大道司光

 スタードライブシステムへの適合実験まで、技術主任の言を信用するならば一週間の猶予がある。その間に紹介したい人物がいる、と連れてこられたのは東京の市ヶ谷だった。


「すっげぇ都会……」


 田舎暮らしの龍征にとっては、まさに別世界だった。学校よりも何倍も高いビルが所狭しとひしめいている。道はどこも舗装されていて、人が溢れかえっている。そんなコンクリートジャングルに、くたびれた学ランのおのぼりさんは悪目立ちしていた。


「……しっかし、まさか女だったとはなぁ」


 ぼやける風景。あの炎の中で星獣と戦っていた剣士。スタードライブシステムとの適合を果たした戦士である、と聞かされていた。ちょうど龍征の先輩となる相手だ。

 だが、女である。

 田舎特有の古い価値観に縛られた世界で育った龍征には、女性に対してやや低く見ているきらいがあった。殊更に、戦いである。女は非力、戦うのは男の仕事。そんな価値観がこびりついていた。


(ホントに戦えんのかよ……?)


 龍征は、自分の腕っぷしに自信があった。スタードライブシステムがどれほどのものなのかは分からないが、それさえあればすぐにでも星獣と戦えると思っていた。

 その先輩が女性である。ただその一点に龍征の心が曇る。果たして先輩として着いていく気になるかどうか。十八年間積み上げてきた価値観は、そうそう簡単には覆らない。

 そう思っていると、重いエンジン音が空気を伝って龍征の耳に打ち付けられた。男心を震わせる重低音に、龍征の目が輝く。


(かっけぇ! 都会にゃあんなすげえバイクがあんのか。俺もいつか乗ってみたいぜ……)


 ゴツく輝くスカイブルーの機体。所々カスタマイズされているのが素人目にも分かる。あれは、玄人の乗りこなしだ。フルフェイスヘルメットがぎらりと日光を反射して輝いていた。龍征のテンションが鰻上がりだ。

 何たって龍征の町では、おっちゃんおばちゃんらが乗る泥塗れのスクーターしか見られない。あんなゴツい機体は、雑誌の記事でしか見たことがなかった。

 都会のハーレー乗りがこちらに迫る。その走りを目に焼きつけようと龍征が身を乗り出した。その目の前、妙に迫力のあるハーレーが魅せる停車を見せた。


「うむ、時間通りだな」


 その力強いハスキーボイスは、確かに女性の声だった。龍征が想像していた弱々しさなど微塵も存在しなかった。強靭で、屈強で、そんな戦士の風格。


「強い戦士はon time、時間丁度は練度の高さの証だ」


 覚えておけ、とヘルメットを脱ぐ戦士は言った。龍征が思わず頷いた。そうさせるだけの強制力があった。

 黒のショートヘア。整った目鼻立ち。龍征と同じくらいの身長。細身に見えても引き締まった肉体なのが、青いライダースーツの上からも分かる。その気迫、まさに剣だった。強靭で、真っ直ぐに光る業物の輝き。祖父竜玄とは違う、別種の強さの形があった。

 女戦士は、磨き上げられたシルバーメットを脇に抱えて、手を差し出す。


「大道司光、君の先輩に当たる。よろしくな、天道龍征」

「かっけぇ! 一生着いてくッス先輩!!」


 この日、天道龍征のちっぽけな価値観は粉々に砕け散った。


「うむ、いい返事だ」

「先輩、そのバイクは?」


 光がハーレーを小さく撫でた。抜き身の刀身のように鋭い表情が、ふんわりととろける。そのギャップに、龍征は照れ臭くなって頬を染める。


「ああ、バイクがマイブームでな。今日は顔合わせだけだと聞いていたからこんな格好で恐縮だが」

「いえいえいえ!? なんか、そう……かっけぇッス!!」

「そうか、嬉しいぞ」


 にかっと光が笑った。その笑顔を見て龍征は何かが満ち足りるのを感じた。全てを塗り替えるような圧倒的な力強さ、それが光が持つ戦士のオーラなのか。龍征は胸の内の激情を噛み締める。


「時に、西蔵町の件は申し訳なかった。私の不足の至りだ」


 龍征の町である。町はほぼ壊滅状態。被害は軽微と言われたが、それでも死傷者は何人かいたのだ。軽く見られるものではない。大惨事だった。


「……いえ、あれは、俺も……何も出来なかった」


 後悔の念。無駄と分かっていながらも、思わずにはいられない。もっと出来ることがあったのではないだろうか。そんな思いは、確かにあった。


「だから、だからこそ……何とかしたいんです。星獣に襲われる被害を、なくしたい。そのための力が欲しい」


 そのための、スタードライブシステム。

 うまく言葉にならずにまごつく龍征。想いが形にならない。光はすっと目を細めると、厳かに口を開いた。


「強い情熱を感じる。だが、形にならない力だ」


 ゴツい機体を押すその姿は、揺るぎなく、ブレない。龍征の横をすり抜け、その先へと。

 龍征はキョトンとしながら振り返った。間抜けなことに気付かなかった。防衛省本省や陸上幕僚監部が配置されている国防の総本山、市ヶ谷駐屯地の営門である。


「我が情熱は、剣だ。国を守り、民を救うために研ぎ澄まされた正義の一振りである。情熱と、それを形と成す力。それが戦うために必要なものだ」


 立ち止まり、光は龍征に向けて片目を瞑ってみせた。


「天道、君にもきっと見つかる。だからひた向きに歩め」


 鼻の奥がつぅんとなった。熱い想いに心臓が高鳴った。思わず目頭が熱くなる。

 門の監視に立つ屈強な若い男は自衛官だろうか。眼鏡の奥の鋭い眼光が威圧を発する。龍征は自分と少女を助けてくれた自衛官のことを思い出した。彼は今一体、と思ったところで。


「お疲れ様ですッ!!」


 光が勢い良く頭を下げた。だが、浅い礼である。その角度はぴったり十度。門番の男がカッと軍靴を鳴らし、敬礼した。きびきびした動作で手を下げると、光もピシッと頭を戻す。


「挨拶!」

「お、おすッ、お疲れ様ッス!!」


 分からぬまま、取り敢えず龍征は声を張り上げた。若干裏返った声は、それでも十分響いた。

 光が笑いを噛み殺しているのを見て、龍征は怪訝そうに顔を上げる。


「くくっ、く……悪い悪い」

「彼が噂の?」

「ああ。威勢が良いだろう?」

「ええ。光さんによく似ていますね」


 からかわれた、と気付いて龍征はむくれた。だが、露骨に顔に出すと何だか子どもっぽい気がして、努めて冷静を装う。そんな様子を眺めながらくつくつと笑いをこらえる光は、悪戯っぽく言う。


い」


 聞いて、龍征ははっきりとむくれた。

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