第28話 仮面舞踏(ペルソナ)
「ねぇ、ミレイ」
「なに?」
「この衣装に着がえてからなんだけどさ。アタシの身体、いつ
ハウワーは、道化師の衣装に目をやった。衣装の大きさは、ハウワーのそれとほぼ同じ。足の部分は少し膨らんではいるが、それ以外の部分がまったく同じで、身体の線もはっきりと見える程だった。まるで彼女の内なる美を表すかのように、あらゆる部分が綺麗だったのである。ハウワーは道化師の衣装に思わず赤くなってしまったが、自分の運命がかかっている以上、最初の「う、ううう」と除いては、真面目な顔でその衣装を受けいれはじめた。
「まあ、いいよ。ミレイとは、お風呂も一緒に入った事もあるしね? そういう事も、なんとなく分かるかもしれない」
ミレイは、その言葉に応えなかった。その言葉はもっともだが、世の中にはしらなくてもいい事はある。特に自分の事情、それらに関わる諸々に関しては、しっていてもしらない、きいていなくても聞いていない方がいいのだ。それが世の中をいきていくコツである。ミレイは親友の化粧をやりおえると、今度は顔半分だけの仮面をもって、親友に「最後にこれもつけて」といった。
「顔の化粧だけだと、少し不安だから。少しでもばれる可能性を減らせるように」
「わ、分かった」
ハウワーは顔半分だけの仮面をつけて、化粧台の鏡に視線を戻した。それに映る自分の顔は、お世辞にも「美しい」とはいえない。周りの人達から「クスクス」と笑われるかもしれないが、「かわいい」とほめられる顔ではなかった。
「『自分の人生を変えるため』とはいえ、これはちょっと恥ずかしいかな? 自分が本物の道化師みたいに見える」
ミレイは、その言葉に目を細めた。その言葉に何やら、感じるモノがあったらしい。
「ペルソナ」
「え?」
「ずっと昔の言葉でね? 『仮面舞踏』って意味なの。『人間はみんな、社会の舞踏会で踊る
「ふうん。なら、ミレイも
「そう、かもしれない」
ミレイは悲しげな顔で、親友の足を促した。
「いこう? 今日のお茶会は、10時からだから。ハウワーがそれに着がえている間に」
「そっか、もうきているんだね?」
「うん」
「彼も、きているの?」
「彼は、少し遅れてくる。彼がうちのお茶会にくるまで」
そこから先は、聞かなくてもなんとなく分かってしまった。ハウワーは彼女の前でふわりと回り、楽しげな顔でその目の前にひざまずいた。
「うん、その場を盛りあがるよ。アタシなりの方法で」
「お願い」
ミレイは、屋敷の中庭に向かった。そこがお茶会の会場になっているからである。ミレイは自分の後ろに親友を連れて、お客の少女達に「ニッコリ」と笑った。
「みんな、遅くなってごめんなさい」
少女達は、その言葉に首を振った。その言葉を聞いてもどうやら、不快に思わなかったらしい。
「うんう、大丈夫。気にしないで? 別に急いでやるようなモノではないし」
周りの少女達も、その言葉にうなずいた。
「そうそう! お茶会は、ゆっくりと楽しむモノだからね? 変にあわてちゃいけない。それよりも」
少女達は不思議そうな顔で、彼女の隣に視線を移した。彼女の隣にはもちろん、道化師の姿にふんしたハウワーが立っている。
「そっちの道化師は、どこから連れてきたの? あたし達に内緒で? 今日のお茶会は、あたし達の友情をもう一度確かめるためのモノなのに?」
ハウワーは、その言葉に暗くなった。その言葉に含まれた意味、「あたし達」の部分には、自分の事が含まれていなかったから。まるで自分の事など最初からいなかったかのように、その存在モノがすっかり排されていたからである。彼女達はもう、自分の事を「友達だ」と思っていない。自分が彼女達の一員だった事も。少女達は今日のお茶会を通して、自分の事を綺麗さっぱり忘れようとしていた。
「う、ううう」
ハウワーは、目の前の光景に思わず泣きかけてしまった。
「やっぱり」
ミレイは、その声を制した。目の前の少女達にそれを気づかれないためである。
「だからこそ、だよ? 今回のお茶会は、『いつもよりも楽しくしよう』と思ってね? ちょっとした余興をもうけてみました。彼女、道化師さんは今日の素敵なお客様だよ?」
「ふうん」
少女達はまた、道化師の顔をまじまじと見はじめた。特にアリスは妙な違和感を覚えたらしく、周りの少女達が「まあ、暗いお茶会よりはいいかもね?」と笑った後も、不思議そうな顔で道化師の顔をじっと見つづけた。少女達は、主催者の顔に視線を戻した。
「こういうのも、たまにはいいかもしれない!」
ミレイは、その言葉に微笑んだ。「彼女達の緊張は、これで解けた」と、そう内心で思ったのである。
「みんな、ありがとう。私のもてなしに喜んでくれて。今日は、思いきり楽しんでください!」
それがハウワーへの合図になった。ハウワーは親友の意図をなんとなく察すると、お茶会のお客様達に頭を下げて、そのお客達に不思議な踊りを見せはじめた。
少女達は、その踊りに盛りあがった。道化師のそれを思わせる、その奇妙な踊りに。周りの少女達はおろか、あのアリスでさえも思わず笑ってしまったのである。
「アッハハハ! な、なに? あの踊り? あんな踊り、今まで見た事がないんだけど?」
それは、そうである。その踊りは、ハウワーが「こんな感じでいいだろう」と考えたモノなのだから。そう思っても、別に不思議ではない。少女達は道化師の心情などまったく分からないまま、楽しげな顔で目の前の光景を笑いつづけた。
「ね、ねぇ、ミレイ」
「なに?」
「あの道化師に踊りを教えてもいい? あんなのは、まったく踊りじゃないわ!」
道化師はその声に構わず、黙って自分の考えた踊りを踊りつづけた。ヨハンが中庭の隅にスッと現れたのは、ハウワーが少女達の声に苛立ちはじめた時だった。
ハウワーはその登場に目を見開いたが、ミレイの方はそれ以上に驚いていた。親友の表情に驚いて、「なんだろう?」と振りかえった先に彼の姿が見えたからである。
「え、なっ! いつのまに?」
「しっ!」
ヨハンは「ニコッ」と笑って、幼馴染の口をふさいだ。
「周りのみんなに気づかれちゃうよ?」
「ご、ごめん、ヨハン。どこから入ってきたの?」
「僕は、君の幼馴染だからね? ここの事は、君と同じくらいにしっている。誰にも見られずに入られる方法もね? 『不法侵入』で訴えられたら、そこで終わりだけど。今は、そんな事はいっていられない。彼女の人生を変えるためには」
「そ、そうだね。今は」
「ミレイ」
「なに?」
「今の状況は?」
ミレイは、少女達の方に視線を移した。それが質問の答えだったからである。
「見ての通りだよ? ハウワーが頑張ってくれているおかげで、みんなの気持ちも凄く持ち上がっている。貴方の存在にも気づかないくらいに」
「そっか。それなら」
「ヨハン」
「僕としては、好都合だね。『こいつを着てきた甲斐がある』ってもんだよ」
ヨハンは幼馴染の肩をかるく叩いて、彼女の前からサッと歩きだした。
「あとは、僕に任せて」
「え? う、うん、分かった。あとは、貴方の計画通りに」
ミレイは少女達の前に立って、それらの顔をゆっくりと見わたした。「さて、みなさん。前座は、ここまでです。ここからは、本命のもてなしをお楽しみください」と、そう少女達にいったのである。彼女は「クスッ」と笑って、少女達に一人の少年を見せた。
「彼が本命のもてなしです」
「彼が? 本命のもてなし?」
少女達は目の前の少年をじっと見つづけたが、やがて乙女のように笑いはじめた。目の前の少年……正確には奇術師の少年だが、その姿があまりに美しかったからである。
「か、格好いい! お顔の方は、仮面に隠れて見えないけど。そのお姿を見ているだけで、胸がドキドキしちゃうわ!」
少女達は、奇術師の少年にうっとりした。特に道化師姿のハウワーは、彼がヨハンだと気づいた後も、真剣な顔で彼の姿を見つづけてしまった。彼女達は彼の正体に気づく、気づかずにかかわらず、それぞれに自分の胸をたかならせた。
「ね、ねぇ、ミレイ!」
「なに?」
「そ、その方も、あなたの雇った?」
「そうだよ。そして彼が、今日の主役。みんなに最高の時間を与える奇術師なんだ」
「へ、へぇ、そうなんだ!」
「うん。だから、思いきり楽しんでね?」
ミレイは、奇術師の少年に視線を移した。それが計画開始の合図だからである。
「それじゃ、お願いします」
「はい」
ヨハンは「ニコッ」と笑って、少女達に自分の奇術を見せた。彼の奇術は、華やかだった。「少女達のティーカップに紅茶を注いだ」と思ったら、そこに不可思議な液体を加えて、紅茶の色を変えたり、それ自体を見えなくさせたりしたのである。彼は右手の指を鳴らして、元の色に紅茶を戻した。
「『紅茶の色が変わったから』といって、その紅茶自体が変わってわけではない。すべては、人間の思いこみなんだ。相手の本性をしろうと思えば、人間はいつでも『それ』を見る事ができる。今の君たちと同じように、自分から自分の本性に目をつぶっちゃいけないんだ」
少女達はその言葉に驚いたが、やがて「クスクス」と笑いだした。どうやら、その言葉がいわんとする事に気づかなかったらしい。
「おもしろい冗談ね? 貴方の奇術と同じように。でも」
周りの少女達も、その言葉にうなずいた。その言葉には、周りの少女達も同じ意見らしい。
「そういう冗談は、止めた方がいいよ? 特に今日みたいな日はさ? せったくのお茶会がつまらなくなっちゃうからね?」
少女達は楽しげな顔で、奇術師の少年を見つめた。
「でしょう?」
ヨハンは、その言葉にわざとうなずいた。そうする事で、周りの少女達をあざむくためである。
「そうですね。これからは、気をつけます。ですが」
「なに?」
「僕にも、人並みの意地がありますからね。自分の主義を笑われるのはやっぱり、いろいろと不快ではあります」
少女達は、その言葉に目を細めた。その言葉に思わず苛立ってしまったようである。
「そう。ところで?」
「はい?」
「貴方の身分は?」
「それは、お教えできませんが……まあ、ただの商売人ですよ。ちょっと変わったお店を営んでいる、ね?」
「ふ、ふうん。そうなんだ。ちょっと変わったお店を」
「はい」
「ねぇ?」
「はい?」
「それは、どんなお店なの?」
「教えられません」
「どうして?」
「お店の名誉に関わる事なので。普通の人には、絶対に教えられないんですよ」
少女達はその言葉に戸惑ったが、それも数秒程で消えてしまった。「絶対に教えられない」という事は、「なにかいかがわしい仕事、『世間の人には、あまりしられたくない仕事だ』」という事である。彼女達は「それ」にある種の優越感を覚えたらしく、ヨハンが自分達に「もうしわけありません」と謝った時も、得意げな顔で彼の顔をじっと眺めていた。
「ふうん、そうなんだ。それなら」
「はい?」
「うんう、なんでもない。気にしないで」
「分かりました」
「今の手品は、いつ覚えたの?」
「それにもお答えできませんが……まあ、ここ最近といったところです。こういう手品にふと、興味がわいてしまったので」
「なるほどね」
「他に質問は?」
「そうね?」
他には、といいかけた時だった。少女達が一人、また一人と、椅子の上から突然に落ちはじめてしまった。彼女達と同じ紅茶を飲んでいたアリスも、最初は軽いめまいを感じていただけだったが、一人目の少女が倒れたのと合わせて、地面の上に倒れてしまった。
「う、う、な、なに?」
少女達は苦しげな顔で、身体の快感に悶えつづけた。
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