶上等! ここで張らなきゃ俺が廃る!」


 剣と拳。人類の希望がその道をこじ開ける。光が咆哮を上げた。龍征が雄叫びを上げた。未踏の激戦を二人は駆ける。この状況でも安定した戦いの光と、危なげながらも爆発的に突き進む龍征。星獣が、また一体砕けた。

 突如、戦場を覆う笛の音。

 高らかな、底知れぬ不気味さのある音色だった。光は不自然に口角を吊り上げた。星獣たちの動きが変わった。未だ踏み止まる龍征を蹴り飛ばし、星獣三体を前に防戦の構え、滅多打ちにされる。


「先輩!?」


 返事をする余裕はない。岩石の質量が絶え間なく降ってくる。三対一、この星獣たちは連携を取っていた。この動きには覚えがある。五年前、ドライブ2強奪事件。光は自分の顔面がひきつっていくのを感じた。

 これは、恐怖か、怒りか、昂りか。全てをごちゃまぜにした感情を噛み潰し、光はその目を見開いた。心眼一刀。冴える剣筋が星獣の首を落とす。


「ふためくな、天道。命を落とすぞ」


 低く低く。這うように剣を左脇に納める光。抜刀一閃の構え。その威圧感に星獣が攻めあぐねる。龍征が固唾を飲んだ。


「へえ、聞いてた以上にやるもんだ」


 そんな重苦しい沈黙を、呑気な声が引き裂いた。まるで金糸雀の鳴き声のようだった。鈴のようなソプラノボイスが、しかしこの場においては力を持つ。

 縮地。摺り足による滑るような移動抜刀が煌めいた。光の顔が驚愕に歪む。それは、黄色のボディを覆う刺々しい銀の鎧。青い刃は、その強靭な鎧に阻まれていた。


「その鎧は、外骨格パーツか?」

「んー、知ってたの?」


 スタードライブシステムを補強する、水面下で進められてきた武装。光にもその話は持ちかけられたことがあった。だが、戦い慣れた装備を崩すのは動きが鈍る。そんな言い訳のような言葉で拒否していた。


「その下のスーツは」

「ドライブ2、ダサい名前だよね」


 光が刃を引いた。地を蹴って旋回し、回転エネルギーそのままに突き上げる。右胸。しかし、鎧を貫けない。口元だけ空いた鎧の奥から、はっきりと余裕の笑みが見えた。


「その出自、喋ってもらう」

「アンタのミスを帳消しにしたいだけだろ? ほら、焦るなよ」


 影。星獣二体が戦士を押し潰そうと飛びかかってきた。反応が一息遅れる。その差は致命的だ。咄嗟に繰り出した剣は星獣の一体を砕き、しかしもう一体はどうしようもない。


「っらぁ!!」


 拳。完全な不意打ちに最後の星獣が砕け散った。殴り抜けた姿勢のまま、龍征は見た。不敵な笑みを浮かべて剣を握る戦士の姿を。


『光、確保しろ』


 司令の声。戦士が頷く。


「その口、力づくで抉じ開ける!」


 振り向き様、鎧の口元を狙う突き。右腕に弾かれ、謎の鎧が後ろに下がった。追撃しようとする光の足が止まった。鎧が取り出したのは、オカリナのような小さな笛。光と龍征は、ドライブゲンマが震えたのを実感した。未知の感覚に恐気が走る。

 その硬直に、笛の音色が響いた。底知れぬ不気味な音色。信じられない光景が広がった。砕けたはずの岩石が積み重なる。これは。これでは、まるで。龍征は我が目を疑った。


「ほら、ちゃんと働きなよ」

「呆けるな天道ッ!!」


 星獣が復活した。

 青い太刀筋が煌めき。鳴り止まぬ笛の音色。合戦の咆哮、ここに相まみえんと。

 積み上がった星獣は、五体。完全復活とまではいかないようだが、連携を取って攻撃してくることで脅威度は増していく。光の剣が奏でる斬撃音が、無限に反響する。笛の脅威に、その覇気が喰らいついていく。


『撤退しろ!』


 司令の通信に、光は逡巡した。五年間の後悔が、目前に。剣を振るう。司令の声が大きくなった。笛を奏で続けるあの鎧さえ止められれば。そう考えて、背後の衝撃音に身がすくんだ。


(マズい、天道――――ッ!?)


 全力のバックステップで駆け寄る。星獣にまともに殴打された龍征は血濡れのまま拳を構えていた。まだやれるつもりなのだろうが、非常に危うい。光は背で弾き飛ばす。


「天道、一度下がって支援部隊と合流する!」

「大人しく泳がせてくれるタマかよッ」


 龍征の言葉は尤もで、星獣に囲わせている間に、銀の鎧は抜かりなく退路を塞いでいた。


『光、ドライブ2を起動出来るとなればアレは人間だ。捕縛する手はある』


 だから、と一言置いて。


『星獣を殲滅しろ。この意味、分かるな?』

「御意に」

「先輩、とにかく時間を稼げってどういうことだ!?」

「そういうことだ」


 了解、と龍征が拳を放つ。初めての実戦でペース配分が滅茶苦茶だ。それでもここまで戦える体力は驚嘆すべきものだが、さすがに限度があった。

 赤い少年を押し潰そうとする岩石プレスを、光が剣の面で受け止める。


「先輩……ッ」


 膝を突いた龍征が慌てて立ち上がる。押し負けかけた光に加勢するように拳を打ち込む。そこまでして、ようやく弾き飛ばした。限界を迎えているのは龍征だけではない。

 ここぞとばかりに星獣の攻撃が降り注ぐ。龍征では対応しきれない。青い刃が踊り狂う。龍征を庇うような剣筋。凌ぎ切れるはずもない。無情な笛の音色が。


「ちっっくしょおお!!」


 ついにクリーンヒットを食らった光が横倒しになる。がむしゃらな龍征の拳が星獣を弾くが、長くは保たない。押し倒すようなタックルで難を逃れる。光だ。頭部の装着を解いた彼女は、血を吐きながら獰猛に笑った。その目に、危険な光が灯る。


「……司令、到着まで保ちません。現場判断です」

『………………承知。死ぬなよ』


 不穏な空気に、龍征は叫んだ。だが、止まらない。決定的な何かを踏み越えてしまった感覚。


「その目に焼きつけろ」


 奥義、超新星爆発。

 猛る命の灯火が、青い星光が爆発する。間近で放たれた凄まじいエネルギーの奔流に、龍征は目を奪われた。抱き寄せられた龍征は、その攻撃範囲から逃れる内側にいた。しかし、それでも至近距離の爆発が肉体を叩き、ドライブ3が砕けていく。その破片が自分の肉体に突き刺さっていく。激痛に身を焼かれながら、それでも目を開き続けることを止めない。

 迸る生命の輝き。龍征は、それを。


(きれい、だ――――……)


 全ての感覚が遅れてやってきた。痛みも、苦しみも、全てが眠気に変換される。光が晴れた後、龍征は指一本動かせないほどに消耗していた。辛うじて繋げた意識が、血の海を視認する。


「なん、だ……これ、聞いて、ないぞッ!」


 星獣は、全滅していた。あちこちにヒビの入った鎧が呻き声を発する。ボロボロと剥がれていく鎧の隙間から、鈍く光る黄色のボディが覗いていた。もし光が無事であれば、ドライブ2と答えていただろう。当の女戦士は、全身を鮮血に染め上げたまま仁王立ちしていた。静かに上がる蒸気は、まるで燃え尽きた魂のようだった。


「おのれ、やはり、ここでッ!」


 ボロボロの鎧が立ち上がる。もう星獣を操る力は残っていないようだったが、それでも死に体二人相手に不足はない。引き摺るように前進する鎧は、四歩目で動きを止めていた。


「な……そんな、まさか」

「私は、死なない」


 仁王立ちのまま、光が右腕を上げた。掴むは剣。放つは闘気。


「私が、国防の要だ。だから、絶対に、死なない。死ぬわけには、いかない」


 死なずを決行する、即ち決死。そんな覚悟の背中を、龍征はその目に焼き付けていた。鎧が、狼狽する。膠着する状況。だが、すぐにでも支援部隊が到着する。鎧の背からハングライダーのような翼が飛び出した。鎧が無言のまま、逃げるように飛翔する。

 龍征は、意識が落ちていく数秒を自覚した。その数秒に知覚した光景は、光が剣を取りこぼし、仰向けに倒れていく姿だった。

 

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